shin422のブログ

民族派右翼による「便所の落書き」擬きの極私的備忘録

朝敵石原慎太郎を糾弾せよ!

 今年で75年目の終戦記念日。東京では炎天下の最中、例年と同じく多くの参拝者が詰めかけたという。家族や知人・友人は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に続いて足を運んだ靖国神社で午前中に参拝を終えたようだが、列に並んでから拝殿に辿り着くまで約1時間半も要したらしく、参拝を待つ列に並ぶ人の中には熱中症でダウンする人々もチラホラ出ていたみたいだ。民族派の知人は、例年なら8月15日に参拝するところ、COVID-19による混乱を意識して、混雑を避けようと9日に参拝を済ませたようだが、今年はそうした民族派団体が多いような気がすると言っていた。

 

 安倍晋三首相は、今年も私費で玉串料を奉納するにとどめ、参拝を見送ったという。結局、第二次安倍政権になって参拝したのは平成25年の12月末の参拝の一度きり。それ以後は、特に対日カードとしてこの問題を利用する中韓に阿て参拝をしていない。もっとも、参拝すればそれだけで安倍政権の過ちが許されるというものではない。今年は閣僚4人が参拝したようだが、どうせまた中韓がそれに難癖をつけ、それに呼応する日本の左翼が靖国批判の大合唱を弄することだろう。

 

 年中行事と化しているこうした状況を打破するため、安倍は毎日参拝すればよいと敢えて暴論めいたことを言いたくもなるが(めちゃくちゃな暴論だけど)、閣僚が何人行こうが、実はそれは些末なことであって、何よりもこうした状況を変えねばならないと思う最大の理由は、天皇陛下の御親拝を賜れる環境を整えることが切実な課題となっているためである。

 

 国会議員の誰それ誰べえが行ったの行かないだのといったことは、結局当人の政治的パフォーマンスの要素が多分に絡んでいるから、元から不純な動機が透けて見えてしまう。現役首相として靖国神社参拝を行った小泉純一郎にしても、参拝に踏み切ったこと自体は多とするけれど、しかし、小泉は首相になる前に靖国神社に参拝していたのだろうかと振り返ると、結局は小泉も自民党総裁選挙の時に党員票獲得を企図して「公約」の中に靖国神社参拝を含めたから参拝に踏み切ったのであって、参拝時に言った「政治問題化してはいけない」という正論も、どこか白々しく聞こえてしまう。「政治問題化」させたくないのなら、初めから自民党総裁選挙の時の票集めの手段として靖国参拝を含めず、静かに参拝すればよかったのである。総裁選の「公約」とした点からして問題であった。

 

 石原慎太郎も然りである。石原の靖国神社参拝は東京都知事になった時から目立つようになったが、果たして彼は何十年も国会議員をやっていた間、どれほど熱心に靖国神社に参拝していたのだろうか。政治家による遺族の心情を利用した靖国神社参拝というパフォーマンスは欺瞞であり、英霊のためでも遺族のためでもないことは明らかである。もちろん、政治家は行くなというわけではない。祖国のために尊い命を失った英霊に対し、感謝と哀悼の誠を捧げることは、むしろ「全国民の代表」たる国会議員として当然の行為である。但し、政治的打算に基づくパフォーマンスに過ぎないことが見え透いてしまうような振る舞いは、靖国神社を単に政治利用しているという意味で、違和感が残るということなのだ。

 

 石原慎太郎は、今年も靖国神社に参拝したようだが、その際「首相は当たり前だけど、天皇陛下に参拝していただきたい。なぜ参拝してもらえないのか」といい、靖国神社近くの日本武道館で全国戦没者追悼式が営まれている点を捉え、足をのばして靖国神社に「天皇陛下と首相はなぜ参拝しないのか。何で遠慮しているんだ」と記者たちの前で話したという。その話に参拝者の一部から拍手が沸き起こったようだ。石原慎太郎に拍手した参拝者も、この発言はとんでもない発言だということに気がつかないのはどうかしているとしか思われない(そもそも、石原慎太郎を支持している時点で、底の浅さが露呈しているわけだが。石原こそ、典型的なポピュリストである)。

 

 まず言葉遣いからして誤りであって、天皇の「参拝」ではなく「親拝」である。石原は度々この言葉を用いているから、単なる言い間違いとは言わせない。その上、畏れ多くも陛下に対して「なぜ参拝しないのか」だの「何で遠慮しているのか」だの抜かしているわけで、不敬にも程がある。畏れを知らない増上慢の本性が、ここでも現れた格好となった。

 

 天皇陛下の御親拝が途切れた直接の契機は諸説色々あるが、はっきりしていることは、靖国神社が国内外において「政治問題化」されてしまってから途切れたということである。「政治問題化」された原因は様々あり、一つは朝日新聞をはじめメディアが焚き付けたことも関係しているだろう。「ご注進」とばかりに朝日新聞が懇ろにしている中共を焚き付ける形になったのは、いわゆる「A級戦犯」の御霊の処遇が宮司預りとなっていたところで、当時の靖国神社宮司松平永芳が合祀に踏み切った後しばらくして、俄に首相の靖国神社参拝に中共が文句をつけはじめた格好になっているからであろう。その背景には、当時の中共中央政治局内部の権力闘争があったことは、内閣総理大臣として「公式参拝」に踏み切った中曽根康弘の証言からも推測される。

 

 というように、マスメディアの「ご注進」報道(日本の左翼は、国内での政争を有利に進めるため、頻繁に他国にわざわざ新たな争点を吹聴した上で、他国からの非難を利用して政府与党に対する攻撃を仕掛けるというやり方を繰り返してきた。対日非難の元を辿っていくと、たいてい日本の左翼に至りついてしまうという事例が多い)に原因があるといっても、その状況を漫然と放置するばかりか、逆により事態を悪化させ、結果として国内外の「政治問題化」に拍車をかけ、これを何とか改善しようとする努力を怠ってきた政治家の責任も相当重いと言わねばならない。

 

 ここまで「政治問題化」されしまった状況において陛下の御親拝があれば、どういうことになるのかの想像力に欠けるようだ。確かに、中韓や左翼の非難は、そのほとんどが難癖の類いであり、日本への外交的恫喝のカードに過ぎないだろう。しかし、そうさせたのは誰なのかを考えず、石原のように単純に「参拝いただきたい」と言っても、御親拝の実現はかえって遠のいてしまう。「政治問題」の渦中に陛下を巻き込んでしまうことになるし、そうなると陛下が批判の矢面に立たされる蓋然性を考えたことがあるのか。のみならず、靖国神社の平穏すら確保できなくなってしまう恐れもある。だからこそ、これまで陛下は勅使を靖国神社に遣わすだけにとどめておられるのである。そういう御配慮を、なぜ臣下である者が拝察できないのだろうか。

 

 陛下に「参拝しろ」という石原の発言は聖上に対する不敬で無礼の極みであるだけでなく、「政治問題化」された状況を改善しようとしない己の責任を回避している。どんなことになろうと上御一人をお守りするとの意志に欠けたこの逆賊ぶり、ここに極まれりといった感じだ。政治家がやらねばならいことは、遺族の願いでもある天皇陛下の御親拝を賜れるだけの状況になるよう、諸々の課題を解決し環境整備に努めることである。てめえが自己満足するためだけのパフォーマンスをすることではないのだ。

 

 石原慎太郎は、保守でもなければ民族派でもない。単なるエキセントリックなポピュリストでしかないことは、この発言だけでなく、上皇陛下に対する数々の不敬な言動からも明々白々。安倍晋三と同様、少なくとも、尊皇の志を微塵も持ち合わせていないことだけははっきりしている。「皇室は日本の役に立たない」だの、「皇室は無責任極まりない」だの、「君が代はダサい」だの、「君が代なんか歌わない」だの、と不敬発言を続け、皇居に一礼する人々を「バカ」呼ばわりしてきた人物だから、当然と言えば当然だ。要は、辻元清美と大して変わらない言動を弄してしたのである。東京への五輪招致のために皇太子殿下(現在の今上陛下)に協力願いたいだのと、思い返すだけで腸煮えくり返るような言葉を平然と口にしていたことも忘れたとは言わせない。

 

 民安かれ、国安かれと日々祈りを捧げられ、民を等しく大御宝とされてきた歴代天皇の大御心に反して、困難な境遇にある人々に対する数々の暴言も許しがたい。かつて、東京都知事として重度障害者施設を視察した折も、「この人たちには人格はあるのか」など天誅に値する差別発言を繰り出していたし(差別発言どころか、度し難い存在否定発言だが)、東日本大震災では、発生直後我を忘れて狼狽えていたくせに、主として東北で津波で犠牲になった者に対して「天罰」と発言していたこともあった(東日本大震災の際、日本への「天罰」だとして狂喜乱舞していた一部の韓国人の振舞いと重なる)。

 

 他にも、地震の被害にあった地域に対して「田舎だからいい」などの暴言も残している。ALS患者に対して「業病」とイカれた発言をしたことは記憶に新しい。水俣病患者の文章を「IQが低い」と罵り、相模原の重度障害者施設の人々を虐殺した殺人鬼の行為を理解できるかのような発言もある男だ。単なる失言を超えて一貫してこの種の発言を主張してきた男が、石原慎太郎という男である。

 

 こうした発言を反復する者に見られる傾向だが、いざ自分に困難が降りかかったりすると、豊洲市場の問題での我が身可愛さ故に出てしまった醜態に見られるように、そのヘタレぶりが暴露されてしまう。民族派の中では、石原慎太郎が実はビビりでヘタレであることは、半ば周知の事実になっている。自分より弱い者と見下す対象には強く出る一方、例えば民族派の重鎮クラスの先生方の前に出されると平身低頭、米つきバッタみたいにペコペコしている。

 

 こういうタイプの人間として有名な存在が、かつて石原慎太郎とともに自民党青嵐会のメンバーで、後に石原と仲違いすることになった浜田幸一である。浜田が稲川会の稲川聖城総裁の面前で額を床にこすり付けて土下座する姿を回想する民族派の先生方もいるくらいだ。こんな連中を「愛国者」と思って支持する人は、よほど石原のことを知らないか、あるいは石原自身が信者の一人であり、かつ石原の票田にもなっていた某新興宗教団体の信者くらいなものであろう。

 

 中選挙区制度であった頃、同じ選挙区から同じ自民党から出馬した新井将敬の選挙活動を妨害した所謂「黒シール事件」では、石原慎太郎選挙事務所の者が新井の選挙ポスターに「北朝鮮から帰化」というシールを貼りつけて回り、これに怒った民族派の重鎮である野村秋介先生が「日本民族の面汚し」として石原の事務所に乗り込み、「全ての在日朝鮮人に土下座して謝れ!」と抗議したことは良く知られている。もちろん、シールを貼り付けたのは石原の選対事務所の事務員であって、石原慎太郎が自ら直接貼り付けてまわったわけではないが、選対事務所の事務員が選挙活動の一環として行った行為に対して石原慎太郎自身に責任がないということはあり得ない。

 

 要するに石原慎太郎は、日本国や日本国民のことなどつゆだに考えていない「エセ保守」であり、皇室への畏敬の念に欠け、大御心を踏みにじる朝敵そのものである。我が国の政治を多少とも浄化するには、こうした石原慎太郎のような「保守」のフリをするだけの朝敵を討つことが先決の課題となる所以である。支持者には、石原がどういう言動をものしてきた男なのかを今一度よく調べてからにしてもらいたいと言いたい。

本性見たり!

 左派勢力(親北派)のムン・ジェイン政権になって特に喧しくなった「反日ヒステリー」を続ける韓国(日本にも一部に「嫌韓ヒステリー」みたいなことをやっている者もいないわけではないが)は、国防予算を大幅に拡大し、日本の防衛費を抜こうという勢いである。主要国の国防費の占める対GDP比は平均で2%程度と言われている中、韓国の国防予算の対GDP比は2%を優に超えるのに対して、日本の防衛予算の対GDP比は1%未満であり、これは主要国の中でも突出して低い。我が国を取り巻く安全保障環境や経済規模からして、現在の倍以上の防衛予算を組む必要があるが、何せ「軍事大国化反対!」などという勢力が必ず出てくるので容易ではない。左翼が喧伝するデマとは逆に、日本の防衛予算は少なすぎるというのが実情であることは、具体的数字に表れている。

 

 韓国軍は対北防衛の観点からは説明できない装備まで備えようとしており、今後、潜在的敵国として日本を位置づけ、東京を射程に収めるミサイルを装備することになるかもしれない。事実、韓国軍の現役将校で東京爆撃を口にした者も現れ始めている。韓国は米国に空中給油機の売却を打診した折、その目的を東京爆撃を可能にするためと主張していた。さすがに米国はこの打診を断ったが、韓国はどうしても東京爆撃をも可能にする空中給油機を諦めきれず、欧州に発注して4機確保することに成功している。その後は、空中給油機なくして東京爆撃が可能な戦闘行動範囲約1300kmの戦闘爆撃機を備えるまでになっている。

 

 韓国政府の将来計画では、原子力潜水艦を持ち、あわよくば北の核技術を利用して核武装国となって、日本に対する軍事的恫喝が可能になるような状況に持っていくことを企図しているようである。そうなると、少なくとも対馬割譲を要求してくるかもしれない(竹島ならば、百歩譲ってまだ領有権を主張する理屈は成り立つかも知れないが、「対馬は韓国の領土」という主張の根拠らしきものには、未だお目にかかったことはない)。韓国政府は、特に対日政策に関して必ずしも合理的な判断に基づく意思決定をしているのか疑念が持たれる行動を度々行うので、後先顧みずに「国民情緒」に基づいて日本を攻撃することだって考えられる(今は、米軍の重しがある以上、その可能性は低いだろうが、左派政権が今後も継続して在韓米軍撤退という事態に至れば、間違いなく日本を正面切って敵国として認定し、場合によっては日本に対して軍事行動を仕掛けてくるか、軍事行動をチラつかせながら理不尽な要求を突きつける恫喝外交を繰り返してくるだろう)。

 

 日本のマスメディアはほとんどとりあげないが、韓国の常軌を逸した反日教育反日活動はとどまるところを知らずエスカレートし、中には「日本にミサイルを撃ち込んで、日本人を殺しましょう」と幼い児童に教育する極端な左翼教師が紹介されたり、街頭でKill Japと反日活動に勤しむ団体も普通に存在する。日本にも排外主義的主張を繰り返す恥ずべき団体もいて、たいがいにしてもらいたいが、残念ながら、向こうのそれは、その比ではないのが実情だ。「日帝残滓清算」と言って、日本人名義の土地を名義人の断りなく一方的に国に没収するわ、日本人が植樹した木を切り落とするわ、日本品種の作物を否定しだすわ、公営バスには「慰安婦」の人形を設置するわ、親日派とされた者の墓を掘り返すわ、と「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という有様。一貫したいなら、鉄道もダムも道路もソウル大学校など各種施設も全部「日帝残滓」として破壊すればよさそうなものなのに、そこまでの狂気じみたことはまだやらないようだ(それやってくれたら、ある種のエンターテーメントとして面白いことになるだろうが)。その前におそらく、日本人に対する違法行為ならば当該行為の違法性が阻却されるといった差別的取扱いがなされるのではないか。要は、日本人に対しては犯罪をしても許されるという論理である(実際、「反日無罪」を叫んでいる活動家もかなりいるようだし、韓国に進出した日本企業が理不尽な差別的取扱いを受け続けているために、撤退し始めている会社も出始めている)。

 

 こうした状況に、まともな韓国人は「まずいことになった」と憂慮を示すものの、それを声高に主張すると集団リンチに遭ったり、職場から追放される目に遭い、社会的に抹殺される恐れがあるので声を出しにくい。さすがに、欧米メディアも韓国の異常な反日活動に疑問を持つようになり、韓国政府に対する批判的な論調も増えてきてはいる。韓国政府のなりふり構わぬ反日宣伝活動が逆にしっぺ返しを食らいつつあるのだ。

 

 次は、新たな「歴史問題」を作り上げて国内の対日世論を盛り上げるとともに、韓国と内通する日本国内の左翼系市民団体や左翼人士をたきつけて、日本の行動の足を引っ張る作戦に乗り出すことだろう。嫌韓ムードを生んだのは、先方の無茶な主張までをも無理やり擁護し、韓国政府へのありうべき批判ですら封じてきた左翼やマスメディアの言説だ。ここ数年の嫌韓ムードは、こうした理不尽へのフラストレーションが一気に爆発した結果ではないか。

 

 当面は、元募集工問題における差し押さえた日本企業の資産の現金化にともなう日本側の報復措置を止めるよう、対日世論工作を一層進めてくるだろう(ムン・ジェイン政権では、この工作資金は約3倍に増やされている)。事実、昨年の輸出管理体制の見直し(要件を満たせば輸出許可が出されているので、決して輸出規制ではなく、「ホワイト国」扱いしなくなったというだけのこと)が行われた時、案の定、日本の左翼市民団体は、韓国側の利益を代弁する形で、この見直し決定の撤回を求めて運動を展開していた。十中八九、韓国擁護・日本批判の運動を日本の左翼市民団体や「知識人」を利用して仕掛けてくるに違いないのだ。

 

 日本の左翼市民運動家の中には、向こうの左派団体が設けた賞まで受賞する者もいる。左翼系大学人でチュチェ思想を信奉し、北朝鮮の勲章をもらい、記念切手にまでなっている者が何人かいる。最近でも沖縄県辺野古の米軍の代替ヘリポート建設反対運動を展開する元沖縄大学学長は、日本におけるチュチェ思想信奉者の代表的人物の一人である(在日米軍基地負担が沖縄県に偏頗している現状は大いに問題があり、この理不尽は是正していかねばならないが、左翼の目的はそういうところにはなく、単純に日本の防衛能力を削ぎ、北朝鮮中共ないしは親北の韓国内左派の利益のために動いているだけのことである)。日本教職員組合にはチュチェ思想ないしはキム・イルソン主義(最近では「キム・イルソン=キム・ジョンイル主義」という言葉も出始めている)にかぶれた者も相当数いる。

 

 特に、どういった連中が北朝鮮を「地上の楽園」と称賛し、キム一族の暴政を支援していたか。これは、『金日成回顧録-世紀とともに』(雄山閣)に推薦を寄せている連中の一覧を見ればわかるだろう。平壌チュチェ思想塔にある大理石で作られたプレートの中に北朝鮮を信奉する日本人の名が刻まれているし、妙香山にある国際親善展覧館には、キム・イルソン、キム・ジョンイル父子に恭しく献上した贈り物が展示されている。それらを実地に確認すればわかろう。日教組の委員長や総評の議長、はたまた大学教員や国会議員に至るまで、数多くの日本人が関わっている。

 

 個人的には、いつかチュチェ思想と京都学派左派であった梯明秀の哲学の関係を勘繰っているので、それについての論文と、キム・ジョンイル「生活と文学」のブックレビューを書いてみたい。それとは別に、キム・イルソン主席死去からキム・ジョンイル朝鮮労働党総書記に推戴されるまでの期間に突如として登場した「赤旗思想」とは何だったのかにも興味がある。確かあの時期は、「チュチェ思想」の名はあまり登場しないで、「赤旗思想」という名の思想宣伝が盛んに行われてようなのだが、いつの間にか消えてしまった。この辺の事情に詳しいチュチェ思想研究家に尋ねてみたいものだ。

 

 岩波書店の元社長安江良介は筋金入りのキム・イルソン崇拝者で、一時期、美濃部亮吉の東京都政を支えた人物であったが、美濃部都政は何かと朝鮮総連に便宜を図ってきたことでも知られる。北朝鮮の体制を礼賛し、日本人拉致の事実が明らかになりつつあった時でさえ拉致の事実を否定し続けた。キム・イルソンとの会見録など読むに耐えない内容だ。この辺の事情は雑誌『世界』でもわかるし、さらには『金日成著作集』朝鮮語版の43巻にも収録されている。

 

 もっとも、僕は朝鮮語が読めないので、日本語版『金日成著作集』の1巻から30巻までしか所有していない。日本語版のものとしては、先ほどの『金日成回顧録』や『金正日著作集』、『金正恩著作集』は一通り揃えている。「目指せ、向坂逸郎!」ではないが、一時、社会主義共産主義文献を片っ端から買い漁り、ちょっとした「赤色図書館」でも作れそうな勢いだった。『毛沢東年譜』全巻をも網羅したマニアックなものになっているのが自慢。あとはロシア語さえできれば、旧ソ連のロシア語文献を集めることができたのに、と少々悔やんでいる。

 

 岩波と言えば、安江のみならず、数多くの関係者がチュチェ思想を信奉しキム・イルソンを崇拝してきたわけだが、その思想信条が北朝鮮拉致被害者家族への憎悪にまで肥大化した男が国際政治学者の坂本義和であった。坂本に至っては、北朝鮮が拉致の事実を認めた後でさえ、横田夫妻を非難し続けていた。ある時期までの岩波書店の雑誌『世界』は、バックナンバーを繰ればわかろうが、一見して朝鮮労働党の機関紙か何かと見紛う内容だったことを覚えている者も多いだろう。未来社雄山閣もそうだが、強制収容所国家北朝鮮の体制を過剰に礼賛する書籍を出版してきた出版社には何某かの「落とし前」をつけてもらわないと、出版文化全体の信用にも関わることになろう。

 

 何かにつけて日本を糾弾し、韓国や北朝鮮への謝罪と賠償を主張する市民団体は、明らかに韓国内左派と内通して韓国を利するための工作活動をしている団体である。その本音が現れたのが、昨年のGSOMIA延長反対の主張であった。明らかに北朝鮮北朝鮮の息のかかった韓国内の左派の主張は日本にとって資することはないはずなのに、日本の左翼市民団体は、日本の安保上の不利益になりかねないGSOMIA破棄まで主張していたことを見ればわかるように、それによって利益を受ける北朝鮮の意向に沿って動いていた。この動きを怪訝に思い、運動から身を引いた人もいたようだが、当たり前だろう。その市民団体は、日本や日本人のための利益の団体ではなく、最終的には中共北朝鮮の利益に資するよう一貫して活動してきた団体だからだ。

 

 日本人の大学教員や評論家の中には不自然なまでに韓国寄りの言動をする者もいるが、その者の大半は、裏で韓国政府の対日世論工作資金を直接・間接に受け取っている者だと疑った方がいい。直接的な利益供与までしている事例は少ないかもしれないが、間接的にその者の利益に適うよう様々な仕方で便宜を与えているはずだ。韓国政府は、自国に都合の良い言論活動をしてくれそうな言論人をピックアップして、手なずけるべく先ずは大使や総領事が食事等に招待することで懐柔工作を図ることでも知られ、米国でも盛んにそうしたロビー活動がなされていることは周知となっている。おそらく日本国内でも、韓国大使館や総領事館に招待され、いそいそと喜び勇んで出向いている者もいることだろう。

 

 大学の教員や評論家など懐柔するのは朝飯前であり、特に日本人は外国情報機関の対日工作にまんまと嵌められる人が多いと言われる。公安は当然把握済みだろうが、はっきりそうした情報を何らかの仕方で白日のもとに曝してやれば、結局どの言論人やメディア関係者などが外国の工作に乗せられて言論活動しているのかが国民に周知されることだろう。言論人というのは、偉そうなことを言っても本性は金にせこい連中だから、対日工作にコロリとやられてしまうのだ。かつては、韓国のKCIAやその先兵となった旧統一教会の工作によって懐柔された政府要人や与野党議員が相当数いたと言われる。

 

 もっとも、こうした工作は左翼だけに限られず、右翼の方にもまま見られることである。内閣情報調査室の活動資金や内閣官房機密費から拠出された資金を受け取り、その結果として言論内容を変節させた者もいるし、米国CIAや韓国KCIAから資金供与されていた言論人もいる。中には、米国のCIAから資金提供されつつ同時に旧ソ連KGBからも金を貰っていたという「ツワモノ」もいるのだからたまらない。韓国のカルト団体であるムン・ソンミョン率いる旧統一教会が「接着剤」となって日韓利権にありついた政財官学のお歴々も多数いる。表向き反共を掲げていたムン・ソンミョンは、その後北朝鮮のキム・イルソンと会見し、北朝鮮での権益確保に乗り出すのだから、この融通無碍ぶりには驚かされる。国際勝共連合つながりで旧統一教会の日本布教の手助けをしてしまった笹川良一は、晩年になってそれを後悔する言葉を残しているが、いくら当時が冷戦の最中で共産主義の脅威が現実のものとなっていたという事情を勘案しても、悲しいかな、旧統一教会霊感商法詐欺によってどれだけの日本人の財産が韓国に毟り取られていったかを考えると、笹川良一のなした罪の部分が指摘されてもよいだろう(もちろん、功の面も評価するに吝かではないが)。

 

 戦後日本は、主として中共南北朝鮮に対して阿り、日本を罵り蔑むことばかりに邁進してきた反日左翼と、中韓には「毅然とした態度を!」と威勢のいいことを口にするばかりで何もせず、一方で米国に対して「毅然として屈従」して恥としないばかりか、そのケツを舐め続けることに喜びを見出す親米保守が大きな政治勢力となってきた不幸がある。前者は憲法九条があれば平和が維持されるというお花畑幻想を振りまき、後者は日米安保があるので平和が維持されてきたから、これからも米国にしがみついて生きていけばよいと思っている。もちろん、両者とも完全に間違っている。憲法九条があろうがなかろうが、現実の安全保障環境次第で平和が維持されることもあれば壊れることもある。対して、日米安保があるからと言っても、日本と米国と国益が常に一致するなどということは所詮あり得ないことであり、しかも、米軍が今後も北東アジアで一定の軍事的プレゼンスを維持するかどうかも確証はない。

 

 元朝鮮人慰安婦を支援すると称する市民団体も、前々から言ってきた通り、案の定、日本にユスリ・タカリを繰り返してせしめた資金をネコババするための「反日ビジネス」を展開していた実態が徐々に明らかになりつつあるが、さらに追及が深まれば、その資金の一部が内通している北に送金されている実態も明らかになっていくことだろう(ムン・ジェイン政権下では、真相追求の動きが阻止されるかもしれないが)。もはや、「歴史問題」という名の外交的恫喝の道具と金づるとしてのユスリのネタと化している。

 

 日韓関係が悪化することを危惧する心ある韓国人は、今のムン・ジェイン政権が民主主義的ではなく典型的な左翼全体主義を体現した政権であるかを切々と語っている。だから優秀な人間は、いち早く米国に向かおうとすると。韓国人全体が反日であるわけではもちろんない。異常な反日教育やメディアの煽動によって反日的な人間が多いことは事実だが、そういう自国の潮流に強い違和感を抱くまともな韓国人も相当数存在するということを忘れてはならない。その韓国人までも敵にしてしまう「嫌韓」の風潮は、我が国の益にはならない。ましてや、民族全体を侮蔑する言動は、民族派としても許容することはできない。韓国政府の無茶苦茶な言動に対しては厳しく応じればよいし(我が国の政府も、少なからずイカれた言動で物議を醸しているが)、時には制裁発動もやむをえないだろうが、韓国人全体を総じて敵に回すのは賢明ではないだろう。

 

 そもそも、どこの国であれ、何とかを支援する団体というのが如何に胡散臭いかは、その団体の代表的な人物が具体的に何で飯を食っているのかという卑俗な面からアプローチしていけば理解できる。日本の市民運動を率いる者が胡散臭いかどうかを見る一つの判断基準は、その者の食い扶持が何かがはっきりしているか否かである。専従活動家というケースが多いわけだが、そいつの生活費がどこから拠出されているのか調べてみればいい。僕は民族派の者だから、公安の刑事とも話を交わしたことがあるが、たいていの左翼活動家は素性が定かならぬ団体の役員(十中八九、外国の工作機関から資金が拠出されているダミー団体や会社)であったり、逆に公安に情報を売って生活している者であるとのことだ。

 

 一例を挙げよう。憲法問題や平和運動で目立つ活動を展開している常連の市民運動家がいるが、この者は、実は中共を支持する弱小社会主義政党(政党といっても議席はゼロだから、政治団体というべきだが)の党員で、中核派革マル派といった極左暴力集団とは一線を画すも、極左路線を進むことでは共通している。憲法問題や平和運動をしている表の姿しか知らない者は、彼がどのようにして生活費を工面しているのか、ほとんど知らないはずだ。

 

 数年前の「平和・安保」法制の問題や福島第一原発事故から単純に平和運動脱原発運動に興味を持って市民運動に参画した若者もいるだろう。意見は異なれど、その純粋な思いは理解できる。しかし、そう思えばこそ、そうした市民運動の専従活動家が実はどういう背景を持っている人物であるのかを知っておくべきだろう。しかし、彼は紛れもなく通常の職業を持って生活する者ではない専従活動家である。薄々疑問に思っても尋ねることを躊躇する人もいるだろう。だから、そういう人に目を覚まさせるためにも、彼の生活費等の出処を言っておいてもよいだろう。なんのことはない、少なくともこの活動家は、定期的に公安に情報を流す見返りに生活費を工面してもらっているわけだ。左翼活動すること自体が自己目的化した団体に往々にしてみられる一つの典型である。

 

 疑問に思うならば、自らが参加する市民運動の代表者のホームページなりtwitterfacebookなどのSNSの内容を過去に遡って読んでみるといい。おそらく、政府や自民党または自衛隊や米軍の批判は散々やるものの、中共南北朝鮮についてはほとんど批判的なことを述べていないはずだ。もちろん現在問題になっている香港の強圧的な支配についてもほとんど触れず。仮に触れたとしても中共の暴政そのものには触れない。当然、ウイグルチベットでの大量虐殺について一言も批判しない。尖閣諸島への挑発行動や南シナ海での暴挙にも触れない。インドやブータンへの覇権主義的な振舞いも触れない。台湾への武力を背景とした恫喝外交も批判しない。北朝鮮に関しても、拉致や核やミサイルの問題については無視して日朝国交正常化を急げとだけ主張する。北朝鮮の代弁者であることが見え見えである。気がついた賢明な者は、こうした市民運動から距離を置き始める。

 

 もう一つの典型が、先ほどの対日世論工作に組み込まれてしまった例である。今も、中共擁護のための無理筋の主張をして憚らない日本の「市民活動家」がいるが、この団体は一貫して中共の宣伝マンよろしく、ウイグル強制収容所を成功例として礼賛し、香港の暴力的制圧と民主活動家の逮捕をデマも交えて正当化する論陣を張っている。何せ、チベット侵略や天安門事件ですら中共の振る舞いを礼賛擁護しているので何の不思議もないわけだけど。あまりに露骨すぎるものだから、中共中央統一戦線工作部もしくは国家安全部の工作活動であることが丸わかりだ。何の恨みがあるのか、「リンゴ新聞」の黎智英氏や「民主の女神」として日本で特に有名になった周庭氏をこれでもかと貶めることに躍起になっている。露骨なまでの中共プロパガンダを背景にしたその主張Chinazismにドン引きした者も多かろう。

 

 オブラートに包んで共産主義者の本性が出ないように「市民の側」に立ったリベラルの装いをし続けることができなくなったのか、遂には今回の米中対立を通じて、マオイズムにかぶれた左翼の残党が炙り出されたのは、唯一の成果かもしれない。普段は、人権だの平和だのと言い募りながら、いざ中共の問題となると、露骨にその宣伝マンになって、香港の民主化運動を中共のデマをそのまま持ち込んで罵倒し、チベットウイグルの問題にしても中共の主張を垂れ流して必死の擁護に努める。そういう本性を隠してきたものだから気がつかなった人もいるだろう。そういう人は、この機会で炙り出された極左の本性を見抜き、いち早くそこから離脱した方がいい。カルト団体から脱出をしておかないと、人生全体が不幸なものとなるに違いないからだ。

歴史の涙-昭和20年8月14日

 令和2(2020)年8月15日、終戦詔勅玉音放送を通じて国民に向けて発せられてからちょうど75年目を迎える。わが国の大方の認識では、終戦の日といえば終戦記念日とされる8月15日ということになっているが、少なくとも米国では、大東亜戦争終結の日といえば、ミズーリ号甲板上にて外務大臣重光葵日本国全権が降伏文書に署名した9月2日ということになっている。もちろん、わが国大多数の国民の認識が端的に誤りというわけではない。当事者双方の立場が異なっているのだから、受け取り方に相違があってもおかしくはない。降伏を認めるポツダム宣言受諾の意思を内外に表明した8月15日に国民が大東亜戦争敗北という事実を認識したわけなので、この日を以って組織的な戦争遂行意思が消滅したという意味において、「戦争の終わり」=「終戦の日」と認識するのは不合理なことではないだろう。

 

  今年は、COVID-19の感染拡大防止のために、先月中ごろの靖国神社での「みたままつり」も中止になったと聞く。終戦記念日靖国神社は例年なら大勢の参拝者で激しい人混みとなるが、今年はどうなるのやら。父方の曽祖父の兄弟(確か、海軍兵学校65期か66期だったと思うが)が靖国神社に祀られているので、命日の月に昇殿参拝することはもとより、春と秋の例大祭そして終戦記念日への拝殿前での一般参拝を日本にいる時は欠かさず行ってきたが、今年はそれもできそうにない。

 

  この日の米国での報道を見ると、平成と令和の御代しか知らない僕のような人間でさえ悔しさと同時に怒りさえ込み上げてくるのは、そのレイシズム剥き出しの露骨な日本人像のためである。戦前の日本が国際社会に向けていくら人種の平等を訴えても、欧米列強がその主張をことごとく撥ねつけてきた歴史が想像される。ニューヨーク・タイムズのバックナンバーを調べたらわかることだが、日本人のことを表すイラストは得体の知れないエイリアンのような巨大な怪物であり、「今後この日本人という名のエイリアンが再起できぬよう徹底的にその牙を抜かなければ行けない」というのである。白人であるドイツ人に対しては、「再び文明国として再興する手助けをしなければならない」といった論調なのである。これを初めて目にした瞬間は、頭に血が上って「アメ公にも、二発原爆おめみえしてやれ!」と思ったものだが、もちろんそんなことできないし、絶対やっちゃあダメだ。ともあれ、気持ちの上では「やられたらやり返す」というのは人間のごく普通の感情であって、それを実行に移さなくとも、心のどこかでそういう気持ちを失ってもまずい。

 

 大東亜戦争敗戦についての反省と教訓は、もちろん負ける戦をしてしまったことや戦禍によって多数の死傷者を生んでしまったこと、あるいは二度とこのような戦禍を招かぬよう最善を尽くすことも含まれよう。しかし、それだけではなく、仮に心ならずも戦争に至ってしまえば、「今度は必ず負けない戦にしてみせる」ということも含まれていなければなるまい。

 

 連合国の勝利は、アジア・アフリカ諸国にとって何の解放をも意味したわけではなかった。むしろ、アジアやアフリカを植民地にすることは欧州諸国の権利であるとばかりに日本の敗戦後にアジアの再植民地化に乗り出したことからもわかるように、連中は単に先発的な帝国主義国でしかなかった。英蘭は自国だけでは大日本帝国陸海軍を前にして手も足も出ずに敗走するより他なかったわけだが(マレー沖海戦では、英国が誇る東洋艦隊が全滅し、プリンス・オブ・ウェールズが海の藻屑と化したという報を聞いたウィンストン・チャーチルは大泣きしたらしい)、今も旧日本軍の行動に文句をつけている者が僅かにいる。一部捕虜の待遇について問題があったことは認めるにしても、英蘭にとやかく言われる筋合いのものではないだろう。英蘭がインドやジャワなどで何をしていたかを考えてみればいい。もちろん旧日本軍の振る舞いが決して誉められるような態様ではなかったことも認めるが、少なくとも英蘭といった旧宗主国帝国主義者から非難される言われはない。

 

 昭和16年からの大東亜戦争が、後にダグラス・マッカーサーも認めざるを得なかった通り、主として安全保障上の必要に迫れての自存自衛のための戦争であったとしても、開戦に至る過程全体を考えると、我が国の振舞いの中には後発的帝国主義国家としての側面を持っていたことは否定できず、大局的には先発的帝国主義諸国と後発的帝国主義諸国との権益争いの末の戦争でもあったと言える。当時は、列挙諸国に共通して見られた振舞いであったとはいえ、大正4(1915)年の対華二十一か条の要求は中華民国に対するあからさまな覇権主義的恫喝であって、これに対して中華ナショナリズムが湧き起こり日貨排斥運動へと進展していくのも無理ないことであった。特に、清朝を打倒して中華民国を立ち上げた面々が日本の明治維新に倣えと親日的な姿勢を示していたのに、この要求によって反日的な姿勢に転嫁していった過程を見ると、日本人として申し訳なさに駆られる。今度は逆に、中華民国に同情し支援すら惜しまなかった日本人の態度も日に日に増してくる中華ナショナリズムに基づいた日貨排斥運動に対する反発から、華人蔑視へと変容していった。この流れを加速していった契機が、1919年の五・四運動である。独善的な善悪二元論で物事を割り切る傾向にある日本の左翼はこの運動を単純に礼賛するわけだけど、物事そう単純なものではないということに理解が及ばないらしい。

 

 既に、日本の敗北が濃厚であることを認識していたにも関わらず、終戦後の対日政策を米国有利に進めるために、旧ソ連の対日参戦の前に早期終結を図るという目的だけでなく(ヤルタ密約により、米国は旧ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して満洲国及び我が国に侵略することを半ば承諾していた。コミンテルン日本支部としてモスクワの指令に基づきスターリンの意向に適うよう活動してきたのが日本共産党である。「侵略戦争に一貫して反対してきた平和の党」と威張っているが、ちゃんちゃらおかしい。スターリンを利するために活動していたに過ぎなかった。戦後もなお、虚偽の通報によって呼び寄せた巡査を十数人の共産党員が鉄パイプで撲殺した練馬事件を始め、数々の殺人事件や警察襲撃事件あるいは放火事件といった無差別テロを起こし続けきた集団である。こうした過去の行いを徳田球一の一派だけに責任をなすりつけ、「51年綱領」に則った党の正式な路線であったことを認めようとせず党史を捏造するばかり。「ソフト路線」の装いを凝らしてる現在でも、なお暴力革命路線を最終的には放棄していないと警察庁は警戒しているし、公安調査庁日本共産党破壊活動防止法に基づく調査対象団体であるとしている。要するに、我が国の秩序を暴力的に破壊しようとする団体であるというのが、日本政府の一貫した認識なのであり、このような団体が国会に議席を有していること自体が大問題なのである)、新型爆弾の破壊力を見るための実験として、米国は広島と長崎に原爆投下した。

 

 果たして、相手がヨーロッパ人ならばどうだっただろうか。おそらく、原爆投下は憚られていたのではないだろうか。ハリー・トルーマンフランクリン・ルーズベルトも筋金入りの人種差別主義者で白人至上主義者だったので、この想像は必ずしも的外れとは言えまい。広島に投下した後、間髪入れずに長崎にも投下したのも、ガン・タイプとインプロージョン・タイプ双方のタイプの原爆を試したかったからだろう。

 

 意図的に非戦闘員を狙って大量殺戮する行為はもちろん違法であって、もし極東軍事裁判がフェアな裁判であろうと企図していたなら、広島や長崎の住人を大量殺戮した行為や東京や大阪といった大都市住人の頭上に爆弾の雨を降らせた都市空襲によって大量殺戮した行為につき米国も裁かれるべきであったが(旧日本軍も、当時中華民国重慶を爆撃して非戦闘員の殺人をやらかしたこともあるけど)、極東軍事裁判東京法廷では、米国側の当事者が裁かれることはなく、専ら連合国に都合よく事実認定が行われ、まともな弁明の機会も与えられず、法の不遡及原則を無視した事後法による処罰というおよそ近代法における裁判とは言い難い共産主義者の常套とする「人民裁判」擬きのような茶番が行われた。いかに日本側主張がさしたる理由もなく提出証拠が問答無用に却下されたかは、『東京裁判却下未提出弁護側資料』(国書刊行会)が示すところである(それをまとめたものとして小堀桂一郎東京裁判 日本の弁明』(講談社学術文庫)があり、ここには米国連邦議会上院の外交軍事合同委員会における公聴会でのマッカーサーの証言も原文で収録されている)。

 

 戦前の傲慢が戦後の卑屈へと極端に変わり、戦前日本の全否定へと変節した「知識人」が左翼人脈を形成して我が国の世論を中共旧ソ連あるいは北鮮を益する方向へと誘導してきたことは既に知られるところとなったが、体制の中枢も同じく、似たような変節人士が大量に棲息していた(戦後の日本は、あろうことか、東京大空襲の責任者カーチス・ルメイに対して勲章まで授与する始末なのだから)。米国は日本のことを完全に舐めきっていて、特に核についての情緒的な対応を上手く利用して日本国民の感情を手なずけようとしてきた。その典型がオバマ政権だった。

 

 バラク・オバマが広島の平和記念公園を訪れ被爆者名簿が収められている慰霊碑に献花し被爆者団体の代表と抱擁を交わしたことを美談として、日本国民は諸手を挙げて歓迎した。ルース大使が記念式典に参列したことも含めてオバマ政権は「核なき世界」に向けて懸命に頑張っているという虚偽のイメージを信じて、朝日新聞から産経新聞まで揃ってこれを称賛した。核兵器の直接的被害を受けた国民として核の問題について情緒的な反応になってしまうのは自然なことであって、それ自体責められるべきことではないが、こうした情緒的反応でしか返せない日本のあり方を、米国は完全にバカにしているという事実を直視した方がいいかもしれない。

 

 それは、バラク・オバマという人物がどういう人物だったのかを調べてみればわかるはずだ。オバマは、「核なき世界」に向けて積極的にそのための行動を起こすことを世界に宣言してノーベル平和賞を受賞し、広島まで赴いて被爆者団体の代表者と抱擁を交わすなど、わざとらしい演出によりさも自身が「平和の使者」であるかの装いを凝らしていたが、舌の根乾かぬうちに今後20年間の新型の核兵器開発に1兆ドル以上の予算をつける決定を下しているのである。

 

 なぜ、こうした白々しい演出が施されたのか。それはちょうど、北朝鮮のミサイル開発と核開発が進展し、日本にとって一段と安全保障環境が深刻化した時期と重なる。中朝露といった核保有国を周囲に持つ日本にとって事態は相当深刻になっており予断を許さない状況に立ち至っていること、そして有事の際に日米安全保障条約に基づく米国の行動が確証できるか否かわからない状況からも、冷静に判断すれば、我が国の防衛において核保有の選択肢が議論されるに違いないだろうと安全保障の専門家ならば当然に予想されたからである。そこで、日本の「反核勢力」(その全てとは言わないが、左翼イデオロギーから「反核」を主張する勢力は、これまで西側諸国の核は汚い核であるのに対して、東側諸国の核は綺麗な核だと主張して憚らなかったし、今も人民解放軍のミサイル約2000発が日本に照準を合わせているというのに、中共に対してはほとんど批判をしないままである。要するに、「反核」とは表向きの看板であって、彼ら彼女らの本音は、中共を支援するために日本の国力を落とすことにある)を支援することで国内世論に楔を打ち込んだというのが真相だろう。

 

 米国は日本をプロテクトリーとしておくという戦後一貫していた対日政策の基本を崩したくないので、ことあるごとに日本の核武装の萌芽を潰してきた。有名なのは、1960・70年代に日本と西ドイツとの間で検討された核武装の議論を米国が封じてきたことだろう。日本が核不拡散条約の批准を渋り続けてきたのは、何とか核武装の選択肢を確保しておこうという思惑があったからである。この時期は、まだ戦前の教育を受けた官僚が中心であったから、こんなもの批准してしまったら今後の防衛政策の足かせになり、米軍依存から一層抜け出せなくなると考えた骨のある官僚もいたというわけだ。この辺の事情は、外務次官や駐米大使を務めた村田良平による回顧録『村田良平回想録』(ミネルヴァ書房)の下巻に詳しい。

 

 以後、ますます対米従属に拍車がかかっていく。そりゃ当然である。安全保障の要を米国に依存しておいて対米自立などできるわけない相談だ。対米従属を批判する左翼は安全保障の必要性を見て見ないふりをしてひたすら憲法九条をお題目の如く唱え続けるだけであった一方、自民党自民党で、憲法九条第二項を素直に読めば明らかに武装解除条項であるのに、自衛のための必要最小限度の実力部隊を保持することは憲法に違反しないと苦肉の策で誤魔化し続けてきた。もちろん、現実に自衛隊すら保持せずして安全保障を図ることなど不可能だから、改憲が難しい状況下での苦し紛れの「方便」だったことは理解できる。現に、我が国が独立を果たし必要な防衛力を備える以前に、韓国はドサクサ紛れに竹島を不法占拠するに至ったわけである。その際、数十人の漁民が虐殺され、また大量の漁船が拿捕されて人質に取られた事件をよもや忘れたわけではあるまい。島根県民の中には、この事件に関して韓国に憎しみを抱き続けている人もいるのだ。本来ならば、明らかな我が国領土に対する侵略行動をとった韓国に対して自衛行動を発動してもおかしくはなかったのに、この時期は日本の主権回復もままならず防衛力もなかった。この点においても、韓国の卑怯ぶりがわかろう。事態を漫然と放置し続けてきた日本政府は、いまだに竹島奪還のための具体的行動を起こしていない(不法占拠状態が数十年も継続している状態となっては、たとえ軍事的には竹島奪還が容易であったとしても、政治的に軍事オプションはとれない)。

 

 米国は、かつての敵国である日本とドイツが復活して再び米国の脅威となることを封じておくために、自主的・自立的な防衛能力を持つことを決して容認しなかった。その代わり、安全保障条約に基づく防衛義務を設けることで両国をなだめようとしてきた。北朝鮮などの脅威を前にして、再びそうした議論が巻き起こらぬよう米国はそれを封じる手に出たといってよい。それがオバマの態度にも現れ、これまで被爆者団体に見向きもしなかった米国の態度の豹変ぶりにも現れている。

 

 NPT体制に入ってしまった現在の日本が、今更この体制から離脱することが最良の選択であるのか否かは議論のしどころだが、よほどの覚悟がなかれば核武装の選択をとるとの決断はしにくいだろう。核不拡散体制からの離脱は政治的・経済的リスクが大きすぎるという意見もあろうし、核兵器は水鉄砲のような玩具ではないのだから安易に弄ぶ議論や早急な判断は慎まれるべきで、デリケートな被爆者の心情にも慮った丁寧な議論となるべきだ。

 

 しかし、我が国を取り巻く安全保障環境は日増しに厳しい状況になっていることも確かだ。ケネス・ウォルツやジョン・ミアシャイマーなどリアリズムに立脚する米国の国際政治学者や安全保障の専門家ならば、日本は当然核武装の選択肢を視野に入れた防衛政策への転換を図らざるを得ないと考えている。彼らは別に好戦的な主張をしていないし、好戦的な気質の人物ですらない。むしろ、その逆である。彼らはベトナム戦争にも反対したしイラク戦争にも反対してきた。「中東の民主化」と称して中東に介入することにも反対してきた。米国のGDPが世界のそれの50%以上を占めていた1950年代までならともかく、その時期から明らかに衰退傾向にある米国の相対的国力からして、世界覇権を維持し続ける戦略は非合理的で非現実的な選択でしかない。

 

 ベトナム戦争イラク戦争あるいは誤った中東政策を主張してきたのは、ジョセフ・ナイJr.やらジョン・アイケンベリーなどといったリベラリストの方である。彼らのプランがいかに杜撰であったかは、イラク占領においても日本でのGHQ方式による統治モデルが妥当すると考えていたことにも現れている(日本も随分舐められたものである)。悲しいかな、日本国民が感情的にその選択は採りたくないと思ったところで、安全保障環境の厳しさが増している情勢がそれを許してくれない。事態がさらに深刻化するならば、好むと好まざるとに関わらず、日本国民はその選択の是非についての判断を迫られる時期がやってくる。

 

 安全保障論は、常に相手あっての議論である。こちらがいくらきれいごとで言葉を着飾ろうとその言葉を真に受けてくれる相手であるわけではない。外交は単なるおしゃべりの結果ではなく、軍事の裏づけがあって初めてまともに機能する。何らの力の裏づけなく、ただ単に美辞麗句を並べて外交交渉で解決すると言ったところで誰も本気で相手にしてくれない。会議で膨大に積み上げられた契約書類の山を持ち出したところで、最終的にはレボルバーというthe last resortを持った者の意向を無視できない。

 

 ある安全保障状況の中に置かれて、自らの経済的規模に見合う防衛力を欠如させることになれば、その状況における「力の空白」をもたらし、その状況を不安定にさせてしまう。いかに「力の均衡」を図ることで状況を安定させ平和を維持するか。そのバランス感覚を失い、ひたすら「平和」を合唱しているだけでは紛争を誘発することにしかつながらないだろう。逆に、周囲の状況からして無碍な軍拡を一方的に進めることも周辺諸国の警戒感を増幅させ、徒な軍拡競争を誘発させてしまうセキュリティ・ディレンマに陥らせてしまう。

 

 北朝鮮は核による恫喝外交を止めるどころか、ますますエスカレートしていくだろうし、中共は「九段線」という身勝手な理屈を根拠に南シナ海全域を支配していったように、やがて尖閣諸島や沖縄まで東シナ海全域をも我が領海だとしてその排他的支配のための軍事的圧力を加えてくるだろう(1992年に制定した「領海法」の主張を周辺諸国に力づくで押しつけてきている)。さらには外洋にある沖ノ鳥島周辺の我が国のEEZの海洋権益まで主張してくるのも時間の問題だ。中共の目的は、西太平洋を自らの支配下に収めることだと公然と主張していることからして、当然の行動である。習近平オバマとの会談で、米中両国により太平洋二分論を提案した時、オバマはまともに取り合わなかったが、習近平の決意は本気のようだ。それは、外交を取り仕切る楊潔篪中共中央政治局委員の発言にも現れている。尖閣諸島で何らかの軍事的衝突となるのは不可避かもしれない。それが米中全面戦争にまで拡大することは両国が核保有国なので回避されるだろうけど、米国の安全保障専門家の中では、米中の限定戦争が勃発する可能性は大きくなっているとの意見がかなりの数出始めている。

 

 オバマ政権は「中東和平」と言いながら、やっていることはシリアやエジプトそしてリビアの政局を不安定にし、中東を安定化させるどころか逆に混乱する政策を一貫してとり続けた。エジプトの例など特に酷く、独裁者ムバラクを米国の意に沿わぬ者として追放した後、選挙によって米国にとって不都合なムスリムブラザーフッドの者が大統領に就任するや、気に食わないとしてCIAの工作によって国軍にクーデタを起こさせ追放しもした。

 

 オバマの下した暗殺命令の数は3000件を超え、この数はオバマより前の歴代大統領が下した暗殺命令の合計よりも多く、前任者のブッシュのそれの十倍以上もの数で、暗殺候補者リストを見ながら暗殺指令を下す火曜日の午後は、ホワイトハウスではTerror Tuesdayと呼ばれていたほどの「殺人狂」だったことで知られる。暗殺の手段はたいていドローンを利用した暗殺方法が採られていたが、オバマ政権の頃は、さらにSignature Killingまで行われていた。これは暗殺リストに載っていない者であっても、米国本土にある基地に映し出される映像から少しでも怪しい行為だと判断すれば、根拠さだかならぬとしても殺して構わないというものである。だから、オバマの下した暗殺命令によって殺害された人数は3000人どころか、さらにその何倍もの数に上ると言われる。更に、前任のブッシュ政権時、キューバにおける米軍占拠地グアンタナモの収容施設におけるCIAによる拷問行為が暴露されて問題になったが、オバマはこの問題を解決するとして収容者全員を処刑した。

 

 国務長官を務めたヒラリー・クリントンの常軌を逸した言動はより知られているが、有名なところでは、リビアカダフィ大佐が血まみれになって殺害された映像を目にしたヒラリー・クリントンの反応だ。We came, We saw, He died!と手を叩き目を輝かせて狂喜するというもので、この映像が出回りヒラリーは火消に回るも既に遅し。米国に敵対するイランに対しても、We will obliterate Iran!(obliterateというのは相当強い表現で、地上から跡形もなく消し去るという意味である)とまくし立て、周囲の閣僚をドン引きさせたいわく付きの女でもあった。

 

 二度の原爆投下で敗戦が決定的となった状況でも、ポツダム宣言受諾をめぐって鈴木貫太郎内閣は、東郷茂徳外務大臣や米内光政海軍大臣などの「和平派」と阿南惟幾陸軍大臣の「主戦派」の意見の一致を見ず、その輔弼機能を喪失するに至った。最終的に陛下の御聖断を仰ぐことになったが、たとえ国体護持の確約や玉体の安全が守られる確証がない状態であろうと、これ以上の戦争遂行はできない以上、ポツダム宣言を受諾し戦争を終結させるべしというものであった。8月10日深夜の御前会議でのことである。

 

 昭和天皇は、一貫して立憲君主として振舞われ、原則として直接個々の政治判断に介入されることはなかったが、例外的に直接その御意思を表されたのは終戦の御聖断と昭和11(1936)年の二・二六事件の時である(もちろん内部的には、例えば木戸内大臣その他大臣や軍幹部に対して時局に関する御下問が色々あったりと、内奏時に政局に関する感想を時折述べられることはあったが)。二・二六事件は、陸軍皇道派青年将校に率いられた将兵千数百名が昭和維新・国家革新を唱えて蹶起したクーデタ未遂事件であるが、その時は首相官邸や警視庁など政府中枢機関が襲撃され、閣僚にも死傷者を出すなど当時の岡田啓介内閣が機能不全に陥った。側近を殺害された昭和天皇の逆鱗に触れることになり、「朕自ら近衛師団を率いて、これが鎮圧にあたらん」と仰せになるなど、直接に政治的意思決定に関与なされた。いずれのケースも、天皇を輔弼する役割を担う内閣がその機能を喪失してしまった場合である。

 

 ポツダム宣言受諾をめぐって政府中枢の意見は二分され、「和平派」と「主戦派」との意見集約が不可能な状態に陥っていた。特に陸軍内部の「主戦派」の勢いが強く、クーデタがいつ起きてもおかしくなかった。事実、近衛師団の何人かの将校はクーデタを起こして戒厳令を敷き、「和平派」要人を拘束した上、宮城と「和平派」の連絡を遮断し、「主戦派」が主導する内閣の樹立を図る計画が進められていた。そういう緊迫した状況の中での御聖断であった。

 

 終戦の御詔勅を国民に周知される玉音放送ための録音が行われたが、そのレコード盤を奪取しようと、8月14日深夜から15日早朝にかけて、近衛師団の一部将兵が蹶起し宮城に侵入するクーデタ未遂事件が起こった。いわゆる宮城事件である。15日早朝には首相官邸や枢密院議長宅、木戸幸一内大臣邸なども相次いで襲撃されたが、15日正午に全国民に向けて放送される直前に鎮圧されたこの事件は、映画『日本のいちばん長い日』やテレビドラマ「歴史の涙」でもよく知られている。阿南惟幾大将は8月14日深夜から翌朝までの間に、「一死以て大罪を謝し奉る。神州不滅を確信しつつ」と記した遺書をのこして割腹自決を遂げた。なお、この血染めの遺書は、靖国神社に併設された遊就館で見ることができる。ちなみに遊就館を隈無く見物しようとすれば、丸1日要する。神風特別攻撃隊で散華された英霊の遺書も展示されており、鹿児島県にある知覧特攻平和会館と並んで、日本人なら最低一度は見学しておくべき施設だろう。僕が通っていた小学校が、ちょうど靖国神社近くの九段下にあるカトリックの修道会の一つマリア会の学校だったが、靖国神社に対しては丁重に遇していたし、式典の際には日本の国旗も掲揚されていた(同じキリスト教であっても、西早稲田あたりにいるプロテスタント系の反日左翼団体が靖国神社を冒涜し続ける活動をしているのと対照的だ)。これ以上戦争継続は困難であることを理解しつつも、国体の護持が確約されない限り降伏することはできないと考える陸軍の一部勢力の暴走を封じるために微妙な立ち位置に置かれていた阿南大将の心境が察せられる。

 

 仮に、この8月14日のクーデタ未遂が成功し、「主戦派」の通りに本土決戦になっていたらと考えるとぞっとする思いがするが、同時に、もっと早期に戦争終結が可能であったと言えるのかというと、頭の体操としては可能だったと言えるかもしれないが、現実的には難しかっただろう。なにせ、沖縄が陥落し、二度も原爆を投下されてもなお徹底抗戦を主張する勢力が多く、事実としてクーデタ未遂まで起きていたほどなのであるから、終戦工作が早期に図られるべきだったというのは、そうした現実を見ない机上の空論でしかない。米英に宣戦布告した昭和16年12月8日から数か月間は我が国の優勢であったが、ミッドウエー海戦以後の形勢逆転時に講和に持ち込むべきだったという案もあり、なるほど、そうした案が一度は検討されたことはあったが、米国は開戦前から日本占領を企図していたことがルーズベルトチャーチルとの間の密談内容から明らかになっている以上、開戦したからには日米双方が承服可能な講和条件が提示されるだろう期待は持てなかった。そもそも講和に応じるほどならば、急遽内容を日本側が承服できないだろうとわかっていた条件を敢えて付加したハル・ノートを突き付けることはなかった。

 

 この点、左翼は昭和20年2月に近衛文麿昭和天皇に上奏した所謂「近衛上奏文」を持ち出し、終戦時期が延期されたのは昭和天皇の判断であり、この判断の誤りによってその後の沖縄戦や都市大空襲や原爆投下の惨劇が起こったと、「反天皇制プロパガンダのための捏造すらやってのける。一度戦果をあげてからでないと終戦は難しいという判断は、前後の文脈から戦争遂行を指示されたことを意味するわけでも何でもないことくらい容易に理解できるにも関わらず、そう受け取らずに、近衛の終戦提案を退けて戦争継続を命令したと受け取っている。まず日本の統治システムがどうなっていたのかの理解に欠けている以前に(天皇について、専制君主であったかのように完全に誤解しているか、わざと自身の政治信条に都合よく捏造している)、文脈を捉えてその意味を解釈しようとせず、言葉尻を捉えて曲解に曲解を重ねる悪質性が目に余るわけだが、昭和20年2月の段階で軍部が素直に終戦の判断を受け入れることはないので終戦に持っていくのは難しいという判断は、当時の情勢からして極めて的確な判断であり、この昭和天皇の御判断は戦争継続の御命令ではなく、情勢の客観的判断であった。こういう時にふと思い出されるのは、終戦を迎えて態度を豹変させて天皇を愚弄した上官を殺害した後、自らをも処決した蓮田善明のことである(文学的には、日本浪漫派の中で一番好きなのは伊東静雄だけど。ちなみに、僕が好きな杉本秀太郎大江健三郎も、この伊東静雄のファンである。前者には『伊東静雄』があるし、後者には『僕が本当に若かった頃』がある)。

 

 日米対立が決定的となった契機は、南部仏印進駐であると言われる。確かに間違いというわけでもないだろう。実際、南部仏印進駐が現実になるや、米国は資産凍結命令と対日石油禁輸を発動したわけだから。ただ、この時点では、対日強硬論で一枚岩になっていたわけではなかったという事実も見ておかねばならない。海軍作戦部長だったターナーは、対日石油禁輸は日本の蘭印やマレーの進出を招来し、その結果として米国が早い時期に太平洋上の戦争に介入せざるを得ない状況に至るとルーズベルトに進言し、ルーズベルトも当初は、ウェルズ国務副長官に対して、石油の全面禁輸を避けるようにとの指示を出していたのである。更に、輸出管理局も、国務・財務・司法省合同外交資金管理委員会に対して、日本に45万ガロンのガソリンを含む輸出許可を出していた。

 

 ところがこの決定は、アチソン国務次官補の決定によって覆されてしまった。ルーズベルトは、8月3日からニューファンドランド沖の船内でおこなれるチャーチルとの秘密会談のためにホワイトハウスを不在にしていたわけだが、そのルーズベルトチャーチルとの秘密会談の場で対日開戦を決意するとともに、開戦の口実作りのために日本から先に攻撃をするよういかに挑発するか、また日本に勝利した後で日本を永久に武装解除させ、米国のアジア拠点として属国化する計画を練り始める。つまり、真珠湾攻撃の4か月も前に、ルーズベルトは日本が戦争に踏み切るよう仕向け、対日戦勝利後の日本の武装解除を決断していたのである。

 

 対日石油禁輸にあたり近衛文麿内閣は、事態打開のために近衛・ルーズベルト会談を提案し、あくまで外交交渉を優先して対米政策を講じたのだが、東条英機陸軍大臣が拒否して近衛内閣が崩壊してしまう(山縣有朋が導入して一旦廃止されたものの廣田弘毅内閣が再び復活させてしまった軍部大臣現役武官制の欠陥の現れの一つ)。この時点では日本としても、少なくとも近衛からすれば、①シナからの撤退、②南部仏印からの撤退、③三国同盟からの離脱ないしは事実上の骨抜きという米国側の要求にも応じる心づもりはあった。米国の国務省も、暫定協議案を日本に提示する予定もあったという。ところが、突如として国務長官ハルが日本が絶対に飲めない④満洲権益の放棄という条件を追加した「ハル・ノート」を突き付けるわけだが、これはその内容から事実上の外交交渉打ち切りの宣告を意味した。内容が日本政府に打電された11月26日、連合艦隊の約50隻の艦艇がハワイ攻撃に向けて択捉島から出港したのであった。だから問題としては、ハル・ノートに至る手前で阻止できたかどうかということになるだろう。

 

 ハル・ノートについては近年、中華民国の対米ロビー活動が果たした役割も注目されているようだが、それが決定的な重要性を持っていたかは歴史学の研究者でもない僕にはわからない。ただ、いずれにせよ、突如として④の項目が追加されたのはなぜなのかを理解するにあたって、注目しなければならないのは、やはりニューファンドランド島沖に停泊していた船内でのルーズベルトチャーチルの秘密会合の果たした役割ではないかと思われる。だとするなら、対米開戦は米国により仕掛けられた罠にまんまと嵌められた結果だと言えなくもない。とはいえ、日本政府は間違っていなかったというわけでもない。罠であれ、罠であることを見抜けずみすみす術中に嵌まった日本政府の判断には瑕疵があったからである。個人間の関係では罠に嵌められた方が被害者で嵌めた側は加害者だとするのに理があるけれど、国際政治の舞台における国家間の利害関係が絡む「ゲーム」では、そういう理屈を押し通すことはできない。

それをいっちゃあ、おしめえよ

 先月末、京都市内に在住のALS患者に対する嘱託殺人の疑いで、医師2人が京都府警に逮捕されたという。筋萎縮性側索硬化症は筋肉が萎縮し徐々に筋力が低下していく進行系の神経変性疾患で、治療法は未だ確立されていない。理論物理学スティーブン・ホーキングが、この疾患にケンブリッジ大学の院生時代に罹患し、確か自由が利いた左手の小指と薬指で(後には眼球の動きなどを利用して)機械を操作して意思疎通を図る「車椅子の天才物理学者」として世界中で知られていた。数年前、残念ながらホーキングは亡くなったが、いつ亡くなるかという不安の中で、それでも70代半ばまで生き続け、その生涯において、ホーキング幅射の理論や、ロジャー・ペンローズとともに特異点定理を発表し、ジム・ハートルとの共同研究による画期的な宇宙論、中でも無境界仮説に基づく宇宙論において画期的な業績を上げた。一方、この事件で亡くなった患者が具体的にどのような生活を送り、どういう苦しみを抱えていたかは、本人でない者からは想像するよりほかないので、この女性が死という選択をしたことそれ自体に対して賛意を表したり、また逆に非難するといったこともできない。ひたすら、ご冥福をお祈りしますとしか言えない。

 

 ただ気になるのは、この事件を「優生思想」が現れた末での事件であると、まるで「優生思想」一般の問題であるかのように(ネット上の情報を見る限り)議論されたり、中には「新自由主義」と絡めて議論されたりと、およそ「優生思想」の歴史的展開について多少勉強すれば出てこないような杜撰な議論に流れて行きそうなところに違和感を覚える。一口に「優生思想」といっても、僕のような全くの門外漢にとってさえその内容は結構複雑であることは承知しており、例えばフランシス・ゴルトンのような比較的単純なものもあれば、中立進化説で知られる木村資生のような見解もあるわけだ。集団遺伝学の発展に伴いその知見が生態学に応用される形で提唱されたウイルソン社会生物学も、見ようによっては「優生思想」を背後に忍ばせた考えだと言えてしまいそうである。

 

 英国で「優生思想協会」ができた頃に、熱烈にこの「優生思想」を支持していたのは、カール・ピアーソンのような(マルクスレーニン主義とは別の系統の)フェビアン協会社会主義を奉じる人々が多くいたにも関わらず、「新自由主義」と結びつけて論じようとする安直な議論が目立つ。そうした主著をする者は、おそらく優生学史に関する基本的知識がないのに、単純に「弱者切り捨て」というイメージだけに基づいて「優生思想」というフレーズを連呼しているのだろう。事実、この事件後に発せられた数多の論者の見解の中で、この事件と「優生思想」と結びつけて論じる論者は進化論や優生学史についての知見に乏しい人が多く、逆にこの方面の知識に案内のある者は安易に「優生思想」という文言を用いていないように見受けられる。もちろん、この事件の背景にある考え方が「優生思想」と一切無関係であるとまでは断言するつもりはない。しかし、かなりかけ離れたものであると考える専門家の方が圧倒的に多いのではないかと思われる。「搾取」という言葉と同様、論者にとって好都合な「標語」と化しているのかもしれない。

 

 結局、何でもかんでも「優生思想」と銘々が勝手に抱いているイメージに基づいて批判しているのであって、「優生思想」の根深さというのは、ピアーソンのような比較的穏健な社会主義思想を抱く者にも、一見「人権」だの「平和」だの「平等」だのといった耳障りのいい標語を唱えているだけのリベラルな者にも、ナチズムやコミュニズムの信奉者にもその片鱗が見られることからも明らかである(ナチズムばかりが喧伝されているが、コミュニストも似たような政策を採っていた)。それゆえ、この件を「優生思想」に基づいた嘱託殺人だといって社会問題化したところで、かえって「優生思想」の根深さが隠蔽されてしまうように思われてならないのである。

 

 今回の事件に関しては、少なくとも報道されている通りの発言をこの医師がしていて、その考えに基づいて事件を起こしたのが事実であるとするなら、これは「優生思想」云々というレベル以前の話でしかなく、単に頭がイカれた医師二人が起こした妄動であるにすぎないと考えておくべきではないか(相模原障害者施設殺傷事件にしても然り。ただ、あの事件に関しては思い出すたびに内臓が抉られるような思いがして、まだ冷静に見ることはできそうもない。生き残った重度の精神障害を持った負傷者が病室で看病する両親を呼び続けている姿を見た御両親が、改めて「無駄な命なんかじゃ絶対にない。この子が生まれてきてよかった」と心底思ったことを語った記事を目にして、思わず号泣してしまってからは、特に気持ちの落ち着かせる場所が見いだせないのである。この御両親にとって、この重度の精神障害者とされた子は「天使」に違いないのだ。そう思うとき、ふと脳裏をよぎるのは良寛様であるのが不思議である)。

 

 この事件直後に、れいわ新撰組選出の参議院議員舩後靖彦が、「インターネット上に『安楽死を法的に認めてほしい』というような反応が出ているが、人工呼吸器を付け、ALSという進行性難病とともに生きている立場から強い懸念を抱いている」と声明を出し、その中で「こうした考え方が難病患者や重度障害者に『生きたい』と言いにくくさせ、生きづらくさせる社会的圧力が形成していくことを危惧する」と述べた。ALS患者という当事者として、さらに国会でも精力的に活躍している議員として、至極まっとうな見解である(その中で「生きる権利」・「死ぬ権利」という表現があったが、後に触れるように、この表現に関しては違和感がある。舩後議員は、そういう言葉が流通してしまっている現状を踏まえ、敢えてこの言葉を使ったのだろうと思われるが)。

 

 この発言に対して、日本維新の会幹事長で衆議院議員馬場伸幸が、「議論の旗振り役になるべき方が議論を封じるようなコメントを出している。非常に残念だ」だの「れいわの議員(舩後靖彦と脳性麻痺を患う木村英子両議員を指しているのだろう)は積極的に国会で議論する役目がある」だのと批判したという。個別の事件を離れて、一般に終末医療の在り方や個人の尊厳ある生き方、特に重度の障害や疾患を持つ人々の生き方などについて、それをサポートするための政策論上の議論が必要になってくる場面はあろう。但し、この問題は非常にデリケートな問題だから、慎重の上にも慎重を重ねた議論が必要で、個々の議員の判断を可能にするだけの十分な見識がない状態では、安易に手を付けるべきではない。アホな奴がアホな判断しかできないままで早急に結論を急ぐと、必ずアホな結論に至るからである。

 

 しかし、馬場の発言は事態の前後の文脈からして、そういう類のものではない。ALS患者への嘱託殺人事件が起き、しかも、その容疑者が「優生思想」云々というレベル以前のイカれた考えに基づいて実行した事件直後に発せられたALS当事者の声明に対して、「議論を封じるようなコメント」と批判したのである。これが、特に当事者にとってどういう意味として理解されるかを想像できないのだろうか。今後こういうことも許容されるような法整備について国会でも議論すべきなのに、その議論を封印するのはおかしいとでも言いたいのだろうか。第一、人としてどうかしている思われるが、少なくとも国会議員の発言として論外中の論外である。はっきり言おう。完全にイカれている。国家は、最低でも当該国家に帰属する全ての国民の生命を守ることを第一義とするところにraison d’êtreがある。国民の生命を何らかの事情によって半ば意図的に奪うような方向の「政策」についての議論は、少なくとも前国家的・前憲法的前提としての「個人の尊厳」を至上の価値として、それを守るための諸々の基本権体系とこれを担保する統治制度を具備した立憲主義国家としての政策論議の名に値しない。

 

 「死ぬ権利」というが、「死ぬ」ことに権利も何もあったものではない。ついでに言うと、「生きる権利」というけれど、「生きる」こと自体に権利もヘチマもない。「生存権」とは「生きる権利」と同義ではなく、したがって憲法25条の「生存権」規定は「生きる権利」なるものを保障した規定ではない。権利とは、原則として「生きていること」を前提にして初めて成り立つものである(胎児などの権利を認める特別規定の存在ような例外はあるが、これは、民法上の権利能力取得を母体からの全部露出時という解釈があるからだし、刑法上の法益主体となるのは、直接身体が侵害される可能性が生じる一部露出時とする解釈があるからである。いずれにしても、これから「生きよう」としている生命体だ)。

 

 「生存権」は、現に生きている人の存在を前提として、その上で、原則としてその者が国民として包摂される権利主体ならば、国民として「健康で文化的な最低限度の生活」が保障される権利である。現に生きている存在が一定の法的保護に値する身分または地位を持つか否かという区分けに関わる次元で問われるものであって、「生きる」・「生きない」を区分するものでも何でもない。そもそも、法ごときが「生きる」ことを権利化してその有無を決せられるわけないことぐらい誰でも多少考えればわかるだろう。馬場の発言は、国政のあり方を最終的に決定する力でもあり権威でもある国民からの付託にこたえるべき「全国民の代表」として全く相応しくない発言であって、この発言自体が議員辞職に値する妄言なのである。

 

 さすがに日本維新の会代表の松井一郎は、この馬場のイカれた発言に対して問題であると批判し、自分は舩後の立場と同じくすると火消に回ったが、この妄言に対して日本維新の会としてどうけじめをつけるのか注視していく必要があろう。思い返せば、日本維新の会は、舩後靖彦、木村英子両議員が国会で議員活動を全うするための介護者の負担をどうするかについて、「議員特権」が云々と寝ぼけたことを言っていたはず。国会議員にALS患者や脳性麻痺患者が就くことを想定してはいなかったことまでは理解できなくもないが、現実に参議院議員に選出されたのだから、両人が「全国民の代表」として国会での議員活動を全うできるだけの可能な限りの整備を行うために国会で予算措置をとれば済む話であり、こうした予算措置を講じたからといって直ちに「議員特権」となるわけでもない。こういう意味不明な与太事を吐いていたのも、日本維新の会の党員であった。

 

 かつて、元キー局のアナウンサーだった者が「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担させよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」との表題をつけたブログ記事を載せたことがあった。こういう表題を掲げるような者が国会議員になろうものなら、それこそ「日本を亡ぼすだけだ!!」なのだが、幸いなことに落選した。問題は、このブログ記事が書かれた翌年の衆議院議員総選挙において、日本維新の会はこの者を公認候補として擁立していたということである。しかも、二年後の参議院議員選挙において、一旦は比例区の公認候補者ともなっていたところを見ても、党としてさほど問題視していなかったことが伺える。その後、被差別部落に対するあからさまな差別発言が問題視されて公認辞退に至ったようだが、度重なる暴言を吐いてきた人物をなぜこの政党は容認し続けたのか。この点にも説明責任があるのに、その責任を公党として果たしているとは言い難い。

 

 ちなみに、日本近世史・中世史研究におけるこの方面の研究はかなりの蓄積があるから、そのすべてとはもちろん言わないが、ある程度の知識を踏まえて述べないとテンで話にならないわけだ。歴史学の専門研究書は素人で読みこなすのも大変だろうから、かなり独自色が強い面もあろうが、網野善彦の書いた一般向けの書物としても読めるだろう『無縁・公界・楽-日本中世の自由と平和』(平凡社)とか『異形の王権』(平凡社)といった名著があるので、そこから始めてもよい。網野は政治思想的には左翼で僕とは真逆の人物だけど、それでもなお、これらの書は紛れもなく名著であり何より抜群に面白い(面白いことに、網野の中世史研究に影響を与えたのは、これまた真逆の思想の持主である平泉澄なのである)。何と、日本史とは豊かなものであることか、と改めて気づかされもする。併せて、折口信夫柳田國男の被差別民の研究を読むのもいいだろう。日本にもこうした偉大な学者がいたということ、そして彼らの虐げられた人々に対する眼差し、それも単に憐みの対象としての眼差しではなく、そこで逞しく生き続けてきた人々に対する信を置いた眼差しすらも感じることができるかもしれない。

 

 それはともかく、日本維新の会の議員全てとは言わないけれど、どうもこの種のトンデモ発言をする者が関係者の中で目立つように思われるのは気のせいだろうか。急成長してきた政党にありがちなことだが、議員としての資質に難ありとおぼしき人物が一定の地位に収まると、党全体の体質がそうなのではないかと疑われてしまうだろう。この面子を見て、「ヤバい!」と感じてしまう人物があまりに多いのだ。候補者選定は慎重の上で念入りに行われないことには、更にとんでもないのが瞬く間に出現するかもしれない。

 

 世界的に見て特に政治家の質が劣化している状況の中で、日本の国会議員のそれの劣化が著しくなった要因がなにかははっきりしないが、少なくとも衆議院において中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に改められたことも関係しているのではないか。確かに中選挙区制の下では政権交代が起きにくいとされているが、政権交代自体が必ずしも良い結果をもたらすとは限らないわけで、現に旧民主党政権を経験した国民は、あの時代の悪夢をトラウマとして持っている。そのため、いくら安倍晋三内閣がデタラメなことをし続けようと、政権を野党に託そうとする声には結びつかない。つまり、旧民主党政権の悪夢が安倍晋三のデタラメを温存させているわけだ。政権交代によるよき政治への転換という夢物語を抱くよりも、自民党内の相互牽制の力学が機能していた派閥均衡型政治による安定した運営の方がよほど危険度は小さくて済むのだから、まずは中選挙区制復活を図るべきだろう。

経営学と数理ファイナンスについての雑感

 第二次ベビーブーム世代が18歳になる頃を見計らうかのように1990年代初めの大学設置基準の大綱化が行われて以降、大学が雨後の筍のように乱立され、とにもかくにも大学進学することが望ましいという故のない妄想が日本社会を蝕んでいった。工業高校・商業高校・農業高校・水産高校が軒並み閉鎖されていき、大学進学を視野に入れた全日制普通科高校ばかりになっていったのだ。その傾向の直接のあおりを受けたのが、高専ではないだろうか。かつては、日本経済を支える生産ラインを担う有為な人材の供給源の一つでもあった地方の高専のレベル低下は著しく、今や地方の中学生の成績上位層が積極的に選択する進路とは言えなくなったと聞く。さらに、共通一次試験の後継たる大学入試センター試験が定着したことや、大学受験予備校主催の模擬試験で作られた偏差値による一元的序列化などの事情が重なり、地方の国立大学のレベル低下にも拍車がかかり、社会全体の東京一極集中化の流れと歩調を合わせるかのように、東京の大学に人材が集中していった。

 

 第二次ベビーブーム世代が学生時代を終え、日本経済の長期停滞が少子化の流れを加速させるに連れて、乱立された私立大学の中は、学生獲得のために受けのよさそうな流行を意識した名前の学部を創設して生き残りを図ろうと「改革」に邁進した。文部科学省の方針も手伝って、総合なんちゃら、グローバルなんちゃら、ビジネスなんちゃら、フロンティアなんちゃら、メディアなんちゃらなど一見したところ何を学ぶのか不明な名前の学部が量産される一方、理学部、医学部、工学部、農学部、薬学部、文学部、法学部など「一文字学部」の新設が抑制されていった。

 

 そもそも、日本の大学に進学したからといって得られるものは少ない。ごく一部の研究者・教育者を除き、ほとんどの大学教員は無教養であるだけでなく、専門分野での業績すら皆無に近い者だ。学生も学生で、教員のレベルに比例して総じて低いレベル。学生のレベルが低いと嘆く教員もいるが、それは教員自身のレベルの反映であることに気がつきもしない。教員のレベルが高いにもかかわらず、学生だけが低レベルだなどいうことは通常考えられない。そうした従来の学部の中で、まだ辛うじて人気を得ているのが経営学部かもしれない。商学経営学は厳密に言って同じではないものの、既存の商学部経営学部やら現代経営学部やらといった名称に模様替えしくといった光景も見られた。米国を真似して、ビジネス・スクールといった専門職大学院も矢継ぎ早に創設されるなど、経営学部系の部門が拡充されていった。

 

 こうした状況について、当時東京大学総長だった蓮實重彦は、「ビジネス・スクールよりも無用の学を」と主張していた。それもそのはず、当時はビジネス・スクールの本場である米国では、ビジネス・スクール内から今日のビジネス・スクールの在り方を疑問視する声が出始めており、『ハーバード・ビジネス・レビュー』でもビジネス・スクールの弊害を論じる論文すら掲載されたほどだったわけだから、日本にもビジネス・スクールをという多数の声に対して蓮實が異論を挟みたくなるのも当然だろう。この点でも蓮實重彦の慧眼が際立つ。

 

 蓮實が東京大学総長の職に就いていた頃、あくまで裁量の範囲内として許さる限りで基礎科学の研究、中でもスーパーカミオカンデを利用したニュートリノの観測といった素粒子物理学に思い入れ深く関与したという。この点でも、何が基礎科学において人類史的偉業につながる研究なのかを朧気ながらでも見抜く蓮實の眼力を伺える。更には、東京大学の教員スタッフの偏頗性を問題視し、性別による差別、年齢による差別、国籍による差別、出身校による差別を是正する必要があることを強調し、東京大学が真の「国際化」を果たすには何が課題であるかも理解していた。「グローバル人材」(「火星人」と同じで、そんな奴を僕は未だに見たことがないが)がどうのこうのと言っている前総長よりも遥かに世界的な視野を持っていたのだ。さすが蓮實重彦である。

 

 蓮實重彦の批判は、具体的状況に応じた試行錯誤を繰り返しながら鍛えられていく思考を蔑ろにし、リスクを自ら負うことなく口先ばかりの観念論に戯れてそのツケを他人に転嫁するだけの者がMBA取得者に往々にして見られる実状を踏まえた批判であった。したがって、その本質は何もビジネス・スクールや経営学部だけに限られた問題ではなく、そうでない分野に従事する者にも等しく当てはまるわけだから、ここで「無用の学」とされた分野だからといって批判の射程から外れていると考えるのは早計に過ぎるということになろう。これは、柄谷行人との共著『闘争のエチカ』(河出書房新社)の中にわずかながら出てくる「文学部」批判からも推量されることである。

 

 もちろん、この対談がなされた時期は蓮實重彦東京大学教養学部長に就いたばかりの時期に該当するので、これまで学内ヒエラルキーの上で本郷よりも格下と見られていた駒場の教員としての対抗意識から出たものと言えなくもないが、「世界的に見て、文学部というのは終わっている」というような文句は、本郷と駒場との対抗関係という学内政治の問題だけには還元されないような問題意識から出たものであろうと思われる。蓮實が人文系学問の危機という意識を持っていたと見ることもできないわけではない。

 

 それはそうと、経営学という学問が数学や物理学のような学問と比較してどの程度精緻化されているのかと言えば、残念ながらきわめて怪しい。ジェンダー研究やらポスト・コロニアル研究といった社会学系統の分野から精神分析学に至るまで、もはや「政治プロパガンダ」や「似非科学」と化しているインチキ学問よりかは多少はマシかも知れないといった程度だ(といっても、どんぐりの背比べかも知れないが)。特に、日本の大学の経営学部で経営学を学んだと言っても、その内実はアド・ホックな知識を継ぎ接ぎして内容空疎な「処方箋」を後知恵として声高に叫ぶだけで、自らはその言説について何の責任も負わない「お気楽コンサルタント」を増産することにしか貢献しなかったというのは言い過ぎだろうか。コンサルタントやタレント化している大学教師といった「身銭を切らず」ツケだけを他人に負わせるいい加減な連中がデカい顔してメディアに躍り出る。

 

 もちろん、彼ら彼女らが経営学部出身と言いたいわけではない。ただ、いかにも「経営学部的」という印象を持ってしまうわけだ。この種の連中に組織の運営を任せると、やれ「これからの組織はボトムアップ型だ」と言っていた舌の根乾かぬうちに、やれ「強力なリーダーシップに牽引されたトップダウン型に変えて行かねばならない」などと言質を変えて組織を引っ掻き回すだけして「後はよろしく」とばかりに高額報酬を要求してトンズラする。残されたのは、目も当てられぬくらいボロボロに解体された組織だけ。「企業再生のエキスパート」とか調子のいいことを言っても、やっていることはアホでもできるリストラという名の首切り。成功でも何でもないことを成功と称して実績に数え入れて宣伝する一方、ぶっ潰したケースは書かない。

 

 もちろん、経営学と一口に言っても様々な分野があるので、中には企業経営に直接資する内容もあろうし、間接的な貢献をも含めると、全く役に立たないとまで言うのは些か乱暴かもしれないが、経営学の書籍や論文を読んでもさしたる知的刺激を受けたことが皆無なので、経営学に対する懐疑の念が人一倍強いせいかも知れない。大したことを言っているわけでもないのに、やたらと派手なキャッチフレーズをぶち上げるのも経営学の特徴の一つかもしれない。どう見ても、広告代理店に就職した方がいいという人が経営学者を名乗っていることもある。

 

 その上、いろんな分野から中途半端な理解のままつまみ食いして持ってくるので、言っている本人も何言っているかわからなくなって錯乱していくという光景が見られるのも特徴の一つだろうか。経営学を専攻する大学生で、もし中途半端にしか経営学を齧る程度でやり過ごすというなら、いっそのことホストクラブにでも飛び込んで実地に稼ぎ方なり店舗経営がどうなっているのか、その資金管理や組織運営の実態を体験した方が、経営学そのものではないにせよ現実の経営の一端を覗き見ることができるかも知れない。

 

 ビジネス・スクールといっても、米国のおおよそ8つの大学のビジネススクールは比較的マトモな方で、日本のなんちゃってビジネス・スクールのようではない。米国のビジネス・スクールが素晴らしいというわけではないが、少なくとも教員は相当な労力を割いて授業の準備をしていることは確かで、たとえ大人数の授業であっても、受講する学生の顔や名前や国籍についてはもとより、当該学生の出自や背景まで丹念に資料を読んで記憶するまで全員の情報を頭に叩き込んで授業に臨む。日本の大学はとりあえず大学を卒業したという学歴を得るための機関と化しているので、学士の学位を取る以外そこで何かを得ようという期待は持てない。最近ではMITが、たとえ大学や高校を卒業していない者であっても優秀と認められる者に対して大学院入学の門戸を開くとの方針を打ち出した。これから大学ないし大学院に進む予定の者は、単に学歴を得る目的で入学する者が圧倒的多数を占める学生と低レベルな教員の多い日本の大学など相手にせず、欧米圏の比較的定評のある大学や大学院に進むことが望ましいのではないだろうか。

 

 それはともかく、ビジネス・スクールでは狭義の組織管理論はもちろんのこと、ミクロなレベルでの具体的なリスクの総括的管理や計量的分析といった技術的側面に不案内な者にとっては役に立つ授業も中にはあるし、コースの取引費用理論など盛んに応用されて知らないわけにはいかない理論(といっても、この理論の弊害も目立ってきていると思われるが)何より人脈づくりに好都合という利点もある。それでも、高額な授業料に見合っているかはわからない。しかし、教員は可能な限りハイレベルな授業に努めて懸命であることは、日本の大学教員も多少は見習ってもいいのではないか。

 

 日本の大学教員の大半は、小金程度の給料であろうと、その給料に見合った研究業績と教育を残しているのか怪しいわけだから。日本では今もなお、ジェームズ・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』やマイケル・ポーターの『競争の戦略』あるいはジェイ・バーニーの『企業戦略論』やコトラーマーケティング論が持て囃されが(というか、ピーター・ドラッガーがベストセラーになるような奇特な国なんで、さして驚きはないが。授業で二回ほどその名が登場したけど、それ以外お目にかからない。それくらい忘れられた経営学者なのだが、日本の場合、書店の経営学コーナーに行けば、MBAなんちゃらと題した胡散臭い本と並んでドラッガーの著作がわんさか陳列されている)、確かにそれが場合によっては役に立つこともないわけではない。

 

 結論から言わせてもらうと、経営学の研究書ならまだしも、一般のビジネス書となるとまず間違いなくロクなものではなく、せいぜい3分読めばわかるものばかりで、しかもアホなことしか書いていないので、この類のビジネス書の愛読者を信用しない方がいい。こんなの読むのなら、まだエッチするなりシコっとくなりした方が時間を無駄にしない。ビジネスパーソンにこそお薦めしたいのは、ボエティウスのDe consolatione philosophiae(哲学の慰め)だ。邦訳はないし原文はラテン語だけど、幸いも英訳がある。僕には辞書なしでスラスラ読めるほどラテン語の力はないので(一時期、御茶ノ水アテネ・フランセラテン語講座を覗いたことがあるから、なんとかラテン語文法は理解しているが、『羅和辞典』やLatin-English Dictionaryなどの辞書ありでも、拙い僕のラテン語力では、おそらく数ページ読むのに小一時間要してしまう)、英訳で読んだに過ぎないが、直接ビジネスに資するか否かというしょーもない次元ではなく、獄中で書かれたこの碩学中の碩学の著した哲学書の思考から得られる精神的糧は、そこらのビジネス書なんぞからは得られまい。

 

 米国の場合、多少事情が異なるが、いずれにせよ僕にとっては、マクロ組織論やら経営戦略論やら事業ポートフォリオ論やらSCP理論やらその他なんちゃら理論やらこの種の「後知恵的」あるいは「こじつけ」の類の授業には一秒も感心させられたものはなかったし(そのほとんどは、「理論」という名に値しない)、ある意味古典的となっているファイブ・フォース分析だのバリュー・チェーンなどの発想も「さいざんすか」としか思わなかったが、この種の議論で「優良」と誉めあげられた企業への投資だけは絶対にするまいという反面教師として役に立った。

 

 しかし、そうした類いのインチキ臭のする大風呂敷を広げたような内容の知識は、書店で著作を立ち読みするなり(ポーターの『競争の戦略』にしてもせいぜい30分もあればその内容を頭に叩き込めるだろう。日本語訳改訂版『競争戦略論Ⅰ、Ⅱ』(ダイヤモンド社)を見たら、おおよそ察しがつくように、そもそも著者自身の写真を表紙に載せている著作にロクなものはないのだ。コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』なんか使い道に迷って、今では鍋敷きにしている)、図書館でジャーナル掲載の論文を一瞥すれば得られる。そうではなく、広範囲にわたる数値解析手法や数理ファイナンスの基本を徹底する方がいいだろう。

 

 もちろん、金融工学といっても科学の域には達しておらず、その胡散臭さは拭えないことも確か。数学や理論物理学の研究者からすれば「似非科学」ではないかとの疑念も抱かれるだろうと想像される。確率論をその定量的側面だけではなく定性的な側面まで含めて学べば学ぶほど、そういう疑念が増してくるだろう。とはいえ、ある程度役には立つのも確か。例えば、ヨーロピアン・コール・オプションやプット・オプションの拡張形に当初数値解析手法が用いられてきたわけだが、これらがさらに応用されオプション評価の簡易化や複製ポートフォリオの構築に必要な数値計算が可能になったことへのブラック、ショールズ、マートンによる確率偏微分方程式のモデル(BSM)の貢献は大きい(もちろん欠陥もあるし、科学的理論であるかは大いに怪しい)。

 

 このモデル自体は、我が国を代表する数学者の一人である伊藤清による確率微分方程式の応用例でしかないが、伊藤の確率解析は結構難解で、きちんと理解している者がどこまでいるのかこれまた怪しい(計算自体はさほど難しいものではないけど、それすらできない者は、もっと単純化された直線的な数値解析手法としての二項モデルでギブアップというのもいるのが実情でてんで話にならない)。BSMの基本的発想は至極単純なものだ。すなわち簡略化して一言で整理すると、連続的な分布を単純な離散分布に近似させるというアイディアである。すなわち、時間を離散的に複数の期間に分割して、同一期間内において資産価格の上昇と下降の二者択一がなされると仮定する。次に、任意の分岐点では資産上昇か下降しかありえないわけだから、各期間の資産上昇率及び下降率双方を固定する。デリバティブの価値と等しいポートフォリオを原資産と安全資産と合わせて各期間ごとにデリバティブの価値を複製するポートフォリオを構築するので、結果としてデリバティブの現在の価値を無裁定の原則により求めることができるというものである。

 

 BSMの基本的なアイディアは、任意の株式の期待収益率と市場の株式からなるポートフォリオの期待収益率との関係を明らかにしたシャープの資本資産評価モデルの発見にその基礎をおく。しかし、この資本資産評価モデルというものが実は怪しいのだが、とりあえず脇に置いておこう。この資本資産評価モデルを使って、オプション価格と時間変化および資産価格の変化に対するオプション価格の変化を表す関係を示す偏微分方程式が導出される。このBSMの方程式は、現在の資産価格、オプションの行使価格、資産収益率のボラティリティ、満期までの時間、安全利子率という5つの変数からなる標準的ヨーロピアン・コール・オプションの価格を導出する方程式だ。このBSMが「世界を変えた公式」と大仰な表現でもって喧伝されたが、ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)社破綻と、「ウォール街の借款団」による約36億ドル投入による救済という事件とその後の「リーマン・ショック」のせいもあって、ヘッジ・ファンドとそれが駆使する金融工学が、日本では特に槍玉に挙げられた。

 

 しかし、批判者たちの批判のポイントはほとんど全て的外れなもので、致命的な核心部分を突くような批判は、特に日本ではなされなかった。過度の数理化が誤りだのピンボケもいいところといった酷い批判が多かった。こういう批判は、数学がロクにできない者による戯言であるのがほとんどだ。何より、ヘッジ・ファンドは世界の金融システム全体にとって危険をもたらす要因だとして悪魔視する声すらも沸き起こったことが驚きだ。そうした批判は、ヘッジ・ファンドが金融システムを安定化させる特徴を併せ持つという側面を無視しており、冷静な分析に基づく批判とはなっていなかった。

 

 確かに、モデルを使用する場合、その可能性と同時にその限界をも認識すべきであり、この点の意識が投資銀行やヘッジ・ファンドなどに働く者たちに些か希薄であったのだろう。ヘッジ・ファンドとは、ざっくり言うと、元々割高の株式を空売りしてその資金を利用し割安と考えられる株式を購入するというごく当たり前の簡単な戦略をとることから始まった。一方の株式から生まれた損失を他方の株式から生まれる利益で相殺する、つまりはポートフォリオはヘッジされるという具合にリスク・マネジメントの働きをしている。本来、ヘッジファンドとはリスクを請け負うビジネスであって、その存在は市場の効率化と流動性を高めつつ、同時に市場のアノマリーを消滅するのにも寄与している。そうした側面を正当に評価せず、貧しいイメージに基づく偏見を巻き散らかした自称「インテリ」による非難が幾度となく繰り返されたことを思い出しておこう。そうした非難は主として人文系の大学教員や評論家の類いからなされたわけだが、そのほとんどは経済にも金融にも疎い者たちによる居酒屋漫談の域を出ず、総じて批判と言えるレベルに達していなかった。

 

 現代金融理論の世界では、ポートフォリオ構築は伝統的に2つの中心的な仮定の少なくとも1つの下で動いてきたと言える。制約は効用関数から派生したものであり、原資産のリターンの多変量確率分布は完全に既知のものとされる。実際には、パフォーマンス基準と情報構造の両方が著しく異なるわけだが、リスクを取るエージェントは、ポートフォリオのリターンのテールを制約して、VaR、ストレステスト、あるいはCVaRの条件を満たしてポートフォリオを構築することを義務付けられている。確率分布の残りの特性については、ほとんど無知のままである。

 

 これとは別の方法もある。制約や期待に応じてエントロピーが最大になるポートフォリオ分布の形状を導くというものだ。確率分布の左側の制約は、従来の理論の他の考慮事項を無効にするほど強力であり、関連性の限られた個々のポートフォリオ成分を表す。そうすると、一方の側で最大の確実性/低いリスク、もう一方の側で最大の不確実性が見出せる構造を利用しようというものだ。日本でもベストセラーになっている、トレーダー兼確率や不確実性の問題に関わる哲学的・科学的問題の研究者ナシーム・タレブの採っていたダイナミック・ヘッジングという投資戦略は、基本的にこの路線に乗っているのだろう。

 

 バーゼル規制以降、ある制度的枠組みで作業する場合、オペレーターとリスク・テイカーは、主に規制により義務付けられたテール・ロス制限を使用してポートフォリオにリスク・レベルを設定している。それらは実用性を無視して、ストレス・テスト、ストップロス、VaR、CVaRおよび同様の損失削減方法に依存している。制約の選択に組み込まれている情報は、控えめに言っても リスクに対する欲求と望ましい分布の形についての意味のある統計でしかない。

 

 一方オペレーターは、あるタイム・ストラクチャで直面する可能性のあるドロー・ダウンよりも、ポートフォリオの変動にあまり関心がない。さらに、ポートフォリオ内の成分の同時確率分布を認識しないで最大リスクに基づいた配分方法で損失を制御できると考えていたりする(しかし、効用と分散の従来の概念を使用できるが、それらに関する情報がテール・ロスの制約に埋め込まれているため、直接使用することはできない。ストップロス、VaR、CVaR及びその他のリスク管理方法は、損失領域のマイナス側である分布の1つの断片のみに関係する)。

 

 歴史的に見ると、ファイナンス理論はパラメトリックで堅牢性の低い方法を優先してきた。意思決定者が将来の見返りの分布について明確で誤謬のない知識を持っているという考えは、実用的・理論的有効性が欠如しているにも関わらず存続してきた。例えば、相関は不安定すぎて正確な測定を行うことができない。これは、分布とパラメトリックな確実性に基づいている。これは研究には資するかもしれないが、責任あるリスク・テイクには対応していない。

 

 この点に関して、およそ2つの考えがある。経済学の理論にも見られるような高度にパラメトリックな意思決定に基づいた考え(その典型がマーコビッツ)。もう1つは、ケリー基準として知られている考えだ。ケリー基準は、平均値などの将来の収益に関する正確な知識を必要とする。この欠陥を克服するには、リターンに関する不確実性に対応できなければならない。オペレーターはデリバティブやその他の形態の保険、またはストップロスに基づく動的ポートフォリオ構築によってのみテールを制御できる。収益に関する最大の不確実性を仮定し、リターン分布を制約の最大エントロピー拡張と等置する。これは、非テール・ゾーンでのリターンまたはログリターンの期待だけでなく、テールの動作に対する統計的期待として表される。数理ファイナンスの文献でエントロピーを扱っているほとんどの論文は、最適化基準としてエントロピーの最小化を使用している。例えば、最小エントロピーマルチンゲール基準の単一性を示し、エントロピーの最小化が、期待される最終益の指数関数の最大化に等しいことを示すという具合に。要は、資産配分の不確実性の認識としてエントロピー最大化が捉えられている。次から次へと新規な論文が量産され、しかも玉石混交といった有様だ(その内9割はゴミ同然だけど、これは全ての知的生産活動に当てはまりそうだ)。

稼ぐ金より勝った金の方が美しい

 鳴門競艇で開催されたSG第25回オーシャンカップの優勝戦は、本命の1号艇瓜生正義が優勝を逃し、4号艇の峰竜太が優勝するという波乱で幕を閉じた。進入は枠なり。瓜生のスタートの伸びが悪く、その隙に2号艇山口がチャンスとばかりに捲りにかかるも、抵抗する瓜生ととも外に流される格好となり、そこを見て3号艇茅原と4号艇峰が差し、最終的に4-3-1の決着となった。僕が贔屓にしている石野貴之は、準優勝戦まではなんとかこぎつけたものの、残念ながら優勝戦進出は逃した。連続優勝の経験もある相性の良さが目立つオーシャンカップだけあって、今年も優勝して最近パッとしない状態から抜け出してもらえればと期待していたのだが。

 

 ネット環境が整って、我々在外邦人もレースを楽しむことができること自体は喜ばしいものの、やはりこういうレースは生で観戦するに限る。まだグレードレースについては無観客レースということらしいので、直に観戦できる環境にいる競艇ファンの忸怩たる思いが想像される。中央競馬の方も今月から夏競馬になり、競馬場への観客の入場も認められるようになったが、秋以降のG1レースの競馬場での観戦ができるのか、現在の日本の状況を耳にするに連れ、心許ない。

 

 こういう状況であるので尚更心配になるのが、競艇場地方競馬の競馬場にいる公認の場立ちの予想屋の生活である。ネットなどを駆使して予想を販売している者も中にはいるだろうが、大半の予想屋はそうではないだろう。ただでさえ予想屋の売上が激減しているのに、ここ数か月の騒動で予想台に立てる日が激減し、たとえ観客の入場制限が解除されても客の入りが元に戻ったということはないだろう。業界全体としてはネット販売が好調のようだから大きな痛手ではないだろうが、場立ちの予想屋にとっては直撃だ。当然保証もなにもないだろうから、この際に廃業してしまう予想屋も出てくることだろうと想像される。ニーズが激減する中で後継する若手が入って来ないので、屋号はそのまま消滅という憂き目に遭うのだろう。

 

 東京にいた頃は、よく平和島競艇や戸田競艇に通っていたので(なぜか、江戸川競艇多摩川競艇にはそれほど行かなかった)、行くたびにその口上を聞いていた平和島の「本格派予想マルキン」や戸田の「ターちゃん」はどうしているだろうかと偶に気になる。「マルキン」も「ターちゃん」もそれぞれ人気のある予想屋で、周囲には多くの客が解説に聞き入り、予想もよく売れていたから予想屋の中ではかなり稼ぎが多いだろうけど、ここまでの人気はない予想屋となるとどうしているのだろうか。

 

 ちなみに、予想屋の傾向として関東と関西では様子が違っていて(日本全国には24もの競艇場があるが、残念ながら24場制覇はしていない。行ったことがあるのは桐生、戸田、江戸川、平和島多摩川浜名湖蒲郡常滑、津、琵琶湖、住之江、尼崎、鳴門、児島、若松、福岡の16だ)、首都圏の4競艇場平和島、戸田、江戸川、多摩川)の予想屋は、かなり講釈を垂れる予想屋が多い。先ほどの「マルキン」にしても「ターちゃん」にしても、レースの分析だけでなく競艇選手の各自の特徴や裏話などを面白おかしくおしゃべりする。その口上が魅力となっており、予想が的中するかしないかは二の次というか、この口上に100円払っていると言ってもいいくらい面白い。これ一本で飯食っている人だから、その技術はさすがというほかない。

 

 ところが、関西の3競艇場(琵琶湖、住之江、尼崎)の場合、予想屋の数が少ないことに加え、予想屋があまり語らず、呆然と突っ立てるだけというスタイルが多く、客は単に予想屋から黙って100円払って予想を買っているだけか、知り合いとべらべら雑談をしているだけで商売気がまるでないのが多い(そういえば、住之江競艇予想屋にもべらべら語る「宝船」という予想屋のおっさんもいたと思うけど、久しく行けていないので、今も続けているのかわからない。どうなっているのかなあ?)。

 

 この傾向は競艇だけでなく地方競馬でも顕著にみられる。中央競馬には公認予想士という存在はないが、地方競馬には存在する。南関東4場(大井、浦和、船橋、川崎)の公認予想士は昔ほどではないにせよ、場立ちの予想屋の周りにはその口上を聞こうと人だかりになるが、兵庫県園田競馬(ここは祖父母の住む家の阪急神戸線の最寄駅から5駅目の駅から無料送迎バスが頻繁に走っているために、大井競馬場ほどではないにせよ、長期休暇で帰省している時によく通ったものである)も数人の予想屋がいたようだが、僕が通っていた時には既に「大黒社」しかいなかった。その「大黒社」のおじさんも最近引退したと仄聞するので、とうとういなくなってしまった。明らかに予想屋のおかれた環境に関しては西低東高なわけだ。

 

 地方競馬で一番よく通った大井競馬場には「ゲート・イン」の屋号で場立ち予想を長年にわたってやっている公認予想士の吉冨隆安の口上をよく聞いたもので、かなり高齢になった今も現役で活躍しているようなので恐れ入る。吉冨隆安の競馬「理論」は「実走着差理論」というもので、各馬が実際に走行した距離に置きなおした上でレースの優劣をつけることを基にして、そこに各種必要とされるデータを加味して予想を立てる手法である。もちろん、どこまで信頼性のある理論なのかは判断がつきかねる面もあるが、客は予想だけでなく吉冨の口上をきくために一番端に構える「ゲート・イン」の予想台の周りに集まる。レースの分析よりも競馬と無関係の雑談が占める割合が多いけど、この「詐欺師」スレスレのいかがわしさも吉冨の魅力で、はっきり言えることは、明らかに通常の予想屋とは異質な頭の良さを持っている人だということ。

 

 斎藤一九馬『最後の予想屋 吉冨隆安-予想で年5千万稼ぎ、馬券に4千万つっこむ破天荒人生』(ビジネス社)は、そんな吉冨のこれまでの生い立ちから場立ちの予想屋に辿りつくに至った人生行路を本人の話を交えながら綴っていく著作である。吉冨隆安は昭和22年に鹿児島県に生まれるも大阪府岸和田市に移転してそこで思春期を送り、地元の岸和田高校に進学する。岸和田高校とは幾つかに分割された一つの学区の中の公立トップ校だという(僕は東京の者だったから岸和田高校という高校が進学校であるとは知らなかったが、どうやら北野高校や天王寺高校のような大阪の有名公立進学校であることは確かなようだ)。

 

 博打狂いの父親のせいで家は極貧に陥り、一旦アルバイト等で生計を図りながらやはり大学に進学しようと大阪市立大学法学部に入学する。在学中、起業して軌道に乗るや大学を中退し結婚もするも生来の競馬好きがたたって会社も傾いてしまう。それからはぼったくりバーの店員やら色々こなしながら新天地を求めて東京に居を移し進学塾の経営に乗り出しつつ同時に数学の講師をして成功するが、どうしても競馬への想い断ち切れず、とうとう大井競馬場予想屋のアシスタントを兼任するという二重生活をしていくうちに進学塾を他人に譲り、専ら予想屋として食べていくことになるわけだが、会社も人手に渡り、妻子に逃げられ、何もかも失った状況で再起を賭けて予想屋としてのし上がるため、日々競馬の研究に明け暮れ、今では著名な予想屋として成功し最盛時には一年で5000万円ほど稼ぐ予想屋にまで上り詰めた。

 

 もちろん副題の「年5千万稼ぎ、馬券に4千万つっこむ」というのは些か誇張があるだろう(文字通り受け取るなら、どう見ても脱税になってしまうから。5千万円くらいなら軽く稼げるだろうけど、さすがに収入の8割にあたる4千万円もリスクにさらすことはないだろう。少なくとも僕は、リスクに元手資金をさらすとしても、ある投資家の言う通りの「2%ルール」を守るようにしているし、不確実性が大きい判断に際して手持ち資金の2%を超える金額をリスクにさらすことは資金管上の原則に反し、破綻確率を高めてしまうことになるからだ。仮に年4千万も馬券につっこめるのだとしたら大したもの。競馬だけでなく競艇や競輪やスロットやカジノも大好きなギャンブル狂の僕でも、さすがに年4000万円は突っ込んではいない。せいぜいその4分の1に行くか行かないかといった程度だ)。とはいえ、大井競馬での1レースの予想代金は競艇のそれの倍の200円。1日に12レースあるし、大井だけでなく南関東4場をカバーし、かつネットでも販売しているので、予想だけで相当の稼ぎがあることは確かだろう。

 

 その吉冨は、様々な職業を通じてこの社会の裏面をも凝視してきた。アルバイト先の法律事務所では、「社会的弱者」の味方のフリをしながら、実はその者たちに寄生して暴利を貪る弁護士たちの醜態など、様々な労働現場に見られる矛盾をいやというほど見てきた。概して「人権派弁護士」と言われ持て囃されている弁護士に付きまとう胡散臭さは、こうした「社会的弱者」の存在をあらかじめアテにして、そこから上前をはねて自分の懐を肥やしているのに、さも社会正義の実現のために無償で弁護活動をしている善意の「先生」に見られたいという欲求が透けて見えてしまうことや、「社会的弱者」とされるその1人の人間を助けることよりも、実は当の弁護士の思想信条に基づく政治活動のための一つの道具としているようにしか思われないことによる。吉冨の口上でよく口に出される文句は、「資本主義社会における利潤は、労働力の搾取を否定できない。したがって、稼ぐ金より(競馬によって)勝って得た金の方が美しい」である。

 

 ギャンブルは(いかさま博打でない限り)その参加者に対してフェアである。どんな金持ちであろうとどんな貧乏人であろうと競馬の前には平等のチャンスを与えてくれる。あとは知力を絞って天命に委ねるのみだからである。不確実性下での意思決定は全て賭けである。しかし、人は可能な情報を集めてできるだけ期待値の高いと判断する選択を行う。とはいえ、あくまで確率なので絶対ではない。確率はフェアに割り当てられるのでリスクも公平に分担される。自分だけが利益を得ながらもリスクだけは他人に転嫁するということが原則として不可能なゲームなのだ。なるほど少なくとも参加者においては最もフェアなゲームだと言うべきである。

 

 実はこの考え、元ヘッジファンドの運用者兼「確率論の哲学」の研究者兼文筆家のナシーム・ニコラス・タレブのいうフェアネスの意味にも通じる考えだ。ちなみに、自らはリスクを背負わず他人にツケを回すような「身銭を切らない連中」としてタレブが忌み嫌う存在は、批評家、アナリスト、大学教師、コンサルタント、役人といった連中だ。他人に寄生して利益を得ているくせに、無責任なことばかり言い、しかもリスクを公平に負担しようとしないばかりか、他人にそれを転嫁して恥としない連中ということらしい。タレブとは若干異なるが、自分が敬する人を思い出すと、自らをリスクにさらして勝負の世界に生きている人だ(挑戦して残念にも負けてしまった人だとしても、その敬意が変わることはない)。

 

 その意味で、最高に格好いい職はプロ棋士かもしれない。おそらく天才だったに違いない升田幸三のような勝負師の中の勝負師みたいな。競技としては将棋よりも囲碁の方が好きだが、やはり超絶かっこいいのは、升田幸三実力制第四代名人だ。将棋にせよ囲碁にせよ、プロの棋士になるだけでもとてつもない才能と膨大な努力を要するわけだろうけど、頂上付近に長年居続けられる人というのは、明らかに我々みたいな凡人とは違う特異な脳ミソがあるとしか思えないくらい別世界の人間だ。特に、昔のプロ棋士は義務教育しか受けていないわけだが(確か升田幸三は家出同然で故郷から大阪へ出て行ったので、おそらく小学校もまともに出てないかもしれないし、弟弟子の大山康晴十五世名人も小学校卒ではないだろうか)、近年は中学を卒業して奨励会に入る子が多いので、中には、もし大学受験をしていたら東大に受かってるだろうなどと言う者がたまにいる。ご本人は褒めているつもりなのかも知れないが、冗談じゃない。毎年数千人も合格する東大入試みたいなウンコレベルのものと比べるんじゃない!東大合格なんぞ、塗り絵ができますっていう程度だ。

 

 囲碁の木谷實九段は囲碁を多少嗜む者なら誰でも知っている天才だが、その息子たちは一人は東京大学医学部教授に、もう一人は東京大学法学部在学中に司法試験に合格して判事に任官し、最高裁調査官を務めるなど法曹エリートの道を進んだ。彼らは父親ほどの頭脳がないと自覚したから、方や東大理Ⅲに入り医学部に、方や東大文Ⅰに入り法学部に進んだ(兄弟で「鉄緑会」しちゃってるわけだ)。まさか自分たちが木谷實名人よりも頭がいいとはつゆだに思っていないだろうから、そう言われても、御両人から文句は出まい。将棋の谷川浩司十七世名人(資格)の兄も東大に進んで学内の将棋倶楽部のようなサークルで活動したようだが、弟ほどの才能はないのでプロ棋士にはなれなかったと思っているはず。プロ棋士と東大なんぞを比較に持ち出すこと自体が、プロの棋士に対する侮辱である。

 

 話を戻すと、予想屋は単に適当に予想した紙を客に手渡す仕事ではなく、予想屋に託す客がいるという重圧を抱えながら数点の予想を紙切れに書き込む。ダメなら客は消えていく。その場その場の真剣勝負で客から金を貰う。日銭どころではない。ダメなら次のレースから客は消えてしまうから。結果がその場で反映されるシビアな世界に生きている。ともすれば、すぐにでも廃業を余儀なくされるリスクを抱えながら、彼らも騎手や選手とは別の意味での勝負の世界に生きている。何がフェアで何がアンフェアであるかを肌身に感じているはず。その吉冨が万人にフェアだとみなす世界、知力と度胸で渡っていく世界、それが鉄火場なのだ。それが、東京の人間で100万人に1人しかいない特殊な職業に安住の場を見つけた理由なのかもしれない。

 

 本書には、立会川の泪橋の話や18年ぶりに競馬場で後に数学者となる息子と再会したエピソードなど読ませる内容が色々含まれており、一般的な人生行路を辿る人々とは著しくかけ離れた生き方をする吉冨隆安という人物を知るのにもってこいの著作である。そうだ、稼ぐ金より勝って得た金の方が美しいに決まっているのだ。

職業に貴賤あり?

 伊丹十三監督の映画『マルサの女』・『マルサの女2』は、宮本信子が扮する東京国税局査察部の女性査察官板倉亮子が、脱税を働く会社経営者や地上げ屋稼業に勤しむ宗教法人役員といった海千山千の「悪党」の不正を摘発する奮闘ぶりを描いたヒット作である。両作品が公開された年は1987年と1988年で、ちょうど日本経済が「バブル経済」と呼ばれる好景気を演じていた時期に当たる。東京を中心とした「見せかけ」の経済的繁栄を享受したのは、何も大企業や不動産業者や銀行・証券会社だけでなく、都市中間層以上の者であれば程度の差こそあれその恩恵にあずかったというのだから、正に「バブル」と呼ばれるにふさわしい状況であったのだろう(この「バブル期」を象徴するイメージとして、崩壊間近に東京・芝浦にできた「ジュリアナ東京」での「お立ち台」にて妙な扇子を振りかざして幕末の「ええじゃないか」みたいに我を忘れて踊り狂うワンレン、ボディコンの女の嬌態が映像で流れるわけだけど)。

 

 もちろんその裏で、地価高騰の煽りを受けて「地上げ」のターゲットとなり住み慣れた土地から追い出される者もいたし、権威主義的企業支配の束縛から過労死する者も続出していたし、さらにはそうした歪な社会構造が校内暴力などの現象となって噴出した負の側面を見なければならないだろう。80年代から90年代初頭までの消費社会・金満大国ニッポンというメダルの表と裏である。こうした事態に胡座をかいて「バブルの宴」に酔いしれていたのは、人文社会系「知識人」を自認する者も同様だった。「知識人」を自称しようとも何のことはない、最もミーハーな「大衆」的性格を持つ自称「知識人」は、その潮流に乗っかり「バブリー」な言説を垂れ流してもいた(オルテガ『大衆の反逆』が言う「大衆」とは、正にそうした自称「知識人」を典型とする存在であった。そうした言説も「バブル経済」崩壊とともに腰折れとなり、デフレに突入する90年代後半にはその化けの皮が剥がされることになる)。強いてこの時期の風潮に警鐘を鳴らしていた言説を探るとすれば、石堂淑朗「一日千秋の思いで待つ『兜町大暴落』」くらいしか見当たらない。

 

 僕自身は生まれてもいなかったので、その頃の状況など実地に知る由もないが、1985年のプラザ合意以後の急速な円高に襲われ「円高不況」に陥った日本経済が有効需要の内部的創出のため内需拡大政策を強力に推し進めることによって、国内の余剰資金が株や不動産に大量になだれ込み、株価や不動産価格の高騰を招いた時である(日本社会にとって決定的なメルクマールの年を挙げるとすれば先ず第一にこの1985年であり、次はニクソン・ショックのあった1971年か、日本社会のデフレ化が始まった1997年あたりだろうか)。東京のオフィス需要の高まりとともに都市再開発事業が強力に推進され、そのため「地上げ」行為が横行し、中には暴力的な「地上げ」までもがまかり通るような状況となった。警察は「民事不介入」という建前を通したために、民事介入暴力が各地で放置され、立ち退きに応じない者には暴力的な事実上の強制までなされてもいた。

 

 三國連太郎が扮する地上げ屋で表向き宗教法人「天の道教団」の管長をしている鬼沢鉄平との死闘を繰り広げる『マルサの女2』は、こうした地上げ屋とその地上げ屋を利用して土地の転売によって荒稼ぎする商社や銀行や国会議員の姿を描く。エンターテーメントとしての性格上幾分誇張して描かれてはいるが、「バブル経済」に浮かれていた日本社会の裏の姿を見るのに参考の一つになるはず。『マルサの女』では、山崎努が扮するラブホテル経営者権藤英樹が様々な方法で脱税を試みる異常に金銭に執着する守銭奴としての側面が描かれている。一方で、財産を一人息子に残したいと切実に望む父親としての人間味ある人物の側面も描写されている。対して『マルサの女2』では、鬼沢鉄平の人としての弱さを描くシーンがないとは言わないまでも、基本的には「正義」に対する「巨悪」の側の一人として描かれている。双方とも基本は勧善懲悪のトーンになっているが、そのトーンは二作目がより強烈になっている(もっとも、『マルサの女2』では、現実的に真の「巨悪」はマルサの追及を逃れ得るわけだが)。

 

 しかし本作の魅力は、こうしたわかりやすい勧善懲悪の物語にあるのではない。むしろ、東京国税局査察部(納税する身からすれば、査察以上に国税局の資料調査課の連中の方が怖いけれどね)の面々よりも「巨悪」とされた悪党どもの方の魅力が勝るというところなのだ。但し、伊丹十三の他の作品『ミンボーの女』もそうなのだが、「悪」と決めつけられた「民事介入暴力(民暴)」を生業とする個々のヤクザの人々の描写が過分に戯画化されており、ヤクザのかっこよさが全く削ぎ落されいる(これを見て頭にきた仁侠界の人々もいるだろうなという内容。民族派団体の中には仁侠に生きる人々もいるわけだけど、このような戯画化されたヤクザはいない)。

 

 『マルサの女2』は、東京のとある場所で水死体としてなって発見された男から始まる。高層ビルの上層階のある部屋で国会議員や銀行や商社の役員がタラバガニを遮二無二食いつつ次の地上げの標的となる土地の品定めをしながら、「水死体となった男は使えた地上げ屋だった」と回想しながら、次に使えそうな地上げ屋を紹介する小松方正が扮する国会議員の猿渡に対して、中村竹弥が演じるボス格にあたる国会議員の漆原が女性にマッサージされながら「お前の知り合いならどうせワルに決まっている。第一、地上げ屋なんか使い捨てりゃいいんだよ」と吐き捨てるシーンが強烈だ。地上げで頭角を現す鬼沢鉄平率いる「鬼沢一家」は、表向きは「天の道教団」というインチキ宗教法人の看板を掲げ、アホな信者から多額のお布施をむしり取るなどの活動をする一方で、税務調査の入りにくい宗教法人のメリットを利用して脱税スキームのための一つの「ハンドバック」替わりに利用している。

 

 ある日、父親の借金の「カタ」として連れて来られた洞口依子演じる女子高生の奈々を愛人にした鬼沢だったが、彼には加藤治子が扮する赤羽キヌという内縁の妻がおり、赤羽は「天の道教団」の教祖として信者からの信仰を集めている。とはいえ、インチキ宗教にありがちなことに、この赤羽キヌは贅の限りを尽くし、4500万円もするロシアン・セーブルの毛皮を衝動買いするほどの浪費家。奈々も最初は健気な女子高生だったが、愛人として暮らすうちに潜在していた欲望が開花したのか、豪奢な宝飾品で着飾るなど身なりも生活も派手になっていく。遂には教祖であるキヌにまで「鬼沢の心はとっくに離れているのだから、とっとと別れろ」と迫るほど、鬼沢一家の色に染まりきっていく。

 

 鬼沢の収入に目を付けた東京国税局査察部の板倉亮子は調査を開始するも、中々尻尾を掴むことができない。鬼沢曰く、「地上げのコツは愛情と脅し」。手下の若い衆に地上げを成功させて大金をつかみ取ってみろと喝を入れ、チンピラたちはあるマンションで立ち退きに応じない数人と近くの寂れた食堂を営む夫婦に対して、多額の立退料を用意して交渉に当たる一方、それでも応じない者に対してはダンブカーで突っ込んだり、獰猛な犬を近くで飼ったり、大音量やいたずら電話などで嫌がらせするなどあの手この手で暴力的に立ち退きを迫る。食堂の夫婦は遂に観念するも、マンションの部屋を借りてるゴシップ誌記者と大学の教員は中々難癖をつけて応じない。大学教師は鬼沢曰く「世間を知らない連中」だから、調子に乗って買取金額を吊り上げようと欲張るも、生き抜いていく力にかけては一枚も二枚も上手の鬼沢に敵う訳もない。結局鬼沢の計略に嵌り、スキャンダルをばらされたくなければ言うことを聞けと迫られ、立ち退きせざるを得なくなるに至る。質の悪いゴシップ誌記者の方は、地上げ屋を雇う銀行や商社の役員に直接抗議し記事にすると脅しにかかるわけだが、これまた鬼沢の計略に嵌って、自ら立退き承諾書の判をつかせてくださいと懇願する状況にまで追い込まれていく。

 

 こうした手口で次々と地上げを成功させる鬼沢だったが、遂にボロを羽目になる。国会議員で地上げ屋の黒幕になっている漆原が「自分の土地を売却したいが、税金を払うのがアホくさいから、どうにか脱税できないか」と鬼沢に相談を持ち掛ける。いつでも消せるチンピラ一人をかませた代物弁済を利用した脱税スキームを鬼沢は提案するが(現行制度ではこのスキームは使えないのだが)、これが国税に狙わた。板倉たち査察部の面々は鬼沢の宗教法人に強制調査に入り、この脱税スキームが明らかになり、任意の取調べを受けるのだが、その鬼沢もスナイパーに命まで狙わるまでに追い詰められる鬼沢に対して、板倉は「あんたもトカゲの尻尾なんだよ」と耳元で囁く。そこまで追い詰められた鬼沢だが、肝心のところで口を割らない。重要参考人のチンピラまで消されることになり、結局鬼沢の背後に潜む漆原など真の「巨悪」は摘発されず仕舞い。命を狙われた鬼沢は、妊娠していている奈々を連れて自分たちが入る予定の金で作ったどでかい墓の前で「俺の財産には指一本触れさせないぞ」と喚き散らして終わっていく。ラストのラストは、鬼沢が地上げし、銀行や商社が転売で中抜きした土地に建設する高層ビルの地鎮祭を無事済ませた漆原たちの姿を冊越しに歯噛みしながら見つめる板倉亮子たちの無念の表情が映し出されてジ・エンド。

 

 現在の日本には、約20万ほどの宗教法人が存在する。そして、宗教法人法に守られた宗教法人に対しては税法上の優遇措置が講じられ、宗教法人の非営利事業は原則的に非課税である他、営利事業に関しても特例があって課税標準が違っている。しかも財務状況の調査も難しく、それゆえ宗教法人を「ハンドバック」代わりに悪用してくれといわんばかりのシステムを利用しようと思う者が出てくるのは当然である。地上げ屋鬼沢は、東京のオフィス需要を満たすべく高層ビル建設の用地を確保して企業を呼び込まなければ国際金融センターとしての地位を香港に奪われてしまうという危機感を口実に自分たちの行為の正当性を主張する(実際、国際金融センターの地位は香港に奪われてしまったわけだが、香港の中共による香港の暴力的制圧によってどうなるかはわからない)。

 

 一見、居直りともとれる鬼沢の主張ではあるが、同時にある意味正しいとも言える。銀行や商社は、自らは「汚い仕事」を引き受けることなく地上げ屋のおかげで利潤を得ていたわけで、この鬼沢の主張にはそうした者たちへの怒りをも含んでいる。父親の借金の「担保」として鬼沢の愛人となった高校生の奈々は健気な女子高生だったものの、次第にそういう鬼沢を愛するようになり、鬼沢ファミリーの一員として別人に変容していくわけだが、借金の「カタ」にとられた不幸を経ながらも、それを単なる不幸な女としては描かれず、むしろ鬼沢すらも手玉にとるかのような女に変貌していく姿は、鬼沢鉄平という欲望剥き出しのワルの魅力を間接的に描き出してもいるようだ。

 

 こうした地上げ行為は現在ではほとんど姿を消したわけだが、しかしいずれにせよ、用地取得は必要不可欠なことなので、かつての地上げ屋の行為に多少行き過ぎがあるとしても、その必要性を社会は認めてきたのである。東京など大都市の都市開発事業は全て彼ら地上げ屋のおかげと言ってもいいだろう。都市開発だけでなく、例えば東京ディズニーランド青森県六ケ所村の核燃料再処理施設もその例外ではない。日本の借地借家法は借地人や借家人を過剰に保護する法制なので、いざ開発をすすめるにあたっても中々進まないことが多く、その反動から地上げ屋のような存在が重宝された。もし、地上げ屋がいなければ都市開発など到底できるものではなかった。鬼沢曰く「誰かがやらないと」ダメな仕事いわば「必要悪」であったというのである。こうした「汚れ仕事」は、表向ききれいな大企業が直接するわけではないし、また開発による直接間接の恩恵を受ける一般人も、それを可能ならしめた「汚れ仕事」の存在に気づきもせず、それどころか社会的な害悪として軽蔑の眼差しを向ける。自分は動物の肉を食いながら、その動物を屠殺する役割を担わされてきた者たちを「穢れ」ある者として蔑視し差別してきた者たちと同様の振る舞いをしてケロリとしている。

 

 現代では、性風俗産業に従事する者を徒に蔑んでいる連中にも共通する態度とも言える。例えば、COVID-19の感染が再び拡大傾向を示している日本では、クラスターの発生源の一つともなっている性風俗店やホストクラブやキャバクラなどの「夜の街」の接客業に従事する者たちに対するバッシングが激しいとの報道を目にする。少し前のパチンコやパチスロを営むホールや客に対する常軌を逸したバッシングを反復するかのように、「夜の街」が「叩きやすい敵」として槍玉に上げられる。もちろん、物理的接触をする業種ゆえ感染リスクが高いことは言えるが、もし感染拡大を抑止するために休業を含めた営業自粛を要請するのであれば、彼ら彼女らだって正当な経済活動によって生計を営んでいるのだから、休業等にともなう損失の補填がなされないことには死活に関わる。にもかかわらず、性風俗産業やホストクラブあるいはキャバクラなど「夜の接客業」は、まるで世にあってはならぬ職種であるかの如く蔑み、補償などする必要はないだの、廃業すればよいだのと己の独善的な道徳観念を振り回して全否定する言説がまかり通っている。

 

 かつて、皮革業や屠殺業などにたずさわっていた人々を「穢れた者」として道徳的に裁断する思想で以って差別していた構図が見え隠れする。いや、そうではない。彼ら彼女ら性風俗業などに従事する者たちは「搾取」されている犠牲者なのであって、悪いのはそれによって利益を得ている経営者なのだと弁明するかもしれないが、性風俗業などを社会悪とする思想そのものがこれら産業を一つの立派な産業とは見なさない道徳的基準を以って裁断する根深い偏見からくる度し難い差別でしかない。「搾取」か否かは、個別具体的な労働実態によって判断されるべきことであって、この点は他の産業でも当てはまることである。

 

 独善的な道徳観念を振りかざして他人や社会に己とそのお仲間だけにしか通用しない「道徳的価値のヒエラルキー」に基づく基準を押し付ける人々の典型的な言い草が、「搾取」という概念を自己の都合に合わせて持ち出すやり方である。しかし「搾取」とは何かとなると、それを明確に論じ立てることは難しい。マルクスを持ち出す者にせよ、おそらくマルクスをさして読みもしないでイメージが独り歩きしている「搾取」の一語で以って相手を糾弾するばかりで、言っている当人も「搾取」がなんであるかがわかっていないことがしばしばみられる。

 

 「剰余価値」とは、労働者が自分の生活に必要なものを生産するのに要する労働時間を超えて労働することによって、剰余ないしは利潤が発生すると言う見解が含意されている。この主張自体はスミスやリカードなどの古典派経済学に共通するものであるが、そこに非労働所得としての「搾取」を読み込む解釈を採ることにマルクスの独自性が存する。剰余価値率とは、剰余価値を必要労働量で除することによって得られる。証明のプロセスは省略するが、正の利潤、正の均等利潤率が存在するための条件は剰余価値が正、剰余価値率が正であることと同値であること、すなわち、労働者の剰余労働なくして利潤はありえないという命題が「マルクスの基本定理」の核心である。しかしながら、この命題は投下労働価値説という特異な価値論を前提とした上で証明できる命題であるにすぎず、現在この投下労働価値説を是とする者はマルクス主義者の中でも教条的で頑迷な者くらいしか存在しない。投下労働価値説が妥当しない現象など至る所でみられる。要は、完全に誤った前提に立脚した主張なので、これに基づいて「搾取」を云々すること自体失当なわけである。

 

 ウォルター・ブロックのDefending the Undefendable(邦訳は『不道徳の経済学−擁護できないものを擁護する』(講談社+α文庫)だが、この邦訳本は翻訳者が正直に告白している通り、正確な訳とは程遠い別物の本になっている)は、こうした「不道徳」なものとして軽蔑されがちな存在(中には犯罪とされるような行為も含む)を擁護する論陣を張る。ブロックは、シカゴ学派頭目ミルトン・フリードマンの愛弟子ゲーリー・ベッカーに師事した経済学者で、アナルコ・キャピタリストないしはリバタリアンとしても知られる。かなり強烈な思想の持主ではあるが、麻薬取引をも公然と擁護したオーストリア学派のフォン・ミーゼスやフリードリヒ・ハイエクらの思想に滲みのある者ならば、それほど「極端」とまでは思わないかもしれない。事実、この書に対してハイエクも称賛を惜しまない。文脈は異なるが、ある意味でデイヴィッド・グレーバーのBullshit Jobs(未邦訳かな?)の真逆を行く書であり、僕としてはその奥底に潜む道徳主義的なお説教と拭い難く見え隠れするルサンチマンに支えられているグレーバーの書よりも、ブロックの書の方が断然面白い。

 

 もっとも、誇張されたその主張に完全に同意するわけでもないが、世間ではとかく「悪徳」と槍玉に挙げられ虐げれてもいる連中を経済学的にあるいは倫理学的に無理やりにでも擁護しようとするブロックのある種の「狂気」は、「弱者のルサンチマン」を滔々と聞かされるよりは精神衛生上健全だと思われる。但し、この主張を現実の政策に反映させることなど事実上不可能だろうし、想定可能な範疇を超えた害悪も考えられることから、今のところあくまでも「思考実験」としての意味しか持たないだろう。この点が、学校という箱庭でしか生息できない教師の限界でもある(アカデミズムとビジネスの世界を自由に横断するタレブ的リバタリアニズムの方が断然知的レベルも上だと思われるけれど)。

 

 内容はというと、ブロックの学問的出自や題名から推して知るべし。ゲーリー・ベッカーやリチャード・ポズナーの「経済学帝国主義」すなわち大雑把に言うならば社会に発生するほとんど全ての公共政策学的・道徳的・倫理学的諸問題を経済学的費用便益分析に還元して処理してしまおうと企図する考えに立脚して、違法ドラッグの売人であったり高利貸しや薬物中毒者、賄賂を受け取る悪徳警察官やダフ屋、売春婦、闇金融業者など社会で犯罪または不道徳的とされている行為を倫理学的・経済学的に擁護し、彼ら彼女らこそ「ヒーロー」であるとまで祭り上げる(僕としては暴走族もそこに含めて欲しかったけど)。

 

 もっとも、そこには単なる「経済学帝国主義」には収まらない前提があって、その前提とはリバタリアニズムとして知られる自己所有権を基礎とする私有財産絶対の思想がある。だから本書は、「経済学帝国主義」と異常に単純化された功利主義リバタリアニズムとの融合の書と言え、それがブロックのアナルコ・キャピタリズムの主張の支えにもなっていると言える(ちなみに「法と経済」の大家ポズナーの主張「貨幣で計量可能な富の最大化が正義である」というテーゼが背景にある。日本人の多くの人の感覚からすれば首を傾げないわけにはいかない主張であるが、ポズナーはこのテーゼに基づいて判事として次々と判決を下していったというのだから、たまげたものである)。日本にもわずかながらリバタリアニズムやアナルコ・キャピタリズムの支持者が存在するが、大きな勢力にはなっていない。

 

 ブロックの擁護対象の中でも分かりやすいものと言えば、違法ドラッグの売人や高利貸しや売春婦(もっとも、売春婦と言っても女に限られるわけではなく、売り専などを考えると男も含まれているだろうが)である。麻薬の売人が肯定されるのは、直接的には誰にも危害を加えずして客の欲望成就に貢献しているからだ。もちろん、反論が想定されよう。その典型は、高額の薬物欲しさのために依存者による窃盗・強盗・恐喝・詐欺・横領など金銭を不法に取得する犯罪行為を誘発するというものだ。しかしブロックに言わせれば、薬物の末端価格が高騰しているのは薬物に対する規制が強すぎるからだということになる。規制が強いからこそ、稀少価値が増し、マフィアなどの犯罪組織の資金源にもなりうるものとして重宝されるというわけである。

 

 もし、薬物が解禁され、普通に店頭で入手できるようになれば、市場メカニズムが機能して末端価格はディスカウントされるだろうから、マフィアとしても旨味がなくなる。しかも、安価で入手可能となるので、高額な薬物欲しさに強盗などの犯罪に手を染める必要は激減する。禁酒法時代の米国でアル・カポネのような存在を生んだのは、正に禁酒法という規制そのものである。このブロックの立論にはいくつかの穴があるわけだけれど、概ね正しい主張と思われる。薬物規制の立法目的の大部分は当該規制の撤廃によっても達成可能であり、より制限的でない他に選びうる手段があるのならば、こうした自由を制約する規制の正当性はないということになりそうである。

 

 高利貸しにしても、資金需要を吸収する点で肯定される。高利貸しは、高い金利を設定することで貸し倒れリスクをヘッジし、それによってより広範な資金需要に対応できるようにしている。貸金業者からすれば、リスクある顧客に対して高い金利を設定し、優良顧客に対して低金利を設定するのは当たり前のことであって、金利等契約内容については契約自由の原則により金銭消費貸借契約の当事者が合意により取り決めればよいのだから、これまた外部がとやかく言う筋合いのものではない。

 

 日本でも、利息制限法のいわゆる「グレーゾーン金利」の任意返済規定の解釈をめぐる最高裁判決(利息制限法の条文の文言を素直に解釈すれば滅茶苦茶とも言える解釈だったが)以降、過払金返還訴訟が立て続けにおこり、この「クレ・サラ問題」で弁護士や司法書士が荒稼ぎしたわけだが(要は、楽して稼げる飯のタネを見つけたわけで、ある意味「貧困ビジネス」の最たるものだ。最も救われたのは多重債務者ではなく、食い扶持に困っていた弁護士や司法書士だったのである)、借りたくても借りられなくなった人がヤミ金に流れる動きもあった。この点、超過需要をどう吸収するのかという問題について、弁護士や司法書士は何も対応していない。日弁連でも何でもよいが、彼らが低利で貸し出すなり債務保証してやれば良かったものを、そうはしない(もちろん日弁連という組織の規約等から会の設立目的に含まれない行為はできないと思われるけれど)。騒ぐだけ騒いで後の面倒は全く見ない。当の弁護士は、自らを「正義のヒーロー」として売り出せる契機になったのかもしれないが、これでは問題解決とは程遠く、逆に新たな問題を生み出すことになりかねないのだ。総量規制等の影響で、高利でも構わないから当座資金が必要だという者が市場から閉め出されて借りられなくなったわけだが、それで需要がなくなるわけではないのである。そこで、どうにかして資金を工面する必要に迫られるわけだが、銀行や政府系金融機関がその者に低利で融資するのだろうか。もちろん、そんな与信の無い者に融資するわけがない。では、当の弁護士や司法書士が工面してくれるのか。もちろん、そんな真似するわけがない。こういう行為は「正義」でも何でもない。単に無責任というべきだろう。

 

 確かに、多重債務問題に取り組んだ弁護士の活動で違法な取り立てに苦しんでいた者が助かった事例もあろうが(強要罪等に該当するような行為は違法行為なので取り締るのは当然。といっても、彼ら彼女らが専ら手弁当で活動していたわけではなく、ちゃっかり報酬を得ているわけだから、慈善活動でも何でもなく、あくまで彼ら彼女らの営業活動だった)、同時に「こいつらがいらんことしてくれたばっかりに、借りられなくなったではないか」と怒り心頭の者もいるのである。要は、弁護士や司法書士らの活動は、銀行等から低利で融資が受けられるだけの与信のある者の資金需要だけを尊重し、与信のない者の資金需要を無視して事足れりとしているわけである。更には、過払金返還されたはいいが、弁護士報酬として大部分もっていかれた債務者が続出した。おまけに貸金業者が次々と倒産し路頭に迷う失業者を大量に生み出した。食えなくなった失業者の中には再雇用もままならず仕方なく特殊詐欺の片棒を担ぐ者やら最近数年で下火になった不動産投資ブームに乗って参入した悪質な業者でエビデンスの改竄等不正行為を働いて生き残りを図る者すら出てきた。

 

 売春行為によって生計を営む者や、ホストクラブやキャバクラなど「夜の街」の接客業に従事する者も、皆それぞれ異なる仕方で経済活動に貢献しているわけで、社会的分業の一つである。売買春行為そのものが悪であるとする決めつけもあろうが(現在の日本では売買春行為そのものは認められていないという建前になっているが)、それはその人の独善的な道徳観念がそうさせているのであって、互いの合意によって成立した契約に基づく経済活動である点に関して、他の取引行為と全く同じである。問題があるとするなら、当人の意に沿わない強制というべき態様で行われたか否かである。仮に真意に反する強制があれば、強要罪として処罰すればよいわけだから、売買春行為そのものを社会的な悪とする必要はない。強要という行為が個人的法益を侵害する「悪」とみなされるのである。

 

 「性の商品化」がよくないとする言説もあるが、「性の商品化」が許されず「労働力の商品化」なら許容されるという理屈は、あくまで恣意的な区別でしかない。まさか、性行為は純粋な愛情の発露としての行為のみしか許容されないというのでもあるまい。愛情がなくとも単純に性欲を充たすべく性行為に耽ることはあるし、欲望充足のために金銭を介した行為もありうる。金銭を介した性行為そのものが道徳的に許されないとの信条を個人の思想信条として持つのは結構だが、個人の思想信条を同じ思想信条を共有しない者にまで押しつけるのは個人の自由に対する過度な介入である。人権を盾に取る言説も然りで、人権侵害というなら、むしろ「自己決定権」や「営業の自由」を許容しない方にこそある。

 

 再度言うように、その人が何らかの宗教上の理由なり道徳的信条から、金銭を介した性交または性交類似行為を包含する性行為そのものを悪と考えることは自由だが、「純潔主義」を背後に隠し持っているその思想信条を他人に押しつける筋合いはない。自己の身体をどう処分するかは原則として当人の自由であり、自由に任せていては著しい支障を来すような場合、例外的に必要最小限のパターナリスティックな制約が社会的に要請されることはあろうが、この制約は、あくまで「必要最小限」にとどめるべきだ。

 

 むしろ、この業種を蔑視し過剰な規制を加えることが、それに携わる者の待遇改善の障害になっている。もちろん、昔のように家の事情で女衒に身売りされた女性がいたという悲しい過去はある。ともすれば今でも、借金のカタにされて自らの意思に反する行為を実質的に強制されている者(これは女性に限られず男性にもあてはまるだろう)もいるかもしれない。しかし、それは強要罪という個別の犯罪行為であって、性風俗業全体を否定する理屈にはならない。仮に、こうした事情の者が当該業界で圧倒的多数であるという事実があるのならば、それは専ら救貧対策の問題として解決が図られるべきであって、一つの産業を「不道徳」なものとして蔑視することで済む話ではない。

 

 おそらく、仮に救貧対策が功を奏したとしても、性風俗業に従事したいと思う者は絶えないだろう。なぜなら、今日の性風俗業界に従事する者で、絶対的な貧困下におかれつつ他の職業に従事したくてもできないという状況の者が圧倒的多数だとは思われないからである。シングルマザーでかつ、親族からの援助すら期待できない人が、やむなく比較的高給で軽労働な風俗業界に進む場合もあるだろうけど(この場合、シングルマザーやシングルファーザーといった片親家庭に比較的多くみられる貧困の問題として対処が図られるべきだろう)、最近では、刺激的な世界への興味やら、ブランド物欲しさやホストクラブに通い続けるために手っ取り早く稼げる風俗業界に自らすすんで入っていく者の方が多いのではないだろうか。その者たちに対して別の職業を斡旋しても、当該職が高給で軽労働という条件が保証されるわけではないだろうから、とてもじゃないが代替にはなり得ない。ホストクラブに通い続けるために性風俗で月給100万円以上稼ぐ女性に対して、月給20万円程度の低賃金の職を紹介したところで「バカバカしい」という一言で返されるだけだろう。

 

 問題は、真意に沿わない労働を無理やり強いられていると言えるかどうかであり、その判断は個別の態様により異なる。過酷な労働環境である炭鉱労働者が存在するからといって、炭鉱を閉鎖しなければならないという結論にはならない。過酷な労働環境を少しでもましな環境に改善していくことが筋である。野辺送りに携わる者が賎民扱いされてきた歴史を見てもそうだが、では野辺送りの仕事を無くせばよいというのか。そうではなく、野辺送りに携わる者を蔑視する思想そのものが改められるべきとの方向に向かうだろう。

 

 ホストクラブにしても、ホストが女性を「食い物」にして暴利を貪るイメージだけが喧伝され、ホストクラブを利用する客の満足度については無視される傾向にある。サービスに対する報酬を決めるのは原則として当事者同士であって、部外者が高いだの安いだのと決定する資格はない。何本ものボトルを空けてシャンパン・タワーを楽しむことに数百万支払う神経は僕には理解できないが、それでも当人はそれで満足しているわけだから、赤の他人からイチャモンをつけられる筋合いのものではない。ジャクソン・ポロックの落書きみたいな絵画に200億円以上支払うケネス・グリフィンのような人物もいれば(個人資産で約1兆7000億円、1500億円ほどの年収らしいので大したことがないのかもしれないが。つい最近もセントラルパーク南の57丁目辺りに約260億円出して新住居を購入したようだし、頗る羽振りがよいようだ)、楽吉左衛門三代道入の黒楽茶碗に数千万円程度なら惜しげもなく出す収集家もいるだろう。本阿弥光悦志野焼茶碗の国宝「不二山」なら数億円出しても手に入れたいと思う人もいるだろう。現代抽象絵画に無関心の者や、100円ショップで売られる瀬戸物しか買わないという者からすれば異常な神経ということになるのかもしれないが、それでも当人はご満悦なのだから、金額に見合うだけの効用が当人にはあるに違いない。物事の価値とは、諸個人の効用を無視した何らかの「本質」によって決定されるものではない。

 

 ホスト狂いの女だって、贔屓にするホストは当人にとっては「最高の男」なのであって、少なくともそれに文句を垂れている男どもよりもずっと男としての色気と魅力があるに違いない。それどころか、ホストクラブ通いをするために自らすすんでソープ嬢として稼ぐ道を選択した女にとって、批判するだけの男は単なる金づるの「諭吉」にしか見えないわけだ。もちろん中には、ホストクラブの売掛金回収のために、それまでツケで遊んでいた女が追い込まれて自殺するといった事例も見られるが、それがホストクラブ利用者の多数を占めるわけではない。そうしたことなら、先物取引で失敗した者が首を括るといった事例は今も昔も一定数あるのであって、何もホストクラブだけに当てはまることではない。売掛金回収の際の態様が強要罪を構成する程度のものならば、それを取締れば済む話であって、これまたホスト業界全体を潰せばよいという話にはならない。先物取引に失敗して首を括ったごく一部の者がいるからといって、「先物市場を廃せよ」と主張することが暴論であるのと同様である。投資にせよギャンブルにせよ、酒やタバコも含め、何事も「やりすぎは禁物だ」ということを教えてくれるに過ぎない。

 

 ブロックの主張には極端なものも含まれているが、このブロックの著書には倫理学的にも重要な示唆を与える。人間の欲望を真正面から受け入れることができず、特異な「道徳的価値のヒエラルキー」の基準を一様に当てはめ、そこから逸脱する者を「不道徳」なものとして糾弾する主張は、倫理学的にも経済学的にも肯定することが難しいということである。正面切っての反論ができない者たちは、「構造的暴力」だの「支配抑圧構造」だのといったどうとでも取り様のある便利な合言葉を外挿することによってごまかしを図る。中には的確な指摘もあることは認めるが、それを全体化させてしまうと、たちまち胡散臭い話に陥る。要は、自分たちの道徳観念や目指すべき社会像にそぐわない者の主張を「悪魔視」する言説に変容するわけである。こうした鬱陶しい環境における一服の清涼剤として、千葉雅也・二村ヒトシ・柴田英里『欲望会議「超」ポリコレ宣言』(KADOKAWA)がオススメである。欲望に真正面から向き合おうとせず、見て見ぬふりをしてとりあえずは「いかがわしい」ものを排除しておけばそれでよしとする風潮に対するアンチ・テーゼをぶつけているとも読めるからである。特に、フェラチオしながらバックや騎乗位でアナルファックされる時の快感を想起させもする「めちゃめちゃに自己破壊されることが快楽に転じる」という千葉の表現がいい味を出している。この著者たちなら、いたずらに性風俗やホストクラブやキャバクラのような夜の接客業つまりは「欲望の集積場」としての「夜の街」を否定することはないだろう。

 

 共産主義者たちにありがちな傾向で、自分たちの理想を万人にまで押し付けようとする独善によって「悪魔視」された者は徹底的に糾弾され、場合によっては「反革命分子」のレッテルを貼りつけて血の粛清を行うに至る。これまでの共産主義者たちは、ほぼ例外なく反対者を合法非合法を問わず抹殺してきた。自らの行為は「正義」であるとの妄念に凝り固まった「善意の集団」がやらかした凄惨な出来事を想起すればわかろう。思想が誤っているとみなされた者に対しては「思想改造」が施されてきた。プロレタリア文化大革命の際の紅衛兵やマオイズムにかぶれたポル・ポト率いるクメール・ルージュの蛮行はその最たるもので、彼ら彼女らは等しく皆、人間の欲望や業の強さを理解せず、人間や社会はこうあるべきだとの独断的な「正義」の観念に憑りつかれていた。

 

 もちろん、人間はどこかで「かくあるべし」との理想を抱くこともあるし、自らが「正義」と思うことの実現を志向することもある。しかし同時に、自らではどうしようもない業や欲望に絡められたり、自らの判断が誤ることもしばしばである不完全な存在である。万能の理性を持ちかつそれにしたがって生きる存在とはかけ離れている。人間の生き方は、一つの価値観に染め上げられるような単純なものでもない。「正義」といっても、何を「正義」と考えるかの段階ですら争いが生じる。

 

 ブロックの主張は極端に誇張された一つの「思考実験」として捉えてみるならば、その主張に同意し難い面もあろうとも、人間の欲望を素直に肯定できず、己の特異な価値観や道徳観念によって「不道徳」とされる行為や商売を禁止することで一様に塗り固めていこうとする全体主義的な思考の狂気に対する反省と、人間の自由とは何か、自由を可能な限り最大化していくにはどうすればよいかを再考するにあたっての一つの栞となるだろう。

 

 過剰な道徳主義的言説の蔓延は、我が国には特にそぐわない。本居宣長の「石上私淑言」の次の一言に尽きるように思われる。

神の御心はよきもあしきも人の心にてうかがひたき事にて、この天地のうちのあらゆる事は、みなその神の御心より出で神のしたまふ事、よろづの事はただ神の御はからひにうちまかせて、をのがさかしらを露まじへぬぞ、神の御国のこころばへに有ける。