shin422のブログ

右翼反動による「便所の落書き」擬きの日記

豊饒な「不毛」としての北関東

 一度解散したチームが復活し、それを記念する暴走行為が今夜行われるとして、僕の所属する政治結社の二十歳前後の構成員数人が故郷の茨城県西部へと帰省しているのだが、もちろん彼らが直接暴走行為をするわけではない。旧車會には所属しているらしいものの既に現役の族ではない単なるOBでしかないわけだが、こういうイベントには直近のOBが四輪に乗車して後方から見物する習慣が根づいているものだから、爆音コールを耳にするたびに血が騒ぐ性分が抑えきれず、後輩の頑張りを一目みようと息せき切って帰っていくわけである。1990年代には数十のグループが存在し構成員も数多かった茨城や群馬や栃木といった北関東は、今もなおヤンキーが数多く生息している地域であるものの、暴走族にまでなる者が激減する傾向には逆らえず、いくら北関東といえども否定できない現象となっている。とはいえ、かつて彼らの両親の世代が族の全盛期だったということもあって、その影響かどうかは断言できないが若干増えつつあり、今回のチーム復活もその流れの一環なのかもしれない。

 

 北関東という地は元からヤンキー比率は高かったし、全国的に減少傾向にある今でも比較的高い比率を維持しているように思われる。中でも茨城県は群を抜いていて、小さな町であるのに族のチームが存在することは稀ではなかった。しかも、沖縄県のような中学単位の小さなチームばかりではなく、数十年の伝統を誇る老舗チームもそこそこ存在する。もちろん、こういうと沖縄県や福岡県にも数多くのヤンキーが生息しているとの声もあろうが、それらの県と北関東のそれは目立った違いが存在している。一つは、先ほども言った通り、伝統的な老舗のチームが数多く存在し、チーム名も「マッドスペシャル」など横文字名のチームもあるにはあるが、漢字を用いた古風なチーム名が圧倒的多数であり、ロングの特攻服や右翼団体の隊服とほぼ同スタイルの特攻服で統一するところが多く、特攻服すら持っていずにチームを名乗ることが考えにくい雰囲気が支配しているところに特徴があるように思われる。最近ではブーツにテープをぐるぐる巻きしたスタイルのチームが目立つが、地下足袋で統一するチームやちょっと前ならば雪駄履きのチームも散見された。また、示威行為のために週末の駅前に特攻服姿で集合し、しかるべき時間になると近くの駐車や公園なりパチンコ屋の駐車場なりのスペースを利用して声出しを含む集会を行い(特に夏祭りの時期には、祭りの会場に場合によっては昼間から特攻服で参上し、自らをアピールすることを欠かさない)、おおよそ23時頃から集会暴走を始めるといった具合だ。

 

 こうした現象は、他の都道府県でも見られないわけではないが、北関東はこぞってこのタイプの行為で統一されているという点に決定的な違いがある。かつて東京で勢いのありながら今では壊滅してしまった関東連合や東京連合に所属するチームは北関東の族と違って同じ特攻服でもあまり派手な刺繍を施しているチームは稀で、中身はほとんど右翼団体と変わらないような井出達であった。実際、暴走族に所属しなかがらあるいは暴走族を引退した後に先輩に誘われる形であるいは自ら門を叩いて右翼の構成員になる者も結構いたし、中にはチームごと政治結社に様変わりしたという事例も見られた。僕の経験上、族だった者で右翼に入る比率は明らかに他の都道府県よりも北関東や東京の方が高いという印象だ。

 

 いずれにせよヤンキーの比率が高い北関東というイメージは、ヤンキーですらない者を含む世間一般にも定着し、そのイメージは決して事実に反していない。では、なぜ北関東でヤンキー比率が高いといえるのか。明確な理由はわからないし、この点についての社会学的研究があるわけではないのではっきり言えないが、ちょうどどこかの会社が毎年行っている「都道府県魅力度ランキング」が何らかの参照になるのではないかと思われる。もっとも、「都道府県の魅力度ランキング」とヤンキーの比率が逆相関しているということを言いたいのではない。この魅力度ランキングから伺える各都道府県の「風土」が、ことに北関東の場合、何らかの関係があるのではないかという仮説を立ててみると、世間一般のイメージをいかほどか裏付ける特徴が見えてくるのではないかということなのである。

 

 周知のように、茨城県を筆頭に群馬県や栃木県といった北関東(その周辺である埼玉県北部を含めてもよさそうだが)は、多少の順位変動はあれど、常に魅力度の点で最下位争いをしているグループである。魅力度の点で低いグループだからこそヤンキー比率が高いと言いたいのではない。それだと魅力度ランキング上位の沖縄県はどうなるのかという話になる。沖縄県の場合は、豊かな観光資源のために上位になっていることは明らかであり、生活面において決してインフラが整備され過ごしやすくなっている地域とは言い難い。本土や海外からの観光客にとっては魅力ある地域に映るかもしれないが、その反面、沖縄の貧困率は他の都道府県と比較して高く、特に子供のおかれた環境は明らかに首都圏の中心地や関西圏の中心地などと比べて著しい格差が存在する。この点で沖縄の場合、少年非行と子供のおかれた環境の劣悪さや貧困率の関係は目に見える形で表れているように思われるが、北関東の場合は必ずしもそうした事情には還元されがたい要素がある。北関東は名ばかり「首都圏」ではある田舎でしかないものの、しかし人口が著しく減少し産業が枯渇して貧困率が他と比べて著しく高いわけではない。むしろ田舎でありながらそこそこの人口を抱え大企業の工場も誘致され交通に関しても恵まれ新幹線や高速道路が完備されているので、東京へも短時間で行ける環境にある点で恵まれているとさえいえる。

 

 「空っ風野郎」ではないが、北関東には荒っぽいヤンキー文化が根づく土壌とでもいうべきものがあるのではないかと考えてみた方がいい。経済的というよりも文化的といった方がいい事情が関係しているのではないか。それは一言でいうと、「何もない」=「何者でもない」文化的な面での「不毛性」が影響しているのではないかということである。こういうと、北関東には何ら文化が育っていない化外・野蛮の地であると主張していると誤解されかねないだろう。もちろん、北関東が非文化的人間の集合体であるなどと言っているわけでは毛頭ない。当然、文化的な生活を送っている者もいれば、一定の知識層も存在するだろう。

 

 ここで言う「文化的不毛性」とは、先ほど触れた「(他と明確に異なる特徴を示すものが)何もない」=「(その文化的風土に規定される度合いが少ないという意味での)何者でもない」ということである。このことは北関東が幕府の御領であったことが大きく影響しているのかもしれない。各大名による特色ある藩運営で否が応でも特徴が現れ出た地域と異なり、幕府直轄地で旗本や御家人など細かな単位で統治されていたから独自の藩ごと文化や風習が根づく余地がなかった(そういうと、京や大坂は幕府直轄地だったと反論があろうが、京や大坂は幕府の直轄地になろうとならまいが、元々長い文化伝統を培ってきた経済や文化の中心地であったので、例外というべきだろう)。

 

 「何者でもない」存在であるがゆえに、かえって自らを主張しようとする「粋がり」が跋扈し、江戸の「粋」がいびつな形で伝わることによって、荒々しい関東武者の土地柄であることと合わさって逆の鯔背な土壌が培われてきたとも言えるのかもしれない。群馬・栃木・茨城とまたがる国道50号線沿線は、確かに暴走族が過剰なまでに多かった時期が長い。真夜中のドン・キホーテの駐車場に群がってくるブチ上げの族単や改造車の明かりが乱舞する根無し草的「不毛さ」。特に茨城県の西部、ちょうど八千代毘沙門天などを含む県西連合のチームは、走りの上ではとても非合理な過剰なまでのブチ上げ単車で有名だが、福岡の一部の例外こそあれ、これ程のド派手にして露骨な「ダサさ」を併せ持つこの単車の無意味な装飾。空虚な文句が刻まれた十数万円もする刺繍がびっちり施された華美な特攻服。

 

 この無意味さと等価な「不毛さ」の砂漠の中で咲いた花は、あたかも「文化」の軛から逃れる自由の惠沢としてのある種の「豊かさ」すなわち「何もない」=「何者でもない」ことが寧ろ「何でもなりうる」余地を持つという意味での「豊かさ」を逆説的ながら浮かび上がらせもする。豊かな文化的土壌に恵まれた地域の醸し出す風土とは著しくかけ離れたこの「不毛さ」こそが特徴といわんばかりの北関東に花開いた荒々しい「ヤンキー文化」が好きな者にとっては、「文化的足かせ」から自由になれるという意味において貴重な風土であろうし、逆に都道府県魅力度が高まることは間接的にこの自由な「不毛さ」の喪失を意味することになるだろう。多くの住民にとっては迷惑きわまりない存在かもしれない者たちの、いずれの目的も方向性の感覚も喪失した「狂宴」が国道に爆音を轟かせながら繰り広げられたかつての「栄光」が輝きを失ってしまうのは残念だ。まあ、東京都心部の者だから勝手なことが言えるのかもしれないが。