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『哲学のヤンキー的段階』のための備忘録

経済の量子論的アプローチ?

 経済学に対する「量子論的アプローチ」なるものは、貨幣システムが離散性・不確定性・エンタングルメントなどの量子論的特性を示しているという経験的事実に触発されている。もっとも、「量子論的アプローチ」が経済のあらゆる側面をモデル化する最良の手法となると主張しているのではなく、経済現象がコンテクストに応じて明示的または黙示的に考慮される必要があるかもしれない量子論的特性を持っていると主張するものであるらしい。

 

 経済学では、経済行動は個人や企業ごとの単位で適切なレベルにおいてモデル化されるべきであるとされているので、量子論的特性は直接的に関係しないはずである。一方、物理学では、原子爆弾などの技術が量子論的特性をマクロ・レベルまで考えられているが、貨幣は設計された技術でありその特性は貨幣の創造などの現象を通じて経済全体に影響を与えるためにスケールアップすることにある。

 

 モデルは、最終的にデータの説明と予測に成功することで正当化される。そこで、理論の基本的なツールを提示しそれらが具体的な結果ではなく、経済取引の性質にどのように関連するかを示すことに焦点が当てられる。複雑系の出現特性と同様に、「量子経済学」のより広い領域には、エージェント・ベースのモデルから当該系のダイナミクスにまで、さまざまな複雑性に基づく技術が組み込まれており、経験的にテストされているという。

 

 新古典派経済学は、数学者ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンによる著書『ゲームの理論と経済行動』により体系化された期待効用理論に基づいている。その目的は、社会経済の参加者に対する『合理的行動』を定義する数学的な原理を見つけ、その行動の一般的特徴を導き出すことである。そして、彼らは4つの原理ないしは公理のリストに到達した。

 

 エージェントが異なる潜在的ペイオフを持つ2人ゲームまたは宝くじAとBに直面しているとする。①完全性公理は、エージェントが明確に定義された選好を持ち、常に2つの選択肢の間で選択できることを前提としている。②推移性公理は、エージェントが常に一貫して意思決定を行うことを前提としている。Aを好むなら、彼らは明日それを好むというように。③独立性公理は、エージェントがAをBより好む場合、無関係な宝くじCを導入してもその好みは変わらないと仮定することである。最後の④連続性公理は、エージェントがAよりBを好み、BがCより上に好む場合、最も好まれるAとBとBと同様に魅力的な最も好ましくないCの組み合わせがあるべきであると仮定する。

 

 エージェントがこれらの4つの公理を満たしている場合、その好みは効用関数を使用してモデル化することができる。 各宝くじの期待効用は、各結果の確率配分された可能な結果の効用の合計として定義される。宝くじAには確率 p (a1) を持つ金額1 と確率p(a2) を持つ金額2という2つのペイオフがあるとすると、期待効用はU(A)=p(a1)u(a1)+p(a2)u(a2)=p(a1)a1+p(a2)と表現される。そして、期待効用がU (B)>U(A) を満たす場合は、宝くじBが優先される。

 

 この古典的意思決定理論に代えて量子論的意思決定理論の適用を主張する声もあり、この方面も百家争鳴の観がある。「量子論的アプローチ」は、個人レベルの認知作用に対して量子論的意思決論による量子論的認知論と市場のレベルに対する量子ファイナンス理論の両方で経済現象をモデル化することを続けているが、果たして成功しているかは甚だ怪しい。

 

 量子論的意思決定理論(QDT)は、ヒルベルト空間の数学に基づく意思決定理論であり、量子力学への応用のために物理学で知られている枠組みである。この枠組みは、特に認知プロセスに現れる不確実性やその他の効果の概念を形式化し、意思決定の研究に適しているとされる。

 

 QDTは、意思決定者の選択を客観的な効用関数と主観的なそれとの合計である確率的な出来事として記述し、意思決定者に対する平均的効用などを供給しグループのデータを調べる。いずれの場合も、系の状態はヒルベルト空間を使用して表現されるのだが、意思決定や遷移などの測定手順は既知の固有値などの内部状態よりも優先される。したがって、「量子論的アプローチ」は古典的なものとは異なり、経済全般の代替モデルを提供するために拡張することができるというのである。

 

 このように「量子論的アプローチ」は、確かに人間の意思決定をモデル化するのにより自然に適合しているように見えなくもないし、「量子ファイナンス」は金融業界で広く採用されているとは言えないものの、一部のトレーダーは、例えば非流動資産の挙動を理解し予測するために量子論的方法論を採用していていると耳にする。

 

 「量子経済学」の観点から「量子論的アプローチ」の主な利点を考えるならば、それが自然に貨幣の二元的特性を組み込んでいることである。古典的な経済学では、価格は本質的に価値と同一視される。「量子論的アプローチ」では、価格は金融取引から生まれると見なされている。その結果、価格と価値の間の直接的なリンクを切断する。市場モデルの自然な拡張と興味深い長期的な研究プロジェクトは、住宅市場のようなものの量子エージェント・ベースのモデルになる。個々の株式を売買する傾向をモデル化するために使用されるアプローチに従って、各家は別々の単一資産市場とみなすことができる。

 

 このようなモデルは、価格が上昇しているときに「逃す恐れ」など住宅市場で見られる市場の伝染の種類をシミュレートすることができる。また、資金供給を拡大し資産価格のインフレにつながる民間融資を通じた資金創出プロセスも含まれる可能性もある。

 

 「量子論的アプローチ」は、不確定性やエンタングルメントなどの主要な経済的特性をモデル化するための自然な枠組みを提供するために考案された。また、金融を除く経済学において小さな役割を果たしている種類の確率的な動学的効果を説明している。

 

 物理学を背景知識とする人々は量子論的アプローチに精通しており、例えば量子統計力学から簡単に方法を適用して結果を導き出すことまでしていることは一部にみられる。しかし、「量子経済学」の主な教訓の一つは、経済が量子効果から出現するからといって、「量子論的モデル」が常に正しいことを意味するわけではないということである。

 

 最終的に量子特性から生じる水の複雑な挙動は気象システムを駆動するが、気象モデルの一部ではない可能性があり、同様に古典論的な方法で貨幣の流れをシミュレートすることもが可能であり、大多数はそう考えているということである。わざわざ量子レベルに下がる必要なく、その複雑な出現特性を調べる代替案が存在しないわけではない。「量子論的アプローチ」は、均衡などの古典的な仮定に依存する動学的確率論的一般均衡モデルに代わりうるかは未知数である。