shin422のブログ

民族派右翼による「便所の落書き」擬きの極私的備忘録

安倍晋三は古典を読んで猛省せよ

 毎年9月29日は、反中共デーとして中華人民共和国を糾弾するため、民族派右翼の諸団体が東京の中華人民共和国大使館や各地にある領事館に対して抗議街宣活動を展開する日である。反ロシア・デーとともに数十年間欠かさず行ってきた地道な活動がメディアに取り上げらることは、残念ながら少ない。最近露骨に台湾や香港に牙を向け出し、世界の覇権を握ることを最早隠しもしなくなった習近平を、来年に我が国の国賓として招待しようとしている安倍晋三内閣に対する糾弾も同時に行われた。平成元(1989)年6月4日に発生した第二次天安門事件により国際的孤立の状態に陥った中華人民共和国の国際社会復帰を率先して手助けしたのは日本だった。今、世界のあちこちで摩擦を抱え、その脅威を警戒する声が世界中から出てきている状況で、シナは再び日本にすり寄り始め、それに呼応して安倍晋三は対シナ宥和政策に徹して習近平政権の助力に邁進しているように見える。戦前の大陸政策の最大の失敗としてシナの共産化に結果的に手を貸してしまったことが挙げられるわけだが、日本は再び共産党独裁政権の延命に助力するという愚かな政策を反復しようとしているのである。

 

 御創立150年を迎える靖国神社の秋季例大祭にも、おそらく安倍晋三は参拝を見送り、せいぜい真榊を奉納するだけにとどめるに違いない。「戦後レジームからの脱却」を謳って誕生した政権でありながら、靖国神社に参拝したのは平成25(2013)年12月26日のたった1日だけであり、それ以降の参拝はない。のみならず、最もやらねばならないはずの、天皇陛下の御親拝をたまわれるだけの政治的環境を整える努力を長年にわたって怠ってきた。更には、男系の皇統維持のためになさねばならない制度改革に着手しようとする気配すら見せない。憲法改正のための行動も中途半端で、提出された素人丸出しの自民党草案の内容はといえば、「戦後レジームからの脱却」どころか逆に「戦後レジームの固定化」をもたらすだけの内容になっており、あのような草案ならば改正しない方がよほどましである程に酷い代物だ。長期安定政権だからこそ政局に左右されずに取り組めるはずの社会保障制度改革にも着手しようとしない。これでは何のための長期安定政権なのかわからない。

 

 北方領土竹島といった失地領土回復のための行動も、前者に関する交渉努力はあるにはあるが、後者に関しては韓国の実効支配の固定化を容認するばかりで、竹島奪還のための具体的行動を起こそうともしない。韓国側からの軍事的挑発に対して報復措置すらとらない体たらく。韓国により島根県の漁民が数十人虐殺され数千人が拿捕された歴史をよもや忘れたわけではあるまい。韓国の前大統領パク・クネとの間で交わした「慰安婦合意」など国辱的なことまでやってのけた首相として、後世まで語り継がれて行くことだろう。北朝鮮との関係が指摘されている挺対協とそれに呼応して政治的道具として利用しようと画策する日本の左翼集団に担ぎ出された元慰安婦の史料的裏づけに乏しい「証言」や明らかに事実と矛盾する「証言」までをも鵜呑みにして、日本国及び日本人の名誉を毀損した罪は重い。朝日新聞が取り上げた吉田精治という詐話師による虚偽話が独り歩きし(この吉田証言が虚偽であることは、「慰安婦問題」を研究する左派の歴史学者である吉見義明も見抜いていたし、何よりも本人自身が後に嘘だと認めている)、妙な政治問題と化したわけで、朝日新聞社の罪は明確だとしても、それを批判していた安倍が嘘だとわかっていながら認めるかのような決着を図ろうとした罪はなおさら重いと言わざるを得ないのである。

 

 もちろん、元慰安婦の証言すべてが出鱈目であるという暴論を吐くつもりはない。当事者の証言は、発話者の誠実性を前提におくならばそれ自体として貴重な内容を持つだろう。但し、その中には明らかな記憶違いや、場合によっては虚偽ですらある可能性も考慮しておかねばならない。証言内容の真実性を担保するためにも、証言以外の当該証言の正しさを裏づけるだけの直接証拠ないしは間接証拠となる史料が不可欠である。日本政府や米軍などによる元慰安婦慰安所を経営していた業者たちへの聞き取り調査の結果を見ても、日本の官憲が「奴隷狩り」のように朝鮮人を強制連行したと認定できるだけの裏づけとなる証拠は今のところ存在しない。当時の朝鮮半島には日本人が約80万人いて、それらが終戦後に一斉に引き上げてきたわけだが、誰一人として強制連行を目撃したという者はいない。さらに、朝鮮半島にいた日本の官憲は少なく、治安は概ね良好であったわけで、もし強制連行の如き蛮行があちこちで起こっていたならば、各地で大きな暴動に発展していてもおかしくはないのに、そういった報告も一切ない。

 

 もっとも、「強制性」の意義について争いはある。「強制性」の意義が徐々に拡大解釈されていくに連れて、所謂「慰安婦論争」が混乱していったことも事態を悪化させた要因の一つである。だから、秦郁彦が言うように、ここで言う「強制性」の意義がどこまでの範疇を持つのかについての共通了解が求められるところ(秦と吉見の見解の相違の主要な部分は、この「強制性」を狭く解するか広く解するかの相違に還元できそうである)、そうした作業がまるでなく、韓国や日本の左翼は日本を糾弾するための「カード」として歴史問題をフルに利用しようと、元慰安婦たちをいわば「ダシ」に使ってきたのである。元慰安婦の人権問題というなら、事は何も朝鮮人だけに限らず、日本人の元慰安婦にも妥当するからである。もちろん、戦時下における娼婦がおかれた個別の事情において気の毒な事例はあっただろう。貧困から親に売られて娼婦の身になった者や、朝鮮人の業者に騙されて連れていかれた者もいた。それらを裏づける史料は確かにある。このことは、朝鮮半島だけに見られたことではなく、窮乏する日本の東北地方の農村の娘が借金のカタにとられ女衒に売られていった悲しい出来事にも見られた。昭和恐慌後の経済不況の中で、貧困化していった層が多くなる一方で、財閥は贅を欲しいままにしていた。こうした矛盾に対する異議申し立ての運動が昭和初期の国家革新運動へと至り、帝国陸軍皇道派青年将校二・二六事件を起こした背景にある。事実、蹶起した青年将校には東北の農村出身者が多くいたのだ。今から見れば、女性にとって屈辱的な経験もあったに違いない。朝鮮人慰安婦も気の毒ではあるが、同時にそれ以上に人数が多かった日本人慰安婦もいたということを忘れてはいけない。また、終戦後に日本を占領した米軍による度重なる日本人女子への強姦を食い止めるために、半ば放任される形で米軍兵士用慰安婦としてのパンパンと呼ばれた女性たち約20万人が動員された歴史も見なければならないだろう。米国が日本に対して慰安婦への謝罪を言うのならば、同時に米軍兵士が強姦した日本人女子やパンパンとして働かされた女性に対しても謝罪するべきであろう。

 

 しかし、その話が日本の官憲による奴隷狩りのごとき強制連行の「物語」に仕立てあげられ、それを根拠に日本に対する政治的恫喝の道具にされるとなると、日本としては黙っていられないわけだ。朝鮮人慰安婦慰安婦全体の約2割で、約6割の慰安婦は日本人であったこと、そして平均的な給与額が佐官級の給与額とほぼ等しかったこと、さらには契約期間満了後は帰郷できたこと、客の軍人と遠足やピクニックに出かけることもしばしばで、中には結婚にまで至ったケースもあったこと、自由に化粧品や蓄音機など買い物をすることも許されていたこと、また規律に反して狼藉を働いた者に対して処罰が下された上に、関係していた慰安所は即時閉鎖されたこと、加えて、旧日本軍の慰安婦よりも朝鮮動乱時における慰安婦の方が数が多かったことなどを証す史料はごまんと存在する。だからといって、「当時の日本では公娼制度が完備され、娼婦の衛生管理も行き届いていました」と胸を張って主張できることでは到底ない。「歴史の犠牲」となった元慰安婦に対して日本政府として慰労の言葉をかけ、場合によってはその労苦に見合うだけの慰労金を拠出し、日本はこれまでの戦時下・占領下に見られた女性の人権侵害が起こらぬように努力していくことを宣言することは正しい。とはいえ、事実を歪曲ないしは誇張して日本に対する外交的恫喝に利用する韓国及び左翼日本人の政治行動に対しては、国家のけじめとして断固退けねばならないところ、安倍は安易な妥協をしてしまった。圧倒的に多かった日本人元慰安婦に対しては金銭を支給せずに朝鮮人慰安婦だけに金銭を支給するのか。朝鮮人のことは気にかける一方、同胞である日本人元慰安婦のことは歯牙にもかけない左翼の二枚舌と同じことを安倍晋三は繰り返しているのである。

 

 元慰安婦の問題が長くなったが、話を元に戻す。長期的観点から、米国への依存体制からの相対的自立の可能性を確保しておかねば、後々の真の自主独立という目標は叶わぬ夢と化してしまうにも関わらず、米国依存体制を強化しようとして寧ろ米国のプロテクトリーとしての日本を目指すかの動きしかしていない。不要なイージス・アショアーの購入や不要なトウモロコシの大量購入といったトランプ政権からの無理筋の要求を丸呑みしてきたのが安倍政権である。特に前者は我が国の国防体制にとって由々しき問題である。防衛省自衛隊の幹部たちの異論を封殺して官邸主導で押し切ったイージス・アショアーの導入決定により、本当に必要な海上自衛隊イージス艦導入のための予算が回らなくなり、また陸上自衛隊の予算枠に収めるために電磁波攻撃に対処できる最先端の技術を誇る精鋭部隊を解体することになってしまった。つまり安倍政権は、我が国の防衛にとって何が真に必要な装備なのかの見識に欠け、必要な防衛力整備を米国の利益のために犠牲にしようとしているのである。それだけではない。国民の生活が大規模災害によって崩壊する危機にあたった場合に率先して政府が緊急対策をすべきところ、かつて東日本大震災発生時にいきなり財源の話か切り出した旧民主党政権と同様、今回の千葉県の広域にわたる台風による災害に対して初動段階での行為に怠慢で、やっと打ち出した緊急支援に政府からたった約13億円しか拠出しないという考えられないことをしても平然としている。

 

 旧民主党政権の悪夢を踏襲するかのようなデフレ下における事実上の緊縮財政政策をとり、アベノミクスの眼目の一つであったはずの機動的な財政出動もおざなりにされて、日本経済全体のパイの縮小に手を貸す始末。旧民主党政権の悪政を踏襲した基礎科学に対する研究予算の削減もその一つだ。これでは前原誠司長妻昭のようなゴリゴリの緊縮財政論者が日本経済の弱体化に邁進してきたことを笑う資格はないだろう。大規模な金融緩和により、とりあえず日経平均株価が7000円台という最悪の状況だけは脱し得たものの、基本的な考え方は旧民主党政権の政策と大きく異なるわけではない。八田達夫八代尚宏などを重用しているところをみれば、安倍政権が旧民主党政権と同様、「国民窮乏化」のための施策を一つ一つ着実に進めて行こうと意図していることは明々白々だろう。戦後いかなる国も避けてきたデフレ状況の長期的持続を意図的に推進してきた旧民主党政権と、故意の部分が若干異なっているだけである。野党はアベノミクスに対する批判を展開するものの、アベノミクス以下の経済政策しか打ち出せていない。日本維新の会は論外として、国民民主党にしても立憲民主党にしても、これまでの自身の経済・財政政策を根本的に改めない限り、おそらく政権を奪取することはできないだろう。

 

 こういう旧民主党政権でのデフレ促進政策を支持して、やれ「経済成長などいらない」とか「これからは贈与経済が云々」などと吹聴しながらも、格差問題に深刻ぶった発言をするといった矛盾を矛盾とすら捉えずに世迷言を喧伝して憚らない思想家を自称する左翼のエッセイストがいたということを記憶にとどめておくべきだろう。思想家と称する者の多くが、経済音痴で文化左翼に引きこもるしか能のないヘタレであることは昔から知られているが(どう見たって、一流のエリートになり損ねた、よく言っても二流以下の文科系インテリにしかなり得なかった者が大半だ)、こうまでおかしな経済に関する世迷言をいうピエロはさすがに珍しい。しかも、そういう人間に方々のメディアがコメントを求めるというのも、それこそこの思想家を自称する男が嘆く「日本の反知性主義」を象徴する絵図になっていることが何とも皮肉な話ではないだろうか。左派はこういう連中を一掃しないことには勢力を伸ばすことはできまい。その証左が、既成左翼から一部票が流れることによって躍進した山本太郎率いる「れいわ新撰組」の参院選での活躍だ。山本太郎は、硬直した左翼系政党の面々と違って柔軟性があり、おそらく政治的センスもあるように見える。最初は「お花畑左翼」でしかないように思えたが、勉強家のようで貪欲に知識を吸収していく様を見ると、これから化ける可能性はあろう。問題は、左翼票だけを取りまとめても限界があることを自覚し、保守票をも取り込めるだけの現実的な国防・外交政策まで構築できるかにかかっている。但し、山本太郎の国家観や歴史観については不明な部分があり、特に安全保障についての見解にも不安が残る。かつて先帝陛下に対する畏れ多い振舞いを見せた人物なので、どうにも判断がつきかねる点もある。もっとも、本人は猛省しているようだし、陛下も山本太郎への過度な糾弾にならぬようにと心配されていたようなので、今後はそういう振舞いはしないだろうが、いずれにせよ選挙手法はポピュリズムを戦略的に煽るもので、(ある意味政治家としては見事なものだけれど)これも果たしてよいものかと危険性を感じないわけにはいかない。

 

 それはともかくとして、ALS患者の舩後靖彦・木村英子両氏を比例順位の優先枠に指定して参議院に送り込んだ作戦は見事である。両氏が全国民の代表者として国会議員になったことの意義は大きい。それに危機感を覚えたのか、日本維新の会自民党の一部のバカが「議員特権」が云々と騒いでいたが、何を考え違いをしているだろうか。ALSの国会議員が登場すれば、その者が国民の付託に応えるため国会議員として可能な限り活動できるだけの環境を整備し、もし制度的障害があればそれを早期に改善するよう手配するのが国会のやるべきこと。このバカどもは、国民主権とその原理により支えられている国会の果たすべき使命を全く理解していない戯言を吐いているわけであって、こうした戯言を吐いている議員こそ「議員特権」を率先して放棄すべきである。まだそのような妄言を続けているのであれば徹底的に糾弾し、議員や地方自治体首長の座から引きずり降ろさねばならないだろう。『日本書紀』にある仁徳天皇の「民の竈」の話を読めと言いたい。五体満足の者であれ、四肢が不自由な者であれ、精神的な「障害」を持つとされる者であれ、富裕層であれ、貧困層であれ、等しく日本国民としての同胞なのであり、古来、我が国は一君万民を理想とする国体を言祝いできたのである。それがわからない輩に政治を担う資格はない。

 

 新帝践祚の前での御名御璽なき元号前倒し発表や、大嘗祭における大嘗宮設営にあたって屋根を伝統様式である茅葺きではなく板葺きに変更するといった所業など数々の不敬行為を働く安倍晋三政権に日本を守る意志など微塵もないことは明白である。日本を守るはずの保守派としての矜持があるのなら、我が国の文化伝統を守り、我が国に生を享けた国民の生命及び生活の安定を守るための政策を講じなければならないのに、真逆の政策に突き進んでいる。だから問題なのは、保守派のあり方なのである。左翼がバカなのは今に始まったことではなく、昔からバカだった。しかし、左翼よりは多少まともなオツムを持っているはずの保守派が左翼並みに知的に劣化していることに問題の根がある。左翼に対する批判は当然としても、その左翼への反発だけで安倍政権を支持するという単細胞が、残念ながらこの国の保守派を自認する者の中の相当部分を占めるに至ったのである。別の言い方をすれば、左翼が国民の大半の感覚と相当ずれた主張をして騒げば騒ぐほど、かえって左翼の不条理な主張に反発や不審を抱く人々が、積極的に安倍を支持するわけではない者を安倍擁護に走らせるという事態が進行しているのである。その意味で、安倍のやることなら何にでも罵倒することしか能のない左翼が、むしろ安倍政権の延命を間接的にもたらしているという構造を見ないといけない。しかし保守派を自認するなら、腰を落ち着けて東西の古典をきちんと読め。国難と感じるならば、幕末の思想家がどういう問題に直面し、どう乗り越えようと思索したのか、その一端でもいいから眼光紙背に徹して熟読玩味し、そこからフィードバックさせて自分でものを考えようと努めることである。左右ともども、質の低い言説を垂れ流す言論人がデカい面をしている状況は共通している。自称保守派の中にも軽薄な言説を垂れ流すベストセラー作家もいて、先ほどの思想家を自称する左翼のエッセイストと同様、現代日本の知的状況の著しい劣化をともに象徴する人物である点において同じ穴の貉なのである。

 

 所謂「皇国史観」という言葉を聞くと、大東亜戦争での大敗という結果を招いた軍国主義体制を思想的・精神的に下支えしたイデオロギーであるとの反応をする日本人は、特に左翼的ではない一般の人々にまで多くいるものと思われる。「皇国史観」という言葉が喚起するイメージは、まるで「悪」と同義であるかのようのである。だからこそ、本居宣長の「敷島の 大和心を 人とはば 朝日に匂ふ 山桜花」という歌に現れた国学の思想を「皇国史観」と結びつけて解する無知を多く生み出しもしたのであろう。予め結論を言うなら、所謂「皇国史観」と宣長国学とは無関係である。そもそも宣長が「史観」などというものを称揚するわけがないことくらい、宣長のテクストを読み込めば理解できるはずである。宣長のテクストと後の宣長解釈に由来するイメージとは分けて考えなければならない。かつて記したことだが、いわゆる「皇国史観」という言葉が政治の場にせり上がってきたのは、昭和12(1937)年からの支那事変が勃発した頃であると言われる。その元になる考えを遡っていけば、「大日本ハ神国也」という宣言で始まる北畠親房神皇正統記』に起源を求めることができるだろう。もちろん日本が神州であることの認識は南北朝時代より遥か前に遡ることができるわけだが、この書の特徴は、南朝方の正統なることを証明するために書かれた政治哲学の書であるという点で、それまでの神州思想と異なっていることである。「皇国史観」の歴史家ないしは歴史神学者と言われ、大東亜戦争後に東京帝国大学教授の職を辞して白山神社宮司に就きつつ、政界に隠然たる力を及ぼし続けたと言われる平泉澄は、ことのほか『神皇正統記』を愛し、いくつもの論考を残している。平泉の中世史研究の影響を受けた学者が明らかに左翼的な思想の持主であった網野善彦であったことが面白い。網野の代表的な業績で一般にもよく知られる名著『無縁・公界・楽』(平凡社ライブラリー)の「アジール論」は、ほとんど平泉の研究業績の上に立脚していることはあまり知られていない。

 

 しかし、『神皇正統記』が「皇国史観」の起源に位置づけられるとしても、その内容を充実させる役割を果たしたのは、南北朝の時代から数百年下った江戸時代における後期水戸学である。というのも、『神皇正統記』は確かに政治道徳の書ではあるのだが、徳治主義の優越性を主として強調する書であるに過ぎず、直接的に後の「皇国史観」につながる思想が見られるわけではなく、あくまで間接的な関係が指摘しうるにとどまる。我が国は、神武天皇による建国の御創業より一貫して皇祖天照大神の天壌無窮の御神勅を奉じ、「三種の神器」を継受してきた万世一系天皇が代々統治されてきた。ここでいう「統治」とは、もちろん政治権力を行使するという意味ではない。この点で福沢諭吉による「帝室論」や「尊王論」が参考になると思われるが、政治権力の行使には「当る」の言葉があてがわれ、日本という国の統合に担うことには「統る」という言葉があてがわれているように、政治権力の行使と国家統合の象徴的権威であることは別の概念である。「我大日本国の帝室は尊厳神聖なり」という時、福沢諭吉天皇に絶対的政治権力の所在があると主張しているのではなく、政治権力の行使を可能ならしめる国としての統合を担う俗世を超越した聖的領域としての天皇の意義と「懐旧の口碑」の源泉としての皇統の神聖について述べていたのである。この「三種の神器」つまり剣・鏡・勾玉について、親房は「剣ハ剛利決断ヲ徳トス。知恵ノ本源ナリ」として剣を「知恵ノ本源」と位置づける。鏡については「正直ノ本源」と、勾玉については「慈悲ノ本源」と述べている。

 

 後期水戸学は、儒学ことに朱子学と古学の混淆の系統にあって、先述の通り、同時代の契沖や賀茂真淵あるいは本居宣長らの国学とは直接のつながりはない。明治維新を牽引する思想は、本居宣長国学ではなく後期水戸学であることを既に小林秀雄は見抜いており、そのことについて安岡章太郎との対談で述べていることを思い出す。後期水戸学を代表する学者である藤田東湖の『弘道館記述義』は、確かに『古事記』や『日本書紀』の記載に基づいてはいることは間違いないが、それを国学者のようには解さず、そこから政治道徳ないし政治哲学的含意を抽出するというある意味で正反対の行為に出るのである。もちろん、いずれが正しいと決めつけることはできない。藤田東湖は「聖子神孫克く其の明徳を紹ぎ」と述べ、この「明徳」とは「蒼生安寧」のうちに存することを明確にする。日本国は、「宝祚無窮」・「国体尊厳」・「蛮夷戎狄率服」・「蒼生安寧」の4つを特色とする国柄であるという。曰く、

蓋し蒼生安寧、是を以て宝祚窮りなく、宝祚窮りなし是を以て国体尊厳なり。国体尊厳なり是を以て蛮夷・戎狄率服す。

すなわち、万世一系の皇統が永遠であることは、日本国の政治が元来「蒼生安寧」を旨とし、それをこそ目的として進んできたことに実現される。それゆえ、我が国体は尊厳を保つことができ、諸外国も尊敬に値する我が日本国を従えることが不可能となるというのである。ここに「国体」という表現が登場することに注目すべきだと思われるが、この「国体」という言葉は宣長のテクストには登場せず、藤田東湖と同じ水戸藩重臣であった会沢正志斎『新論』で登場した言葉である。

 

 ここには、無理矢理にでも武力を以って諸外国を制圧し服従させようという思想はない。日本国が自己の尊厳を保ち自立した国として存在することで、外国からの不当な要求や侵略をはね除けることができるということが言われているだけである。大東亜戦争開戦詔書には、

列国トノ交誼ヲ篤クシ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ之亦帝国カ常ニ国交ノ要義ト為ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英両国ト釁端ヲ開クニ至ル恂ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ。

とあるように、好き好んで米英に宣戦を布告したわけでもなく、「万邦共栄」の道を模索していたことが伺われる。もちろん、戦前の我が国の行為に帝国主義的要素がなかったと言えば、それは嘘である。対米英との戦争は先行した帝国主義と遅発の帝国主義との争いという側面があり、これを「聖戦」の一語で片づけることはできないが、同時に日本側からの一方的な侵略行為と見るわけにも行かない。当時の国力の差からして「清水の舞台から飛びおりる」心境に東條英機がなるほどに日本は追い込まれていたことを見逃すわけにはいかない。「皇国史観」の一部の要素が拡大解釈されて日本民族優越論と化して他民族に対して居丈高な言動が存在したのは事実でとしても、そうした言動の責を「皇国史観」に帰すわけにもいかない。むしろ、こうした拡大解釈は、シナにおける排日運動ないしは日貨排斥運動が過激化して現地の邦人が多数虐殺されたことを契機に火がついたという面を見ないことには思想の正当な評価に至らない。開戦詔書の文言から聞こえてくる声は悲痛な声であり、ここから「アジア侵略」の合理化・肯定の文脈を読み取る悪意に満ちた左翼の煽動に与するわけにはいかない。安倍晋三靖国神社に参拝した折に出した「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました」という言が嘘でないというのなら、第二次安倍政権下での各種政策が真に日本国の国力の増進と国民生活の向上に資する政策となっているのか、また「戦後レジームからの脱却」という文句通り、日本国に相応しい憲法に改正する覚悟があるのか、皇室を守護すべく全力を尽くしているのか等々について猛省し、抜本的に政策変更する勇気と覚悟を持つことである。

 

 消費税増税という愚策はそのまま推し進められることになるだろうが、これだって多少の混乱覚悟で止めることだってできるわけだ。何なら消費増税分をチャラにする一律軽減税率適用に持っていくこともありだし、その分を新規国債発行で賄うこともできるはず。普段は朝日新聞の社論に抗する言動をしながら、増税賛成論や財政均衡主義を「財政研究会(何のことはない。単なる「財務省記者クラブ」のことであり、研究などこれっぽっちもしていない)」に常駐する記者を誑し込んでいる財務官僚の言いなりになって、日本経済全体のパイの縮小を企図し、現有金融資産の価値を保持したい勢力のお先棒を担ぐことしか能のない朝日の社論になぜ与するのか(彼らにとっては、デフレこそが望ましいのである)。特に、財政破綻ハイパーインフレーションの脅威を吹聴し続ける朝日新聞編集委員の原真人の言説は極めて悪質だ。この原という男は、現在の経済状況を肯定するかのような言葉を吐いて、デフレの深刻さを全く理解していないことを岩田規久男にたしなめられていたほどだ。しかも最近の朝日の論説では、今の日本経済がデフレであることすらも認めようとはしない厚顔無恥ぶりを曝け出している。この原真人とは別の観点から財政破綻論を煽り続ける金子勝も同じ穴の狢で、共通しているのは両者には本気で経済成長しようという意図がさらさらないという点である。マルキシズムとニュークラシカルは、一見真逆に見えながらも実のところ、かなり似通った貨幣概念と論理構造を持っていることがわかる。ポスト・ケインジアンの政策に抵抗するのは、決まって彼らであるのは、理論のよって立つ前提からして寧ろ当然の成り行きである。かつて宇野弘蔵の理論を読んだ外国人は、最初ニュークラシカルの人間が書いた論文かと見紛えたというエピソードが残っている。また、ミルトン・フリードマンが来日した折り、フリードマンを歓待したのは東京大学経済学部のマルキシズムに立つ経済学者たちで、ケインジアンの経済学者たちの対応は随分と素っ気なかったというエピソードもまた面白い。

 

 安倍はイカサマ保守であることは、今やはっきりしてきた。保守を自認するなら、先達の残した古典を読み込み、何が時宜に適った国策であるかを沈思黙考する時間を持つべきだろう。国体を護持すること。さもないと、後々朝敵の汚名を着せられることにもなろう。

大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に いほりせるかも

                     (柿本人麻呂

一枝も こころして吹け 沖つ風 わがすめろぎの 

めでましし森ぞ              (南方熊楠