shin422のブログ

『哲学のヤンキー的段階』のための備忘録

朝敵石原慎太郎を糾弾せよ!

 今年で75年目の終戦記念日。東京では炎天下の最中、例年と同じく多くの参拝者が詰めかけたという。家族や知人・友人は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に続いて足を運んだ靖国神社で午前中に参拝を終えたようだが、列に並んでから拝殿に辿り着くまで約1時間半も要したらしく、参拝を待つ列に並ぶ人の中には熱中症でダウンする人々もチラホラ出ていたみたいだ。民族派の知人は、例年なら8月15日に参拝するところ、COVID-19による混乱を意識して、混雑を避けようと9日に参拝を済ませたようだが、今年はそうした民族派団体が多いような気がすると言っていた。

 

 安倍晋三首相は、今年も私費で玉串料を奉納するにとどめ、参拝を見送ったという。結局、第二次安倍政権になって参拝したのは平成25年の12月末の参拝の一度きり。それ以後は、特に対日カードとしてこの問題を利用する中韓に阿て参拝をしていない。もっとも、参拝すればそれだけで安倍政権の過ちが許されるというものではない。今年は閣僚4人が参拝したようだが、どうせまた中韓がそれに難癖をつけ、それに呼応する日本の左翼が靖国批判の大合唱を弄することだろう。

 

 年中行事と化しているこうした状況を打破するため、安倍は毎日参拝すればよいと敢えて暴論めいたことを言いたくもなるが(めちゃくちゃな暴論だけど)、閣僚が何人行こうが、実はそれは些末なことであって、何よりもこうした状況を変えねばならないと思う最大の理由は、天皇陛下の御親拝を賜れる環境を整えることが切実な課題となっているためである。

 

 国会議員の誰それ誰べえが行ったの行かないだのといったことは、結局当人の政治的パフォーマンスの要素が多分に絡んでいるから、元から不純な動機が透けて見えてしまう。現役首相として靖国神社参拝を行った小泉純一郎にしても、参拝に踏み切ったこと自体は多とするけれど、しかし、小泉は首相になる前に靖国神社に参拝していたのだろうかと振り返ると、結局は小泉も自民党総裁選挙の時に党員票獲得を企図して「公約」の中に靖国神社参拝を含めたから参拝に踏み切ったのであって、参拝時に言った「政治問題化してはいけない」という正論も、どこか白々しく聞こえてしまう。「政治問題化」させたくないのなら、初めから自民党総裁選挙の時の票集めの手段として靖国参拝を含めず、静かに参拝すればよかったのである。総裁選の「公約」とした点からして問題であった。

 

 石原慎太郎も然りである。石原の靖国神社参拝は東京都知事になった時から目立つようになったが、果たして彼は何十年も国会議員をやっていた間、どれほど熱心に靖国神社に参拝していたのだろうか。政治家による遺族の心情を利用した靖国神社参拝というパフォーマンスは欺瞞であり、英霊のためでも遺族のためでもないことは明らかである。もちろん、政治家は行くなというわけではない。祖国のために尊い命を失った英霊に対し、感謝と哀悼の誠を捧げることは、むしろ「全国民の代表」たる国会議員として当然の行為である。但し、政治的打算に基づくパフォーマンスに過ぎないことが見え透いてしまうような振る舞いは、靖国神社を単に政治利用しているという意味で、違和感が残るということなのだ。

 

 石原慎太郎は、今年も靖国神社に参拝したようだが、その際「首相は当たり前だけど、天皇陛下に参拝していただきたい。なぜ参拝してもらえないのか」といい、靖国神社近くの日本武道館で全国戦没者追悼式が営まれている点を捉え、足をのばして靖国神社に「天皇陛下と首相はなぜ参拝しないのか。何で遠慮しているんだ」と記者たちの前で話したという。その話に参拝者の一部から拍手が沸き起こったようだ。石原慎太郎に拍手した参拝者も、この発言はとんでもない発言だということに気がつかないのはどうかしているとしか思われない(そもそも、石原慎太郎を支持している時点で、底の浅さが露呈しているわけだが。石原こそ、典型的なポピュリストである)。

 

 まず言葉遣いからして誤りであって、天皇の「参拝」ではなく「親拝」である。石原は度々この言葉を用いているから、単なる言い間違いとは言わせない。その上、畏れ多くも陛下に対して「なぜ参拝しないのか」だの「何で遠慮しているのか」だの抜かしているわけで、不敬にも程がある。畏れを知らない増上慢の本性が、ここでも現れた格好となった。

 

 天皇陛下の御親拝が途切れた直接の契機は諸説色々あるが、はっきりしていることは、靖国神社が国内外において「政治問題化」されてしまってから途切れたということである。「政治問題化」された原因は様々あり、一つは朝日新聞をはじめメディアが焚き付けたことも関係しているだろう。「ご注進」とばかりに朝日新聞が懇ろにしている中共を焚き付ける形になったのは、いわゆる「A級戦犯」の御霊の処遇が宮司預りとなっていたところで、当時の靖国神社宮司松平永芳が合祀に踏み切った後しばらくして、俄に首相の靖国神社参拝に中共が文句をつけはじめた格好になっているからであろう。その背景には、当時の中共中央政治局内部の権力闘争があったことは、内閣総理大臣として「公式参拝」に踏み切った中曽根康弘の証言からも推測される。

 

 というように、マスメディアの「ご注進」報道(日本の左翼は、国内での政争を有利に進めるため、頻繁に他国にわざわざ新たな争点を吹聴した上で、他国からの非難を利用して政府与党に対する攻撃を仕掛けるというやり方を繰り返してきた。対日非難の元を辿っていくと、たいてい日本の左翼に至りついてしまうという事例が多い)に原因があるといっても、その状況を漫然と放置するばかりか、逆により事態を悪化させ、結果として国内外の「政治問題化」に拍車をかけ、これを何とか改善しようとする努力を怠ってきた政治家の責任も相当重いと言わねばならない。

 

 ここまで「政治問題化」されしまった状況において陛下の御親拝があれば、どういうことになるのかの想像力に欠けるようだ。確かに、中韓や左翼の非難は、そのほとんどが難癖の類いであり、日本への外交的恫喝のカードに過ぎないだろう。しかし、そうさせたのは誰なのかを考えず、石原のように単純に「参拝いただきたい」と言っても、御親拝の実現はかえって遠のいてしまう。「政治問題」の渦中に陛下を巻き込んでしまうことになるし、そうなると陛下が批判の矢面に立たされる蓋然性を考えたことがあるのか。のみならず、靖国神社の平穏すら確保できなくなってしまう恐れもある。だからこそ、これまで陛下は勅使を靖国神社に遣わすだけにとどめておられるのである。そういう御配慮を、なぜ臣下である者が拝察できないのだろうか。

 

 陛下に「参拝しろ」という石原の発言は聖上に対する不敬で無礼の極みであるだけでなく、「政治問題化」された状況を改善しようとしない己の責任を回避している。どんなことになろうと上御一人をお守りするとの意志に欠けたこの逆賊ぶり、ここに極まれりといった感じだ。政治家がやらねばならいことは、遺族の願いでもある天皇陛下の御親拝を賜れるだけの状況になるよう、諸々の課題を解決し環境整備に努めることである。てめえが自己満足するためだけのパフォーマンスをすることではないのだ。

 

 石原慎太郎は、保守でもなければ民族派でもない。単なるエキセントリックなポピュリストでしかないことは、この発言だけでなく、上皇陛下に対する数々の不敬な言動からも明々白々。安倍晋三と同様、少なくとも、尊皇の志を微塵も持ち合わせていないことだけははっきりしている。「皇室は日本の役に立たない」だの、「皇室は無責任極まりない」だの、「君が代はダサい」だの、「君が代なんか歌わない」だの、と不敬発言を続け、皇居に一礼する人々を「バカ」呼ばわりしてきた人物だから、当然と言えば当然だ。要は、辻元清美と大して変わらない言動を弄してしたのである。東京への五輪招致のために皇太子殿下(現在の今上陛下)に協力願いたいだのと、思い返すだけで腸煮えくり返るような言葉を平然と口にしていたことも忘れたとは言わせない。

 

 民安かれ、国安かれと日々祈りを捧げられ、民を等しく大御宝とされてきた歴代天皇の大御心に反して、困難な境遇にある人々に対する数々の暴言も許しがたい。かつて、東京都知事として重度障害者施設を視察した折も、「この人たちには人格はあるのか」など天誅に値する差別発言を繰り出していたし(差別発言どころか、度し難い存在否定発言だが)、東日本大震災では、発生直後我を忘れて狼狽えていたくせに、主として東北で津波で犠牲になった者に対して「天罰」と発言していたこともあった(東日本大震災の際、日本への「天罰」だとして狂喜乱舞していた一部の韓国人の振舞いと重なる)。

 

 他にも、地震の被害にあった地域に対して「田舎だからいい」などの暴言も残している。ALS患者に対して「業病」とイカれた発言をしたことは記憶に新しい。水俣病患者の文章を「IQが低い」と罵り、相模原の重度障害者施設の人々を虐殺した殺人鬼の行為を理解できるかのような発言もある男だ。単なる失言を超えて一貫してこの種の発言を主張してきた男が、石原慎太郎という男である。

 

 こうした発言を反復する者に見られる傾向だが、いざ自分に困難が降りかかったりすると、豊洲市場の問題での我が身可愛さ故に出てしまった醜態に見られるように、そのヘタレぶりが暴露されてしまう。民族派の中では、石原慎太郎が実はビビりでヘタレであることは、半ば周知の事実になっている。自分より弱い者と見下す対象には強く出る一方、例えば民族派の重鎮クラスの先生方の前に出されると平身低頭、米つきバッタみたいにペコペコしている。

 

 こういうタイプの人間として有名な存在が、かつて石原慎太郎とともに自民党青嵐会のメンバーで、後に石原と仲違いすることになった浜田幸一である。浜田が稲川会の稲川聖城総裁の面前で額を床にこすり付けて土下座する姿を回想する民族派の先生方もいるくらいだ。こんな連中を「愛国者」と思って支持する人は、よほど石原のことを知らないか、あるいは石原自身が信者の一人であり、かつ石原の票田にもなっていた某新興宗教団体の信者くらいなものであろう。

 

 中選挙区制度であった頃、同じ選挙区から同じ自民党から出馬した新井将敬の選挙活動を妨害した所謂「黒シール事件」では、石原慎太郎選挙事務所の者が新井の選挙ポスターに「北朝鮮から帰化」というシールを貼りつけて回り、これに怒った民族派の重鎮である野村秋介先生が「日本民族の面汚し」として石原の事務所に乗り込み、「全ての在日朝鮮人に土下座して謝れ!」と抗議したことは良く知られている。もちろん、シールを貼り付けたのは石原の選対事務所の事務員であって、石原慎太郎が自ら直接貼り付けてまわったわけではないが、選対事務所の事務員が選挙活動の一環として行った行為に対して石原慎太郎自身に責任がないということはあり得ない。

 

 要するに石原慎太郎は、日本国や日本国民のことなどつゆだに考えていない「エセ保守」であり、皇室への畏敬の念に欠け、大御心を踏みにじる朝敵そのものである。我が国の政治を多少とも浄化するには、こうした石原慎太郎のような「保守」のフリをするだけの朝敵を討つことが先決の課題となる所以である。支持者には、石原がどういう言動をものしてきた男なのかを今一度よく調べてからにしてもらいたいと言いたい。