shin422のブログ

民族派右翼による「便所の落書き」擬きの極私的備忘録

「過激であること」の自己目的化

 先月の(日本時間)28日午後5時に内閣総理大臣の職を辞する旨の表明した安倍首相の後継争いは、漸く菅義偉官房長官に落ち着きそうな勢いである。細田派、麻生派竹下派が支持表明し、先だって支持する旨を明かしていた二階派と合わせると自民党所属議員の圧倒的多数が菅を支持しているので、菅新総裁の誕生はほぼ確定的となった。良い悪いは別として(菅官房長官に対する一抹の危惧は、やはり日本維新の会との微妙な関係だろうか)、安定的な権力継承としては順当な判断といったところだろう(他方、立憲民主党と国民民主党からの合流者よりなる新党の話題が全くといっていいほど注目されていないようだが、起死回生として思い切って新党名を「共に民主党」にでもすれば、瞬間的に話題をかっさらうことができそうである。まあ、その後どうなるかは別だけど)

 

 ただ気になるのは、マスメディアの偏向ぶりの方である。なぜだか石破茂を推しているのがありありで(自民党内の反主流派という理由も手伝っているのだろうが、対中対韓姿勢が安倍内閣と違っている点に過剰な期待を抱いているのかもしれない。しかし数年前には同じ人物を「タカ派」だとして否定的に報道していたのは、当のメディアである。そもそも、自由民主党金丸信と旧日本社会党の田辺誠と朝鮮労働党のキム・イルソンとの間で交わされた「三党合意」によって、北朝鮮に対する「戦後45年の償い」なる売国的な内容を約束し、その後の日朝平壌宣言に至る足枷となった「金丸訪朝団」の一員として訪朝した際の評判を耳にするならば、この人物に自衛隊の最高指揮官を任すことができるのだろうかという疑問を持たないわけにはいかない)、世論調査結果なるものまで持ち出しての持ち上げようである。

 

 しかし、自由民主党総裁の選出に際して、「世論」の人気を根拠に出すというのは奇妙である。世論調査の対象が自民党員に限定されているのならともかく、非党員は自民党の総裁選出過程に何ら関与しない。普段から、公明党日本共産党の代表選出にも「世論」を持ち出して報道しているのだろうか。もちろん、そんなことはしていない。そもそも両党は、「民主的」に代表を選出するプロセスすら講じられているとは言い難い。それに関して、マスメディアは何ら否定的な論評をしていないはず。

 

 結局、「郵便ポストが赤いのも、母ちゃんのでべそも皆、安倍晋三のせいである」というかの如き信条を持つ者の難癖の一つとも言え、マスメディアの報道もその一つではないのか。その責めが安倍首相に帰されるべきか否かは別として、安倍政権下において確実に「世論」が両極端に分かれ、方や安倍晋三のやることなすこと気に入らず、安倍を支持する者が存在すること自体が許せないという側がある。方や、安倍首相のやることなすことほとんど全てを礼賛するばかりで、何らの批判的視点をも欠如させた「安倍ポチ」みたいな側がある。両者が、互いに憎悪の感情を剥き出しにして罵り合う光景がネット上でよくみられるようになった。特に、大学という制度の下で安定したポジションに就いていることを奇貨として、罵詈雑言を弄して憎悪の感情を安倍晋三やその支持者にぶつける左翼教員の言動が目立った。

 

 日本共産党は「民主集中制」を採る党中央の指導部による一元的支配が貫徹されているので、異なる路線が表に出る形で戦わされ、党員票ないしは国会議員票による決選投票による党首選出過程などとは無縁であり、形ばかりの中央委員会総会によって日本共産党中央委員会幹部会委員長が選出されるということになっている。もちろん、表向き「派閥」は存在しない。対立候補が立候補して口角泡を飛ばした委員長選挙など当然存在しない。それどころか、党中央に異論を挟む者は「分派活動」のレッテルを貼られ、査問にかけられた挙句、除名処分を喰らう。

 

 この繰り返しで、かつて長きにわたって日本共産党に君臨し続けた宮本顕治は「宮本独裁体制」を築いた。そういう閉鎖的組織であるから、おそらく自民党総裁選挙の選出プロセスに関して日本共産党は何らコメントを出していないものと思われる。そりゃそうである。日本共産党こそ「密室的」であることに自覚的だから、ブーメランとなって撥ねかえってくるコメントはしないようにしているわけだ。同じ人間が何年何十年にわたって党委員長や党中央委員会幹部会議長を務めている異常性をマスメディアが批判的に指摘することはない。

 

 公明党も、支持母体である宗教法人創価学会の意向を無視できない。両者は別物の組織ということになっているが、誰もそんなことを本気にしていない。事実上、創価学会の承認があって公明党の代表に指名されて選出されるわけだから、直接的な指揮命令関係にないとはいえ、実質的に創価学会の最高指導者である池田大作名誉会長の指示には逆らえない。もっとも、かく解されるからといって、公明党の存在が日本国憲法20条1項後段、同3項に規定する政教分離規定に抵触すると言っているわけではない。

 

 今もなお、公明党の存在の違憲性を主張する者もいるが、憲法20条1項後段及び同3項(財政的に側面からは89条もそうだけど、ここでは89条は直接問題にはならないので無視しておく。とはいえ、政党助成金の関係で問われうるとも言えるかも知れないが)に規定するいわゆる政教分離規定とは、公権力と宗教活動を制度的に分離し、公権力が特定の宗教を援助・助長したり、逆に圧迫・干渉となる行為をすることを禁止することで、憲法20条1項前段及び同2項の信教の自由を間接的に保障するための制度的保障を定めたものであって、宗教団体が政治活動を行うことまでを禁じる規定ではない。そのため、たとえ公明党が宗教法人創価学会の事実上の指揮命令に服していたとしても、そのことを以って、直ちに憲法に抵触するとは言えない。ここで問われることは、日本共産党と同じく「党内民主主義」の機能が生きているか否かということである。

 

 自由民主党の規約によると、総裁選挙が行われる際の方法として通常の方法と緊急時の方法があり、今回のケースでは、いずれの方法を採るかの判断を総裁から一任された幹事長が後者を選択する判断を下したということであって、「密室的」だの「派閥談合」だのという批判は、少なくとも非自民党員から言われる筋合いはない。自民党のことは自民党員から付託を受けた党の執行部が決定する事項であって、部外者がどうこう言うものではないし、「世論」なるもので決めるものではない。

 

 もちろん、党の内部で、末端の党員からの声をどう反映させるかという問題は残るが、あくまで一つの政党内部の事項である。「世論」の調査結果と党員の意見を調査した結果が同じであるとも限らない。むしろ同じと解する方が無理がある。自民党は他の政党よりも遥かに党員の思想や政策論について幅が広いものの、基本は自由と民主の理念を中核に据えつつ、我が国の国政のあり方に関して保守の立場に立脚した自主憲法制定を党是とする政党であるから、全国の有権者全体の持つ思想や政策論の幅よりは自ずと狭い。そうすると、「世論」の意向と党員の意向とは乖離するのが自然である。

 

 各党員の投票を用意することになれば、全国数百万の党員各自に投票用紙を送付しなければならないし、その際有権利者であるかいなかのチェックも必要となる。更に、総裁選立候補者の全国各地への街頭宣伝活動も余儀なくされる。自民党員のかなりの割合は、職能別組織が別個に設立した政治組織の構成員であったりする。例えば、日本医師会とは別の政治組織として設立された日本医師連盟や、日本歯科医師会とは別の政治組織である日本歯科医師連盟などである(自民党の比例枠には、必ずこうした職能団体と密接に関連する政治組織である圧力団体から人選された者が名簿に搭載される)。党員票と議員票の半々で総裁を選出するとなれば、事務手続きもかならの時間を要する。総裁選の方式につき、党規約にしたがって執行部の裁量の範囲内で権限を行使しているに過ぎない以上、メディアによる過度な批判は、政党の自律性の観点からも、逆に不当な非難となりかねない。

 

 閑話休題アナキズムを信奉する人類学者で、複数の問題提起の書を著すことで注目を集めたLSE教授のデービッド・グレーバーがイタリアのヴェネチアで亡くなったという。思想信条は全く異なるし、彼自身も自らの思想信条とは些か矛盾した生き方をしていたし、時には(意図的にであれ)貧乏人のルサンチマンを焚き付け憎悪を煽るかのような記述は問題含みであるが、「シャンパ社会主義者」や「キャビア左翼」の面々とは自ずと異なる節操を持ち合わせていたように思われる。加えて、少なくとも独立して考えようと努めていた姿勢も好感が持たれる。いずれにせよ、50代での死は早過ぎるというもの。現段階では死因は不明とのことであるが、先ずはお悔やみ申し上げるより他ない。これまでも色々と話題となる著作を出し、邦訳されているものも多い。来年にも、新たな著作が出版される予定と聞く。精力的に活躍していた人物だけに、どういう原因で亡くなったのかが気になるところである。

 

 とはいえ、僕はグレーバーの思想信条とは真逆の立場であるし、その著作に関しても面白いと思うことはあっても、その見解や論筋に関して納得できるものは少なく、むしろその論理の粗や誤魔化しが目立ったと言ってもよい。学術書というよりもアジテーションのビラを目にしてゲラゲラ笑う愉しみを得たと言うべきかもしれない(ある種の知的エンターテーメントの書として読めば、娯楽としての面白さがつかめるはず)。彼は研究者というより活動家であった。この点は、日本の大学に大量に棲息している自称「研究者」の左翼活動家と似た存在と言えるかもしれない。

 

 但し、グレーバーの場合、もうちょいレベルの高い活動家だったし、時には所属する大学との衝突をも厭わない姿勢であった点については日本の左翼教員と異なる。日本の場合、どれほどアホなことを好き勝手語ろうとその地位が脅かされることが原則ないポジションに安住して、上っ面だけの主張をするばかりで責任もリスクも背負うこともしない左翼教員が目立つが、彼ら彼女らが足許の大学組織の矛盾に対してプロテストしたという例は皆無に近い。こうした欺瞞・偽善はグレーバーにはあまり見られなかった。それはともかく、ある程度勉強した者が「腕試し」として、グレーバーの立論の前提に潜む致命的な欠陥や論理の粗あるいは知的詐術を指摘していく「間違い探し」として活用する仕方もある。

 

 グレーバーはニューヨークのアクティビスト界隈では「超」がつく有名人だが、ことウォール街でもその名は知られている。もちろん良い意味で知られているというのではなく、むしろ悪名といった方がいいかもしれない。「ウォール街を占拠せよ」運動(Occupy Wall Street Movement)でことのほか知られる。もっとも、「ウォール街を占拠せよ」運動に対して、ウォール街が驚愕し恐怖したということではない。変な奴がアジテーターとして目立っているなという程度のものであった。そもそも、これまでウォール街に拠点を置いていた大手金融機関は実質的な拠点を別の場所に移しているところもあるし、ヘッドクォーターたちは毎日ウォール街に通うわけではなくて、コネチカット州グリニッジの丘陵地帯に構えた邸宅でのんびり過ごしながら、月に数日ウォール街まで足を運ぶ程度であるのが実情だからである。

 

 また「99%」と書かれたプラカードは、上位1%の者が米国の富を「独占」し、その富にモノを言わせて米国政治をも動かしている現状に対する異議申し立てという象徴的意味で使われているが、スティグリッツもが強調する1%対99%という対立構図は、もちろん実態を反映しているとは言えない。米国に住む者の年間個人所得上位1%内に入るのは130万ドル(約1億4000万円)以上の者となるが、別にこの層がホワイトハウス連邦議会に影響力を行使しているわけではない。この程度なら僕や僕の周囲の者も該当者になってしまうわけで、実際に力を持つのはトップ0.1%ないしは0.01%以上のキャピタルゲインだけで年間数億ドル以上の個人所得を持つ者であって、この層の政治献金の金額は桁違いに高い。政治献金の額に規制が設けられないのが不思議だが、逆にそうした規制は合衆国憲法に反するという司法の判断があるので、野放し状態のままである。

 

 ここ数年間にもわたる政局の混乱は、米国政治のエスタブリシュメントに対する疑念が米国住人の相当な範囲に蔓延している状況が起因している。皮肉にもその先鞭をつけたのは民主党クリントン政権による政策によって、いわゆる「格差」拡大に拍車がかけられたからである(前回の大統領選挙においても、ヒラリー・クリントンの方が圧倒的に富裕層から政治献金を受け取っていた。生活に困窮した学生で熱狂的にバーニー・サンダースを支持していた者は、ヒラリー・クリントンだけは御免蒙りたいとして、サンダースが民主党統一候補に指名されないとなるや、逆にドナルド・トランプに投票したという者もいたくらいだ。今回の大統領選挙でも、サンダース支持者がバイデンに投票するかは疑わしい。もちろん、二の舞を演じたくない者もいるだろうから、ヒラリー・クリントンの時のようにはならないだろうが)。

 

 前回の大統領選挙において、民主党予備選での旋風を巻き起こしたバーニー・サンダースにしても、共和党ドナルド・トランプにしても、いずれもがアウトサイダー同士で、アンチ・エスタブリッシュメントに共感する者たちの支持を受けた。サンダースは民主党の予備選直前まで民主党員ですらなかったバリバリの社会主義者だし、トランプにしても民主党共和党を行ったり来たりで、これまた直前に共和党員になったにだけの人物。しかも、政治献金の総額だけでみると、共和党よりも民主党の方に献金していた(よく言えば融通無碍、悪く言えば無節操ということになろうが、トランプが根っからの不動産屋と考えれば納得がいくというもの。もっとも、米国における不動産業界の社会的ステータスは日本のそれとは違って比較的高い。ただトランプの場合、むしろスケールの大きい「日本の不動産屋」と見た方がいいだろう)。

 

 グレーバーは、こうした米国社会に潜在的に渦巻いていたアンチ・エスタブリッシュメントの感情を捉え、これを利用する形で「ウォール街を占拠せよ」運動を仕掛けた。アンチ・エスタブリッシュメントがよく用いる言葉に”rigged”がある。我々の社会はごく一握りの者たちによって「仕組まれている」というのである。実際、サンダースもトランプも頻繁に米国社会に関してriggedと形容している。トランプは大統領選挙の際に"The United States is rigged!"と言っていたし、サンダースも同じく"Top 0.1% of Americans controll our country. This is rigged system!"と吹聴していた。右も左も一様に我々の社会は何らかの存在によって「仕組まれて」いると騒ぎ、その主張が極端にまで誇張されていく。その成れの果てが右ではQアノンに左ではアンティファである。いずれも「危ない連中」であることに変わりない。

 

 両極端に分裂する現象は、日本だけでなく韓国も米国も同じだ。いや、日本よりも韓国や米国の方が遥かに深刻かもしれない。それは米韓の左翼は、自分たちのイデオロギーに合う自国の歴史の改竄作業さえ厭わないからだ。ムン・ジェイン政権は、1948年の大韓民国建国という事実を認めず、1919年の三・一独立運動と上海に置かれたとされる大韓民国臨時政府と称する団体を以て大韓民国建国とするという荒唐無稽な話を歴史的事実としている。もちろん、この臨時政府なるものは実体がなく、しかも途中で一旦事実上の消滅状態になっていたし、何よりも国際的な承認などされていないわけで、それが日本と戦って勝利して独立を勝ち取ったというあまりに馬鹿馬鹿しいファンタジーを主張しはじめている。歴史修正どころか歴史改竄であろう。米国でも、アフリカから連れてこられた黒人奴隷が北米大陸に上陸したとされる1619年を米国建国の年に改めようという運動が徐々に起こりつつある。カリフォルニア州の公立学校でもこの運動に着目する動きがあるほどだ。左翼による歴史改竄の動きは、しばらく収まる気配がない。

 

 逃亡を図った黒人被疑者に対する警官の発砲事件により再燃した抗議活動は、こと昼間の運動については概ね平和的な抗議活動の範囲にとどまっているものの、主として夜間になると、まるでメンバーがごっそり入れ替わったように暴力的破壊活動その他傷害、強盗、強姦等の犯罪があちこちで発生する暴動と化する。この中にアンティファが入り込んでいることは知られているが、どうやらQアノンの右からの参入も見られるというのである(どこまでが正確な報道なのかはわからないが)。

 

 またBlack lives matter(BLM)運動にしても、一見正論に見えるものの(欧米社会では特に根強い人種差別が存在するという事実は否定できない。もちろん、欧米社会のみならず豪州でも然り。いや、あらゆる国や地域で多かれ少なかれ人種差別は存在する。日本もその例外ではない。在日コリアンに対する差別も残っているし、被差別部落に対する差別は概ね解消されつつあるものの、今もなお一部で陰湿な形で残存してもいる。韓国だって地域間での差別は酷いと聞く。特に済州島出身者に対する差別はあからさまで、それは在日コリアンの間でさえ見られる現象であったという)、その実態はというと運動に参加する黒人の中で露骨なアジア人蔑視の言動も散見され、理不尽な暴力を受けたアジア人も相当な数いる。"All lives matter"とのプラカードを掲げた者に対して集団リンチがなされる事件も発生した。

 

 そうした「不都合な」ことが覆い隠された形で報道されているアンフェアなメディアの態度に疑念が持たれ始めている。ポリティカル・コレクトネスの観点から大ぴらに口にできないけれど内心ではおかしいと思い始める者が「隠れトランプ支持者」となっていくメカニズムが働く。その影響かはわからないが、圧倒的な強さを誇ったケネディ一族がマサチューセッツ州における民主党上院予備選で初の落選となった。「正義」を振りかざす者の極端で独善的な言動そのものが、社会全体に憎悪の感情を増幅させ、修復困難なほどにまで社会の混乱を招くのだ。

 

 四六時中、Twitterで自身の批判者に対して罵詈雑言を吐く大統領もたいがいだが、メディアも相当偏っていて、根拠定かならぬことまで報道する始末。相互に罵りあっている。気になるのは、警察官組合や退役軍人の会もトランプ支持を言い始めた。暴動が酷くなるに連れ、「法と秩序」を強調するトランプに対する支持が増えてきている。メディアはバイデン有利を吹聴するものの、実際はわからない。前回のように得票数では負けても、混戦州を制覇することでトランプ勝利となる可能性も残っている。バイデンがなろうと、エリザベス・ウォーレンが財務長官に、コンドリーザ・ライス国務長官にでもならない限り、これまでの米国の基本政策を大転換するとは思われないが(実際にそうなると、最悪の結果になるだろう)、仮にバイデン大統領誕生となれば、一時的にはダウ平均株価は暴落するだろう(前回も、なにやるかわからなかったトランプ勝利の報が流れるやドル円が一時的に暴落して後、すぐさまV字回復した)。