shin422のブログ

右翼反動による「便所の落書き」擬きの日記

変態フーコー

 久方ぶりにデイヴィッド・ハルプリン『聖フーコーーゲイの聖人伝に向けて』(太田出版)を読み返してみて、ミッシェル・フーコーという歴史家/思想家は、その狭義の政治的主張には同意できなくとも、やはり偉大な知識人だったのだなと改めて思う。フーコーが私生活において実際に何をやっていたかといえば、相当変態的な行為に及んでいたことまで知られるに至っているが、その変態ぶりは、思わずか顔を背けたくなるような醜悪さを感じさせるものではなく、むしろ清々しいでも言えるような変態ぶりなのが面白い。

 

 ゲイであり、しかもその所持品から想像するに相当ハードなSM趣味の持ち主でもあったフーコーのスキャンダラスな一面はしばしば興味本位に取り上げられるわけだが、この点に正面切って焦点を当てた研究書となると、驚くほど少ない。フーコーが亡くなった後に発見された遺品の中には、ゲイ同士のハードなSMの道具もあったという。彼の性行為はフィストファックをも含めた相当強烈なもので、大多数の者の性行為の範疇に収まらないという意味で、まぎれもなくフーコーは変態であった。アナルセックスならばかなりの人は普通に理解できるし、経験済みの者も多かろう。最初は前立腺への刺激は痛みを伴うものであれ、放すときにゆっくりしてやるなど徐々に慣れていくにつれ強烈な快感を得ることができるようになり、ことさら同性を意識しない男であったとしても、人並み以上に性欲が強い者ならば、おそらくその快感が癖になってしまうほどの快楽を得ることができるわけだが(人によっては所謂「トコロテン」を体験する者もいれば、激しいドライ・オーガズムを体験することもある)、さすがにフィストファックまでは理解できるという人はごくわずかでしかないほど端から見れば「危険な遊戯」に映る。

 

 フーコーの場合、彼の変態ぶりについて取り上げることは、何も皮相がるにはあたらない。フーコーの思想の核心に関わらざるを得ないからである。その意味で、ウィトゲンシュタインが「彼を性的に満足させる用意のあった粗野な若者」たちとの同性愛行為へと惑溺していたことを主張する(但し、明確な証拠に基づいて論証されているわけではない)ウィリアム・バートレー『ウィトゲンシュタインと同性愛』(未来社)が持つ皮相さとは決定的に異なるはずである。この書では、ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』を世に出し、もはや哲学に関わるまいとしてアカデミズムから脱出してから再びケンブリッジに戻るまでの「空白の10年間」に焦点を当て、彼の同性愛的傾向とその哲学との内的必然性が存在するとの仮説を論証しようとするものであるわけだが、逆に読めば読むほどウィトゲンシュタインの哲学と彼の同性愛的嗜好との内的必然性はないという結論に至り着いてしまうところが皮肉なことである。それよりも大事なことは、ウィトゲンシュタインが同性愛的嗜好に対して罪の意識を持ち続けていたことの方であり、母方の宗教であったカトリックに強い影響を受け、福音書に深い感銘を受け、実際に修道院での修行僧のような禁欲的生活を送っていたほどの敬虔なクリスチャンとしての側面を有していたことであり(もっとも「制度的」にも従順なカトリック信徒であったというわけでは必ずしもないようであるが)、彼の基本的信条は、それゆえに極めて保守的なものであったことである。だから、仮にウィトゲンシュタインフーコーの思想を目にしようものならば、おそらく怒りすら覚えていたであろうことが想像できる。

 

 フーコーウィトゲンシュタインとは逆で、ゲイとして男同士でのセックスの享楽を味わうことを「罪」と解させてしまう力学に対して抗い、時には死に至りついてしまうかもしれないハードなSM行為に耽りながら性の快楽を全肯定するフーコーは、だからといって同じく異性との放縦な性生活を謳歌しつつも「厭世家」ぶった存在であったショーペンハウアーとも違う。フーコーが並みの知識人と違う点は、彼が自らの身体を一つの実験として生きたという点である。その意味で、フーコーは変態であったというより敢えて「変態になる」という生き方をしていたのかもしれない。このような思想家は、いそうでいていない。特に、現代の日本社会にはほとんどいない。

 

 他方で僕自身、自分の実存の問題を直接理論化して考えようという気が端からないのかもしれないが、ゲイもしくはバイであることに過度に拘る言説については付いていけないという気もしないではない。またカミングアウトにことさら重要な意義すら見出すこともない。個人の措かれた個別の事情が異なるわけだし、また個人的なのっぴきならぬ理由もあるわけだから、各々のカミングアウトに踏み切った決断を否定する気もなければ、否定する権利も持ち合わせていない。ただ、カミングアウトという行為一般が持つ傾向に、往々にして結局自己正当化にしかつながっていないのではないかと思われる言説があまりにも多くみられることが気がかりなのである。ひどいケースだと、過度にゲイであることに拘り、バイは不純であるかのように主張する言説を見つけるとげんなりしてしまうのは、それがヘテロ至上主義とメダルの表裏の関係でしかないからである。ホモ・セクシャルであるとかヘテロ・セクシャルであるとかあるいはバイ・セクシャルであるといった「アンデンティティの思考」に拘泥することを否定し、生の新しい可能性を生むある種の触媒として「ゲイになること」を位置づけ、抑圧とそこからの解放というストーリーに押しつぶすことなく、多様な関係性の産出への志向というフーコーのモチーフは、やりたいようにやるという、抑圧からの解放とは違う、欲望を放棄せず、その実現に向けた生のスタイルを肯定することであって、幸運なことに、これは我が日本文化の伝統でもあるのだ。完全なホモ・セクシャルが完全なヘテロ・セクシャルと同様にさほど多くはなく、むしろ潜在的にはバイ・セクシャルが意外に多いと考えられることから、自己の性の在り方を固定化してみる必要はないし、実際に同性・異性を問わず性行為の対象にできると考える者もいるという当たり前の事実を肯定すればよい。男色の歴史に事欠かない我が国の文化伝統に照らせば、現在の日本の性に対する見方はむしろ偏狭に過ぎ、女と行為に及んだ後にあっさり男との性行為の享楽を味わう者は、ごくごく普通に存在したし今も存在する。

 

 ゲイの肉体は、見た目の美しさとともに自分の欲望の対象として広告する方法である。ゲイの筋肉は力を意味せず、肉体労働が生み出す種類の筋肉には似ておらず、それどころかゲイの誇張され肉体は、エロティシズムをかきたてられるように緻密に設計されている、と『聖フーコー』の著者は主張する。確かに、ジムで鍛えられた肉体に有用性はなく、例えばボディ・ビルダーがガテン系の仕事を実際できるかといえば疑わしい。でも、そうした「イカニモ」というべきガチムチ系の男ばかりがゲイであるわけではないし、バイまで広げると、ありとあらゆる系統の男どもがいるわけで、異性愛と変わりないことである。強いて違いを言えば、ゲイはノンケよりも圧倒的にセックスの回数が多いくらいなものである(両方経験すればわかろうが、即物的なセックスの快感の度合だけでいうならば、断然男同士のセックスの方が上である。ケースごとに違うだろうが、男同士のセックスは概して性的快楽のみを追求したものであるのに対して、男女間のセックスは、単なる性的快感を目的にしているのではなく、そこに様々な物語的要素をはらんだ意味を読み込んでしまうところが厄介な点なわけだ)。

 

 それはともかく、フーコーは自らを実験的に生きた。そういう思想家はほとんどいない。自らの欲望を制約せず、しかし同時に過度になり自らを徒に傷つけるようなことに至らぬように自己への配慮を施しつつ、それでもやりたいようにやろうと生きた。ある意味ぶっ飛んだところがフーコーの格別な面白さでもある。そういう変態的な思索者が今の日本に現れてくれたら、多少は日本の思想シーンも風通しがよくなるだろう。

ドゥルーズ・ブーム

 1980年代に浅田彰『構造と力-記号論を超えて』(勁草書房)が火付け役となってドゥルーズのブームが沸き起こり、蓮實重彦フーコードゥルーズデリダ』(河出文庫)や中沢新一チベットモーツアルト』(講談社学術文庫)や宇野邦一『意味の果てへの旅-境界の批評』(青土社)などが矢継ぎ早に刊行された時期があったが、ブームが一旦終息した後、2010年代に入ると再び活況を呈してきたかのようにドゥルーズ関連の書籍が刊行され続けている。いくら何でも偏りすぎてはいないかと思えるほどやや食傷気味となってはいるのが正直なところだが、今のブームが明らかに80年代と異なる点は、80年代のブームが社会思想史(経済学部に講座が開設されていることが多いだろう)や宗教学やフランス文学または表象文化論の領域といった哲学以外の領域の研究者に支えられていたのに対し、2010年代のそれは、主として哲学の若手研究者によりなる書籍が目立つという点である。このことは、ドゥルーズ研究が哲学アカデミズムでの「市民権」を得てきたことの証とも言え、それまで認められづらかったドゥルーズの文献が、いわば哲学の「古典」として認められるに至ったということを意味してもいる。英米の哲学アカデミズムでは、いわゆる分析系の哲学や科学哲学ないしは従来の古典研究が主流を占めているので、フランス現代思想が狭義の哲学の中核に据えられて研究されているということはないが、しかしその関連分野においては「フレンチセオリー」としてデリダ研究やフーコー研究とともにドゥルーズ研究は旺盛になっていることも事実のようで、この点では日本の方が先を行っているのかもしれない。

 

 哲学アカデミズムでのドゥルーズ研究「解禁」に先鞭をつけたのは、おそらく2000年に刊行された小泉義之ドゥルーズの哲学-生命・自然・未来のために』(講談社現代新書)だろう。これを機に江川隆男『存在と差異-ドゥルーズの超越論的経験論』(知泉書館)といった本格的な研究書が出され、雑誌「思想」に連載された論文をまとめた檜垣立哉『瞬間と永遠-ジル・ドゥルーズの時間論』(岩波書店)も世に出た。若手によるものだと、全ては網羅できないものの少なくとも僕自身が読んだものでは、國分功一郎ドゥルーズの哲学原理』(岩波現代全書)、千葉雅也『動きすぎてはいけない-ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社)、山森裕毅『ジル・ドゥルーズの哲学-超越論的経験論の生成と構造』(人文書院)、渡辺洋平『ドゥルーズ多様体の哲学-20世紀のエピステモロジーにむけて』(人文書院)、小倉拓也『カオスに抗する闘い-ドゥルーズ精神分析現象学』(人文書院)などで、これからしばらく哲学系の領域の研究者によるドゥルーズ研究書が量産されていくことだろう。そのこと自体は悪くはないものの、ちとやりすぎの感なきにしもあらず。哲学者は何もドゥルーズばかりではあるまいし、ドゥルーズは確かに目立ってはいるもののアカデミズムでの主流とは言えないだろうし、さらに言うならばドゥルーズよりも冴えた哲学者もいるのだから、哲学研究の全体の動向と出版業界の方向性に些かのギャップを感じてしまう人もいるだろう。もちろん僕自身が英米系の文献を目にする機会が多い分、余計にそう感じてしまうのかもしれないが、哲学の「中心地」など観念できないとしても、やはり米国の状況と比較すると、特に日本の商業誌が牽引するブームに対してはどうしても斜に構えてしまいたくもなる。実は日本のアカデミズムにおいても、ドゥルーズ研究は必ずしもメインストリームを形成しているわけでもないのだろうが、あまりに偏りすぎると他の研究に注目がいかなくなる危険性があることに出版サイドは意識的になるべきだろうと思われる。もちろん、この責任は当のドゥルーズ研究者に帰されるべきことではなく、専ら商業誌の編集者に帰されるべき問題だろう。

 

 ところでそのドゥルーズだが、『スピノザ-実践の哲学』(平凡社ライブラリー)には次のような一説がある。ドゥルーズは優れた哲学史研究者でもあり、ベルグソンをはじめヒュームやライプニッツあるいはニーチェやカントを取り上げていたことで知られているが、いずれも全面的な肯定まではしていない中で唯一手放しで称賛しているのがスピノザである。

 

スピノザは、きわめて精巧な体系的で、学識の深さをうかがわせる並外れた概念装置をそなえた哲学者であると同時に、それでいて、哲学を知らない者でも、あるいはまったく教養をもたない者でも、これ以上ないほど直接に、予備知識なしに出会うことができ、そこから突然の啓示、『閃光』を受けとることができる稀な存在である。・・・他に類を見ないスピノザの特徴は、じつに哲学者中の哲学者である彼が、哲学者自身に、哲学者でなくなることを教えている点にある。そして、けっして難しくはないが、最も速い、無限の速度に達している『エチカ』の第五部において、まさに哲学者と哲学者ならざる者、この両者はただひとつの同じ存在となって結び合っているのだ」。

 

 『差異と反復』(河出書房新社)によると、ドゥルーズ潜在的多様体の現働化として延長において現実化する能力を強度的差異すなわちスパティウムと呼び、この強度的差異の分布はノマド的で瞬間的な配分すなわち「戴冠せるアナーキー」であるという。そうすると、このスパティウムと潜在的多様体とそれが現働化した延長のうえに個体化したものとは異なるレヴェルにある。では、この三者の関係をいかに解すればよいか。「潜在性の存在論」としての自然哲学を捉えようとするドゥルーズにとって重要な問いである。ドゥルーズ潜在的多様体微分多様体を指す。そうすると、ここで考えられることは、潜在的多様体とスパティウムの関係をベクトル空間とその双対空間の関係として理解する方途である。そこでベクトル空間を考えてみる。行ベクトルと列ベクトルを掛け合わせてスカラー値を得る作業を想起しよう。この行ベクトルは列ベクトル全体上に定義された線形関数とみなすことができる。ある経路に沿った関数の方向微分が関数の勾配とその経路に接する接ベクトルの積として表現することができ、余接ベクトルはこの積により接ベクトルに対する線形関数とみることができる。ここで、ひとつのベクトル空間を構成する任意の集合Xのスカラー値関数全体を考えてみよう。このベクトル空間の双対空間と構成すると、仮に当該双対空間が有限次元であれば前記ベクトル空間と同サイズになる。しかし無限次元であるならばその差異が明確になる。スパティウムは個体化の強度的な場である。この場において一定の微分関係と一定の点が現実化するというのが、ドゥルーズの描く個体化のメカニズムである。先にあげた三者のレヴェルの違いを踏まえるならば、この双対空間は無限次元を構成する。しかし、この双対空間はもちろん有限次元で構成することもできる。概念上両者の差異はあるものの、有限次元だと両者のサイズは見分けがつかないことになる。とはいえ、ドゥルーズの立論では三者の関係において不明な点が以前残るのである。双対空間とは早い話、体K上のベクトル空間Vに対してV上の線形関数全ての集合であった(ベクトル空間Vの双対空間)。体Kは、例えば実数体Rの複素数体C,VをK上のベクトル空間として任意ベクトルv、v'∈Vと任意スカラーλ∈Kに対して、f(v+v')=f(v)+f(v')、f(λv)=λ・f(v)という条件を満たす写像f:V→KをV上の線形関数であるのだから、f+f'やスカラー倍λfが定義可能であり、それゆえにV上の線形関数になる、V*:={f|f:V→Kは線形関数}はK上のベクトル空間となり、これがベクトル空間Vの双対空間となる。そしてこの双対空間の双対は元の空間であるので、V*の双対空間(V*)*は線形同型になる。線形関数f∈V*にv∈Vを代入するとKという数が出てくるが、vを止めてf(v)をみればV*上の線形関数ができあがる。基底を選んでベクトル空間の成分表示した線型関数にベクトルを代入した式を見ると、この関係から、VとV*の線型同型写像がつくれることがわかる。しかし、実際このVとV*が同型になることを保証するのか否か怪しい。これが先述した有限次元と場合と無限次元の場合との差異という問題であった。なるほど、縦ベクトルを横に転置すればVからV*への同型写像になるのは当たり前のように思える。VからV*への同型写像は無数にあって一意に決定しない。ベクトルを成分表示して縦ベクトルを横ベクトルへと転置するのも一つの同型写像であるに違いない。しかしベクトル成分は、基底の取り方に依存して変わりうるので、転置写像は基底を指定しないことには決まらない。対して、v∈Vにv(バー)∈V**を対応させる写像はVの基底と無関係に線型構造だけで決まるからVからV**への自然な同型写像を与えることができる。要は、ベクトルの完全な測定ないし認識において、基底の選択はベクトルを測る特定の「座標系」ともいうべきものを導入していることを意味し、つまりは、座標系であるからにはどのような座標系において見るかは何らかの恣意性ないし状況依存性を伴わざるを得ない。基底とは無関係に線型構造だけで決まるベクトル空間Vを持ってくるのも、この恣意性ないし状況依存性を排除した客観的世界を措定するために有用な概念装置として利用することができるというわけだ。ところが、ベクトル空間Vそのものは恣意性・状況依存性を排除した客観的世界として提出できたとしても、ベクトル空間Vだけで世界が完結しはしないこともまた確かであって、V*というある種の「外部」の視点が関係していること、そしてベクトル空間と双対空間の関係は双対という関係を通して相互規定しあっていることをみればそのことは明らかである。

 

 ドゥルーズは、こと『差異と反復』においては、「潜在的なもの」を捉え損なっているようだ。というのも、ソーカルによる批判以後悪名高い微分解釈が展開される第四章の「微分」の節に続く「量化可能性および規定可能性の原理」において、原始関数と導関数とを取り上げ、微分が理念の理念を発生させていくピュイサンス(力=累乗)であることを論じていくわけだが、実関数を微分したところで導出されるのは実関数であって、なぜそれが内包的な差異と絡む概念として提示されねばならないのか理解ができない。この点に関して比較的丁寧に触れている論文として、僕の知る限り、小泉義之ドゥルーズにおける普遍数学-『差異と反復』を読む」と近藤和敬「『差異と反復』における微分法の位置と役割」ぐらいなものである。両者ともまともな論文だが、それでもなおドゥルーズは失敗しているとしか思われないのは、ドゥルーズの念頭には複素空間が想定されていないことに最大の問題があるからである。この点、檜垣立哉西田幾多郎の生命哲学』(講談社学術文庫)の最後にある小泉義之檜垣立哉との対談における小泉の発言にあるように、西田幾多郎の「場所」論を当時の場の量子論の展開に重ねて読み込むという強引な読み方ができるのに対して、『差異と反復』における差異化=微分化の議論は、そこらにまで思考が届いていないのではないかと思われるのである。加えて、ユークリッド空間を数個張り合わせることにより位相多様体が構成できるが、潜在的多様体=位相多様体というわけにはいかない。なぜなら、位相多様体の中には微分の操作が不可能なものまで構成されてしまうからである。但し、ドゥルーズの前提する多様体微分多様体である。微分可能な多様体であるにはある操作が前提されている。微分トポロジーにおける多様体の可微分写像の構造を明らかにすることにより多様体の可微分構造とその可微分写像の上にあらわれる特異点との関係をまともに扱っていない。

 

 『差異と反復』は確かに優れた書物である。だが同時に、かなりの欠陥も併せ持つ書物でもある。ところが、些か過剰評価する研究書が日本だけでなく海外の研究書にも見られる。例えば、James Williamsの一連の研究書、ここではその一つのGilles Deleuze's Philosophy of Timeには、次のような一節がある。

 

Deleuze sets out one of the most original and sophisticated philosophies of time to have appeared in the history of philosophy. It ranks alongside the work on time achieved by Kant in the Critique of Pure Reason, Heidegger in Being and Time and later essays, and by Henri Bergson in Time and Free Will and Matter and Memory. It allows for productive debates with the emerging scienntific and philosophical views of time in twentieth-century physics, not only in terms of dynamic systems and relativity but also in terms of quantum mechanics.

 

要するに、ドゥルーズはこれまでの哲学史において現れた時間論の中でも最も独創的かつ洗練された時間論の一つを提示し、それはカント『純粋理性批判』やハイデガー存在と時間』やその他後期の著述あるいはアンリ・ベルグソンの『時間と自由意思』や『物質と記憶』によって達成された業績に並び立つ仕事であって、しかも、力学系や相対論のみならず量子力学といった20世紀の物理学の知見から新たに生み出された科学的かつ哲学的な時間の見方とも生産的な対話可能な時間論になっている、とまでかなり大風呂敷を広げた物言いである。この研究書は、ドゥルーズの『差異と反復』の時間の三つの総合の議論や『意味の論理学』のクロノスやアイオーンの時間の議論を中心に取り上げつつ、最後に『シネマ』の時間論をあっさり触れるといった構成なのだが、最大の不満は、冒頭で触れられていた相対論や量子論の知見から得られた時間論との「生産的な対話」の可能性がどこを読んでもまともに論じられぬままに終始し、表面的な部分を軽くなぞるだけになっている点である。確かに「注」において、しかるべき人物によるテキストには触れてはいる。しかし、どれもこれも問題の核心に斬りこむ考察がほとんどないのである。冒頭、期待させる文言があったのに、いざ読んでみるとがっかりさせられる著作になっているのが非常に残念である。

格差問題

 今更ながら「リベラル」や左翼が「反緊縮」を掲げている姿を見ると笑うしかないのだが、もちろんその主張は「経済成長はいらない」だの「脱・経済成長」といった経済学知らずの世迷い事を諳んじていたどこぞの哲学系エッセイストの妄言よりは遥かに現実的なまともな主張なものの、どこまでの議論を展開できるだろうか。僕も、今日の情勢で緊縮政策を講じることは愚策であり、また消費税増税も日本経済に致命的な打撃を与えることになるので反対と考える立場だが(財務省日本経団連の首脳やマスメディアは消費増税賛成の立場だが、これはデフレを放置しておきたいと秘かに願っている彼ら彼女らからすれば当然のことである。国内での支配権維持のために、デフレ強化による日本経済のパイ縮小を図り、国民の大多数をギリギリ生きていける程度の貧困層に固定化することが最終目標であるのではないかと疑いたくもなる)、それにつけても何故「リベラル」はこうも経済学的な知に関して疎い者が多くなったのだろうかと思わずにはいられない。昔の左翼は、もう少しこの種の知識を有していたはずだ。明白な知の劣化がすさまじい勢いで進行したという証拠の一つだろう。知識人の振りをしているだけの単なる教員が、聞きかじりの外国の文献の知識を知の意匠として大上段に振舞っていただけの実態が暴かれつつあるのではないかということである。とはいえ、「リベラル」や左翼がすべてそうだとは言わない。中には自分の専門分野で堅実な研究を積み上げたり、自分の持ち場で相応の仕事をしながら、他の分野に関する教養を積んできた者も存在する。しかし、そういう人は至って寡黙な傾向にあり、派手にメディアに担ぎ上げられないものだから、世の人にはほとんど知られていない。世に目立っている左翼とされている者は概して馬鹿であるとは思うものの、左翼だからといって全否定しかねるのは、ごく一部に優れた左翼がいることも確かだからである。例えば、マルクス経済学やその他新古典派あるいはポスト・ケインジアンの主張を取り込ん制度派の立場から論じた植村博恭など『社会経済システムの制度分析-マルクスケインズを超えて』(名古屋大学出版会)などは、俗流化された安易なグローバリズム批判には乗らない(いわゆるグローバリズムに賛同しはしないが、巷で聞かれるグローバリズム批判とは、ほとんど漠然としたイメージだけで語られているものが大半であって、まともな政治的経済的批判になっていない。金融資本主義批判にせよ、もっと狭い範疇にはなるが金融工学批判にしても、なるほどと納得させられるような批判はあまりないのが現実で、金融資本主義批判にしても、せめてハイマン・ミンスキーくらいのことが聞かれるかと思いきや、そのレヴェルにも達していないのが残念だ)。

 

 「格差問題」においては、橘木俊詔格差社会-何が問題か』(岩波新書)や彼の立論に反論する大竹文雄『日本の不平等-格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社)が一時期話題になったが、例えば左翼やリベラルは、この大竹の立論に対してすら有効な反論を提示できずにいた。所得格差に関する議論の火付け役の一人である橘木や、世帯間所得格差が拡大している事実を承認しつつその原因を若年層のジニ係数と高齢層のそれとを比較して後者が大きくなっていることなどをつかみ出すことによって、人口高齢化と若年層における単身世帯の増加などによるものと主張して世上言われる格差拡大は見かけ上のものに過ぎないとの立論を展開する大竹文雄という構図。ただ、「格差が云々」、「貧困家庭の児童が云々」はたまた「グローバル資本主義が云々」と叫ぶばかりで、理論的に分析し、問題の本質がどこにあるのかを追及する知的生産を怠ってきた。むろん僕とは正反対ながらも、旧来の左翼の陣営に属する共産党系の研究者は、昔からこの問題に取り組んできたことは確かだ。例えば渡辺治や後藤道夫の「新帝国主義」論に関する一連の著作は、遅くとも90年代初めから展開されてきた。世界経済におけるグローバル化と呼ばれる動向に拍車がかかり始めたのは米国では70年代であり、企業の多国籍化が遅れた日本でグローバル化に連動した新自由主義が本格化したのは90年代である。小泉純一郎政権からでも何でもないのである。既に細川護熙政権というより自民党を割って出た当時の小沢一郎に代表される新自由主義勢力が作った細川政権から「構造改革政治」が始まった(その萌芽は、80年代の中曽根康弘政権下での一連の「行革」政策だけど)。当時の「リベラル」は、この政権を政治改革・政権交代の一環として拍手喝采で迎え入れていた。この方向性が定着したのは、これまた90年代の橋本龍太郎政権の頃であって。小泉政権はその路線を強化したにすぎない。ちなみに90年代には、米国のクリントン政権が米国の世界一極覇権を強力に推し進めた政権であることは強調されるべきだろう。

 

 それはさておき、所得分配の公正と平等化の問題について参考になるのは、周知の通りロールズやセンなどの論考であろう。ロールズは、人々の主観的効用のみに基づいて社会において享受する福祉状態に関する評価を行おうとする厚生主義的立場や経済的諸制度、政策をもたらす結果や行動の結果として個人が達成する状態にのみ注目して評価する帰結主義的立場いずれをも退け、正義のため二原理を採用することを述べる。一つは、すべての人々に平等な基本的自由を保障する原理(平等な自由原理)。もう一つは、公正な機会均等の下で、社会の最も恵まれない人々に最も有利になるような不平等な分配スキームを要求する原理(公正な均等原理ならびに格差原理)。完全な平等化の志向と、そうした平等化への志向・推進がGDPやその成長率の低下など効率性の犠牲を伴わざるをえないことなどを理由とした反発ないし批判に対して分配的正義(distributive justice)をどう考えいかに正当化するかという問題をめぐる議論である。必要や権利要求の競合する諸個人間において社会が希少資源または生産物をいかに配分することが妥当かを問う規範的問題である。この点につき、ロールズとセンは一定の共通の基盤を有するものの、根本的な点で違いを見せる。共通点としては、先述の通り①主観的効用のみに基づいて社会が享受する福祉状態に関する評価を行う厚生主義を批判する点、②ある経済的な仕組みや制度及び政策をもたらす結果ならびに行動の帰結として個人が達成する状態にのみ着目して判断する帰結主義を批判する点である。この厚生主義批判・帰結主義批判という点での共通点を持つ両者であるが、決定的な点で相違し、この相違こそ「格差問題」を論じる前提にとって踏まえておかねばならない基礎を提供していることに注意すべきだろう。さもないと、「格差問題」が一体何を論じているのか議論が雲散霧消し、焦点もボケてしまうだろう。

 

 教科書的な確認になるが、ロールズの提起する「正義の二原理」とは、①すべての人々に平等な基本的自由を保障する第一原理、②公正な機会均等の下で、社会の最も恵まれない人々が最も有利になるような不平等な分配を要求する「第二原理」である。「第二原理」の後半は、いわゆる「格差原理(difference principle)」と呼ばれており、この「格差原理」について活発な論争が展開されてきた。社会で最も恵まれない集団に最も有利な分配ルールを定めること、つまりは、最もミニマムな立場に置かれた人々の所得を最大化するような分配を公正だと解する「マキシミン公正原理」を

Max M(y)=Max(min[y1・・・yn]).(添字が表現しにくいので)

M(y)は社会で最も所得の少ない人々の所得とした上で、①「無知のベール」という情報の不完全性、②個人の利己的合理性、③決定されたルールの形式の了解可能性という制約を課し、自己の選択結果によって生じる社会的位置が予期できない状態を作出する。このような状態では、自分が最も不利な状態に置かれる危険を予想して、社会における最低所得が可能な限り高い水準になることが合意されるものとする。卑近な例を挙げよう。アンパンが一つしかない状態で2人がそれを半分に分け合って食べようとしている。それぞれ可能なかぎり不利益にならないようにする状況で、アンパンを半分に分けた者が後で半分のアンパンの欠片を選択しなければならいとなると、最も不利益にならぬようにできるだけ公平に分けようと試みるだろう。事例は異なるが、考え方の基本は共通している。ここでもある種のミニマックス戦略が働いているとも別言できる。ただ、ロールズの理論で問題にされているのは、最も不利な状況にある人々の所得水準であって、有利な状況にある人が不利な状況にある人の所得増大のためにどういう負担が求められるかという負担の公平性がなおざりにされているということである。

 

 またロールズにおいては、個人の基本的能力を保持しかつ多様な目的達成のための手段として社会的に保障すべき基本財を「社会的基本財(social primary goods)」と規定し、その公正な分配方法を模索する社会的基本財のアプローチがとられ、ここでの社会的基本財の具体例として基本的権利や自由と機会および所得と富などが挙げられる。センの批判は、このロールズの上記立論内容にあてられる。とはいえセンは、ロールズの提起した「正義の二原理」とりわけ曰くつきの「格差原理」の考えを批判するわけではなく、個人のおかれた状態を評価するための情報として社会的基本財を用いることが不適切だという点である。すなわち、社会的基本財を自己にとって必要な機能を達成するための自由へともたらす諸個人の能力には差異があり、社会的基本財がたとえ平等であったとしても、諸個人が享受しうる自由には不平等が生じうるという至極当然の批判を展開する。ところが、ロールズ正議論の意義を認めつつ、かつ目指す方向性を共有していると思われる立場のアマルティア・センからのこの真っ当な批判こそが、ロールズの理論の致命的な欠陥を暴き出していているのだ。

 

 個人間の財の分配を問題にするというならば、例えば自転車という財を考えてもわかるように、自転車に乗ることが比較的容易な者と、生まれつきであれ後天的にであれ自転車に乗るという点で他の多くの者に比べて著しく容易でない状況におかれているという意味での「障害」者とでは社会的基本財という点でみると同じ財でしかないというのは明らかにおかしい。センの批判の要諦はこうだ。すなわち、ロールズの主張通り社会的基本財や資源の保有がたとえ平等であったとしても、人々が享受している自由には深刻な不平等が伴う可能性が潜んでいるのではないか、ということであった。人々のwell-beingの個人間比較を行うのならば財の保有量を問うのではなく、その財を活用して人々が何をなしうるか人はどのような存在になりうるのかという点にまで分析を進めなければならないはずであって、well-beingとはwell-offでもなければwelfareでもなく個人の生き方・あり方(being)のwellnessをも把捉する概念でなければならない。センはこのような生き方の選択する際の諸機能(functions)の集合を潜在能力(capability)という。この潜在能力という点に着目して以下のような定式化を試みる。すなわち、xiを個人iが達成できる機能ベクトルをbiとする。c(・)を財ベクトルとその特性ベクトルに変換する関数、f(・)を個人iが実際に行いうる財の利用パターンを反映する個人iの利得関数としたとき、個人iが達成できる機能ベクトルは、bi=fi(c(xi))と表現でき、このベクトルbiはすなわち人のあり方(being)を表す。個人iが実際に選択可能な利用関数fi(・)の集合をFiとし、この中から1つの利用関数を選択すると、ベクトルxiが与えられた時に個人iによって実現可能な機能ベクトルの全体は、次の集合によって与えられる。

Pi(xi)={bi|∃fi(・)∈Fi:bi=fi( (xi))}

さらに個人iが集合Xi内の財ベクトルのみ選択できるとすれば、個人iが実現できる機能ベクトルの集合は、Qi(Xi)を個人iの潜在能力集合として、

Qi(Xi)={bi|∃fi(・)∈Fi,xi∈Xi:bi=fi(c(xi))

と定式化できる。個人iは、財の特性を機能に変換する個人的特徴Fiと財貨支配権Xiの制約の下で、Qi(Xi)に属する機能ならば自由に選択することができる。この意味で潜在能力集合は各個人がそれぞれ評価する機能すなわち各個人の生き方あり方を実行可能な選択肢の中から選択して自らを社会的に実現する自由度を表す。所得分配の公正と平等化について、どの視点からどういう方法によりもとになる概念を整理し、具体的な方法によって定式化するか。この辺りの事情は後藤玲子『正義の経済哲学』(東洋経済新報社)が詳しく論じている良書である。

ドゥルーズの社会存在論

  『無の自覚的限定』に収録されている論文「私と汝」において、西田幾多郎は、いかなる具体的な場ではない開かれた普遍性の極限にあるという意味でとりあえず「無」という他ない「場所」が自己限定していく分節作用によって私と汝が何者でもない「裸の存在」として邂逅する論理を述べているが、この論文と「場所」という論文を重ねて読んでいくと、後の「物となって」世界に内在する私と他者の共存する原基的場面を思考していたことがわかる。「無の場所」の自己限定によって次々と個別的なものが規定されていく西田の思考パターンは、田辺元に言わせると、一者から次々とあらゆる個物が生まれ出でるところのプロティノスの流出論と違いがないではないかと思われたのもわからないではない。田辺にとっては、このような媒介を欠いた認識は受け入れられなかったに相違ない。いずれにせよ、この原基的場所は、明らかに和辻哲郎が考えた共同体とは異質なものであるし、廣松渉が『世界の共同主観的存在構造』で描いた社会的協働連関とも異なる更に手前の事態である。

 

 京都学派左派の一人である戸坂潤は、西田哲学を批判しつつも「世界第一級の哲学」と評価していたように、西田は相当深いレヴェルの思索をものしていたことは間違いなさそうだ。ちなみに戸坂は筋金入りの左翼といっても、今日のボンクラ左翼とはオツムの出来が違う優秀な哲学者であり、「空間論」に見られるように、あの当時で一般相対性理論を理解していた哲学者はそうはいなかっただろうと思われるほどである。マルクス主義というより、新カント派の中でもマールブルク学派に影響されたと思われる戸坂の科学哲学研究は、決して田辺や下村寅太郎の科学哲学研究にひけをとるものではない(マールブルク学派のみならず西南ドイツ学派も含め、新カント派の哲学は、日本において盛んに研究され隆盛を誇った一時期があるが、当時のドイツでは今と違って秀才たちが率先して哲学部に入ってきたという現象が見られたらしい。ところが一転して今では新カント派の研究者さえ絶滅に近いくらいに層が薄くなっている)。それに引き換え当時のソ連の理論家たちは、レーニン唯物論と経験批判論』のマッハ批判に合わせるように相対論や量子力学を「ブルジョア的で観念論的」として否定して回ったわけで、戸坂の目にそれがどう映っていたのかと思う。共産党の極端な論者は、弁証法唯物論に矛盾するものとして量子力学そのものを拒絶しもした。もちろん、そんなことなら原子爆弾をはじめ今日の科学技術は成り立ちようがないから、いろいろ理屈を弄して量子力学を受け入れていくわけだが、その時の理屈が、弁証法唯物論は機械論的唯物論より豊かで、それゆえに捉えがたいものであるからして、弁証法唯物論の立場からも量子現象の全体論的性格は物理学者と測定装置がともに自然の一部であるという事実を反映しているにすぎず、また量子レヴェルの奇妙な性質はそれがどんなものであるにせよ物質の尽きることのない多様性を示すものとして理解できると論じることであった。「隠れた変数理論」で知られるデイヴィッド・ボームや「坂田モデル」で知られる坂田昌一のような優れた物理学者もこの弁証法唯物論の哲学に引きずられてしまって、意固地なまでに唯物論決定論に拘ってしまったタイプとされているわけだが、それほどまでにマルクス主義が知的世界の一端に確固とした場をもっていたことは、今から見れば不思議なことだ。これはマルクスその人の責めに帰すべきことではなく、僕に言わせればレーニン、カウツキー、エンゲルスに帰すべき事柄である。マルクスは、思考や存在に一貫して妥当する法則としての弁証法唯物論なるものを説きはしなかったし、ましてや自然弁証法なる奇妙な代物を主張しはしなかった。この点ではルカーチの解釈が決定的に正しい。

 

 檜垣立哉西田幾多郎の生命哲学』(講談社学術文庫)の最後に収録されている小泉義之檜垣立哉との対談の中で、科学哲学者マイケル・フリードマンの一般相対性理論に関する論文も正確に翻訳するなど理論物理学にも明るいと思われる小泉は、西田幾多郎が当時の量子論の動向をチェックしてハイゼンベルグディラックの論文をも読み込んでいただろうと推測した上で、西田幾多郎の「場所」や「自覚」の概念を無限次元ヒルベルト空間やヒルベルト空間内のベクトルを関係づける演算子に準えて理解するというかなり強引ではあるが面白い読み方を提示していたかと記憶している。この辺りで、小泉と檜垣の対話は噛み合っていないのがこれまた面白く、解説に代わる対談の機能を果たしていない。ともかくゲラゲラ笑えたのを覚えている。ただ実際どう絡んでいるのかはわからない。もっとも、それについて論じようとしたら、おそらく本一冊分の量を要するだろうから仕方ないし、むしろ西田をめぐる一冊分の対談本として出しても面白いだろう。小泉の言わんとすることは何となくわかる気がする。「永遠の今」がデデキントの切断概念からインスピレーションを得ているだろうとの指摘は、なるほどと思うとこもあるし(これは田辺元についても言える)、個体の生成消滅のロジックが世界のロジックと地続きになっていることへの疑問など、西田哲学の核心部分に斬り込む内容になっていて、対談として噛み合っていなくとも、ここでの小泉の発言は滅法面白い(本題の生命哲学はどこぞへとぶっ飛んでしまった感があるのだが)。そうすると、しかし、そこまで理解できている小泉がドゥルーズの『差異と反復』(河出書房新社)の潜在性の存在論について点が甘いのが気にかかる。もちろんドゥルーズは優れた哲学者だ。それはわかるけど、少なくとも『差異と反復』におけるドゥルーズ存在論潜在的なものを示そうとして挫折したという面を批判してもよいのではないかと思われる。西田幾多郎とは逆に、ドゥルーズこそ社会的世界の存在論として読むに相応しいと言うべきではないかと。また、西田のロジックが歴史的世界の話に持ち込まれるや勢いキナ臭い感じがしてくると適切な評価も同時にしていたかと思う。自然の論理を社会の論理に無媒介に接続するような話は胡散臭いに決まっているわけで、かつてプリゴジーヌの散逸構造論から発展した自己組織化論が社会システムを論じる場で振り回されたことがあり、フランスや日本でも大流行になったことがあったが、現代の僕が読んでみると、相当胡散臭い話になっていて、これはプリゴジーヌにもある程度の責任があるようだ。ドゥルーズもミーハーなところがあったようで、自己組織化論やカオス理論にも飛びついていた。そういう軽薄なところもドゥルーズの面白さなのだが(『哲学とは何か』なんて、結構いい加減なことまくし立てていて、どうやらウイスキーの1本や2本空けたんだろうなあという感じ)、これは話半分に聞いておくというリテラシーがないととんでもない世界にトリップしてしまう。

 

 この点、ドラッグきめては鼻血を出し、またドラッグきめては鼻血を出しという感じで論文を書いていた折口信夫に似たところがある。17世紀のデカルトライプニッツみたいな天才的な頭脳の持ち主ではなく、新カント派のエミール・ラスクやエルンスト・カッシーラーのような秀才肌でもなく、逆に不器用な部類に入るだろうドゥルーズや折口ではあるが、彼らが並みの思索家ではなかったのは、ヤク中のハイテンションのなせる業としか言いようのないぶっ飛び度なのである。それはともかく、小泉が言っているように、西田が当時の量子論の動向に格別の注意を払っていたというのはどうやら事実のようなので、ひょっとしたら西田はそこから思考の源泉となるアイディアを掴み、それを西田哲学の思考に合うように概念化していたのかもしれない。そういう強引な読みによって西田幾多郎の思考からどのような哲学の能性を引き出すことができるかは未知数である。あくまで感想の域にとどまるが、日常言語だけで複雑で抽象的な概念を取り扱わねばならぬ形而上学的なレヴェルでは、破綻は免れないのではないかと思われる。僕が現象学存在論に点が辛いのも、現象学が超越論的還元を遂行する際に、その当の言語に対して何ら意識的でないことや、したがって勢い概念装置として貧弱で使い物にならない道具しか備えていないと思われるからである。「現象学的言語」なるものがあればよいが、日常の言語使用によってその語の意味内容が決定するはずの言語自身で以って現象学的分析を遂行したところで何が得られるのだろうかという素人からの素朴な疑問に現象学は何ら応えていないと思われるのである。

 

 ウィトゲンシュタインは、形而上学を批判するときも、時間や世界や存在といった形而上学的問いの重要性を否定したのではなく、また数学の思考を否定したわけでもない。そうした刑事学的問いを日常的な経験言語によって経験的事実に準えているように考えることを否定したにすぎない。非時間的で経験的事実ではない事柄については、特殊な時間的存在や持続的に存在する経験的な対象のように考える愚を諫めていた。形而上学的な存在論の大半が愚にもつかぬ戯言に終わってしまうのも、そもそもそれらを思考するための概念とその概念を表現する言語に関してひどく鈍感であることに起因しているものと思われる。ドゥルーズもこの概念を生み出そうともがき苦しんでいたと想像する。しかし、ドゥルーズには時間がなかったのだろう。数学や物理学に対する好奇心は旺盛であっただろうが、いかんせん乏しい知識しかなかった。もしドゥルーズにせめてホワイトヘッドくらいの知識があれば、ドゥルーズの哲学も違った装いを示していたかも知れない。あくまで1人の読書人として言わせてもらうと、ドゥルーズの哲学は、残念ながら自然哲学としてみた場合、成功しているとは思えない。しかし社会存在論としては未だ組み尽くせてい豊饒な可能性はあると思う。この点が、僕がドゥルーズを放り出せない理由になっているのだが、社会哲学者、倫理学者としてのドゥルーズドゥルーズドゥルーズに関するあまたの論考も自然哲学にはなっていない。我々の生きている世界内の社会存在論であり、ドゥルーズ哲学の可能性はそこにある。ドゥルーズの哲学が西田幾多郎田辺元の哲学とある意味で親和的なのも当然と言えば当然である。田辺の「種の論理」は、後に務台理作『社会存在論』や丸山真男の東大法学部緑会懸賞論文「政治学に於ける国家の概念」に影響することになるが、ドゥルーズ哲学もこの次元で読み込まれるべきと思われる。

謎としての自然

 『平家物語』巻九は、主として一の谷の合戦の様子が描かれているが、特に「知章最期」の段は、生田の森の大将軍新中納言知盛の心の動きを追っていくことを主旋律として、その知盛の子である知章の最期が物語られてゆく切ない箇所である。監物太郎という侍と知盛父子とただ三騎になって、助けの船の見える渚へと落ちていく場面は秀逸。結局、助けの船に乗れずに知章も首を打ち取られ、監物太郎も討死し、知盛ただ一人が生き残って名馬にまたがって海を泳がせ、総大将平宗盛の船に命辛々辿り着く。この一の谷で討死した平家一門は、一の谷の大将軍通盛、弟の業盛、小松殿重盛の末子師盛生年十四歳で、経正、清定、清房、経俊、忠度、敦盛、知章である。味方の軍勢に見捨てられて討死したも同然であったという。「落足」の段では、この哀切を滔々と次のような名文で綴っている。

 

「いくさ破れにければ、主上をはじめ奉つて、人々みな御船に召して出給ふ心のうちこそ悲しけれ。汐に引かれ、風にしたがひて、紀伊路へおもむく船もあり。芦屋の沖に漕ぎいでて、浪にゆらるる船もあり。あるは須磨より明石の浦伝ひ、泊り定めぬ梶枕、片敷く袖もしほてつつ、おぼろかかすむ春の月、心をくだかぬ人ぞ無き。あるは淡路の瀬戸を漕ぎ通り、絵嶋が磯にただよへば、波路かすかに鳴きわたり、友まよはせる小夜千鳥、これもわが身のたぐひかな」。

 

「小宰相身投」の段では、海上の船で恋しい人の安否を気遣う小宰相のもとに、通盛最期の様子を急ぎ伝えに来た侍がいて、君は今朝、湊河の川下で敵七騎に取り込められて遂には御最期を遂げられたと。小宰相は泣き臥して、もはや伝えに来た侍の言葉が耳に入らない。知らせを受けたのは二月の七日。この日暮れから十三日まで泣き臥したまま決して起きてこなかった。ところが船が屋島に到着せんとする十四日の夜更け、満月にほぼ近い月の光に照らされる海に、小宰相はわが身を投げて沈んでいった。

 

「ちつとまどろみたりけるひまに、北の方、やはら舷へ起き出でて、漫々たる海上なれば、いづちを西とは知らねども、月の入るさの山の端を、そなたの空とは思はれけん、しづかに念仏し給へば、沖の白洲に鳴く千鳥、天の戸渡る梶の音、折からあはれやまさりけん、忍び声に念仏百返ばかりとなへ給ひて、なむ西方極楽世界教主、弥陀如来、本願あやまたず浄土へみちびき給ひつつ、あがで別りし妹背の仲らへ、必ず一つ蓮にむかへたまへと、泣く泣くはるかにかきくどき、南無ととなふる声ともに、海にぞ沈み給ひける」。

 

 小林秀雄『無常といふ事』(新潮文庫)に所収の「平家物語」の中で、この「小宰相身投」の段を取り上げ、次のように書いている。

 

「通盛卿の討死を聞いた小宰相は、船の上に打ち臥して泣く。泣いてゐる中に、次第に物事をはつきりと見る様になる。もしや夢ではあるまいかといふ様な様々な惑ひは、涙とともに流れ去り、自殺の決意が目覚める。とともに突然自然が目の前に現れる、常に在り、而も彼女の一度も見た事もない自然が」。

 

この後すぐに小林は、

 

「漫々たる海上なれば、いづちを西とは知らないけれども、月の入るさの山の端を」

 

を引用する。ここで小林のいう「自然」とはどのようなものであったのか、我々には想像することぐらいしかできないわけだが、この点に関し、フランス文学者杉本秀太郎が面白い指摘をしている。小林秀雄が小宰相に見させた「自然」とは、ランボーが『地獄の季節』によって暴いた「自然」であり、小林が自作の小説『おふえりあ遺文』でオフェリアに見させている「自然」であり、あるいは『平家納経』の表紙、見返しの随所に描かれている蓮の花や、死して『納経』の料紙に浮かぶ月輪こそが、ここでの「自然」なのであり、この「自然」とは、いわば謎を無現に吸い込む架空の実体だというのである。

 

 「自然」というものをどう捉えるべきなのか。もちろん立場や見方によって千差万別であろうが、哲学・思想の歴史を紐解いてみるならば、それこそ千差万別の「自然」に対する捉え方が見られる。哲学史の伝統からすれば、「自然」という概念に込められている意味とは、人間の主観なり技巧なりといった人為に依らず「それ自体で」そのようなものとしてある現象や存在者である。すなわち、アリストテレスの『形而上学』によれば、「自然」とは、神々や人間のその都度のテクネーに依存することなく、自らの内に生成消滅する原理ないしは原理を有するものである。自らの内に運動の原因を持っているので、他のものに依存することなく存立するものとして考えられた。こうしたアリストテレスの考え方は、その後の「自然」についての捉え方に大きな影響を与えた。

 

 ところでヘーゲルは、『小論理学』の補遺に

 

「悟性が主張するような抽象的な『あれか、これか』は実際どこにも、天にも地にも、精神界にも自然界にも存在しない。あるものはすべて具体的なもの、したがって自分自身のうちに区別および対立を含むものである。・・・一般に、世界を動かすものは矛盾である」。

 

と述べ、『大論理学』の中の「矛盾」のカテゴリーに関する注釈において

 

「矛盾はあらゆる運動と生動性の根元であり、或るものは自分自身のうちに矛盾を持っているかぎりにおいてのみ、運動し、推進力と活動性を持っている。・・・矛盾というものはたんにあちこちに現れる一つの異常と見るべきものではなく、それは、その本質的規定のうちにある否定的なもの、あらゆる自己運動の原理であり、あらゆる自己運動は矛盾の現示にほかならない。運動は定有する矛盾そのものである。・・・或るものは、自分のうちに矛盾を含んでいるかぎりにおいてのみ、しかも、矛盾を自分のうちに容れ持ちこたえる力であるかぎりにおいてのみ、生動的である」。

 

と述べている。この箇所につきレーニンは『哲学ノート』で以下のようにコメントしている。

 

「運動と『自己運動』(これに注意せよ?自分自身のうちから生み出される、自主的な、自発的な、内的に必然的な運動)『変化』『運動と生動性』『あらゆる自己運動の原理』『運動』および『活動』の『推進力』-『生命のない存在』とまさに反対のもの-これが、あの『ヘーゲルぶり』の、すなわち抽象的でひどくわかりにくい(重苦しくて不合理な?)ヘーゲル主義の核心であることを、だれが信じるであろうか?ところが、人はこの核心をこそ発見し、理解し、『救い出し』、殻からとりだし、純化しなければならなかったのであって、このことをマルクスエンゲルスは実際になしとげたのである」。

 

この箇所は毛沢東『矛盾論』にも取り上げられている。それもそのはず、毛沢東はマルクのテクストからはほとんど引用せず、レーニンからの孫引きで書いているものがほとんどなのだ。毛沢東も、矛盾こそが世界の駆動の契機と考えたが、実はレーニン毛沢東が強調するほどヘーゲルは矛盾を理念の発展過程の究極的な位置に据えていなかったのではないかと思われる。確かにヘーゲルは、矛盾を理念の発展過程の不可欠の契機とみなしてはいた。ところが、『小論理学』には、

 

「矛盾というものは考えられないというのは、笑止のことである。このような主張において正しい点はただ、矛盾は最後のものではなく、自分自身によって自己を揚棄するということであり・・・哲学とくに思弁的論理学は、もちろん区別を看過する単なる悟性的同一性の無価値を示すが、他方、単なる差別には満足せず現存するものの内的同一性の認識を要求する」

 

とし、「内的同一性の認識」と言っているように、矛盾の止揚による自己同一的理念の達成を究極的位置に措く。矛盾は過程にすぎず、矛盾の揚棄こそが理念の達成である。思弁的方法は、①直接的なものであり単純な一般者として始原をなすもの。②この直接的なものの否定であり、他者であり、直接的なものを他者とするところの他者であり、ここに矛盾があり、媒介がある。③否定の否定であり、矛盾の止揚であり、直接性と媒介との統一である。この①同一性、②矛盾、③同一性の回復がトリプリティテートの環を形成する。ヘーゲルは、『エンチクロベディー』の最後で

 

「永遠な、即自且向自的に存在する、理念は、絶対的精神として永遠に自己を活動させ、産出し、享受する」

 

と述べた後に、アリストテレス形而上学』第12巻第7章の自己観照し自己充足している永遠の高貴な神の思惟の、つまりは絶対者の自己思惟という考えが述べられている箇所を引用しているように、ヘーゲルの絶対精神の哲学的基盤をアリストテレスのこの箇所に見て取ることもできる。

 

 しかしここには、あの謎を吸い込む実体としての「自然」はない。あらゆるものをその同一性に回収させるところの絶対理念の自己同一性において、謎は本来の意味での謎であることをやめる。これは自然弁証法における自然においても同じことが言える。

悪質な不動産業者と金融機関の共謀によって煽られた不動産投資の末路

 報道によると、スルガ銀行がシェアハウスなど主力の投資用不動産向け融資に関する全件調査の結果を発表し、行員による審査書類の改竄などの不正や、不動産業者の関与も含めて不正の疑いが判明した融資総額は1兆円超に上ると説明。この額は不動産融資全体の約6割に該当するようで、スルガ銀行において不正が蔓延していた実態が明らかになった形だ。しかし僕が何年も前から指摘していたように(当時はS銀行とボカシて表現していたが)、ことはスルガ銀行ばかりではない。次に危ない金融機関はどこか僕は既に知っているけど、この場で触れるのはマズいので、ご想像に任せる。それはともかくスルガ銀は、新生銀行と個人向けローンなどの分野で業務提携するらしい。全件調査は昨年10月、弁護士らに委託して実施していたようで、行員が顧客の預金通帳のコピーなどを改竄する不正は計7813件、5537億円で確認され、不正の疑いがある融資も1575件、864億円見つかったという。これと別に顧客の自己資金を不動産会社が一時的に立て替え、銀行の審査を通りやすくした疑いのある融資も約4000件、約4300億円あったみたいだ。スルガ銀は「不動産会社に聞き取りをしていないので実態は分からない」としたが、問題融資は一部支店に集中していたという。ちなみに僕は、この支店がどこか、さらには担当責任者の名前に関しても情報を入手しているが、ここでバラすのはマズいので、これまたご想像に任せる。

 

 こうなると、僕が以前書き散らかしたスルガ銀行の不正の手口についての文章を三度再々掲しておかねばなるまい。この種の不正の共謀者はもちろん「三為(サンタメ)業者」と言われる新中間省略登記を利用して荒稼ぎしていた不動産業者である。第三者のための契約を交わして暴利を貪ってきたこれらの業者の倒産や清算が連鎖してもいる。不動産営業マンたちが再就職活動で労働市場にあふれてもいる。主として外資系企業に勤める者や開業医などの高所得者層の名簿を入手して手当たり次第にアポイントメントをとろうと躍起になっていた業者や、不動産投資セミナーを開いてその受講者を狙い撃ちすることに特化していた業者など様々だが、与信のないサラリーマンが高利のスルガ銀行から借り入れさせられ破産するという事態が相次いでいる。多少の金融リテラシーがあれば、うまくいくわけがないことは計算上からも明白なのに、小金に釣られてころりと騙されてしまうケースが多い。いわゆる「アベノミクス」の一環として講じられている日本銀行による「異次元」金融緩和策に加え、日系米国人のロバート・キヨサキという詐話師によるベストセラー『金持ち父さん、貧乏父さん』(筑摩書房)の影響も間接的に貢献して(仏文学に関する学術書や各種学問上の名著の文庫化に貢献している老舗出版社がこのような詐話師の本を出版するとは、恥を知れ!というべきだろう)、我が国では「老後の不安」を焚きつけられたサラリーマンによる不動産投資が過熱していた。今ではその勢いは衰え始めたものの、一時は、日本銀行の「マナナス金利」策の影響による収益源を挽回しようと、不動産事業向け融資を拡大する金融機関が増大し(特に生き残りに必死な地方銀行の動きが露骨だった)、物件価格が高騰して投資利回りが悪くなっているにもかかわらず、収益不動産投資による「不労所得」を掲げた不動産会社の術中に多くのサラリーマンがはまり続けていた。金融庁も、とうとう過熱する不動産投資による予想される悪影響を懸念し、銀行等金融機関に申し入れをするに至った。しかしスルガ銀行を地銀が今後生き抜いていく良きモデルであると称賛していたのでは、以前の森長官であったことは記憶にとどめておくべきだろう。

 

 金融機関の収益不動産投資向けの過剰融資はかなり下火になったが(メガバンクの大半は撤退済みのはず)、いまだに金融庁の業務改善命令を無視して悪質な不動産会社と結託し、無知なサラリーマン「投資家」を罠にはめ込んでいる実情がある。スルガ銀行が具体的にどのような方法で不正融資を行っていたか、その手口の一端を再度掲げておくことにしよう。ここで現れているのは、収益不動産をサラリーマン「投資家」に仲介手数料不要を謳って第三者のための契約による所謂「新中間省略」の方法で高額の利益を上乗せして転売してボロ儲けしている不動産会社と、それと結託する金融機関の悪質な違法行為である。

①主に電話等で都市圏その他地方の不動産業者に連絡をとり、会社の取り決めた基準に合致する物件をできるだけ安く仕入れてくる。転売業者は宅建業者であるから当然に宅建業法上の瑕疵担保責任を負うため、数年は持つ程度に「バリューアップ作業」と称して修繕作業をしておく。

仕入れ値の10%~15%の利益を上乗せした価格を算定し(もっと上乗せする業者もいる)、かつ「銀行評価済みの物件」であることを「不動産投資セミナー」等でかき集めた客にアピールするため、銀行の予めの評価を取り付けておく必要があって、既存の空室については満室状態を仮構するなりして、できる限り空室がないような見かけを偽装する。例えば、実際は全室空室であるにもかかわらず、全室満室であるとごまかすために、架空の人間の名義を利用して虚偽の賃貸借契約書を作成して既存の入居者がいるようにみせかけるとともに、現地調査によって満室状態が架空であることが発覚することを恐れて、現地に赴いて部屋にカーテンを取り付けるなど、あたかも入居者が存在するかのような偽装工作すら行う。その他にも、金融機関に向けて、当該物件に融資がつくように仕向けるために、物件概要書やレントロールならびに謄本や図面等の他に、例えば屋根の防水加工などの修繕履歴が全くないにもかかわらずあたかも修繕の履歴があるように偽った虚偽の修繕記録等を記した書類も作成する手のこみようだ。

③ごく一部の例外を除いて通常、物件価格の2割から3割ほどの自己資金を用意する必要があるにもかかわらず(たいていの金融機関には内規があって、最高でも物件価格の8割~9割までしか融資できないはずである)、それすら用意できないサラリーマン投資家のために、「ファイナンス・アレンジ」と称して、客のために事実上の「フルローン」になるように、金融機関向けの虚偽の価格を設定した架空の売買契約書を作成して金融機関に提出する。と同時に、購入希望者の客との間では別途異なる「覚書」を取り交わす。この際、「契約書は一通しか作成しないので、二重売買契約には該当しない」とごまかして客を納得させる。もちろん、「覚書」という名称であろうと、当事者相互に債権債務関係が発生する旨の合意をしている以上、二重に契約を締結したと解さざるを得ないことは明らかである。

④この時、金融機関の融資担当者から、稟議書作成のために、物件の賃料設定や客の属性や収入に関する数字の改竄の指示が入ることもある。つまり、金融機関もこの時点でグルであることが理解されよう。ネット利回り等の数字を上げてあたかも収益性の見込める物件であるように見せかけるために賃料の改竄を行うだけでなく、顧客の源泉徴収票の偽造、虚偽の金融資産を証明する資料の作成、場合によっては預金通帳の改竄まで行う。

⑤金融機関向けの価格と実際売買される価格との差額分については、直接不動産会社から当該物件購入者に対して融資することは明らかに宅建業法47条に抵触するので、関連会社を利用した迂回融資によって、客との間で差額分の金銭消費貸借契約を結び、その上で当該購入者の銀行口座に振り込む。銀行側が客の通帳に自己資金分の残高があることを認識できる状態を作出して、融資を実行させる。その後、不動産会社に客から虚偽の価格分の金銭が支払われる。そうして当該物件の所有権移転手続きと、銀行による担保設定が行わる。その直後、不動産会社と客との間での覚書で当該物件の価格設定を変更し(金融機関は認識していないということになっている)、一度当該不動産会社に支払われた差額分が客に返金され、客は当該不動産会社が迂回融資に利用した関連会社から借入れしていたこの差額分の金銭を返済して一連の取引が完了する。

 

 以上の一連の行為は、少なくとも詐欺罪(刑法246条1項)や私文書偽造及び同行使の罪(同法159条)及び宅建業法47条三号違反に該当すると思われるが、問題は、たとえ不注意であったとしても、購入希望者である投資家の客が自身の知らぬ内に「犯罪者」にされてしまっていることなのである(もちろん、不正を承知の者もいるが)。むろん、以上の二重売買契約による融資の実行に金融機関の担当者が加担している場合には、不動産会社と購入客による「欺罔行為」の相手方は直接的には当該担当者であって、金融機関は「欺罔」されていない以上、詐欺の被害者とはいえないとも解釈できるかもしれないが、反対に金融機関の融資担当者のスタンドプレーであって、あくまで銀行としてはそのような違法行為はあずかりしらぬことと強弁すれば、たとえ金融機関が当該客を刑事告訴するなりの手段を選択せずとも、少なくとも当該客への融資を取り消し、融資額の一括返済を求めてくることになるだろう。また、融資担当者のみならず当該金融機関が組織として一連の違法行為を認識していたならば、コンプライアンス上重大な問題を抱えているということになる。

 

 かつて、金融機関に虚偽の情報を申告してオーバーローンの融資を受けたことが後になって発覚し、詐欺の疑いで大阪府警捜査二課によって逮捕された法務省保護観察官がいたが、そのような「犯罪者」を量産している不動産会社による違法行為は、将来の任意売却や自己破産者の群れをつくりだす非生産的行為である。投資が理由で自己破産手続きを申し出ても免責される保障はなく、一生借金返済に追い立てられるかもしれない。投資は原則として自己責任であるとはいえ、虚偽の情報に踊らされて嵌められた側の一方的な自己責任として片づけるわけにはいかない。日本経済の足を引っ張りかねないからだ。いずれにせよ、実際の被害を受けるのは不注意な投資家である。事後に一連の行為が違法であることを認識し、また自身が「罠にはめられた」と覚ったところで、自らが違法行為にいつの間にやら加担させられてしまっている手前、一方的な被害者であると主張することも憚られ、結局泣き寝入りせざるをえなくさせているところに事の深刻さがある。

 

 とかく、日本の不動産業界や不動産業界に関わる人材のレベルは概して低いと言われている。「千三つ」の世界と言われるほど詐欺まがいの行為や明らかな違法行為が蔓延し、業界の者はそれが当たり前であるという感覚になるほど麻痺した状態が続いている。どこの馬の骨だか不明な者でも慢性的な人手不足や使い捨ての労働環境の業界ゆえに採用され、ほとんど「運頼み」の側面が強い「水商売」の性格もあって、暴利を貪ることしか考えていない者が残念ながら多い(なお信じ難いことではあるが、宅建士の資格すら取得していない、否、何年経っても取得する実力のない者が多数でいるのも、この業界の現実である)。客を騙して得た利益で毎晩の如く豪遊し、常軌を逸した乱痴気騒ぎで周囲の顰蹙を買い、奢侈を極めた海外への社員旅行、贅をつくしたクルーザー等、会社にとって不要な浪費へと消えていった。不景気に備えて内部留保を貯め込むわけでもない。不動産会社「株式会社ケースタイルマネジメント」が東京国税局によって法人税法違反の疑いで刑事告発されたし、架空経費を計上するなどしていた不動産会社「マーベリッグパートナー」が同じく法人税法違反の疑いで東京地方検察庁に告発されたが、不動産投資の過熱ぶりに我が世の春を謳歌してきた得体のしれぬ不動産会社の場合、さらに大きな規模での違法行為によって利益がもたらされるとともに、多額の脱税行為がより巧妙な仕方で行われているのである。元々頭の悪い者が多く集まっているため歴史から学ぼうという姿勢などなく、バブル崩壊の二の舞を演じようとしている。しかし、そのツケを支払わされるのは国民である。金融機関による不動産向け過剰融資は、いずれまた不良債権問題を生む恐れすらある。金融庁が恐れているのも、そうした事態が過熱した不動産投資からもたらされることなのである。たとえ金融機関からの低利での融資を受けられるとはいっても、今のように実需に基づかない物件価格の高騰による低い投資利回りしか見込めない状況でワンルーム・マンションや一棟モノのマンションに投資することは、控えた方が賢明であろうと思われるが、それでもなお不動産投資をしたいというのであれば、よほど眼光紙背に徹して市場分析や投資分析を甘い見通しに基づかずに行って、極くわずかしかない良質な物件であるかを吟味すること、そして比較的信頼できる会社(ほとんど皆無に近いが)以外とは関わりをもたないことである。「不動産投資セミナー」をあちこちで開催している会社は多いが、ほとんどは嘘話である。時折、「成功者」と称する個人投資家をゲストに投資へと誘うセミナーも見られるが、常識で考えればわかるように、誰が好んで儲け話を他人にするのか。たいていは業者からマージンをもらって営業のお先棒を担いでいるに過ぎない。不動産投資ではないが、「秒速何億を稼ぐ男」だとか言ってセルフブランディングにより情報弱者を誑かしている者もいまだに存在するが、あれを本気で投資に成功して金持ちになったと思っている者もいるのだから、世の中カモだらけなのだなあという思いを強くする。あれは投資で成功して得た金ではなく、情弱から巻き上げた金だということに気がつく人がいるのかどうか。

森嶋通夫『思想としての近代経済学』(岩波新書)のすすめ

 社全体の政治傾向に対する反発や、専門書であっても事項索引を付けない省エネ編集方針に対する批判はあるが、昔の岩波新書の質は、老舗の名門出版社としての岩波書店らしいレヴェルの高さを誇っていた(全集や著作集を岩波書店から出すのは、一種のステータスだった。湯川秀樹にしても、西田幾多郎田辺元和辻哲郎や九鬼周蔵、廣松渉大森荘蔵そして坂部恵、あるいは丸山真男などビッグネームの全集や著作集は岩波書店から出されている)。それに比べて最近の新書は、岩波に限らず粗製乱造の、ほとんど紙資源の無駄と言いたくなるレヴェルのものが目立つ。それはともかく、昔の岩波新書は、人文学、社会科学、自然科学と満遍なく後世においても名著と言われ続けるだろう良質の著書を生み続けてきた。岩波の雑誌「世界」は僕から言わせればトンデモも部類に属する雑誌で、とても後世に伝えられるような論考もほとんどないわけだが、こと新書や文庫に関しては、ごく一部の例外を除き、概ね良質なものを生んできた岩波書店の我が国の出版文化にもたらしてきた功績は大なるものがある(もっとも現在では、岩波書店が必ずしも最も優れた出版社であるというわけではない。ある程度の規模の会社組織になると経営基盤の確保のため、どうしても売れる著作を出さないことには成り立たないというジレンマを抱える。そこで愚にもつかぬ著作を出版してしまうこともある。だからロバート・キヨサキの駄本を筑摩書房が出版してしまったのも、ある意味やむを得なかったのかもしれない。しかし、みすず書房とか、その種の駄本を出すまいとの矜持を保ち続けている出版社もあるわけだから、そうした多くの誠実な出版社には生き残ってもらいたい。そのために我々にできることは、とにかく身銭を切って買え!ということだ)。出版という営みは、単なる営利事業に還元できない文化的な貢献を社会に対してなしうる素敵な営みであり、たとえ資本が弱小であっても、その資本の大きさとは別の次元で社会に影響を与え得る営みでもある。だから本来、編集者という仕事は博覧強記であることが常に求められ、その上目利きまで要する仕事だから、社会的にもっと評価されてよいはずの仕事であろう。

 

 さて、良質な新書を世に出してきた岩波新書であるが、その良質な著作を列挙しようとすると、あまりに数が多すぎて書ききることはできそうもない。ただ、その中でも飛び切り良質な日本人による名著を戦後に限定して挙げるとするならば、数学を含む自然科学系だと(数学は経験科学ではないので、自然科学には含まれないはずだが、ここでは便宜上数学も含めておく)、朝永振一郎『物理学とは何だろうか』上・下や中谷宇吉郎『科学の方法』や『雪』、遠山啓『無限と連続』、吉田洋一『零の発見』は掛け値なしの名著だし、社会科学系だと丸山真男『日本の思想』や福田歓一『近代民主主義とその展望』や大塚久雄『社会科学の方法』、内田義彦『読書と社会科学』、川島武宜『日本人の法意識』は必読の書だろうし、そして何より経済学そのものというより経済学な知の背景となる考え方を論じたものとして森嶋通夫『思想としての近代経済学』は格好の素材を提供してくれる。人文学だと、吉川幸次郎漱石詩注』や貝塚茂樹諸子百家』、田中美知太郎『ソクラテス』、野田又夫デカルト』、廣松渉『新哲学入門』そして大江健三郎『新しい文学のために』などなど枚挙に暇がない。

 

 ここでは、森嶋通夫『思想としての近代経済学』を強く推したい。森嶋は京都帝国大学経済学部を卒業。助手として高田保馬と青山秀夫に師事し経済学を中心にウェーバー社会学をも学び、27歳で京都大学経済学部助教授に就任したあと、近代経済学研究の拠点であった大阪大学に移ってしばらくして、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)の教授として渡英。ジョン・ヒックス記念講座教授という栄誉ある地位に就きながら数理経済学者として名を馳せ、多部門成長モデルの研究やリカードの理論の動学的再定式化やマルクスの理論の数理的再構成などの世界的業績によって、日本人としては宇沢弘文と並んでアルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行賞(いわゆるノーベル経済学賞)の候補としても取り上げられたりもした。現実の政治情勢や防衛の問題に関しては専門外ということもあって頓珍漢なことを述べていたが、このことが森嶋の偉大な業績の価値を棄損するものではないということを断っておかねばらならないだろう。

 

 『思想としての近代経済学』は、新書という理由からだけではなく、当時NHKの教育テレビで放映されていたという「人間大学」という番組でのテキストを元にして、幾分か書き足したものであるので、森嶋の数式だらけの学術論文とは打って変わって平易な日本語で表現されている(一部、式が入るが、簡単な四則演算の類しかない)。この番組が放映されたのは平成5(1993)年だというのだから皮肉なものである。というのも、この年は自民党が下野して細川護熙を首班とする非自民連立政権が発足した年であり、この細川政権こそが、かつて中曽根康弘が先鞭をつけた「構造改革」政治の本格的幕開けとなった政権であるからだ(細川護熙というよりは、小沢一郎が敷いた路線であるのが実態で、小沢の新自由主義的政権構想は『日本改造計画』という実質は読売新聞の記者が書いたであろう小沢の著書にも現れている。皮肉なことに、小沢構想は、後に小泉純一郎によって継承されていくわけである)。本書の目的は、近代経済学の歴史を解説することにあるが、他の類書と趣が異なる点は、時系列的に構成するのではなく、理論を形作っている論理的な順番に即して再構成して論じられるという点が一つ。もう一つの点は、リカードマルクスの労働価値説に対立するものとしてワルラスなどの限界効用説を論じた上で、この限界効用説を基礎として一般均衡理論が構築されたとして、この新古典派経済学がいかにしてマクロ経済学としてのケインズ経済学と総合されたかを論じる、僕から言わせるとサミュエルソン史観とでもいうべき流れで叙述される通説的な見解に異を唱えている点である。ケインズが登場するまで、新古典派理論は内部に未解決の問題を抱懐していたが、自身としてはそれが何であるかがわからず、新古典派に批判的な外部からの視点を持ったケインズだからこそ、その問題がセイ法則にあることをつかむことができたのだ、と森嶋通夫は指摘する。セイ法則(日本の経済学の教科書は「セイ法則」より「セイの法則」と表記しているものが多いが、ここでは森嶋の表現である「セイ法則」と記しておく)とは、「供給は、それ自身の需要をつくる」というものである。供給があれば直ちに需要が適用するというのであるなら、需要分析がおざなりになったとしても問題はない。しかし、この法則が妥当しないとするならば、需要が供給より少ないあるいは多い場合には、供給が減らされあるいは増やされ、供給が需要に適応する。それゆえ需要が少ない場合には生産は停滞し失業が発生する。完全雇用は需要が十分に大きい異常事態の例外は別として通常は成立しない夢となる。セイ法則が妥当しない現実の経済では、失業が発生するのが常態化する。既にセイ法則が妥当しなくなった状況においてもなおセイ法則が成り立っているとの虚偽の前提に立脚した理論探究がなされているところに新古典派経済学理論の致命的な誤謬が存しているというわけだ。森嶋はさらに、これに加えて「耐久財のディレンマ」の問題をも提起する。おそらく、ここが本書の眼目となるところであろう。経済が発展して耐久財が重要となるに連れてセイ法則は現実離れしたものとなり、その結果、セイ法則に依拠する理論では、現実の経済は処理しえなくなった。こうした時代状況にケインズが現れたわけだ。その意味では、有効需要の原理とは、この反セイ法則のマニフェストでもあったとみることもできよう。

 

 こうした森嶋の基本的視軸から構成された近経済学説史で取り上げられる人物は、紙幅の関係上、11人に絞られる(これは「人間大学」が計12回の放送だったからだろう)。取り上げられる近代経済学者とは、リカードワルラスシュンペーター、ヒックス、高田保馬、ヴィクセル、マルクスウェーバー、パレート、フォン・ミーゼス、ケインズである。通常近代経済学者と見なされていない人物もいるだけでなく、そもそも経済学者の範疇にさえ入らない人物もいるのが森嶋学説史の面白い点でもある。リカードマルクス近代経済学には含まれないと解する通説に対しても、森嶋は例えば、リカードの差額地代論とワルラスの希少性理論は本質において変わらず、しかもリカードは差額地代論において限界分析を使用している点を取り上げ、極めつけは、ワルラス『純粋経済学要論』の結論として出される発展しつつある経済における価格変動法則はリカード『経済学と課税』の結論と瓜二つである旨を指摘する。さらにマルクス『賃労働と資本』の市場観はワルラスの市場観と同一という点を取り上げ、リカードマルクス近代経済学の系譜に位置づけることに理由があることも示している。特に面白い指摘は、マルクスも含めて、伝統的に経済学者の市場観が妥当するのは中近東の市場と近代資本主義の一部の市場に限定されており、多くの国々の市場の実情に適合していない点を強調していることである。サミュエルソン自身を取り上げていないが、サミュエルソン、ヒックス、アロー、ドゥブローの一般均衡論とケインズ経済学を並立させて矛盾を意識せずに「新古典派総合」などと自賛している連中に対して手厳しい批判を下していることも意外に思われるかもしれない(何せ森嶋通夫は、LSEのヒックス記念講座教授という名誉あるポストに着任していたのだから)。サミュエルソンの45度線の図を使ったケインズ理論の説明に関しても、「それは幾何学であっても、経済理論ではなく、ケインズ理論の核心を教えるものではさらさらない」と辛辣だ。

 

 もっとも、大学の経済学史の講義とは随分異なるだろうから、本書がテストの点を稼ぐのに資するものであるとは言えない(点取り虫専用のテキストなら山のようにあるだろうし、その程度のものなら数時間あれば頭に叩き込めるだろう)。しかし、そこは世界的な碩学によりなる本書は、また格別な経済学説の歴史を提供してくれる。もっと原基的な場面に立ち返って、経済活動の本質を思考してきた偉大な学者たちの学説を、これまた世界的な経済学者としてその能力を誰も疑わないだろう碩学森嶋通夫がどう捉えていたのか、それを学ぶだけでもそこらの凡百な研究者やアナリストが書いた安直な駄本にはない何かをそれぞれの読者が掴みとれるに違いない。新書の名著というのは、そうした贈り物なのだ。