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反地球市民によるいい加減な書き散らかしノート

圏論的確率論の数理ファイナンスに果たす意味についての感想

伝統的な数理ファイナンスは、すべての市場参加者が単一の確率空間と客観的な確率分布を共有し、どのような出来事に対しても「起きる」か「起きない」かの二者択一で判断を下すという、極めて都合の良い前提の上に築かれてきた。しかし、現実の金融市場で巻き起こるパニックや流動性の蒸発、バブルの生成と崩壊といった現象は、そうした静的で整然とした世界観を根底から裏切るものである。そうした中、圏論、トポス理論、そして層の理論という現代数学の諸成果を応用し、金融理論そのものを本質的かつ公理的に再構築することを目指す動きも見られ、実務家サイドから読んでも面白い論文も出始めている。

 

まず、我々が直面する不確実性を捉え直すことから議論を始めよう。

市場における真のリスクとは、単に「明日の資産価格が上がるか下がるか」という第一段階の不確実性にとどまらない。投資家の行動を真に決定づけているのは、「他の市場参加者たちが何を考えているか」、さらには「他者たちは『その他の人々がどう考えている』と推測しているか」という、無限に反照し続ける予測の連鎖である。これは古くから「美人投票」の例えとして知られているが、この思考の連鎖は、合わせ鏡の部屋に足を踏み入れたかのように、どこまでも続く奥行きを持っている。伝統的な確率論では、このような他者の頭の中に対する予測の重なり合いを単一の数学的対象として捉えることが困難であり、思考の無限ループに陥って計算が破綻してしまっていた。

 

これに対し、構造と関係性を扱う圏論は、「逆極限」と呼ばれる概念を提供する。これは、一階の信念、二階の信念、三階の信念というように、階層を重ねるごとに複雑化していく予測の連鎖を、高階の情報から低階の情報を取り出す操作によって整合的に繋ぎ合わせ、その無限の彼方に存在する一つの完結した構造へと収束させる考え方である。この構成によって得られる普遍的な信念空間は、その内部に「他者の無限の自己参照構造」をあらかじめ完全に包含しきった、安定した一つの世界として確立される。これにより、市場参加者が相互に推測し合う複雑な情報構造や心理的連鎖を、単一の明確な対象として矛盾なく記述できるようになる。

 

とはいえ、それで済む話ではない。次に、意思決定の根本にある「論理」そのものの転換が必要となるだろう。従来の金融理論が前提としてきた古典論理の世界では、あらゆる主張に対して常に「真」か「偽」かのどちらか一方だけが厳格に割り当てられる。価格が「上昇する」か「上昇しない」かの二択しか存在せず、その中間は許されない。

 

しかし、巨大な金融危機や未曾有のショックに見舞われた際、現実の投資家たちが取る行動は、「上がるか下がるかに賭ける」ことではない。圧倒的な情報不足や将来の構造そのものが分からない状況、すなわち「ナイト的不確実性」の下では、人は「上がる」とも「下がる」とも判断を下すことができず、「とりあえず判断を保留し、何もせずに静観する」という選択を取ることがある。こうした様子見や取引停止という行動は、古典論理における「真か偽か」という二者択一の法則が現実の意思決定において明確に機能していないことを示している。

 

ここで登場するのが、直観主義論理の基盤となるハイティング代数という論理体系である。この論理の世界では、ある事象が成り立つこととその否定を足し合わせても、決して全体を網羅することはない。その間に「情報が不足しているために証明も反証もできず、判断を保留している領域」という隙間が数学的に正当な場所として確保される。投資家が実際に売買の注文を市場に流すためには、状況が完全に確証された状態へと収束しなければならない。判断が保留されている間、合理的なエージェントの最適行動は注文を出さずに静観することとなる。パニック時に市場から一瞬にして流動性が消え去り取引がフリーズする現象は、投資家たちの非合理な恐慌心理などではなく、情報が欠損した状況下でハイティング代数に従って情報処理を行った結果生じる、合理的な行動の帰結であろう。

 

さらに、市場における「真理」とは、世界全体で共通する絶対的なものではなく、きわめて局所的で限定的なものであるという事実に突き当たる。これを記述するために用いられるのが、「トポス理論」である。集合論に基づく従来の思考では、真偽の判定は常に誰にとっても同じ一つの結論にしかならない。しかし、トポスと呼ばれる空間の枠組みにおいては、真理の判定そのものが、「どのような状況や文脈、あるいはどの情報領域にアクセスできているか」という広がりに依存して変化する。これを「局所的真理」と呼ぼう。例えば、粉飾決算が隠蔽されている企業内部や、熱狂に包まれた特定の投資家コミュニティという小さな情報領域の内部においては、「この商品は安全である」という命題は疑いようのない「真」として機能し、内部の投資家たちはその局所的な真理に基づいて合理的に買い注文を出す。しかし、より広い市場空間全体に視野を広げたとき、その命題は「偽」であり、他の領域の現実と衝突することになる。

 

トポス理論の視点に立つと、金融史上で何度も繰り返されてきたバブルの発生と崩壊も、人間の愚かさや単なる誤解として片付ける必要がなくなる。バブルとは、ある限定された局所的な領域で正当化された真理が、あたかも市場全体でも通用するかのように不完全に拡大していく伝播のプロセスであり、それが大域的な実体経済の現実と接触した瞬間に、整合性を失って一気に崩壊へと相転移する幾何学的な現象として再定義されるのである。

 

こうした局所的な情報がどのように集積され、市場全体の大域的なデータへと貼り合わされるのかを追及する上で不可欠となるのが「層の理論」である。市場の個々のプレイヤーがアクセスできるのは、全体のほんの一部である局所的な領域に過ぎない。平常時の効率的な市場においては、各トレーダーが提示する気配値やデータといった局所的な断片は、重複する領域で矛盾なく合致し、市場全体として一意で滑らかな価格体系へと綺麗に貼り合わされる。すなわち、市場が正常に機能している状態とは、データが数学的に「層の条件」を満たしている状態に他ならない。

 

しかし、市場に急激なショックが加わると、この貼り合わせの構造が根底から破綻する。個々の領域内部では整合的で問題のない価格が形成されているにもかかわらず、それらを接続する重複領域で食い違いが生じ、市場全体として一貫した価格体系が存在できなくなるという「幾何学的なバグ」が発生するのだ。この「局所的には正しいが、大域的には矛盾している」という不整合の総量を測定するのが、位相幾何学における「コホモロジー」と呼ばれる手法である。コホモロジーによって得られる障害の指標は、単なる価格の乱高下という結果ではなく、市場データの繋ぎ目における構造的な歪みを直接捉える。これは、価格の振幅が実際に爆発する前段階で跳ね上がるため、市場のクラッシュや流動性蒸発を事前に察知する超早期警戒シグナルとして機能する。

 

市場がこのような不整合な状態に陥った時、それを放置しない力学として「裁定取引」が存在する。異なる領域間で価格の食い違いが生じている場合、裁定取引者はその歪みを利用して取引を行い、重複領域の価格差を物理的に押し縮めようとする。プレ層と呼ばれる不整合なデータ構造から、貼り合わせ条件を満たす真の「層」へと一意に修復する数学的操作を「層化」と呼ぶ。裁定取引者の介入プロセスは、まさに不整合な市場データを幾何学的に修復して一貫した大域的価格を復元する「層化のダイナミクス」そのものとして描かれる。

 

確率論のモナド的再構築、不確実性の無限階層、ハイティング代数による判断保留、トポスの局所的真理、および層とコホモロジーによる市場歪みの定量化という一連の幾何学的・代数的基盤が確立される。これらの構造的枠組みは、伝統的なモデルが切り捨ててきた人間的な迷いや情報の不全、局所的な歪みを本質的な骨格として鮮やかに捉え直すものであり、伝統的モデルの再解釈やシミュレーション、さらには実務や政策への実装へとつながる土台となりうるのではないかと。読む者をわくわくさせるものだ。

 

こうした圏論的確率論の数理ファイナンスに果たす意味を考えていく上でも、数理ファイナンスの歴史において最も象徴的な理論的骨格である二項ツリーモデルなどの離散モデルと、ブラック=ショールズ方程式に代表される連続時間モデルとの関係性の再解釈から見直してみよう。

 

伝統的な確率論では、分割数を無限大に飛ばした際に確率変数の分布が極限的に弱収束するという確率解析的説明がなされてきた。しかし、この従来の収束の議論は、点や確率密度が極限で近づくことを示すにとどまり、モデルが本質的に保持している無裁定性や価格評価の代数的骨格そのものが極限操作の前後でどのように保存されているかという問題に対して完全な解答を与えてはいなかった。

 

これに対し、圏論の視点は、離散モデルの系列と連続モデルの関係を「圏」の間を結ぶ関手とその逆極限として再定義する。分割数を細分化していく操作は二項ツリーモデルの圏の系列を構成し、その逆極限をとることにより連続時間モデルの圏が一意に導出される。この関手的定式化により、各離散モデルにおいて成立していた無裁定条件やマルチンゲール性が、極限操作を通じても何一つ欠損することなく連続モデルへ完全に保存されるという普遍的構造保存が証明される。これにより、ブラック=ショールズ方程式は単なる連続時間の微分方程式という計算ツールではなく、あらゆる無裁定離散モデルが従うべき普遍的な代数的対象として再定式化されるわけだ。

 

この関手的思考は、伝統的モデルが抱えていた現実市場との乖離を解消するアプローチを提供する。例えば、オプション市場において常態化しているボラティリティ・スマイルやスキューという現象に対し、従来のクオンツファイナンスは、ジャンプ過程や確率的ボラティリティといった複雑な確率微分方程式を天下り的に与えて当てはめを行ってきた。

 

しかし、圏論的アプローチは、各投資家が保持する「主観的フィルトレーション」の構造的差分に着目する。投資家ごとに異なる情報アクセスの構造を共通の市場空間へ引き戻し、貼り合わせる際に発生する「情報の非平坦性(曲率)」を抽出することにより、複雑な確率過程を仮定することなく、主観的情報の位相的差分からボラティリティ・スマイルが自然な幾何学的帰結として導出される。さらに、アメリカン・オプションのロバスト最適停止問題や、株式・金利・信用リスクが複雑に交差する複合的なハイブリッド商品の評価においても、異なるリスクモデルの圏を「テンソル積」を用いて統合することで、モデル間の相互作用を一貫した代数系として安全に制御することが可能となる。

 

これらの理論的知見は、コンピュテーショナルなマルチエージェント人工市場シミュレーションの設計へと直接的に実装される。従来の人工市場モデルは、エージェントの行動ルールや意思決定をブール代数的に記述し、ヒューリスティックなパラメータ調整に依拠してきたため、パニック時における市場全体の論理的相転移を精密に再現することが困難であった。トポスおよび層の理論を基盤とする人工市場においては、市場空間そのものがコンテキストの広がりを持つトポスとして構築され、各エージェントの意思決定論理はハイティング代数に従う。情報が不十分な状況下では、エージェントの真理値は自動的に「判断保留」へと割り当てられ、静観行動が自然に発生する。そして、エージェントたちが提示するミクロな注文の不整合は層のプレ層状態として表現され、取引所の板マッチングエンジンはまさに「層化関手」の作用そのものとして機能する。裁定取引エージェントの介入と層化の作用を通じ、不整合な注文流が整合的な市場一意価格へと収束していくプロセスが、幾何学的計算として厳密にシミュレートされる。

 

実務におけるアルゴリズム・トレードやリスク管理の領域においても、この幾何学的パラダイムは決定的な革新をもたらす。従来のボラティリティ指標やリスク量(VaRなど)は、すべて価格の乱高下という結果が発生した後に数値が跳ね上がる「遅延指標」に過ぎない。これに対し、層の1次チェーハ・コホモロジー群が測定する障害の指標は、価格自体が爆発する前段階において気配値や局所データが滑らかに繋がらなくなっている歪みを直接捉えるため、フラッシュ・クラッシュや流動性蒸発を発生直前に察知する超早期警戒シグナルとして機能する。高頻度取引アルゴリズムはこのコホモロジー的シグナルをリアルタイムで監視し、閾値を超えた瞬間に自動でポジションを削減することで、未曽有のショックによる被害を回避する。また、分散型金融(DeFi)などで用いられる自動マーケットメイカー(AMM)においても、不確実性の度合いに応じて流動性供給曲線の幾何学的形状を動的に相転移させる「トポス的AMM」の構築が可能となる。

 

さらに、金融規制や制度設計の政策的観点においても、視点の根本的な転換が迫られる。従来のマクロ・プルーデンス政策やストレステストは、個別機関の自己資本比率といった定型的な数値の監視に偏重していた。しかし、金融危機の本質は個別機関の不健全性そのものよりも、ネットワーク全体における「局所情報の連鎖的断絶(層の貼り合わせの破綻)」に存在する。中央銀行や規制当局が市場全体を「層」としてリアルタイムに監視する時、コホモロジー解析は、どの市場インフラや結節点において不整合(バグ)が発生しているかを幾何学的にピンポイントで特定する。当局は市場全体へ無差別に巨額の資金を注入するのではなく、その「トポロジー的切断点」に対して限定的に流動性を補給し、層の修復(層化の支援)を行うことで、最小の政策コストでシステム全体の一括崩壊を未然に防ぐことができるようになる。

 

このような理論の展開においては得てして、計算機科学やプログラミング言語論からの要請に基づく実用主義的なコード化・形式検証が主導されてきた。対して、抽象数学(代数幾何学、トポス理論、層のコホモロジー)と厳密な確率論的骨格を高次元で融合させるスタイルである点が際立っている。なぜ従来の確率論では不完全性を捉えきれないのか、情報とはいかなる幾何学的構造を持つのか、という数理ファイナンスの存在論的根底に光を当てる研究でもある点で、実務家にとっても興味深い研究になっている。

 

実務への実装には抽象度の壁や既存システムとの親和性といった課題が残るものの、暗号資産やDeFiの高度化、さらには金融行政におけるSupTechへの関心の高まりとともに、このアプローチは次世代のグローバルスタンダードを提示し得るポテンシャルを秘めているのではないだろうか。つまり、単なる数学的抽象化の誇示ではなく、不確実性に満ちた現実の金融市場を正しく理解し制御するための構造的パラダイムシフトである。

 

金融市場とは、人間の主観的確信、希望、恐怖、そして未開の将来に対する予測が複雑に交錯する巨大な複雑系である。この複雑さを前にした時、対象を単一の平均値や単純な標準分布に無理やり押し込めるアプローチは限界を迎えている。我々に求められているのは、複雑さを複雑な構造のまま、美しく厳密に捉えきるための新しい言語に他ならない。圏論、トポス、そして層の幾何学は、まさにそのために与えられた思考の架け橋となりうるだろう。

 

このような圏論の知見を導入した数理ファイナンス理論の構築という試みは、従来の標準的な金融工学が暗黙のうちに依存してきた基礎的仮定に対して強烈な問いを投げかけるものであり、その問題意識の鋭さと理論的野心において極めて興味深い。

 

再度確認する通り、伝統的な数理ファイナンスは、すべての市場参加者が単一の確率空間や確率分布を共有し、事象の真偽が排中律に従って一義的に定まるという古典論理の世界を前提としてきた。しかし、現実の市場危機や流動性の蒸発、あるいは集団心理によるバブルの拡大といった現象は、そうした単一で滑らかな数学的フレームワークの範囲内では確率統計的な異常値として処理されがちであった。

 

これに対し、市場参加者が互いに他者の心理を推測し合う「信念の無限階層」を圏論における逆極限として定式化し、パニック時における投資家の「判断保留」を直観主義論理における排中律の破綻として位置づけ、さらに市場データの不整合を層の1次チェーハ・コホモロジー群によって定量化するという画期的な手法を提示した。概念のレベルにおいて従来のモデルが抱えていた不全を根本から解体し、現代幾何学・代数学の言語を用いて複雑な構造をそのまま扱う足がかりを築いた点は無視できない。

 

しかしながら、この構造的パラダイムシフトが持つ目覚ましい理論的魅力に感銘を受ける一方で、実務的な観点からは、なお二三の疑問点や課題が残されているだろう。

 

第一の疑問は、圏論やトポスという抽象的言語が、実務や分析で真に要求される具体的な数理的・数値的計算可能性とどのように結びつくのかという点である。圏論は数学の構造を俯瞰・整理するための洗練された言語であるが、言語としての洗練性と、それを用いて具体的な数値予測や価格計算が行えることの間には大きな隔たりが存在する。従来の確率微分方程式のアプローチが実務で普及したのは、最終的に偏微分方程式の数値解法やモンテカルロ・シミュレーションによってオプション価格やヘッジ比率という明確な実数を導き出せたからである。離散モデルから連続時間への収束が無裁定性を保存する関手として定式化されたとしても、それによって明日または数分後のリスク量を具体的にどのような算術手順で計算し売買注文に落とし込むのかという、具体策への変換経路は未だ不透明である。普遍性を追求するあまり、具体的な数値データを扱う際の計算が置き去りになってしまう懸念が拭えない。

 

第二の疑問は、理論の根底にある数学的構造が現実の市場データからどの程度直接的に観測・推定可能であるかという実証上の限界である。理論上では投資家の信念の無限階層や、各エージェントがアクセス可能なトポス的情報領域が定義されるが、実際の金融市場において外部の分析者や規制当局が観測できるのは、板情報、約定価格、取引量といった限定された結果データの時系列に過ぎない。個々の投資家がどのハイティング代数に従って思考しているのか、あるいはどの情報領域内部で局所的真理を形成しているのかという内部構造そのものは、原理的に不可視のブラックボックスである。観測不可能な内部構造を前提としてモデルを組み上げた場合、それが現実のデータに当てはまらない時にモデルの構造定義が間違っていたのか観測データが不足しているのかを識別することが極めて困難になる。

 

第三の疑問は、層の1次チェーハ・コホモロジー群を用いた市場歪みの測定というリスク管理への応用に関する現実的な実用性についてである。コホモロジーによる障害の検出は、データが滑らかに繋がらない幾何学的バグを検出するアイデアとして非常に斬新である。しかし、実際の市場構造においては、平常時であっても注文の到達遅延やスプレッドの開き、あるいは単なるノイズによって局所的なデータの不整合は常に微小に発生している。コホモロジー的指標が検出した不整合が、単なる一時的なノイズなのか、それとも市場全体を崩壊させるような決定的な構造破綻の兆候なのかを即座に判別するための基準やしきい値をどのように設計するのかが課題となる。ノイズとシグナルの切り分けが困難であれば、高頻度取引アルゴリズムへの実装において誤作動を引き起こすか、あるいは計算コストの重さから決定的なショックの発生にリアルタイムで対応できないという実用上のボトルネックに直面する可能性がある。

 

以上の疑問点が残るものの、この試みの価値を減じるものではなく、むしろ提示された新しい幾何学的・代数的パラダイムがこれから現実の金融理論および実務へと着陸していくために越えるべき建設的なハードルなのだろう。数理ファイナンスの歴史を振り返れば、かつて伊藤清による確率解析が金融工学へと応用された際も、当初はあまりに抽象的な純粋数学とみなされていた。圏論、トポス、そして層の理論を用いたこのアプローチもまた、金融市場という巨大な複雑系を正しく記述するための新しい数学的言語として潜在力を秘めている。次に実務家サイドがやるべきことは、この概念的枠組みをベースとしながら、具体的な数値計算アルゴリズムへの落とし込み、高頻度板情報などを用いた実証的コホモロジー解析の検証、さらには観測不可能な信念構造と観測可能な市場データをつなぐ推計手法の開発といった課題に取り組むことであろう。

日本の安全保障と核の問題

国際政治学という学問の展開を分析する上で、日米両国における学術と現実政治(政策決定)の接続構造の違いを理解することはきわめて重要である。米国において、国際政治学は単なる大学の講義室に閉じ閉じこもった抽象的な概念論ではない。それは国家の大戦略(Grand Strategy)を策定し、グローバルな金融・産業リスクを予測し、安全保障上の実事求是な判断を下すための「実用知」として機能している。

 

この実用性を支えているのが、米国独特の政官学・財界をまたぐ人材の流動性と、充実したシンクタンク生態系である。ワシントンD.C.に拠点を置くCSIS(戦略国際問題研究所)、ブルッキングス研究所、ランド研究所、あるいは外交問題評議会(CFR)といったシンクタンクは、単なる研究機関にとどまらない。政権交代ごとに官民を行き来する「回転ドア(Revolving Door)」の役割を果たし、アカデミズムで培われた理論が直ちに国家安全保障会議(NSC)や国防総省、国務省の論理へと落とし込まれる構造が組み上げられている。

 

さらに、ウォール街をはじめとする米国の金融界やグローバル企業においても、地政学リスク分析は膨大な資金動員や投融資決定に直結する核心的な能力とみなされている。したがって、理論の現実適合性や実証性が厳しく問われる環境が自然発生的に形成されており、リアリズム現実主義やネオリアリズムの枠組みは、国家や市場が「どのように動くか」を冷静に予測するための不可欠なツールとして洗練されてきた。

 

これに対し、日本の学術環境における国際政治学の置かれた状況は対照的である。日本には米国のような巨大なシンクタンク生態系が存在せず、政治家や官僚、学者、民間アナリスト間の流動性も極めて乏しい。結果として、学術界で議論される「国際政治学」と、外務省や防衛省などの省庁が実務で行う政策立案との間には深い溝が刻まれたまま放置されてきた。この構造的断絶こそが、日本の国際政治学を現実の安全保障環境から遊離させ、特定の観念論へと傾斜させる要因となっている。

 

戦後日本の国際政治学と言論空間における最大の対立軸は、いわゆる「理想主義(平和主義)」と「現実主義」の対抗であった。しかし、この対立構造自体が、欧米の学術的文脈から見ればきわめて異質であり、日本固有の歴史的文脈によって歪められたものであった。日本の「理想主義」の象徴的知性としては、東京大学の坂本義和らが挙げられる。坂本らに代表される平和主義の論理は、日本国憲法第九条の精神を絶対的価値とし、「非武装中立」や「非暴力による平和」を理想として掲げた。この言論は、先の大戦への猛烈な反省と「二度と戦争を繰り返さない」という国民の心情に強く訴えかけ、戦後日本の言論界、とりわけ総合雑誌(『世界』など)や大手メディア、教育現場において強固な覇権を握った。一方、これに対抗する形で「現実主義」の立場を採ったのが、高坂正尭や永井陽之助らであった。高坂や永井は、国際社会が中央政府の存在しない「アナーキー(無政府状態)」であり、国家の安全保障は単なる善意や倫理観ではなく、パワー・バランス(勢力均衡)と外交的駆け引きによってのみ維持されるという冷徹な事実を直視しようと試みた。高坂の『国際政治』(1966年)や、永井の『平和の代償』(1967年)は、観念的な非武装論に陥っていた当時の言論空間に一石を投じ、日米安全保障条約の合理性や現実的な防衛力の必要性を主張した。

 

しかし、ここで見落としてはならないのは、日本のこの対立構造が、米国の学術的対立(例えばモーゲンソーらの古典的リアリズムと、イデオロギー的介入主義やリベラル国際主義との対立)とは全く異質の文脈で展開された点である。日本の「理想主義」は、国際学術界における「リベラリズム(制度論や相互依存論)」というよりは、冷戦下における「対米批判・ソ連/中国への親近感」を伴った非武装中立論であり、国内の政治闘争(55年体制下の自社対立)と密接に結びついていた。他方、日本の「現実主義者」と目された論者たちも、独立した国家としての「自主防衛」や「独自の核抑止」といったリアリズムの極論に踏み込むことは避け、あくまで「米国による拡大抑止(核の傘)の枠組みをいかに受け入れ、維持するか」という枠内での現実主義(=与えられた日米同盟構造の最適化)にとどまる傾向が強かった。

 

日本の戦後言論空間を長く支配した「非武装中立」という思想は、国際政治学の学術的知見から見れば、論理的な矛盾と飛躍に満ちたものであった。国際政治学におけるネオリアリズム(構造的現実主義)の開拓者であるケネス・ウォルツが明快に整理したように、国際社会の本質構造は「アナーキー」である。アナーキーとは「無秩序」を意味するのではなく、「諸国家の上に立つ高次の警察力や中央政府が存在しない状態」を指す。このようなシステムの下では、どの国家も最終的には自らの力によって身を守るほかないという「自助(Self-help)」の原則が強制される。もし一国が自ら武装を放棄し、「非武装」を宣言したならば、アナーキーな国際社会において発生するのは相手国の善意による平和の訪れではない。それは単に「力の空白」を生み出し、近隣の覇権主義国家に対して攻撃や威圧の強固なインセンティブ(誘因)を与えることに他ならない。これはゲーム理論における利害状況や、パワー・バランスの崩壊がもたらす悲劇的帰結として、国際政治理論上きわめて明瞭に説明される現象である。

 

しかし、戦後日本の「非武装中立」論者たちは、こうした冷徹な学術的・構造的ロジックを直視することを拒絶した。「日本が武装を放棄し、他国に脅威を与えなければ、他国もまた日本を攻撃しない」という前提は、相手国の意図に対する根拠のない希望的観測に依拠していた。この観念論が長期間にわたって日本社会で支持を集め得たのは、ひとえに日米安全保障条約と米国の圧倒的な軍事力(拡大抑止)という実質的な軍事力によって日本の安全が担保されていたからに他ならない。すなわち、非武装や憲法九条の平和主義を叫ぶ人々自身が、自らが否定・不信の対象としていた「米国の軍事力」によって守られているという巨大な自己矛盾(フリーライダー状態)の上に、日本の平和主義言論は成り立っていたのである。このように、学術的な理論(アナーキー下における自助と抑止の理論)と、国内の言論(感情的・倫理的な非武装論)とが何重にも乖離したまま定着したことこそが、戦後日本における国際政治学の最大の「構造的歪み」であった。

 

戦後日本の国際政治学と安全保障議論が抱えた歪みは、単に「左派の非武装中立論」だけに起因するものではない。左派の観念論と対峙する形で現れた保守・右派の側にも、もう一つの重大な歪みが存在していた。それが「従米派ニセ現実主義」と呼ぶべき言論体質である。

 

本来、国際政治学におけるリアリズム(現実主義)とは、自国の国家利益(National Interest)を冷徹に定義し、同盟国であっても利害が一致しない局面が存在することを当然の前提とする思想である。ハンス・モーゲンソーやハルフォード・マッキンダー、あるいは冷戦期のリアリストたちが示してきたように、「同盟」とは不変の友愛関係ではなく、共通の脅威に対抗するための過渡的かつ戦略的な計算の産物にすぎない。

 

しかし、日本の保守派や外務省を中心とする主流派「現実主義者」たちの多くは、米国に対する絶対的な従属と順応を「現実主義」と錯覚していった。彼らは「自主防衛能力の構築」や「独立した国家としての戦略的選択肢の拡大」といった、真のリアリストであれば直視すべき課題から目を背け、いかに米国に嫌われないか、いかに「日米同盟の維持」そのものを自己目的化するかという思考停止に陥った。ここにおいて、戦後日本の安全保障言論は二つの極に分裂し、固定化されることとなった。一つは、左派の「理想主義(観念的平和主義)」で、国際秩序のアナーキー性とパワーの役割を無視し、憲法九条の理念のみで平和が保たれると信じる現実逃避。もう一つは、右派・与党の「従米ニセ現実主義」で、自国の防衛を全面的に米国に依存し、米国の世界戦略(時には無謀な軍事介入)に無批判に追従することを「現実的判断」と称する思考停止。この双方は、一見すると激しく対立しているように見えながら、「自国が主体的な防衛能力と戦略的意思を持ち、冷徹なパワー・ポリティクスの当事者として立ち上がることを回避する」という一点において、構造的に補完し合っていたと言える。米国の国際政治学が、国家の生存と覇権の維持という苛烈な要求に応えるための「牙を持った実用知」として発達したのに対し、日本の国際政治学と関連言論は、米国の庇護(または押し付けられた構造)という温室の中で、観念的な空論と対米従属の言い訳に終始してきた。この構造的歪みと学術的格差こそが、冷戦が終結し、東アジアのミリタリーバランスが劇的に変化した現代においてもなお、日本が適切な大戦略を描き得ず、漂流を続ける根本原因となっているのである。

 

米国外交を分析する際、日本の言論空間でしばしば用いられる「民主党=平和主義のリベラル」「共和党=好戦的なタカ派」という単純な二元論は、現実の外交史と戦略思想を大きく見誤らせる原因となる。米国の外交政策を真に理解するためには、政党のラベルではなく、「リベラル覇権主義(Liberal Hegemony)」「リアリズム(現実主義)」「ネオコン(新保守主義)」といった思想的枠組みの錯綜と歴史的脈絡を解き明かさなければならない。

 

米国外交の基層には、建国以来の「丘の上の町(City upon a Hill)」に象徴される例外主義(Exceptionalism)が存在する。これは、米国という国家が普遍的な民主主義や人権、自由市場経済という価値観を体現しており、その価値観を世界に広める責任を負っているという強い理念的確信である。この例外主義を世界展開の原動力とするのが「リベラリズム」の外交路線である。ここで特に注目すべきは、一見すると保守派の象徴のように扱われる「ネオコン(新保守主義)」の思想的出自である。ネオコンの思想的ルーツは、共和党の伝統的保守主義ではなく、1960年代から70年代にかけて民主党の過激な左傾化や反戦運動に失望した介入主義的な「元・民主党最左派」や「トロツキスト(新左翼反スターリン主義者)」たちの論客空間(『ノーマン・ポドレツの『コメンタリー』誌や『パブリック・インタレスト』誌など)に由来する。彼らは「世界に民主主義を革命的に輸出・伝播させる」という、旧トロツキスト的な「永久革命論」の構造をそのまま保持したまま、その手段を自らの信奉する米国型民主主義と軍事力に置き換えたのである。即ち、ネオコンの本質とは「軍事力行使を辞さない好戦的リベラリズム」の極限形態に他ならない。したがって、民主党の「リベラル国際主義者」と共和党内の「ネオコン」は、使う言葉(人権や民主主義対テロとの戦いや国家安全保障)こそ異なれ、いずれも「米国の価値観を世界に適用し、必要であれば武力介入をもって異質な体制を変革(Regime Change)してよい」という普遍主義的・介入主義的な世界観を共有している。

 

日本の平和主義者やメディアは、民主党政権やリベラル派の外交姿勢を「人権重視で平和的」と好意的に解釈しがちである。しかし、近代・現代の外交史を冷徹に振り返るならば、国際社会において最も壊滅的で血生臭い大戦や軍事介入を決断し、推進してきたのは、他ならぬ「リベラリスト」たちであったという歴史的事実に行き着く。

 

第1次世界大戦に参戦し、理想主義的な国際連盟構想を唱えたウッドロウ・ウィルソン以降、米国を世界的規模の大戦へと引き込んだのは、ことごとく民主党のリベラル政権であった。第2次世界大戦において、開戦前から過酷な経済制裁(対日石油禁輸など)をもって日本を追い詰め、最終的に対日戦・対独戦へと足を踏み入れさせたのは、フランクリン・ルーズベルト政権である。そして、その戦争を絶滅戦へと変貌させ、広島・長崎への原子爆弾投下という人類史上の惨劇を決断したのは、同じく民主党のハリー・トルーマンであった。彼らは「民主主義の防衛」や「ファシズム打倒」という倫理的正当性を掲げることで、無制限の力(トータル・ウォー)を行使することを自己正当化した。戦後の冷戦期においても同様である。ベトナム戦争という泥沼の介入を本格化させたのは、リベラリズムの寵児であったジョン・F・ケネディと、その意を汲んだリンデン・ジョンソン政権であった。彼らの周りを固めたのは「ベスト・アンド・ブライテスト」と呼ばれたハーバード出身のエリート政治学者や官僚たちであり、彼らは「共産主義の拡大を防ぎ、東南アジアに自由と民主主義を守る」という至高のミッションを確信して介入を拡大させ、結果として泥沼の空爆(ラインバッカー作戦等)と膨大な犠牲を生み出した。さらに冷戦終結後、ソ連という対抗軸が消失したことで、米国の「リベラル覇権主義」はその歯止めを完全に失った。ビル・クリントン政権は「人道主義的介入」の名のもとにソマリアやバルカン半島(コソボ紛争)へ空爆を行い、主権国家の概念を骨抜きにした。また、バラク・オバマ政権下では「アラブの春」に乗じたリビアのカダフィ政権崩壊への軍事介入やシリア内戦への介入が行われ、その結果として中東全域に巨大な「力の空白」が生み出され、「イスラム国(IS)」の台頭や欧州を揺るがす深刻な難民危機が惹起された。

 

リベラリストたちは「正義」「人権」「自由」という善意のイデオロギーを絶対化するがゆえに、相手国の歴史的・文化的文脈や地政学的リアリティを無視して体制転換を試みる。そして、自らの正義を絶対視するがゆえに、戦争の目的が自制されず、無制限な破壊と地域の永続的混乱を引き起こすのである。


こうしたリベラリズムの「レトリック(理想主義的表象)」と「リアリティ(冷徹な戦略行動)」の解離を最も鮮やかに象徴しているのが、バラク・オバマ政権の安全保障政策である。2009年、オバマ大統領はプラハにおいて「核兵器のない世界(A world without nuclear weapons)」を目指すと宣言し、この演説一つでノーベル平和賞を受賞した。日本のメディアや「反核・平和運動」団体はこのパフォーマンスを熱狂的に歓迎し、米国が理想主義的な核軍縮へ舵を切ったかのように喧伝した。

 

しかし、そのパフォーマンスの裏側で実行された冷徹な現実的施策を検証すれば、リベラリズムの言説がいかに欺瞞的であったかが露呈する。オバマ政権は、プラハ演説の陰で、米国の核戦力を今後30年間にわたり維持・近代化するための巨額の予算計画(1兆ドル規模)を議会に要求し、承認させた。B61-12などの精密誘導が可能な戦術核兵器の開発や、核弾頭の信頼性維持・更新のための研究投資は、むしろオバマ政権下で強固に進められたのである。また、「平和の使者」と謳われたオバマは、従来の正規軍による大規模地上介入の世論リスクを避けるため、無人攻撃機(ドローン)による殺害作戦(Targeted Killing)を前政権(ブッシュ政権)の数倍以上の規模で激増させた。パキスタン、イエメン、ソマリアなどにおいて、裁判の手続きを経ることなく「テロリストの疑いがある者」をドローン攻撃で即決処刑し、その過程で多数の民間人巻き添え(コラテラル・ダメージ)を生み出した。正当な手続きを無視したこのドローン作戦こそ、リベラリズムが孕む「法の支配の無視」と「非人道性」の露出であった。さらに、オバマの「核なき世界」のレトリックには、東アジアにおける対日戦略上の明確な計算、すなわち、米国のreassurance strategy(再保証・安心化戦略)と日本の核武装封じ込めが組み込まれていた。北朝鮮が核実験とミサイル開発を加速させ、中国が急速な軍拡と海洋進出を進める中で、日本国内において「自主防衛」や「独自の核抑止論」が台頭することは、米国にとって自国のコントロールを離れる最大の地政学的リスク(不確定要素)であった。オバマは「核なき世界」という甘美な理念を提示し、被爆地・広島を訪問して「感動的な」パフォーマンスを演じることで、日本人の「反核感情(核アレルギー)」と「平和主義的テーゼ」を強く再固定化した。日本国民に「核の持ち込みや保有の議論自体が邪悪である」という観念を植え付け続けることによって、日本が自主防衛や独自の抑止選択肢へ向かう芽を未然に摘み取り、米国への安全保障上の従属関係を永続化させようとしたのである。

 

このように、米国のリベラリズム(リベラル国際主義)とは、決して「平和を愛し、戦争を回避する温和な思想」などではない。それは、自国の価値観を絶対的な正義と信じ、他国の主権や伝統、パワーの均衡を無視して介入を繰り返し、世界を自己のイメージ通りに再構成しようとする、きわめて過激で好戦的なイデオロギーなのである。ジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)がその著書The Great Delusionで痛烈に批判したように、米国の外交政策がリアリズムを捨て、リベラル覇権主義に狂奔した冷戦後の30年間は、世界に自由と民主主義をもたらすどころか、中東の崩壊、ロシアとの決定的な対立(ウクライナ危機の伏線)、そして中国の巨大化という未曽有の不安定化をもたらした。

 

しかし、日本の言論界や政治家たちの多くは、この「リベラリズムの正体」を理解する知性を欠いていた。日本の保守派・従米派は、米国のリベラル政権が掲げる「民主主義の擁護」や「人道支援」というお題目を無批判に受け入れ、イラク戦争や中東の混乱を招いた米国の無謀な体制転換作戦に盲目的に関与・支持を表明してきた。一方で、日本の左派・リベラル派は、オバマらに代表される民主党政権の理念的パフォーマンスにまんまと騙され、「米国も核なき世界を目指している」という幻影に溺れることで、自国の過酷な安全保障環境(中露朝の核・軍事脅威)から目を背け続けた。米国のアカデミズムや実務空間において、リベラリズムの自己破綻に対する猛烈な反省と批判が巻き起こり、リアリズムへの回帰(抑制主義の再評価)が議論されている現代においてもなお、日本社会だけが「米国のリベラリズム」という化石化したフィクションを信じ込んでいる。日本が自国の国家主権と平和を本気で守ろうとするならば、まず米国の外交言説の裏にある「正義の仮面をかぶった介入主義」の欺瞞を打ち破り、国際社会を動かしている真の力学、すなわち冷徹なパワー・ポリティクスとリアリズムの理論構造を直視しなければならない。

 

国際政治学において、「リアリスト(現実主義者)」という言葉は、しばしば「軍事力を礼賛し、力による威嚇や戦争を肯定する武闘派・好戦家」という著しい誤解をもって受け取られてきた。しかし、思想的史実を検証するならば、この認識は決定的に間違っている。真のリアリストたちこそが、不必要な戦争や無謀な軍事介入に対して最も激しく反対し、軍事力の行使に対して極めて慎重かつ抑制的な姿勢を保ち続けてきたからである。

 

現代リアリズムの祖であるハンス・モーゲンソー(Hans Morgenthau)は、1960年代、米国が泥沼のベトナム戦争へ足を踏み入れる際、いち早くその危険性を予見し、明確に反対の声を上げた。モーゲンソーは、ベトナムにおける戦争が米国の核心的国家利益になんら寄与せず、かえって米国の国力と国際的威信を浪費させる「理念の暴走」であると見抜いていた。同様の姿勢は、構造的現実主義(ネオリアリズム)を確立したケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)や、ジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)、スティーヴン・ウォルト(Stephen Walt)らにも一貫している。彼らは2003年のブッシュ政権によるイラク戦争に対して、開戦前の段階でニューヨーク・タイムズ紙に共同広告を出し、「イラク侵攻は米国の国益に反し、中東全体を未曽有の混乱に陥れる」と激しく警告した。また、軍人出身の第34代大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが退任演説で「軍産複合体(Military-Industrial Complex)」の不当な影響力拡大に警告を発したように、軍事力の本質を知り尽くしたリアリストほど、武力という手段が持つ予測不可能性と破壊的リスクを熟知している。

 

リアリズムにおいて、軍事力とは「自己目的」でも「イデオロギーを広めるための道具」でもない。それはあくまで、アナーキー(無政府状態)な国際社会において自国の生存を確保し、他国からの侵略を未然に防ぐための「最終的な抑止力(Deterrence)」に過ぎない。リアリストにとって、戦争とは外交と抑止の失敗を意味するのであり、軽々しく行使すべき玩具では断じてないのである。

 

冷戦終結後、米国が「リベラル覇権主義」に傾倒し、世界各地で体制転換(Regime Change)や国家建設(Nation-building)という無謀な介入を繰り返す中で、この暴走に対する強烈なアンチテーゼとして提示されたのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)のバリー・ポーゼン(Barry Posen)が提唱した「抑制(Restraint)」の大戦略である。ポーゼンは著書Restraint: A New Foundation for U.S. Grand Strategyにおいて、冷戦後の米外交が採用してきたリベラル覇権主義を「高コストで不毛、かつ逆効果を生む失敗の戦略」と一向に切り捨てた。米国が自らの価値観を世界に押し付け、他国の内政に介入すればするほど、現地でのナショナリズムの反発を招き、テロリズムを誘発し、ロシアや中国といった潜在的対抗勢力の結束を促してしまうからである。

 

ポーゼンが対案として提示した「抑制」の戦略の根幹は、以下の通りである。一つは、核心的国益の厳格な絞り込み、すなわち米国の生き残りと繁栄にとって不可欠な領域(西欧・東アジア・ペルシャ湾)のパワーバランス維持に集中し、周辺地域の微細な政情変化には関与しないこと。もう一つは、過剰な前方展開の縮小、すなわち他国に恒常的に膨大な地上軍を駐留させることをやめ、海洋国家としての強みを生かした「オフショア・バランシング(海上からの遠隔平衡)」へ移行すること。さらに、同盟国へのフリーライダー許容の廃止、すなわち米国の過保護な「安全保障の傘」が、同盟国(欧州や日本)の自立心を奪い、自国の防衛努力を怠らせる「モラル・ハザード」を生んでいると指摘し、同盟国に対して自国の防衛責任を自ら果たすよう強く要求すること。

 

この「抑制主義」は、単なる孤立主義(Isolationism)への逃避ではない。自らの力を無駄遣いせず、真の脅威(中国などの巨大覇権国の台頭)に対して余力を温存し、自国の生存を確実にするための冷徹な計算に基づいた戦略的自制である。リベラルな「理想」で世界を改造しようとする野望を捨て、国家の能力の限界を弁え、相手国のバランシング行動を正しく予測する。このポーゼンらの「抑制主義」こそが、冷戦後の混乱を経て再評価されている真のリアリズムの姿である。

 

翻って、日本の安全保障言論や政策決定の場を支配してきた「自称・現実主義者」たちの姿は、真のリアリズムからいかに遠く離れたものであったか。日本の外務省官僚、保守系政治家、そしてメディアや大学に蠢く「現実主義」を自称する学者たちの多くは、実のところリアリズムの哲学を体現していたのではなく、単なる「対米従属の技術者」に過ぎなかった。彼らの「現実主義」の真骨頂は、2003年のイラク戦争において露呈した。米国のブッシュ政権が「大量破壊兵器の存在」という(後に虚偽と判明する)大義名分を掲げてイラクへ侵攻した際、米国の本物のアカデミック・リアリストたち(ミアシャイマーやウォルト)が命がけで開戦反対の理論を展開していたのとは対照的に、日本の自称・現実主義者たちは揃ってこの無謀な戦争を支持・容認した。彼らが主張した理由は、「国際法上の正当性」や「中東の安定」ではなく、「米国との信頼関係を維持するため」「米国に貸しを作るため」という、徹底して主客が転倒したものであった。自国の独立した地政学的分析や国益の計算に基づく判断ではなく、「親分(米国)がやるのだから子分として従う」こと自体を「現実的判断」と取り違えたのである。

 

このような思考停止の従米派は、ワシントンの知日派(ジャパン・ハンドラーズ)や国務省の官僚たちから、どのように見られていたか。米国の戦略家たちにとって、自国の提示する方針に二言目には従い、独自の明確な大戦略も持たず、金と基地だけを提供し続ける日本の従米派は、「きわめて扱いやすい都合の良い存在」であると同時に、「戦略的知性を欠いた軽蔑の対象」でもあった。同盟とは、本来「国益が一致する範囲内において協力する過渡的な協定」である。リアリズムの観点に立てば、同盟国の行動が自国の国益を著しく損なう(あるいは世界を不安定化させる)と判断した場合には、距離を置き、独自行動をとる「フリーハンド(戦略的柔軟性)」を確保することこそが国家生存の鉄則である。

 

しかし、日本のニセ現実主義者たちは、「日米同盟の維持」そのものを最上位の絶対神聖不可侵な目的(自己目的化)へと昇華させてしまった。その結果、米国がリベラル覇権主義の狂騒に酔いしれて中東で失敗を重ね、中国の台頭を許す過程において、日本は自ら戦略的思考を停止させ、自国を「米国の前線基地」へと転落させ続けたのである。

 

米国の「抑制主義(Restraint)」に代表される真のリアリズムと、日本の「従米ニセ現実主義」との間には、埋めがたい深淵が存在する。真のリアリズムとは、国際社会のアナーキー性を前提に、自国の力(Self-help)を基盤として最悪の事態に備えつつ、パワーの行使に対しては厳格なコスト・ビネフィット計算を行い、軍事行動を徹底して自制・抑制する。対する日本のニセ現実主義とは、自国の安全保障の根本を米国に丸投げ(フリーライド)し、米国の世界戦略に盲従することを「現実主義」と称し、自国の主体的な防衛能力の構築や戦略的自立というリアリズムの根本原理から逃避する。日本の左派が「平和主義」という観念的な理想郷に逃避していたとすれば、日本の保守派は「日米同盟」という米国の庇護の下の安全地帯に逃避していたに過ぎない。双方は表現こそ異なれ、「自国が自らの手で血を流し、国家の生存を賭けて冷徹なパワー・ポリティクスを推し進める責任から逃げる」という一点において、完全に同罪であった。

 

今、東アジアの地政学リスクは未曾有の危険水域に入っている。米国が過剰伸長の末に「抑制」や内向きの姿勢を強め、アジアにおける圧倒的覇権を維持し得なくなりつつある現代において、いつまでも「米国が守ってくれる」というニセ現実主義にすがリ続けることは、国家の自殺行為に他ならない。日本が真に過酷な国際政治を生き抜くために必要なのは、米国の顔色を窺う「従米の技術」ではなく、自国の国家利益を定義し、自前の防衛力と抑止力を構築し、必要であれば同盟国に対しても「ノー」と言える、「自主防衛と自立に基づいた本物のリアリズム」への転換である。

 

日本における核兵器をめぐる議論は、長らく極めて強い倫理的タブーと感情的拒絶反応、いわゆる「核アレルギー」によって支配されてきた。世界唯一の戦争被爆国としての惨禍の記憶、および広島・長崎の悲劇は、日本人の精神に深刻な反核感情を刻み込んだ。この体験的・感情的記憶自体は極めて重いものであり、尊重されるべき歴史的真実である。

 

しかし、国家の生存を左右する安全保障や国際政治の領域において、感情や道徳的願望を分析の前提に持ち込むことは致命的なエラーを引き起こす。国家が直視しなければならないのは、「核兵器が邪悪であるか否か」という道徳的問いではなく、「核兵器という破壊的威力を具現化した技術が存在する世界において、いかにして自国の破滅(被侵略や核脅迫)を回避するか」という構造的現実である。国際政治理論の観点から見れば、核兵器に対する感情的な忌避感を優先し、核抑止のメカニズムや戦略的選択肢の分析そのものを放棄することは、かえって自国を最も危険な無防備状態に晒す結果を招く。感情的な「反核」の叫びは、核を保有する近隣の覇権主義国家(中国・ロシア・北朝鮮)の軍事計算を何一つ変更させないからである。国家の主権と国民の命を守るためには、倫理的観念論を排し、核兵器という「絶対的兵器」が引き起こす安全保障上のダイナミズムを、ロジックに基づいて客観的に解剖する知性が不可欠となる。

 

国際政治構造が国家の行動や戦争の確率にどのような影響を与えるかを解明したのが、ケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)に代表されるネオリアリズム(構造的現実主義)である。ウォルツはその著作『国際政治の理論(Theory of International Politics)』において、国際システムの安定性が極性(Polarity)、すなわちシステム内の大国(主要アクター)の数によって決定されることを論証した。冷戦期のような「二極構造」においては、国際社会の勢力均衡は米ソという二大超大国間の抗争に集約される。二極構造における安定性の要因は、構造的明確さにある。つまり、誤算(Miscalculation)の低減。これは、主要な脅威が誰であるかが明白であり、相手の行動に対する警戒と計算が単純化される。もう一つは内部的バランシング(Internal Balancing)の重視。これは他国との複雑な同盟関係(外部的バランシング)に依存するよりも、自国の経済力・軍事力の増強によってパワーの均衡を保つ傾向が強まる。これにより、同盟国の暴走に巻き込まれる「連座(Chain-ganging)」のリスクが著しく低下する。

 

これに対し、複数の大国が拮抗する「多極構造」は、戦略的に極めて不安定である。その理由の一つは、同盟の流動性と過度の依存、すなわち、自国の力だけでは優位を保てないため、国家は同盟形成に汲々とする。これにより、同盟国を見捨てる「見捨てられ(Abandonment)」の恐怖と、同盟国の紛争に引きずり込まれる「巻き込まれ(Enmeshment)」のジレンマが同時に増大する。もう一つは誤算の増大、すなわち誰が真の脅威であり、誰がどの程度の力を持っているかの計算が極めて複雑化し、第1次世界大戦前夜のように、小さな偶発的危機が大国間の破滅的な全面戦争へと連鎖する確率が飛躍的に高まる。無政府状態(アナーキー)という不変のシステムの下では、国家は自らの安全を自力で確保せざるを得ない。核兵器の存在は、このアナーキーなシステム下において、特に構造的均衡をもたらす「イコライザー(均等化装置)」として機能してきた。

 

武力やパワーの軍事的作用について、トーマス・シェリング(Thomas Schelling)やロバート・アート(Robert Art)らの戦略論者は、その機能を明確に4つに分類した。安全保障議論の混乱の多くは、この4つの概念の混同から生じている。1つ目は攻撃(Offense)、すなわち相手の領土や軍事力を破壊・征服・奪取するために自ら打って出る力の行使。2つ目は防御(Defense)、すなわち敵の攻撃を直接跳ね返し、損害を最小限に抑えて自国を守る実力行使(「盾」としての力)。3つ目は強制(Compellence)、すなわち相手に特定の行動を行わせる、または現在の行動をやめさせるために、武力の行使を不気味にちらつかせて脅迫する力の行使。4つ目は抑止(Deterrence)、すなわち相手に「攻撃を行えば、それを上回る致命的な報復を受け、得られる利益よりも損害の方が遥かに大きくなる」と予見させることで、相手の攻撃行動そのものを断念・断念させる(何もしないことを強いる)軍事的作用。

 

ここで極めて重要なのは、「抑止(Deterrence)」と「勝利を目指す戦争(Offense/Defense)」との違いである。抑止の成否は、物理的な軍事力の優劣だけで決まるのではなく、「確信(Credibility)」と「相手の合理的なコスト計算」によって決まる。相手が「報復によって自国が壊滅的打撃を受ける」と確信したとき、いかに自軍の戦力が勝っていようとも、攻撃という選択肢は合理性を失う。

 

核抑止論の核心をなすのが、「第一撃能力(First-strike capability)」と「第二撃能力(Second-strike capability)」の区別である。第一撃能力とは、先制攻撃によって、相手の核戦力・指揮統制システムを完全に破壊し、相手からの反撃を不能にする能力。第二撃能力とは、敵の大規模な先制核攻撃を浴びて耐え抜いた後でも、生き残った核戦力(例えばSLBM=潜水艦発射弾道ミサイルなど)を用いて、相手の主要都市や核心的拠点を確実に壊滅させられる報復能力。核抑止が真に安定するのは、交戦可能性のある双方の国家が「揺るぎない第二撃能力」を相互に保持した状態、すなわち相互確証破壊(MAD: Mutually Assured Destruction)が成立した瞬間である。この状態の下では、「どちらが先に攻撃を仕掛けても、確実に自国も壊滅する」という帰結が確定するため、先制攻撃を仕掛ける動機(Incentive to strike first)が消失する。ここに、核兵器がもたらす古典的兵器とは根本的に異なる戦略的パラドックスが存在する。核抑止とは、「勝利するための兵器」ではなく、「悲劇的コストを事前に予測させることで、相手の行動を凍結させ、戦争そのものを発生させないための兵器」なのである。

 

「核兵器の保有国が増えれば増えるほど、世界は不安定になり、核戦争のリスクが高まる」という言説は、一見すると直感的な常識のように思われる。しかし、ケネス・ウォルツは、1981年の名著『核兵器の拡散:より多くの国が保有すればどうなるか(The Spread of Nuclear Weapons: More May Be Better)』において、この常識に対して真っ向から反論を展開した。ウォルツの論理は極めて一貫している。軍事計算の極度な容易化、すなわち通常兵器による戦争においては、「勝てるかもしれない」という不確実性や過信(例:第1次世界大戦における各国の短期決戦の誤算)が先制攻撃を誘発する。しかし、核兵器が存在する場合、計算は「自国が壊滅するか否か」という極めて単純かつ絶対的なものとなる。不確実性は消失し、どのような狂気の指導者であっても、確実な自国の破滅を賭けてまで攻撃を仕掛ける合理的インセンティブは持ち得ない。国家の慎重さの強制、すなわち新たに核兵器を保持した国家は、自らが壊滅的なリスクの当事者になったことを即座に理解する。ウォルツは、極論や過激なイデオロギーを掲げる国家であっても、核兵器を手にした瞬間にその戦略行動は極めて慎重かつ現実主義的なものに変容すると指摘した(歴史的にも、中国や北朝鮮が核保有後に体制の生き残りを最優先し、大国との全面衝突を慎重に回避してきた事実がこれを裏付ける)。地域的パワーバランスの平準化、すなわち通常戦力において圧倒的な格差が存在する地域において、弱い側の国家が最小限の核抑止力(Minimal Nuclear Deterrence)を保持することは、強い側の国家による軽易な侵略や軍事介入を阻止し、地域に強力な「力による均衡(冷たい平和)」をもたらす。

 

ウォルツの提示した視点は、核拡散を無条件に奨励するものではない。しかし、「核兵器=世界を即座に滅ぼす悪」という一元的な見方を排し、アナーキーな国際秩序において核抑止力が持つ戦争抑止効果と戦略的安定性を数理的・力学的に証証したという点において、国際政治学に決定的な視座を提供した。核抑止とは単なる武力の誇示でも倫理的暴挙でもなく、アナーキーな国際システムにおいて国家の生き残りを担保するための、極めてロジカルで冷徹なゲーム理論・数理モデルの産物である。この国際システムの戦略的リアリティに照らし合わせたとき、現在の日本が置かれた安全保障環境の異常さが浮き彫りとなる。

 

日本は、核兵器を大量保持し、かつ軍事拡大と領域侵犯を続ける3つの権威主義国家(ロシア・中国・北朝鮮)に直接包囲されている世界唯一の国家である。それにもかかわらず、日本はその抑止力を自前で保持せず、全面的に米国の「拡大抑止(核の傘)」に依存し続けている。しかし、米国の核の傘が真に機能するか否かは、常に「ワシントン(あるいはニュー・ヨーク)をリスクに晒してまで、東京を守るために米国が大統領の核ボタンを押すか」という、信頼性(Credibility)の根本的問いにぶつかる。かつて、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領が米国の拡大抑止を不信とし、自国の独自の核戦力(Force de frappe)の構築へと舵を切ったのは、まさにこの限界を見抜いていたからに他ならない。

 

核アレルギーという感情的タブーに足をとられ、核抑止の戦略的メカニズムやリアリティの議論から逃避し続けることは、平和を守ることとは何の関係もない。それは単に、自国の生存を他国の親切心や不確実なコミットメントに委ねるという、不条理なギャンブルを続けていることに過ぎない。日本が真の自立を果たし、東アジアの巨大な地政学的激変を生き抜くためには、核抑止が持つ冷徹な力学を冷静に理解し、自主防衛と現実的な抑止戦略の構築に向けた論理的な検討を始めなければならないだろう。

 

現代の東アジアにおける最大の地政学的リスクは、習近平体制下の中華人民共和国(中国共産党)による膨張主義と、伝統的な「中華帝国」としての覇権的野望の露骨な顕現である。中共の目指す国家戦略の本質は、近代西欧が作り上げた主権平等や国際法に基づく秩序(ウェストファリア体制)への順応ではなく、自国を頂点とし周辺国を従属的な朝貢体制下に組み込もうとする「華夷秩序」の現代的復元に他ならない。この中共による覇権獲得の爪痕が最も端的に現れたのが、香港における「一国二制度」の破綻である。1997年の香港返還に際し、中国は中英共同宣言において「50年間は高度な自治と自由な社会体制を維持する」と国際社会に約した。しかし、2020年の「香港国家安全維持法(国安法)」の強行成立と、その後の民主派勢力・自由言論の完全な鎮圧によって、この国際的公約はあからさまに踏みにじられた。この史実が突きつけた冷徹な教訓は、「中共が交わす条約や政治的約束は、自国のパワーが優勢となった瞬間、いつでも反故にされる」というリアリズムの冷酷な原則である。

 

そして現在、この「一国二制度」という欺瞞の次にターゲットとされているのが台湾である。中共にとって、台湾の併呑(いわゆる「中台統一」)は単なる領土的野心にとどまらない。それは習近平の掲げる「中華民族の偉大な復興(中国の夢)」の達成における不可欠のピースであり、同時に米国の「第一列島線(九州—沖縄—台湾—フィリピンを結ぶライン)」による海洋封鎖網を破砕するための戦略的至上命令である。もし台湾が中共の軍事支配下に降れば、東シナ海と南海を結ぶシーレーン(海上交通路)は完全に中共の制海権・制空権下に置かれる。日本のエネルギー輸送や貿易の大部分が通過する海上生命線は彼らの「手中に握られる」こととなり、日本は即座に経済的・安全保障上の喉元を締め上げられる状態に陥る。台湾有事とは、遠い異国の紛争などではなく、まさに日本の国家としての死活がかかった「日本有事」そのものなのである。

 

中共の軍事・防衛戦略の核心は、「A2/AD(アンチ・アクセス/エリア・ディナイアル:接近阻止・領域拒否)」戦略と、段階的な海洋進出のライン(第一列島線・第二列島線)の設定に集約される。中共は南シナ海のほぼ全域を自国の管轄海域と主張する勝手な境界線「九段線(あるいは十段線)」を独自に設定し、ハーグの常設仲裁裁判所が2016年に「国際法上の根拠なし」とする全面的な不法判決を下したにもかかわらず、これを完全に無視した。そればかりか、南沙(スプラトリー)諸島や西沙(パラセル)諸島の岩礁を急速に埋め立てて巨大な軍事基地・滑走路・ミサイル基地へと変貌させ、事実上の「内海化」を既成事実化した。この南シナ海における強引な海洋進出と全く同じパターンが、東シナ海、とりわけ日本の領土である尖閣諸島(沖縄県石垣市)および沖縄周辺海域に対して連日実行されている。中国海警局の武装公船が連日のように尖閣諸島周辺の接続水域や領海へ侵入を繰り返し、日本の漁船を追尾し、領有権主張のパフォーマンスを継続しているのは、単なる偶発的挑発ではない。これは、現状維持を力によって変更し、日本側の実効支配を段階的に形骸化させる「グレーゾーン事態」を用いた「サラミタミ作戦(薄く切り取るように少しずつ既成事実を積み重ねる手法)」である。彼らの見据える最終目標は明確である。第一列島線を完全に突破して太平洋へ向けて出撃する自由を確保し、米海軍の機動部隊を第二列島線(伊豆諸島—グアム—サイパン)の西側へ追い払うこと(A2/ADの完成)である。この戦略が達成されたとき、沖縄本島を含む南西諸島全体が中共の強大な軍事的射程と威圧の下に屈することとなる。

 

さらに近年、中共は「一帯一路」構想を通じた経済的支援を罠として利用する「債務の罠(Debt Trap)」を展開し、スリランカのハンバントタ港のように発展途上国の重要インフラの港湾使用権を長期間手中に収める戦略を進めてきた。経済力を武器としたハイブリッドな地政学戦略によって、彼らはインド洋から太平洋にいたる広大な海域で着々と拠点網(「真珠の首飾り」戦略)を拡大し続けているのである。

 

このように東アジアのミリタリーバランスが崩壊し、中共の露骨な覇権主義と人権弾圧の脅威が目前に迫っているにもかかわらず、戦後日本を支配してきた左翼市民運動や「観念的平和主義」の言論勢力は、歴史的な機能不全と見苦しい二重基準を露呈し続けている。彼らは、日米安全保障条約や自衛隊の装備導入、防衛費の増額、改憲議論といった自国の防衛努力に対しては、狂乱したかのように「軍国主義の復活」「戦争法案」といった苛烈な言葉で批判・反対の声を上げる。しかし、その一方で、中共のもたらしている過酷な現実に対しては驚くべき冷淡さと沈黙を保ち続けている。例えば、新疆ウイグル自治区におけるジェノサイドと弾圧。これは100万人規模の人々が強制収容所に送られ、言語・文化・宗教を奪われ、強制不妊や強制労働に晒されている国際人道上の悲劇だ。チベット・内モンゴルにおける民族固有の文化と人権の破壊もそうだろう。これに、香港の民主派活動家やジャーナリストへの弾圧・投獄や、中国共産党による過去数十年の著しい軍拡と、透明性を欠いた核戦力の急速な拡充も加えていいだろう。この極端なダブルスタンダードは、彼らの掲げる「平和」や「人権」という言葉がいかに欺瞞に満ちたものであったかを自ら証明している。彼らの主張の底底に流れているのは、客観的な人権の擁護や平和の実現ではなく、戦後言論空間において形成された「反日・反米・対中宥和」という固定化したイデオロギー的偏向に過ぎない。

 

国際政治学におけるパワー・バランシング(勢力均衡)の理論が教えるように、一国が急速な軍拡を進めている局面において、対峙する側が「軍縮」や「憲法九条」を唱えて自ら防衛力を抑制することは、平和をもたらすどころか、相手に対して「攻撃のインセンティブ」を与える破滅的な行為(力の空白の提供)である。日本の観念的平和主義者たちが主張してきた「丸腰の平和」論は、結果として中共の東シナ海・南シナ海における膨張主義を補完し、武力による現状変更を招き寄せる「最大の誘因(Enabler)」として機能してきたのである。

 

東アジアの現実は、かつて日本のリベラル派や財界、官僚層が抱いていた「経済的に豊かになれば、中国もいずれ国際秩序の責任あるステークホルダーとなり、民主化・自由化へ向かうだろう」という「関与政策(Engagement Policy)」の甘い希望的観測(Wishful Thinking)が完全に破綻したことを示している。中国共産党は、グローバル経済の恩恵と西側諸国からの技術・資本の提供を最大限に利用して経済的・軍事的に巨大化しながら、その力を民主化への舵切りではなく、強権的な監視社会の構築と対外的覇権の追求へと傾注させた。米国が「リベラル覇権主義」の失敗によって内政の分裂と疲弊を深め、世界警察としての絶対的な威信を低下させている現代において、東アジアは冷戦期以上の極めて危険な「力の真空地帯」を生み出しつつある。

 

中共という巨大な覇権国家に隣接する日本に遺された時間は、もはや極めて限られている。「平和を祈っていれば脅威は去る」「米国が際限なく守ってくれる」「中国と対話さえすれば解決する」という幻想を完全に捨て去らなければならない。自国周辺で進行しているのは、優雅な理想論の交わされる議論の場ではなく、剥き出しの力と国益がぶつかり合う凄惨なパワー・ポリティクスの現場である。

 

戦後日本の安全保障議論は、あまりにも長きにわたり二つの極端な逃避行動に苛まれてきた。第一は、自国の防衛責任と主権の真の全うから目を背け、米国の庇護の下に漫然と安住し続ける「従米ニセ現実主義(対米従属)」であり、第二は、国際政治のアナーキーな現実に背を向け、憲法9条のお題目を唱えていれば平和が維持できると信じ込む「観念的平和主義」である。この二つは一見すると対立する陣営のように見えながら、その本質においては「自国が主体となって血と泥を流し、国家生存の責任を全面的に引き受ける覚悟を放棄している」という一点において完全に共通した「双子の病」であった。

 

しかし、米国がリベラル覇権主義の過剰伸長によって疲弊し、国内政治の分断と「抑制(Restraint)」への転換を強める現代において、米国のコミットメントに100%頼り切る従米路線は崩壊の危機に瀕している。一方で、中国・ロシア・北朝鮮という核を保持する強権的な覇権国家群に直接包囲されている東アジアの現状において、観念的平和主義が何一つ防衛的機能を果たさないことはもはや自明の理である。日本が国家としての独立と繁栄を21世紀後半に向けて維持するためには、この「双子の病」を同時に破砕し、自国の足で立つ「自立したリアリズム(自主防衛)」への構造転換を図らねばならない。同盟は重要であるが、それは「自前の強大な打撃力と拒否力」を保持した独立国同士が結ぶ対等な戦略的提携であって初めて機能する。自力で自国を守る意思も能力も欠いた国家は、同盟国からも軽蔑され、最終的には切り捨てられるのが国際政治の冷酷な鉄則である。

 

日本が真の自主防衛体制を再構築する上で目指すべきは、他国へ侵略して占領するための大規模な遠征軍の保持ではない。目指すべきは、中国などの大国であっても「日本への侵攻・威圧には天文学的なコストとリスクが伴い、割に合わない」と判断せざるを得ない強力な「拒否的抑止(Deterrence by Denial)」の確立である。そのためには、従来の陸・海・空という伝統的な防衛領域の拡張にとどまらず、新次元の戦闘領域であるサイバー・宇宙・電磁波、そして無人兵器(ドローン)領域における圧倒的な優位性を確立しなければならない。抑止の前提として、インフラや指揮統制線を防衛する「能動的サイバー防衛」の法制化と能力構築が不可欠である。敵のサイバー攻撃の兆候を検知した段階で相手のサーバーに侵入し、無力化する権限を自衛隊に付与しなければ、現代戦における「第一撃」によって日本の都市機能と防衛システムは戦わずして麻痺する。

 

ウクライナ戦争や中東の紛争が実証したように、数千万円単位の安価な攻撃型ドローンや水上無人艇(USV)が、数億円から数千億円の主力戦車やイージス艦を破壊する「非対称戦」の時代が到来している。少子高齢化によって自衛官の人員確保が急速に厳しさを増す日本において、AIと連携した大量の無人兵器網を南西諸島全域に高密度で展開することは、海洋からの敵の接近を物理的に遮断(A2/ADの日本版構築)するための切り札となる。敵のミサイル発射拠点や指揮枢軸を直接叩く「反撃能力」の保持は、抑止の真実性を担保する絶対的要件である。国産の12式地対艦誘導弾能力向上型や極超音速誘導弾の大量配備を急速に進めると同時に、開戦初期の飽和攻撃に耐えうる分散型弾薬庫と防空シェルターの整備を全国規模で急ぐ必要がある。

 

リアリズムの観点において、国家のパワーとは単なる兵力数や防衛予算の規模だけで定まるものではない。現代の地政学的争闘において最も重要な要素の一つが、「経済安全保障」および「技術覇権」である。日本が軍事的大国(超大国)と対等以上に渡り合い、国際社会における不可欠の地位を占めるための鍵は、世界が日本に依存せざるを得ない構造——すなわち「日本の技術的不可欠性(Chokepoint Technology)」の確保にある。

 

戦後日本のアカデミズムや防衛産業は、「軍事研究の拒絶」という観念的ドグマによって、最先端のデュアルユース技術開発から自らを遠ざけてきた。しかし、量子力学、AI、半導体、先端素材(カーボンファイバーやパワー半導体)、合成バイオロジーなどの最先端分野において、軍事と民生の境界線は既に完全に消滅している。国家主導でこれらの先端技術に巨大な研究開発投資を行い、防衛産業とスタートアップ、大学研究機関のイノベーション・エコシステムを再構築しなければならない。半導体製造装置の核心部材、超高精度工作機械、特殊材料分野などにおいて、日本が圧倒的な世界シェアと技術的優位(ボトルネック)を握り続けることは、いかなる軍事威圧に対しても強烈な「経済的牽制力」として機能する。「日本を敵に回せば、相手国の最先端産業も止まる」という相互依存の不均衡を作り出すことこそが、最もコストパフォーマンスの高いインテリジェンス防衛となる。

 

そして、日本の安全保障論議において最大のタブーとされながら、最も逃避してはならない核心的テーマが「核選択」のリアルである。核抑止とは情緒や倫理の議論ではなく、数理的・ゲーム理論的なコスト計算の現実である。ロシアによるウクライナ侵攻が決定的に証明したのは、「核を放棄した国家は核保有国からの侵略に晒され、核を保持する強権国家に対して西側諸国は直接の軍事介入を躊躇する」という地政学の残酷な真実であった。日本が中国・ロシア・北朝鮮という「3つの核強国」に取り囲まれる中で、自国の主権を守り抜くためには、潜在的核抑止力(技術的ブレイクスルー能力)の強固な維持が必要である。日本は現在、非核保有国でありながら世界最高水準の原子力技術と約40トンにおよぶ分離プルトニウムを保有し、高性能な固体燃料ロケット(イプシロン等)の技術を有している。これは国際社会に対し、「日本は決断すれば極めて短期間で実用的な核戦力と配送手段を構築できる」という強烈な「潜在的核抑止力(Technical Deterrence)」を発揮している。この技術的基盤と原子力リサイクル政策の堅持は、日本の安全保障の絶対的底線である。

 

さらに、独自の核選択肢をテーブルの上に置く「戦略的曖昧性」である。日本は「非核三原則」やNPT(核不拡散条約)体制を即座に破棄すべきと軽率に主張する必要はない。しかし、「事態が著しく悪化し、自国の存在が脅かされた場合には、NPT第10条(最高利益を脅かされた場合の脱退権)を行使し、独自の核抑止力保持へ舵を切る選択肢(Option)を排除しない」という戦略的曖昧性(Strategic Ambiguity)を言論空間や外交の裏舞台において保持し続けることが重要である。「日本はいかなる状況でも絶対に核を持たない」と宣言し切ることは、相手に対して無限の安心感を与え、自らの交渉カードを自ら捨て去る愚行に他ならない。「持つか持たないか」のカードを手元に握り続けること自体が、過酷な国際政治における強大な外交的・軍事的レバレッジとなる。

 

自主防衛の再構築、技術覇権の奪還、そして現実的な核選択の議論は、いずれも従来の日本の「事象から逃避する安全保障観」からすれば極論に聞こえるかもしれない。しかし、歴史の歯車が大きく軋みを上げて回り出し、第二次世界大戦後の国際秩序(パックス・アメリカーナ)が終わりを告げようとしている現代において、過去の成功体験にしがみつき続けることこそが、最も現実離れした妄想である。国際政治の根本法則は、千年前から何一つ変わっていない。自分の身を自分で守る意思と能力を欠いた共同体は、他国の慈悲に縋った挙句、歴史の表舞台から容赦なく淘汰されていく。日本が独立国としての誇りと主権を保ち、次世代に平和で豊かな国土を引き継ぐために必要なのは、他国への依存や観念的理想論を捨て去る知性と、過酷なパワー・ポリティクスの渦中へと自らの足で立ち向かう国家としての強靭な意思である。従米と観念論の呪縛を解き放ち、真のリアリズムに基づいた国家戦略へと踏み出すことである。

量子ファイナンスの道標

イスラム金融国際教育センター教授で、シンガポール国立大学の執行委員も務めるベラル・エサン・バーキーは、米国のカリフォルニア工科大学コーネル大学理論物理学を専攻し、主に場の量子論を研究した後、ファイナスや経済に興味を持ち、そこに量子力学の数学を応用できないか研究を続けている。一見しただけでは、「トンでも」の類ではないかとの疑念を抱く人がいても不思議ではないが、細木数子六星占術とどう区別してよいのかわからない精神分析のような似非科学というわけでもない。

 

量子ファイナンスに関する2冊の著書、『量子ファイナンス』(Quantum Finance)、『量子ファイナンスにおける利子率とクーポン債』(Interest Rates and Coupon Bonds in Quantum Finance)が Cambridge University Pressから既に出版され、この方面では著名な研究者である。以前、「オススメ4冊」の中で紹介した、3冊目の『経済学とファイナンス理論のための場の量子論』(Quantum Field Theory for Economics and Finance)も同じく Cambridge University Pressから出版された。場の量子論の数学的ツールを経済学やファイナンス理論に応用する方法を紹介するとともに、金融商品を設計するための幅広い数学的手法を提供している。

 

ラグランジアンハミルトニアン、状態空間、作用素ファインマン経路積分の考えは場の量子論の数学的基盤であることが既に実証され、経験的証拠によって検証されている。これを一見無関係な資産価格と利子率に関する包括的な数学的理論を定式化するために、ヘッジファンド業界の一部に採用されつつある。数値計算アルゴリズムとシミュレーションは、資産価格モデルと非線形的利子率の研究に適用され、オプション、クーポン債、ハイリスク債、ミクロ的行動関数など様々なトピックに量子力学的定式化が可能であることが示されている。

 

本書では、場の量子論を様々な経済・金融問題に応用している。ただ、高エネルギー物理学に関係づけられた計算とは全く異にしていることが興味をそそられる点の一つ。場の量子論は高エネルギー物理学への適用のために作られたのであって、オプション・プライシングのために作られたのではない。したがって、各ステップで場の量子論の数学的ツールの理解を修正し、適応させる必要がある。そこが、本書のキモの部分であろう。

 

そこで本書は、場の量子論と経済学やファイナンス理論の諸概念を結びつけることに注力するわけだが、事実、本書の約半分は、経済学とファイナンス理論のモデル研究に割かれ、これらの知識領域間の密接な数学的繋がりが示され、経済学やファイナンス理論への応用の多くを、実証的に検証できるモデルに基づかしめようと努力されている。注目すべき点は、これらのモデルが、ある程度正確であることを実証的検証がなされる準備が整いつつあることである。

 

場の量子論は、科学史上最も正確で重要な科学理論の一つであり、例えば、相対論的量子場は、粒子と相互作用についての標準モデルの理論的背景にある。相対論的・非相対論的量子場は、超弦理論、高エネルギー物理学、固体物理学から物性物理、量子光学、原子核物理、宇宙物理など、理論物理学の無数の分野で広く利用されている。

 

量子力学と場の量子論の形式から生まれた数学は、他の数学の分野とは若干異色で、量子力学の数学と呼ばれ、線形代数関数解析作用素代数、無限次元線形ベクトル空間、確率論、リー群、幾何学トポロジーなどのごたまぜといった様相である。量子力学と場の量子論の数学的基盤の一つに、ファインマン経路積分がある。一般的な関数積分とは異なり、ファインマン経路積分は、経路積分が基底の無限次元の線形ベクトル空間から構築されるという別の重要な特徴を持つ関数積分であり、演算子は、理論物理学の中心演算子であるハミルトニアンを含む、このベクトル空間で定義される。

 

ニュートンによって行われた微積分の最初の応用は、粒子の動力学の研究であり、微積分学はその後、定量モデリングの普遍的言語になった。量子力学の数学は本質的に不確定な量子現象の研究から生まれたが、その数学的構造はその起源に結びついていない。裏返して言えば、それゆえに、場の量子論の数学が量子系だけにとどまらず、自然科学や社会科学にまたがる幅広い分野に応用できることを示していると考える者を生んだとさえ言える。量子力学の数学は、やがて微積分学に取って代わり、定量モデリングと数学的思考の普遍的な枠組みになると考える者もいる。

 

事実、量子物理学以外の量子力学の数学の重要な応用は異なる分野で行われ、多くの画期的な結果をもたらしてきた。つまり、量子力学の数学は量子系のみに限定されることなく、多くの古典的問題にも適用されてきた。有名な例としては、ノーベル物理学賞を受賞したケネス・ウィルソンによる古典的相転移の解法とか、フィールズ賞を授与されたエドワード・ウィッテンによる結び目の3次元における完全分類がある。

 

量子ファイナンスの形式も、この精神の下で展開され、量子力学の数学のファイナンスへの応用に基づいている。2次元量子場は、バーキーによって利子率とクーポン債の分析に適用されている。経済学への応用は、これまたバーキーによって行われ、2次元量子場を利用して先物資産価格のモデル化がなされた。こうした、量子力学の数学をファイナンス理論と経済学の両方に応用する基盤は、利子率と先物資産価格の挙動をモデル化するためのファインマン経路積分の採用である。

 

物理学から経済学やファイナンスへのアイデアの応用は、量子ファイナンスが属するエコノ・フィジックスと呼ばれる新しい分野の創造に繋がった。要は、量子ファイナンスとは、ファイナンスにおける問題を解決するため量子物理学者と経済学者によって発展した理論と方法を応用する学際的研究領域である。

 

古典物理学から量子物理学へと発展したように、計算方法も古典的なものから量子的なものへ発展してきた。量子コンピュータは、量子力学のシミュレーションにおいて、他のいくつかのアルゴリズム、例えば因数分解のためのショアのアルゴリズムや量子探索問題を解くためのグローバーアルゴリズムのように、古典的なコンピューターより優れた結果をもたらしてきた。これらはコンピュテーショナル・ファイナンスの問題を解くための研究を魅力的な領域としている。多くのコンピュテーショナル・ファイナンスの問題は、計算における複雑性の程度が高く、古典的なコンピューターでは解へ収束するのが遅い。特に、オプション・プライシングにおいては、急速に変化する市場に対応するための結果として新たな複雑性が生じている。例えば、不正確に価格付けられた株式オプションから利益を得るためには、ほとんど連続的に変化する市場において次の変化が訪れる前に計算を終わらせなくてはならない。ファイナンス業界はオプション・プライシングにおいて表れるパフォーマンスの問題を克服する方法を常に探しており、このため、ファイナンスに他の計算方法をあてはめる研究が進められている(「やれ、MACDがどうの、移動平均線がどうちゃら、ボリンジャーバンドが云々」と出鱈目な「テクニカル分析」で得意げになっている、そこらのサルみたいな「個人投資家」とは訳が違うのだ)。

 

多くの量子オプション・プライシングの研究は典型的にはシュレーディンガー方程式のような連続方程式の観点から、古典的なブラック=ショールズ=マートンの確率偏微分方程式量子化に焦点を当ててきた。ヘイブンはチェンと他の研究者の研究に基づき、シュレーディンガー方程式の観点から市場を考察している。ヘイブンの業績の主要な成果は、ブラック=ショールズ=マートンの方程式は、実は市場が効率的であると仮定した時のシュレーディンガー方程式の特殊ケースであることを示したことである。ヘイブンが導いたシュレーディンガーに基いた方程式は、パラメーターħh複素共役と混同するべからず!)を持ち、このパラメーターは無限には速くない価格の変化、無限には速くない情報の伝播、投資家間の富の分布を含む様々な要因の結果として市場に現れる裁定量を表現している。ヘイブンはこの値を適切に設定することにより、実際には市場は効率的でないことから、より正確なオプション価格が導けると主張していた。

 

バーキーは、経路積分をいくつかのエキゾチック・オプションに適用し、解析的な結果を得て、それら結果とブラック=ショール=マートンの方程式の結果を比較すると、両者はとても類似していることが分かってきた。ピオトロスキは、オプションの原資産となる株式の挙動に関するブラック=ショールズ=マートンの仮定を変えることで異なるアプローチを取っている。株式がウィーナー過程に従うという仮定の代わりに、ピオトロスキは、株式がオルンシュタイン=ウーレンベック過程に従うと仮定した。この新しい仮定の下で、ヨーロピアン・コールオプションの公式のみならず、量子ファイナンスモデルを導き出した。

 

ハル=ホワイト・モデルのような他のモデルにおいても、利子率デリバティブなどの古典的な設定に対して同じアプローチが用いられている。クレンニコフはヘイブンや他の研究者の業績に基づき、更にブラック=ショールズ=マートン方程式によって作られる市場効率性の仮定は不適切だろうという考えを支持している。この考えを補強する為に、クレンニコフはファイナンスへの量子論の適用に対する批判を克服するための方法として、量子力学の確率における文脈依存性の枠組をもとにしている。アッカーディとブーカスは、ブラック=ショールズ=マートン方程式を量子化し、原資産の株式がブラウン運動ポアソン過程の両方を持つ場合を考慮している。

 

チェンは、量子二項オプション・プライシング・モデル(または量子二項モデルと省略)されるものを提示している。比喩的に述べれば、チェンの量子二項オプション・プライシング・モデルとは、ブラック=ショールズ=マートンのモデルに対するコックス=ロス=ルービンシュタインの二項価格評価モデルのように、既存の量子ファイナンスモデルの結果を変えないまま離散化・単純化したものである。これらの単純化は関連理論を解析しやすくするだけでなく、コンピューターへの実装を容易にする。

 

加えて、心理学、社会科学、意思決定論などへの応用は、社会現象の定量的研究における量子力学の数学の有用性が高まっていることを示している。多くの大学、研究所が量子力学の数学の応用に関する講座を開設し、そこでの研究者は新しい予想外の応用を発見し続けている。非物理学的領域、特に社会経済科学および認知科学における量子構造の同定に関する研究など、量子力学の数学的定式化をミクロの世界以外で用いることが俄かに関心の的とされてきているのだ。

 

前世紀から、21世紀は量子力学的知が全世界を席巻するだろうと予想され、その実、量子情報理論の分野は、各国の覇権をめぐる水面下の戦争にまで発展していると言っても過言ではない。相変わらず日本政府を始めとして、日本人は、右も左も関係なく、ごく一部の例外を除いて、事態がとんでもない状況に及んでいることに気がついている様子がない。中共中央は、サイエンスとファイナンスという二本柱を押さえることで、米国にとって代わって世界の覇権を握るべく、虎視眈々と長期的展望の下、計画を立案、実行に移してきたのだ。数年前、この分野の世界的権威の一人であるアントン・ザイリンガーがノーベル物理学賞を受賞した際に気が付くかと思ったが、どうやら、わが祖国の永田町の盆暗政治屋は事の重大性に気が付かず、しょうもない政争に明け暮れている。売国奴ここに極まれりといったところか(もちろん、ごく僅かながら、この方面に優れた日本の研究者は存在する!)。

 

この分野はまた、リアル・ポリティクスの次元を離れて原理的な次元においても、従来の狭義の量子力学の哲学だけでなく、もっと言えば、形而上学の次元にまで刺激を与え続けている。とりわけ、ライプニッツの哲学は、この量子情報科学の先駆とも言ってもよい思考の枠組みとアイディアを持っていたことが、この方面の一流の学者から注目され始めている。

 

ライプニッツの哲学的著作『モナドジー』を、現代量子物理学におけるいくつかの概念に関係づける議論がその一つ。特に、モナドの性質と素粒子の粒子波動二元論との関連が認められ、物質世界の展開の理由として、隠された顕在化されていない実在に関して思考の類似性を指摘する論文がチラホラ見られるようになっている。「非局所性」という現象は、ライプニッツの著作『モナドジー』で表現された概念との類似点が指摘されている。

 

更に、モナドジーと宇宙のホログラフィック的性質に関する現代の概念との関係についても分析が行われている。信じられないほど洞察力に溢れた先見の明あるライプニッツモナドジーを科学の歴史と哲学の貴重なリソースとし、現代の量子物理学の観点から古典的な哲学的著作の解釈を研究方法として採用した研究にもインスピレーションを与え続けてもいる。20世紀の段階で、例えば、ノーバート・ウィーナーは、ライプニッツを「場の理論の先駆者」とし、「ライプニッツの充足理由律は、量子力学の数学的方法の直接の祖先である」と称賛を惜しまない。クーパーマンによれば、「量子重力論の探求において、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツの哲学は現代的復活を遂げた」と。

 

他の著者も、ライプニッツモナドジーと現代の量子物理学の明らかな概念的類似性について語っている。ジェーン・マクドネルは、ライプニッツが執筆した『モナドジー』に基づき、特に可能世界に関する純粋に哲学的なテーゼを検討し、現代物理学と数学の理論として登場した量子力学の歴史との類似点を描いて、現実性と可能性の関係の問題を探求している。ベルは、『モナドジー』に見られるライプニッツの空間と時間の概念を、量子力学における非局所性のアイデア形而上学的基礎として解釈している。日本でも、内井惣七ライプニッツの情報物理学-実体と現象をコードでつなぐ』(中央公論社)が斬新な「モナドジーの情報論的解釈」を提示している。坂部恵『ヨーロッパ精神史入門-カロリング・ルネサンスの残光』(岩波書店)にあるように、「ライプニッツは千年単位の天才」というのも宜なるかな

 

閑話休題量子力学の数学は、バーキー『経路積分ハミルトニアン』で議論されている。量子力学の研究とは対照的に、本書は場の量子論の数学の手引きでもある。場の量子論量子力学の違いは、無限に多くの変数、または無限に多くの自由度の結合である。本書の主な目的は、場の量子論の数理をファイナンス理論や経済学の研究者・実務家に紹介することであり、選択されたトピックは、ファイナンス理論と経済学の更なる研究を促進することができる場の量子論の数学的ツールを与えることを目的としている。

 

量子場は量子不確定性を持ち、古典的確率場は古典的ランダム性を持つ。これらの微妙な違いは、量子力学における測定理論の主題である。量子場の経済学とファイナンスへの応用は、すべて確率場の応用である。しかし、確率場と量子場の数学は同一であるため、量子場を量子物理学以外の領域に応用するすべての用途に「量子場」という総称が用いられるというわけである。

 

本書は、すべての導出が第一原理から行われ、しかも包括的な記述がなされているので、本書以外の著書をあれこれ参照する必要まではないが、但し、線形代数微積分学、確率論の実用的な知識を前提としているので、ベーシックな数学の知識がないと皆目理解できないかもしれない。しかし、丁寧な叙述で、しかも簡単な例から始めて、章を追うごとに、より高度なトピックを分析するための基礎を築いていく仕掛けになっているので、ある程度の数学的素養と相応の数学の知識があり、根気強く研究書を読む訓練を積んだ者であるならば、おそらく理解に届くのではないか(更に、これを実務で使いこなそうとなれば、そこから先は一定程度のセンスが要求される)。

 

量子力学の数学の、経済学とファイナンス理論への応用をより詳しく説明するために、経済学とファイナンス理論の章が量子場の章と織り交ぜられて編まれているのも本書の特徴の一つ。このように、読者は、場の量子論の考え方をその応用と直接結びつけることができ、特に、これらの考え方が経済学やファイナンス理論にどのように引き継がれているのかを知ることができる。本書の約半分が場の量子論そのものに充てられ、残りの章は、経済学やファイナンス理論への様々な応用に焦点が当てられているのも、そのためだ。

 

場の量子論は、素粒子物理学の領域全体がその経験的成功の証であるため、その有用性と妥当性について今更経験的証拠を必要としない。したがって、場の量子論に関する章では、様々な数学的アイデアとその導出に焦点が当てられており、実際、アスタリスクでマークされている経済学とファイナンスの章をすっ飛ばすと、本書は場の量子論の手引書としても読めるようになっている。

 

定理や補題などで埋め尽くされた、非常に一般性の高い結果を導く数学の研究書とは若干異なり、量子力学や場の量子論の教科書のページをめくるだけで、量子物理学にはあまり定理がないことがわかる。代わりにあるのは、主要なモデルと重要例であり、これらのモデルの「物理学」を解釈し、説明し、導き出す際に数学的分析が登場する。場の量子論は、スカラー場、ベクトル場、スピノル場などの多くの例示的なモデルを分析することによって説明され精緻化されていく。これらの量子場のそれぞれは、特定のラグランジアンハミルトニアンによって記述され、繰り込み群の構造などに触れたより高度な章は、読者が基礎となるアイデアをよりよく理解した後にようやく持ち出される。

 

経済学とファイナンス理論に関する章の方法論は、場の量子論に関する章とはかなり趣を異にしている点に注意する必要があろう。量子力学の数学を量子物理学以外の経験的分野(経済やファイナンスを含む)に適用することの正当化のためには、経験的証拠によって裏付けがなされねばならない。量子力学の数学と古典系を概念的に結びつける論文は多く執筆されているが、不満な点は、反論しがたい経験的証拠があまり提示されているとまで言えないものが多い点である。この応用はまだ完全ではなく、興味深い数学的比喩としてのみ成り立っており、比喩が具体的な数理モデルとなるためには、経験的証拠が不可欠であると思われる論考がほとんだということだ。

 

このため、本書で扱われている経済とファイナンスのトピックは、市場データからの経験的な裏付けがあるものが選択されている。更に、これらの量子力学の数学的モデルがどのように市場に適応され、その後どうテストされるかについて詳細な分析が行われる。経済学とファイナンス理論に関する章では、経路積分ハミルトニアンに基づいて具体的な理論モデルが分析される。非線形利子率に関する序章では、その形式に焦点を当てている。その理由は、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)によって実現される非線形利子率の量子ファイナンスモデルが、市場データを使用して調整され、徹底的にテストされているためである。この点を扱っている2つの章では、数値計算アルゴリズムとシミュレーションを使用して非線形利子率を研究している。ここでは、非線形利子率の重要な特徴、つまり、ほとんどの場合、解を得るために数値解析的手法が必要である点を説明されている。

 

量子場の非線形性は、自己相互作用または他の場との結合によって生じ、有限の結果を得るためには繰り込みの手順が必要である。自己相互作用する非線形スカラー場の正準的なケースを詳細に研究し、繰り込みで生じる問題を分析している。場の量子論の定式化は、場の量子論の最も深い概念の一つである、繰り込み繰り込み可能性、繰り込み群の概念でクライマックスに達する。実際、ディディエ・ソネットは、繰り込み群のアイディアが、市場のメルトダウンを理解し予測するための数学的枠組みを提供できることを長年主張している。

 

読みようによっては眩惑されてしまいかねないトピックの連続ではあり、今のところ、半信半疑にならざるを得ないが、場の量子論の一部であるモデルの多様性と複雑さを読者に味わわせてくれることは確か。ここまでやるなら、ヤン・ミルズ・ゲージ場の研究と時空超対称性の研究があっても不思議ではないけれど、それが欠落しているのは、これらのトピックは前提知識が更に必要となるので、おそらく本書でカバーすることは到底できなかったのかもしれない。

 

いずれにせよ、こういう「何でもあり」のアナーキーな書に惹かれてしまうのは、昔から変わらないのはなぜなのだろうか…。

マルクスと新古典派、あるいは資本主義の反脆弱性

残念なことと言うべきか、現在もなお世界には不相当な不平等が残っており、それどころか、ピケティやスブラマニアンの説明が正しいとするならば、むしろ不平等は拡大しており、そのためか、勢いマルクス主義の思想的魅力に惹きつけられてしまう者が一定数存在することは理解できないわけではない(と言っても、とりわけピケティの主張には俄かに同意しがたい点があるのだが、それはここでの主題ではない)。

 

ところで、乱暴に言い切ってしまうならば、古典派の伝統とは、完全競争、限界収益生産物が支払われる要因を伴う生産物の枯渇、その結果として利益がゼロになることを前提とする考えに立脚しており、これは裏返してみれば、競争均衡が達成され、外部性がない場合には効率的であることを含意している。

 

一方、失業の存在は、マルクスの資本主義批判にとっても決定的に重要であった。大恐慌は、失業の問題を資本主義市場が直面する一連の問題の中心に据えたので、これが多くの経済学者の関心事であったことは驚くべきことではない。

 

ケインズは、需要に問題があり、古典的パラダイムの外側にあるものを考えなければならないという反応を示した。企業はより多くの生産に関心がなかったため、大量の失業が発生した。企業は売れるものだけを生産しており、もし人々が溝を掘ったり、政府の投資プログラムを運営したりすることで需要を増やすことができれば生産量が増加し、同時に雇用が引き上げられる。

 

したがって、おそらく最もよく考えられた一般均衡アプローチは、財市場を通じて労働市場問題にアプローチするというものだった。Y(所得)=C(消費)+I(投資)との国民所得の等式は、Y−C=Sであるため、S(貯蓄)=Iに還元される。S=Iの関係は、常に「右から左へ」読まなければならないもの、そして「投資が支配する貯蓄」を念頭に置いておく必要があるものとして言及された。需要は生産物がどうあるべきかを決定し、したがって需要(投資)が生産物(貯蓄)を決定し支配した。語られていないのは、需要が市場のショートサイドにあったためにこれが起こったという点である。

 

古典派の世界では、不均衡は価格変動によって解消される。失業があれば賃金は下がり、より多くの人が雇用されるはずである。需要が生産を抑制するケインズ主義の世界では、賃金の低下が企業を動かして生産を増やす可能性は低いが、企業は生産を増やしたいが、これ以上売れないため、労働力は更に圧迫される。

 

大恐慌が始まると、ケインズ主義の処方箋は、需要を増やし、その結果、売上を増やし、雇用を増やすことで、低売上の制約を押し上げたため機能した。かつては不評だったこれらの政策が、現在再び脚光を浴びているのもそのためである。インドでも、例えば、マハトマ・ガンジーの全国農村雇用保証制度(MGNREGS)は、導入時には当時の野党から厳しく批判されたが、継続された。

 

古典派的環境では、情報は何の役割も果たさなかった。すべてが常識であると想定されていたからである。1948年の『個人主義と経済秩序』で、市場を情報処理システムとして捉え、不完全情報や非対称情報について語ったのはフリードリヒ・ハイエクである。1970年代には、そのような状況で何が起こるかについてのより徹底的な研究が行われ、2001年にアルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行賞(通称、「ノーベル経済学賞」)を受賞したアカロフスティグリッツ、スペンスの研究は、市場において一般的に情報伝達が期待されているほど上手く行かず、それゆえに市場自体の機能に問題が生じていることを示している。アカロフによる古典的なレモン市場の問題は、そうした状況を説明している。

 

中古車市場では、買い手と売り手が足りなければ、当然ながら不均衡が生じる。そうでない場合は、買い手が中古車に100万円を支払い、売り手が85万円で車を手放すことを望んでいると仮定する。それだけなら、価格は100万円から85万円の間のどこかに落ち着くだろう。しかし、中古車の状態は売り手だけが知っており、買い手はこの情報にアクセスできない。購入者は整備士に車を見てもらい、検証してもらうことができるが、我々は話を先取りしている。買い手が中古車の25%が不良品であり、買い手が何も支払う意思がないと信じている場合、買い手は各購入予定者を75%の確率で支払う価値があると評価し、75万円のみを支払うことを厭わず、その価格が85万円の閾値を下回っている場合、取引は行われない。市場は、信憑性のある機関などに裏打ちされた保証などがない限り、情報を伝達することができない。アカロフのレモン市場の問題の単純なケースである。この分野での業績で最初に認められた3人のうち、アカロフスティグリッツは、各々インドやケニアといった発展途上国の問題を研究していた際、非対称情報の問題に気づいたのだ。

 

ジョン・フォン=ノイマンオスカー・モルゲンシュテルンジョン・ナッシュの研究が、この発展の路線を導いたと言えよう。意思決定者が競争的な役割を担っている可能性があるという考えは、特に不完全競争下の市場の扱いにおいて現れた。不確実性の下での意思決定は、フォン=ノイマンとモルゲンシュテルンの著書やその他の論考から始まり、主にケネス・アローから分析されてきた。その結果、戦略的行動の概念は、様々な種類の情報制約と不確実性の性質の下で導入された。言い換えれば、意思決定は競合者が何をするかを考えてのみ行われ、それぞれがどのような情報を入手しているかを追跡することが重要だった。これは、完全競争の概念から大きく乖離している。

 

不完全競争や情報の非対称性だけでなく、意思決定者が自分に期待される課題を遂行する動機も検討する必要があった。インセンティブの役割と、タスクがインセンティブと両立するかどうかに焦点が当てられていた。その結果、制度そのものがどのように機能すべきかが研究された。レオニード・ハーウィッツが提唱し、エリック・マスキンとロジャー・マイヤーソンが発展させたメカニズムデザイン理論は、理論研究の新たなフロンティアとなったわけである。この一連の研究は、2007年にメカニズムデザイン理論の基礎を築いたとして、そのうちの3人がアルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行賞(通称、「ノーベル経済学賞」)を受賞した。

 

研究された問題の複雑さを増すことの難しさは、いくつかの特別な条件下で多くの結果が得られ、それによって適用性が低下することである。この側面、つまり、いくつかの前提条件を満たす必要があることは、しばしば見落とされる。いずれにせよ、上記の発展のいくつかは、契約理論の発展にまとめられた。そのような「契約」の中心に次の問題が生じる。すなわち、エージェントは、エージェントに利益をもたらすが、行為を引き受けるためのエージェントのための支払機構を解決しなければならないプリンシパルと呼ばれる別の存在を作る行為を引き受けるかもしれない。そしてもちろん、プリンシパルとエージェントが入手できる情報は、エージェントの努力と結果との関係と同様に重要であり、更に、この関係は不確実である可能性がある。

 

プリンシパル・エージェントの枠組みは、雇用主であるプリンシパルと従業員であるエージェントの関係を想定していた。プリンシパルは、提供された料金でエージェントを雇うことによって、雇用主が利益を最大化できるように、エージェントに契約を提供する。更に、エージェントの努力は一般的にプリンシパルには観察できないのだが、理想的には、プリンシパルはエージェントが誠実かつ懸命働くことを望んでいる。

 

プリンシパルはこれをどのように保証するか。エージェントが契約を受け入れることを可能にするためには、提供される賃金はエージェントが外で得ることができるもの(参加制約)より少なくはならず、更に受け入れられた契約はエージェントのための満足のより大きいレベルを持っているという意味で、より多くの努力をするエージェントのためにより魅力的でなければばらない。ただ、プリンシパルは、両方の制約に拘束力がないような契約を提供することは決してない。

 

こうした、新たな問題をマルクスは既に考えていたのだろうか。ケインズサミュエルソンは、マルクスの経済学について様々な批判的な言及をしていた。実際ケインズは、『資本論』について、「科学的に誤りがあるだけでなく、現実世界にも適用できない時代遅れの教科書」と呼んでいた。サミュエルソンマルクスのことを「マイナーなポスト・リカード」と呼び、後にこれは冗談だと述べた。サミュエルソンは、リカードを過大評価されていると考えていたのである。

 

対して、森嶋通夫は、計量経済学会におけるいわゆる「ワルラス講演」において、マルクスのことを「傑出した経済学者」と評し、次のように述べている。

 

しかし、上に挙げた経済学者の中で、マルクスが独特であることも事実です。事実、マルクスの経済学は、ある経済変数の変化がいくつかの経済変数に及ぼす影響を分析するのに弱いという短所を抱える一方、その長所はというと、資本主義社会の経済発展の社会経済的説明を提供することにあるというランゲの主張に同意する人もいるかもしれません。マルクス数理経済学者とは見なさず、否、数理経済学に反対していたと人物と考える経済学者は、今もなお、多くいるかもしれません。

 

しかし森嶋通夫は、マルクス数理経済学に反対していたのではなく、常に自分の数学的欠陥に気づいていて、それを補おうとしていたと主張する。例えば、1858年1月のエンゲルス宛書簡の中で、マルクスは次のように述べていたというのである。

 

私は、経済の原理を解く際、誤算によって非常に厄介なほど妨げられては絶望し、代数学を修得するという課題を再び自分に課しました。代数学は私にとって常に難しい。しかし、この代数学の修得する回り道をすることによって、自分自身を再び訓練しています。

 

その5年後、マルクス微分積分学を熱心に研究し、エンゲルスに、これらの道具も研究すべきだと勧めていた。しかし残念ながら、非負行列とその性質に関する結果は、マルクスには知られていなかった。森嶋は、マルクスワルラスを比較して、マルクスには理解できなかった数学的複雑性に取り組むアプローチを採用したが、その際、マルクスについて次のように述べている。

 

一方、マルクスは数学の教育を受けていないため、当時の数学を経済問題に上手く適用することができませんでした。たとえそれができたとしても、上で述べたように、マルクスはそのような仕事に身を捧げたくなかったでしょう。マルクスはあまりにも野心的で独創的すぎました。その代わりに、経済学の問題を精密に定式化することによって、経済学の中に新しい数学的問題を発見したのです。これらの問題は、その後、数学者によって独自に再発見され、数学の重要な科目に発展しました。

 

ここで触れられている「新しい数学的問題」とは、おそらく、非負行列に関するペロンとフロベニウスの定理であり、より基本的には、分離超平面定理から導き出されることが示されている可能性がある。仮に森嶋のマルクス評価が妥当であるとするならば、この定理の存在を知らずに同様な問題を予見できたことは、マルクスの卓見と言ってもいいのかもしれない。

 

マルクスの中心的な焦点は、資本主義経済の再生産と拡大の力だった。現在の主流派の経済学に慣れ親しんでいる我々からすれば、効率性や生産性の面での答えを期待するだろう。しかし、マルクスは独特な答えを出した。マルクスが資本が再生産し拡大する力の所在を、資本家が労働者を搾取するという事実に示したので、我々からすると奇妙に感じられるわけだが、この結論に辿り着くために、労働価値説が中心的な役割を果たした。森嶋通夫は、資本家が労働者を搾取する力を、ホーキンス・サイモン条件と呼ぶものと同一視しているように見受けられる。俄かには信じがたいことだが、森嶋通夫は、その答えは「先駆的」であると述べていた。贔屓の引き倒しという感なきにしもあらずだが…。

 

より一般的な生産構造を考えると、議論はいくつかの場所で破綻する可能性がある。マルクスは、古典的な労働価値説を用いて、各商品の単位を生産するのに直接的または間接的に必要な労働時間を計算した。次に、それ自身を再生産するのに必要な労働量、あるいはそれと同等に、閉鎖系と消費の商品群の価値(マルクスは、いつでも知ることができると仮定した)、つまり、「労働力を生産し、発展させ、維持し、永続させる」ために必要な必需品の塊に含まれる労働の総量を計算した。この労働量をT*で表す。各労働者は最低生活水準でのみ賃金が支払われるという仮定の下で(マルクスの基本的前提である)、労働者は一日にT時間働くことによって、T*時間の労働を含む大量の必需品を受け取る。もしT>T*なら、資本家は労働者に労働力の再生産に必要な以上の労働をさせ、労働者は過重労働、低賃金、それゆえ資本家に搾取される。そこでマルクスは、労働者Tの労働総供給量を、労働時間で測定した有償部分T*と無給部分T-T*に分け、搾取率eを(T-T*)/T*と定義した。この定義を用いて、マルクスは、利潤均衡率と均衡成長率が正であるのは、搾取率eが正である時だけであるという定理を確立した(「マルクスの基本定理」と後に命名されたもの)。

 

この議論全体が、第一に、価値の計算(労働価値説に依拠する)、第二に、賃金は自己充足的であり、第三に、賃金が何であるかについて誰もが合意していること、に決定的に依存していることに注意するべきである。

 

森嶋通夫は、商品の価値が一意に決定されないという曖昧なケースや、一部の商品がマイナスの値をとるという無意味なケースを避けるためには、いくつかの厳密な仮定が満たされなければならないと指摘している。しかし、共同生産と技術選択が認められ、複数の主要な要因を持つとなれば、我々は労働価値説を捨て去らねばならず、したがって、価値の概念が搾取の定義に不可欠であるならば、「マルクスの基本定理」は、フォン=ノイマン方式で扱われる耐久資本財の一般的な場合には適用できないことになるだろう。

 

資本家が労働者から利益を搾取するという議論は、多くの人にアピールするものだ。明らかに、不平等の拡大は、このバージョンの物語で簡単な説明を見つけることができる。労働者の搾取に加えて、資本主義経済は長続きしないことも暗示されていた。そして、そのような予言の魅力に拍車をかけるように、資本主義社会は何度も揺らいできた。「資本主義の矛盾」と呼ばれる、このような仮説を支持する議論は、次のような線に沿って進むだろう。成長経路に沿って、収益性が上昇する一方で、雇用への圧力がそれを可能な限り押し上げ、したがって、雇用利益率が下がり始めるのは避けられない。その結果、成長率が低下し、雇用が低下する。雇用率と就業者比率という2つが追いかけ合っている。このような話は、グッドウィンによって、マルクスの資本主義に対する矛盾仮説を支持する形で構築された。モデルが極端な仮定に困難を極めていることを示すことは容易である。結果は、特定のフィードバック項がゼロであることに決定的に依存し、更にグッドウィン・サイクルが破綻する可能性がある。実際、変数を定義域内に保持する方法がないため、サイクル自体が意味を失う可能性だってある。

 

したがって、マルクスの経済学は、極めて特殊な条件の下でしか成り立たない。サミュエルソンは、次のように述べている。

 

カール・マルクスは、定常状態と均衡のとれた成長均衡の経済の先駆者の中で名誉ある地位を占めるに値する。この独創的な貢献に妥当な評価は、マルクスの前任者、同時代人、後継者の主流派経済学に反するものではない。マルクス数理経済学者というよりは「単なる」偉大な経済学者であったという見方で終わっても、彼の分析能力がこのように認識されたからといって、政治経済学という科学の独創的で創造的な形成者としての彼に対する評価が損なわれることはない。

 

マルクス経済学の重要性を否定する一つの方法は、マルクス経済学は現実世界を理解するための政策の枠組みを組み立てる上で十分に頑健ではなく、明らかにほとんど役に立たないと言うことである。但し、否定するにも注意が必要であろう。というのも、マルクスもまた、古典派の枠組みからの逸脱を論じていたということである。その意味で、森嶋通夫が『思想としての近代経済学』(岩波書店)で述べていた通り、マルクスもまた「近代経済学者」の一人であると考えることもできなくはない。

 

マルクスが「自分はマルクス主義者ではない」と言ったことは注目に値する。近代経済学の理論の面でも、マルクスは確かに彼の追随者とは異なっていた。資本主義の下では、賃金はそれ自体を再生産するのに十分であるという考え、または労働に最低賃金が支払われると仮定するという考えは、マルクスよりもずっと前からあった。古典的パラダイムである限界生産物の価値を支払う代わりに、労働参加を維持するのに辛うじて十分な賃金を支払うことは、近代的であった。

 

プリンシパルは、参加制約とインセンティブ制約という2つの主要な制約を満たす契約を提供することで利益を最大化するという考え方である。明らかに、マルクスは、20世紀後半で登場した考え、つまり資本家をプリンシパルとして扱い、労働者をエージェントとして扱い、彼らがただ参加することを保証された、いわゆる「参加制約」の議論を先取りしていた。

 

更に、雇用者と被雇用者の関係に権力の概念を導入した点も重要である。古典派の伝統が市場に関するものであったことを考えると、マルクスが、参加者や意思決定者が市場価格に受動的に反応していない状況を描写していることは明らかに読み取れる。マルクスが、価格が価値によって決定されると考えていたことを考えると、彼らが貢献した金額よりも少ない賃金を支払うことによって仕事を引き出す力は、権力の行使というほかないだろう。マルクスは、リベラルな資本主義経済でさえ、成長し技術の変化を経験している間は、永久に「労働力の予備軍」、あるいは失業者を抱えることになり、これが雇用主が労働者階級に対して抱く真の脅威であると主張した。これは、あらゆる契約におけるインセンティブ制約である。契約を受け入れないことは、いわゆる貧乏な労働予備軍の隊列に加わることを意味し、それは確かにより悪い状況をもたらすだろう。したがって、マルクスが念頭に置いていたのは、契約の問題である(マルクスは、資本主義の環境下における失業問題を解決することには本質的な興味はなかった。あくまで搾取の理論を打ち立てるために、失業か労働予備軍が必要だった)。

 

この二つの側面、すなわち、最低賃金の支払いと、労働者に最低賃金の受け入れを強制し、資本家が剰余価値を搾取することを可能にした失業(予備軍)が存在するという事実は、マルクスの図式において根本的に重要であり、マルクス経済学の魅力に大きく貢献した。決定的な問題は、マルクスの理論の他のすべての側面をまとめた首尾一貫した物語が、マルクスによっても、マルクスの信奉者によっても構築できないという点である。

 

マルクス主義に基づく経済はなぜ衰退・崩壊したのか。繫栄したのは、経済を運営する共産党だけだった。しかし共産党は、最低賃金で生活していた庶民を犠牲にし、失業者の予備軍は存在しないと報告されていたが、共産党の支持から外れることは貧困化よりも遥かに悪い運命をもたらすため、避けるべきことであった。つまり、両方のタイプの制約の要素が働いていたのである。

 

問題は、経済圏内の情報の流れの重要性の高まりと、関係する主体のインセンティブの軽視にある。資本家を排除し、生産手段の所有者として国家に置き換えることは、第一に、不正確な一連のインセンティブを生み出した。国家は、本来あるべき利益と効率性にはあまり関心がなく、自らの支配を維持することに関心があった。ラジオやテレビを通じて、そして後にはソーシャルメディアを通じて、情報の流れが、生活賃金(マルクスが多かれ少なかれ不変の賃金として受け入れていたもの)に大きな変化をもたらし、剰余価値の抽出がますます困難になり、より正確には、遥かに大きなコストで達成できるようになったことである。これは、マルクス主義者が用いる議論、すなわち、資本主義は内部矛盾のために崩壊する運命にあったという議論と同質のものである。

 

実施された政策はことごとく失敗し、これを隠蔽するために、あるいは国民に本当の状況を知られないようにするために、抑圧的な措置が取られた。そのような歩みは今日の社会主義諸国で続いている。人々の幻滅が広がるのは必然である。このような幻滅を抑えるためには、より抑圧的な措置が必要になり、その結果、このシステムは維持できなくなる。加えて、この制度は、主に抑圧的な措置のために、決して回復することはない。

 

マルクス主義経済が消滅しつつあるとはいえ、資本主義経済が繁栄していることを意味するものではない。資本主義経済も困難を抱えている。但し、資本主義経済はクラッシュすることはあろうが、しばらくすると復活する。恐らく、資本主義体制下での抑圧の規模が、マルクス主義体制下で採用された抑圧の規模に決して匹敵しなかったからか、それはわからない。マルクスの図式では、共産主義は資本主義を打ち負かした後の最終段階であった。しかし、物事はそのようには上手く行かなかった。共産主義体制は時間の経過とともに市場資本主義に取って代わられ、更に多くのセーフティネットが整備された。これらのネットが本来の役目を果たさず、システム全体が破壊されるとしても、マルクス主義経済とは異なり、以前の体制の修正に過ぎない程度の変化で再浮上するだろう思えるところが、資本主義経済の反脆弱性と言えるのかもしれない。

議院内閣制について

カール・シュミットの思想は、民主制の危機および議会制の危機に乗じて形成されてきた。西欧各国における国民国家形成の原動力の一つとなったリベラル・デモクラシーは、市民社会の成立とともに確立されていった法治国家体制の政治理論として機能した。市民社会の「自律性」を標榜し、国家権力による市民社会に対する干渉を極力排斥したリベラル・デモクラシーの政治理論への批判者としてシュミットが登場したことも、耳にタコができるほど聞かされてきた。Democracy in Crisisである。

1932年の『現代議会主義の精神史的位置』と1931年の『憲法の番人』において、シュミットのリベラル・デモクラシーに対する正面切っての批判が展開されている。シュミットによれば、議会制はリベラリズムの産物であり、デモクラシーからの必然的帰結ではない。議会制の理解においてデモクラシーを持ち出す必要はないのであって、デモクラシーの本質を規定するものは「同一性」の観念、すなわち「治者と被治者の同一性(自同性)」である。

議会の議員は国民から選出され、立法権限を受託された者であり、議会を通じて行われる決定が国民自身の決定と等置される。技術的理由から国民の代表者としての議会におけるその受託者が決定権限を行使することを正当化する理屈は、唯一の者が国民の名において決定権限を行使することを正当化する理屈にもなりうる。そのことを示すことによって、反議会主義はデモクラシーと矛盾するものではない。そう言うのである。

真のデモクラシーは、等しいものが等しく取り扱われるばかりではなく、その必然的結果として、等しくないものは等しく取り扱われないことによって成立する。従って、デモクラシーには同質性が必要なのであり、異質なものの排除をその内在的論理として包含している。場合によっては、その異質な者が絶滅されるべき「敵」として排除されることすらある。

デモクラシーの原理とリベラリズムの原理は究極において相対立する契機を内包すると考えるシュミットの思考と同様の思考を見せるのは、我が国の憲法学者清宮四郎である(現在存命の憲法学者の超大物の名をあげるとすれば、たいていの者はおそらく樋口陽一佐藤幸治を思い浮かべるに違いないが、その樋口の師が清宮四郎である)。対して、リベラリズムとデモクラシーとは調和すると考えるのが芦部信喜。デモクラシーの本質に関する理解において、僕は清宮の見解に同意し、芦部のような折衷案を採らない。

 

内閣の解散権の性格と絡む議院内閣制の本質に関する芦部信喜の見解は、「責任本質説」である。この通説 に対して、権力作用の分立性を重視する佐藤幸治は、「均衡本質説」を主張する。佐藤幸治の主張する均衡本質説の背景にある思想は、もちろん権力分立作用の重要性を強調する考えに基づくわけだが、その究極的な理由は、デモクラシーの原理とリベラリズムの原理との相克にあるのではないかと思われる。デモクラシーの原理の抑制の仕組みとして組み込まれたリベラリズムの原理から要請される権力分立作用を重視する視点から、解散権の性格が捉え返されるわけだ。他方、芦部信喜の主張する責任本質説は、内閣は議会の信任に基づいて成立し、議会に対して連帯して責任を負う点こそが議院内閣制の本質である点を強調する。

 

ところが日本国憲法は、議院内閣制を採用しながら、国家権力の一定程度の分立作用(三権分立)を組み込んだ建付けになっているので、「厳格な三権分立」とは異なる「緩やかな三権分立」となっており、強いて言うならば、内閣制と大統領制の部分的なつまみ食いのような格好になっている。

デモクラシーとリベラリズムが究極的には相矛盾する契機を内包すると考えるのか、必ずしもそう考えるわけではない立場であるかを問わず、権力分立原理はデモクラシーから帰結する原理ではなく、むしろデモクラシーの暴走を抑制する原理として制度的に取り込まれている点が近代立憲主義の要諦であるという考えは共通している。

モンテスキューが国家権力の作用として立法権・執行権・司法権の三つを区別したことぐらいは誰でも知っていることだが、このうちの立法権と執行権(ここでは行政権と考えてもいいことにしておく)の二つの権力作用の関係に基づいて政体を分類する議論が論じられることは極端に少ない。大統領型政治と内閣型政治の二分類である。

もっとも、この分類は立法権と執行権の関係に基づく政体の分類であるので、大統領の存在があるからだとか内閣があるからだとかいう点だけで大統領型政治形態と内閣型政治形態になるというわけでは必ずしもない。立法権を有する国家機関は立法部すなわち議会であり、執行権については執行権を有する執行部として大統領と内閣がある。この執行部は通常は行政部と同義に用いられることが多く、行政部の長である大統領あるいは行政部である内閣に執行権が帰属すると考えられている。

アメリカ合衆国憲法第2条1項には、「行政権はアメリカ合衆国大統領に付与される」と規定されており、日本国憲法第65条で「行政権は内閣に属する」と規定されている。立法権と執行権の関係は、先ずは執行権の帰属が確定され、その次に執行権が帰属する機関と立法部との関係が問われることになるという構成をとっている(もっとも、執行権の帰属を明文において規定していない英国のような例外もあるが)。

執行権と立法権の関係は、基本的にはこの二つの権力作用が独立的であるか否かということ、すなわち、権力分立の理論に基づいて議論される。権力分立論を徹底化させた形態が大統領制であり、権力分立が厳格でなく執行部と立法部が密接な融合関係にあるかもしくは執行部が立法部の信任に立脚している形態が内閣制であり、我が国の現行憲法は後者のそれも「議院内閣制」を採用している。

米国では、執行権は大統領に帰属し、議会(Congress)に対立する関係にあるから大統領型政治に分類され、英国の内閣は立法部の「執行委員会」であるから内閣型政治である。大統領と内閣をともに有するフランスでは、執行権は大臣会議議長(首相)に帰属し、首相は議会(Parlement)の信任に基づいてこれを行使するので、内閣型政治と考えられる。

つまり、名称として大統領あるいは内閣という存在があろうと、それとは直接に関わらず、権力分立論の援用によって大統領型政治か内閣型政治とに分類されるのであって、立法権と執行権が互いにどの程度独立的であるのかの程度に応じて、大統領型政治か内閣型政治か、はたまたその中間的な形態なのかに分かれる。

Presidential Governmentの典型は米国と言われる。しかし、これでも純粋な大統領型政治ではない。執行権は大統領に帰属し、大統領の任期は4年で、間接選挙で国民により選出されることは誰でも知っている。この権限は強大で、任期中は、死亡するか弾劾されるかしない限り失職することはなく、国家元首であるとともに執行部の長でもある。フランスの大統領と首相とを一緒にしたようなポストであるから、むしろ「総統」という呼称が相応しいかもしれない。軍の統帥権を持ち、行政権を統轄し、高級官僚の任免権をも独占する。権力分立が徹底しているとは言いながら、司法長官の任命権をも有する。

フランクリン・ルーズベルトは、ニューディール政策について連邦最高裁での違憲判決を出させないために連邦最高裁の判事を入れ替えてしまったエピソードがよく知られている。大統領は、憲法と法律に規定する権力の行使にあたり、長官(Secretary)という一つの国家機関を介することになっているが、長官は立法部に対して責任を負わず大統領に対してのみ責任を負うことになっているので、大統領は自由に長官を任免できるといっても、議会に議席を有する者を任命することはできない。Cabinetという言葉が慣用されてはいるが、これは大統領と各行政部門の長官との会合を意味するに過ぎず、執行権が帰属する本来の内閣(Cabinet)とは異なる。

こうした大統領型政治の根本的欠陥は、よく言われているように、立法部と執行部との間の過度な独立性に向けられる。両者の間の溝が調整不可能な程のデッドロックに陥った場合の対処をどう図るかという問題である。打開策として常設委員会(Standing Committee)が設けられているとはいえ、かえって非効率を招いてしまう。更に、議会に対する法律案の発議権が認められていないので、せいぜい「教書」の形で願い出るほかなくなる。立法部と執行部が徹底的な牽制関係にあるという建付けのため、執行部は立法部に対して責任を負わないばかりか、大統領は任期中において国民に対してすら責任を負わないのである。行政各部を所掌する長官は大統領に対してのみ責任を負うので、ある意味で「究極の無責任体系」としての大統領型政治が出現するわけである。

日本では時折、大統領型政治を望む声が聞こえるが、地方自治体の行政ならばともかく、こと国政においては、議院内閣制の弊害よりも大統領制の弊害の方が遥かに大きい。また、我が国憲法の第一章との兼ね合いからも(天皇国家元首と解するかどうか学説上争いがあるが、そもそも共和政体とは言い難い)、議院内閣制の方が優れているし、また危険度も小さい。

反地球市民的人間の遊撃

自分自身のことを「日本人」であると自覚することは度々あれど、「地球市民」と思ったことなど一度たりともなかったし、なりたいと思ったこともない。加えて、「地球市民」なる人種に生まれてこの方一度として出会ったためしなどないし、おそらくこれからもないのだろうが、そう思う理由の一つは、おそらく「地球市民」という言葉の持つ胡散臭さないしはアホっぽさにあるのではないか。

 

もちろん、公共哲学的主題として真面目に検討されてしかるべき問題がそこに含まれていることを認めるに吝かではないが、そうであるにしても、どうしても馴染めない理由を更に探ってみると、究極的には、特に近代以降の社会思想において中心的主題の一つとして陰に陽に繰り返し問われ続けてきた「公共性」・「公共世界」を言祝ぐかのような言説に対して違和感を抱いてきたからではないか。例えば、ユルゲン・ハーバーマス丸山眞男といった哲学者や思想史家の著作に理屈以前に肌が合わないと感じるのも似たようなものかもしれない。

 

丸山眞男『(増補版)現代政治の思想と行動』(未来社)の追記と補注において、「無法者(アウトロー)」の類型として8つの特徴が挙げられている。この類型に当てはまる存在こそが、市民社会の敵たる「無法者」らしいのである。この「無法者」どもは、市民的公共性の担い手足りえない、「日本版ファシズム」の温床にもなりうる「野蛮ベティーズ」とでも言いたいのだろうか。精神科医斎藤環が侮蔑の眼差しを向ける「ヤンキー」も、程度の差こそあれ、この類型に属する者たちかもしれない。

丸山が「無法者」の類型の特徴として挙げた8つの要素とは、
(1)一定の職業に持続的に従事する意思と能力の欠如(市民生活のルーティンに堪える力の著しい不足)。
(2)「もの(Sache)」への没入よりも人的関係への関心。ゆえに専門家の適性の欠如。せいぜいハロルド・ラズウェルの言う「暴力のエキスパート」。
(3)不断に非日常的な冒険、破天荒の「仕事」を追い求める傾向。
(4)「仕事」の目的や意味よりも、その過程で惹起される紛争や波瀾それ自体に興奮と興味を感じる。
(5)私生活と公生活の区別がない。とくに公的な責任意識が欠け、その代わりに特定の人的義務感(仁義)が異常に発達している。
(6)規則的な労働により定期的な収入をうることへの無関心または軽蔑。その反面、生計を献金、たかり、ピンはねなど経済外的ルートからの不定期の収入もしくは麻薬密輸などの正常ではない経済取引によって維持する習慣。
(7)非常もしくは異常事態における思考様式やモラルがものごとを判断する日常的な規準になっている。ここから善悪正邪の瞬間的断定や「止めを刺す」表現法が好まれる。
(8)性生活の放縦。

丸山眞男のいう「無法者」とは、彼が理想とする「市民社会」の成員の類型とは真逆の類型にして、「公共性」の担い手足りえない存在である。ここから逆照射して、そもそも「公共性とは如何にして可能となるのか?」という問いを捉え直してみる試みがあってもおかしくはないはずなのに、なぜかそうした思想史研究が見られない点が、これまでの「公共性」論に対する不満なところである。「公共哲学」にしても、「反−公共」と見られがちなこれら「無法者」の視点から「公共性」を再定礎する試みがあってもよいはず。

丸山と同様、「進歩的文化人」と自ら称していた哲学者久野収の対話形式の論考「市民主義の成立-一つの対話」にも、職業を持った者の、パートタイマー的アンガージュマンを心がける自立的市民の連帯こそが、市民的公共性の土台を形作ると述べている通り、丸山の言う「無法者」は、久野の言う「市民」には含まれないと考えられるだろう。

市民的公共性」の担い手たる自立的市民は、公共的規範の内面化と同時にリゴリスティックな二分論における一方の私的領域との分離を前提にしているところも、「無法者」ないしは「ヤンキー」とは別種の存在類型であり、そうであるからこそ、時には畏怖の対象に、時には侮蔑の眼差しを向ける対象に彼ら彼女らを位置づけ排除する。

 

西洋近代の倫理学において大きな潮流を形作っている義務論は言うに及ばず、功利主義も広くは私的価値と公共的価値をどう接続させるかという問題意識の上に立脚している点からみて、極めて近代的というべき倫理学の姿である。

 

他方で、ごくわずかに、この「無法者」や「ヤンキー」あるいは広く「世間から、厄介者ないしどうでもいい存在としてぞんざいにあつかわれているアワやアブクのような存在」、を社会学的分析でもなく、政治的包摂のための言説でもなく、哲学的ないし思想的に肯定的な眼差しをもって描こうする(あるいは、描こうと意図しているかに見受けられる)言説が存在する。折口信夫『古代研究』所収の「ごろつきの話」で肯定される「美的な乱暴」としての「ごろつき」や「かぶきもの」、千葉雅也『意味がない無意味』所収の「あなたにギャル男を愛していないとは言わせない――クール・ジャパノロジーと倒錯の強い定義」における「ギャル男」も、「公共性」を言祝ぐ言説で称揚される「市民」の類型には収まりようのない「厄介者」であろう。

 

それを意図したのかどうかはわからないが、この『意味がない無意味』所収のいくつかの文章は、「善良な市民」ならば眉を顰めかねないような、ある意味でかぶき者を称揚しているかに読める婆娑羅な「乱交的存在論」は、「好きなことさせろや!」とぶつ「反-公共」の哲学宣言でもあるのだ。

 

「善良な市民」が顔を背け、軽蔑の眼差しを向け、そして最終的には視界から排除するそれら存在の肯定が「公共性」論への対抗言論にまで展開するのは、ほとんど必然的であろう。規格化された行為の範疇に収まらないある種の過剰性が、距離や方向感覚を失って散乱する「暴力性」の持つ「性的」側面を肯定的に捉えたものでもある思って読むと、また違った意味をまとった言説としてその魅力を放つのではないか(折口信夫なら「ごろつき」や「かぶき者」に、千葉雅也なら「ギャル男」や場合によっては「ヤンキー」に、それぞれ欲情しているのだ。こうした言説の持つ清々しさは、例えばヤンキーへの侮蔑と恐怖に支えられた斎藤環の言説の持つ陰湿さと対照的ではないか。しかし、「善良な市民」の神経を逆撫でしてしまうという副反応がついてまわるだろうけど、そんな副反応は無視すればよい)。

 

そしてそれは、近代以降における社会思想を支える「公共性」を再考させる「反地球市民的人間の遊撃」として、「哲学のヤンキー的段階」へと展開させる言説を組織するはずである。

現象学と芸術作品

20世紀の哲学の幾つかの潮流に見られた特質の一つとして、哲学と芸術作品との接近が挙げられる。もちろん、それ以前の哲学にも芸術を論じるものは存在したが、それらは得てして自らの哲学的見解を通した芸術作品に対する美学的分析という域を出るものではなかった。20世紀の哲学の幾つかの潮流と芸術作品との接近とは、そういう以前に見られた現象とは異質な性格を持っている。

 

哲学者が論じるべき対象としての芸術作品を眼前に定立して、これを分析のふるいにかけて「料理する」というものとは違って、芸術作品の生成や芸術家の創作体験に存在者の存在の開示のされ方として接近していった。その典型が、フッサール現象学の圏域で思考を始めたマルティン・ハイデガーであったり、モーリス・メルロ=ポンティであったりするだろう。

 

もっとも、20世紀の哲学における一部の潮流に見られることであって、それとは逆に、芸術とは無縁の哲学の方が寧ろ主流を占めていたとさえ言えるだろう。分析哲学系の潮流もそうだし(分析哲学の思考フレームを用いた分析美学というジャンルがあるけれど)、それと密接な関係を持つ科学哲学や論理学も、基本的には芸術とは無縁である。

 

イスラエルの哲学の主流は、この方向性の極端な形態と言えるのかもしれない。イスラエル哲学界は、数学・論理学・計算機科学・物理学と結びついた哲学研究が盛んで、古くは名著『空間の概念』や『量子力学の哲学』で知られるマックス・ヤンマーが有名だし、統計的因果推論やベイジアン・ネットワークの進展に寄与したジューディア・パール、確率論・量子論の哲学で知られ、数年前亡くなったイタマール・ピトウスキー、幾何学的安定性理論に貢献したエウド・フルジョウスキー、数理論理学者で暗号理論でも著名なマイケル・ラビンといった面々が聳えている。

 

ロベルト・ムジール『特性のない男』は、哲学者が好んで引用する20世紀を代表する小説の一つであるが、なるほど確かに、この小説の中には哲学者を惹きつけるであろう幾つかの概念が所々に登場する。とりわけ、第一部第四章に登場する「可能感覚」や「意識的ユートピア主義」といった奇異な概念は、当時勃興しつつあった現象学運動で現れた幾つかの概念との類縁性を持つ。この「可能感覚」という概念は、「現実感覚」と対になる概念で、これを「たいていの人がもっているあの現実的可能性に対する感覚」とは違って、「可能的現実性に対する感覚」や「存在するものを存在しないものよりも重視したりはしない能力」と位置づけている。

 

可能的体験や可能的真理は、現実的体験や現実的真理から現実に存在するという値を引き去ったというだけものではなく、少なくともその信奉者たちの意見によれば、なにかきわめて神的なもの、一つの炎、一つの飛翔、現実を恐れることなく、むしろ現実を課題として、虚構として扱う構築の意志と意識的ユートピア主義を含んでいるものなのだ。

 

ムジールは、「可能的なもの」を「神のまだ目覚めぬさまざまなもくろみ」とか「いまだ生まれざる現実」とか言い換えているので、彼の目もまた物になる前の物の姿に向けられ、我々が「現実」と呼んでいるものの「他でもありうる可能性」を考えていたことが伺われる。

 

この文脈において、先の「意識的ユートピア主義」という概念の持つ意味が明らかになっていく。ダニエル・デネット『解明される意識』は、次のように評価している。

 

解釈を剥ぎ取り、厳密な観察に対する意識の基本的事実を露呈しようとする他の試み、例えば芸術における印象主義の運動とかヴントやティッチェナーらの内観主義的心理学と同様に、現象学は誰もが同意しうるような単一的に確定した方法を発見することができなかった。

 

と言い、現象学の失敗を宣告する。僕も、現象学存在論に対しては極めて否定的な立場なので(フッサールについて肯定的に評価できるのは『論理学研究』第1巻までであり、後の見解に関しては是々非々といったところであるが、『デカルト省察』や『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』といった後期思想に関しては、多くの現象学研究者とは逆に、低い評価)、デネット現象学に対する評価に一定の共感を覚える者であるが、さすがに現象学と内観主義と印象主義とを一括して批判しさる点には同意できない。そもそも、現象学でいうところの意識経験と、「心の哲学」における心的内容が同一であるかが自明ではないのに、こうした断定は乱暴に過ぎよう。

 

現象学的アプローチでは、意識経験のうちの還元不可能な性質から出発する。出発点としての「生きられた経験」は、同時に還帰すべき原点でもある。これは一般的意味での心的内容とは異なる。人間的経験の生き生きした性質を反省によって再発見することが根本モチーフとなっており、フッサールの格言「事象そのものへZu den Sachen selbst」は、三人称的対象化による世界への対向以前の直接に感受されるままの経験された世界(生きられた世界)への「還帰」としての意味を持つ。フッサールデカルト省察』では、

 

超越論的エポケーという現象学の基礎的方法は、われわれを超越論的な存在への基盤(すなわち純粋自我がその意識体験の存在へ)立ち帰させる限りにおいて、超越論的-現象学的還元と呼ばれる。

 

と述べているし、メルロ=ポンティ『知覚の現象学』においても「還帰」という表現を用いて説明している。

 

事象そのものへ還帰することは、知識に先立つ世界、知識がいつもそれについて語っている世界へ還帰することであり、その生の世界に対して科学的図式は抽象的で派生的な記号言語に過ぎないのである。例えば地理学は、われわれがあらかじめ知っていた田園地帯の森の草原や川への関係なしにはありえなかったであろう。

 

フッサールは、この「現実」の存在を暗黙のうちに無条件に措く我々の日常の構えを「自然的態度」と呼び、この「自然的態度」を一度判断停止(エポケー)して現実の事物をこのように現出させている意識の志向性に立ち返って事物をその生まれ出る状態で捉えようとした。このための方法が、「現象学的還元」と呼ばれる能作である。この能作によって、「自然的態度」での経験が新たに見直されてくる。

 

とはいえ、この能作は、別の新たな世界を考察するものではなく、あくまで通常の経験ある種の二次的経験として捉え返す作業である。反省の対象に対する信憑を一時的に留保し、現実に存在するとされているものの存在措定を、及びそれを可能にする判断のための枠組みを、「括弧に入れる」。こうした判断の停止(エポケー)は、だからといって、思考そのものを停止することを意味するわけではもちろんない。日常的な判断に向けられていた思考をそれ自身の発生源へと振り向けるという自己誘発的能動的能作である。

 

フッサールは、同時期に詩人ホーフマンスタールの講演「詩人と現代」を聴講した時、ホーフマンスタールの説く反自然主義的純粋芸術と現象学的還元による本質直観との類縁性に感心したという。フェルディナンド・フェルナンによって著され、木田元によって訳された『現象学表現主義』がこの辺の事情を教えてくれる。

 

この書は、現象学運動の哲学的動機を知る上においても参考になるだろうし、これと併せて新田義弘『現象学』(講談社)や同『現象学とは何か-フッサールの後期思想を中心として』(講談社)を読めば、フッサール現象学についてのスタンダードな理解を掴み、そこから直にフッサール等の現象学研究のテクストに向かうための足掛かりを提供してくれることになるだろう。この二著は、現象学研究者の中でも定評のある研究書であり、入門書という域を超えているところもあるが、スタンダードな理解が整理されている分、入門書としても十分に機能するだろう。木田元現象学』(岩波書店)も、フッサールハイデガーサルトルメルロ=ポンティをコンパクトに解説した上に、当時の世相を反映してか、最後にわずかではあるが、チャン・デュク・タオ現象学弁証法唯物論』にも目配せしている良書ではある(斎藤慶典『思考の臨界-超越論的現象学の徹底』(勁草書房)も入門書とは言えないが、学説の整理もされているので、著者の思考の軌跡を辿りながら、現象学的思考を身に着けていくには格好の素材となっている)。

 

フランスにおける現象学の動向について知りたければ、ベルンハルト・ヴァルデンフェルスによる名著『フランスの現象学』が訳されているので、現象学研究の大家によって整理されたサルトルメルロ=ポンティやリクールやレヴィナスの営為が理解されるだろう。更に、雑誌「情況」で編まれた現象学特集が充実している。立松弘孝、新田義弘、渡邊二郎、田島節夫、木田元足立和浩といった面々の論考が読めるので、この存在は有難い。

 

1930年代中頃、ちょうどハイデガーナチス党員として就任していたフライブルグ大学総長を短期で辞任した直後に著した『芸術作品の起源』は、ドイツ観念論の美学や後の新カント派の美学思想を批判する形で芸術作品によって開示される存在論を展開している。

 

この靴の穿きふるされた内部の暗い穴から労働の歩みの厳しさがじっとのぞいている。この靴の頑丈な重さのうちには、荒涼とした風の吹きすさぶ畑のなかにどこまでも遠く延びた単調なあぜ道を歩むゆっくりとした足どりの粘りづよさがたくわえられている。革には土壌の湿り気と飽和が浸みこんでいる。踵の下には暮れかかる夕べの野道を行く淋しさが忍びこんでいる。この靴のうちには、大地の無言の呼び声と、熟れた穀物を贈ってくれる大地の静寂と、人気のない休耕時の寒々とした畑にみなぎる大地のゆえ知らぬ拒絶とが響いている。嘆きをもらすわけではないが、パンを確保しようとして心を砕く心労、またもや苦難を切り抜けることができたという言葉にならぬ喜び、出産が近づいた時のおののき、死に脅える戦慄が、この靴を通り抜けてゆく。この靴は大地に帰属し、農婦の世界のうちに保護されているのである。

 

芸術作品も一個の物であることに変わりがないし、我々の生活に有用な一つの道具であるという性格を持つが、物としての側面や道具としての側面からだけでは芸術作品の本質を捉え損ねるとハイデガーは言いたげである。のみならず、芸術作品のうちで、逆に物とは何か道具とは何かという意味が開示されていくのであるとまで言わんとしているかに見える。

 

ハイデガーが取り上げるファン・ゴッホによって描かれた一足の農婦の靴の絵に向ける視線に先は、ゴッホの絵に直接描かれた靴の存在だけではなく、その靴が属している農婦の世界を開示し、その世界から立ち現れては再び引きこもろうとする大地の存在である。ここに、『存在と時間』で記された「世界-内-存在In-der-Welt-Sein」との連続と断絶の両面を見ることは容易い。似たようなことをメルロ=ポンティも言い残している。『眼と精神』には、次のような記述がある。

 

ラスコーの洞窟に描かれている動物は、石灰岩の亀裂や隆起がそこにあるのと同じふうにそこにあるのではない。といって、それらの動物がどこかほかのところにいるというわけでもない。この動物たちは、それらが巧みに利用している岩の少し手前、あるいはその少し奥に、しかもその岩によって支えられながら、そのまわりに放散しており、目に見えないその繋索を引きちぎることはないのだ。

 

この、単なる物を視ることではない、物になっていく組成を、メルロ=ポイティは「想像的組成」と呼んだ。芸術は、身体とこの世界との関係としての存在の謎を増幅させて見せてくれるものである。メルロ=ポンティ『知覚の現象学』は、次のように述べられている。

 

意識とは、身体を媒介にした事物への存在である。ある運動が習得されるのは、身体がその運動を了解したとき、つまり、身体がそれを自分の<世界>へと合体したときである。そして自分の身体を動かすとは、その身体を通じて諸物をめざすこと、何の表象もともなわずにその身体に働きかけてくる諸物の促しに対して、身体をして応答させることである。したがって運動性とは、あらかじめわれわれに表象されてあった空間上の点へと身体を運んでゆく、意識の奴婢のようなものではない。われわれが自分の身体を或る対象に向かって運動させることができるためには、あらかじめその対象が身体にとって存在しているのでなければならない。したがって、われわれの身体が<即自>の領域に属さないものでなければならない。先行症患者の腕にとっては、もはや対象は存在しないのであり、このことゆえにこそその腕が動かせないのである。純粋な先行症の症例では、空間知覚は冒されておらず、それどころか、<なされるべき所作の知的観念>さえも曇らされていないように見えるが、にもかかわらず患者は三角形を模写できない。これらの症例によって、身体は自分の世界というものをもっていること、対象とか空間とかはわれわれの認識には現前してもわれわれの身体の方には現前しないこともありうること、こうしたことがよくわかるであろう。

 

ここでは、身体そのものが世界を持つことが指摘されており、身体とは、「いま」と「ここ」として、私を世界の中に位置づけることである。身体がある行動を了解するとき、すでに共同存在が開かれている。更に、後期になると、身体という「生地」でできた世界を織り込む二重の可視性や可感性を、メルロ=ポンティは<肉chair>と呼ぶようになる。

 

私の身体が世界と同じ肉でできているということ、そして、さらに私の身体のこの肉が世界によって分かちもたれており、世界はそれを反映し、世界がそれを蚕食し、それが世界を蚕食しているということ。

 

私と世界が内と外とに二重化し、物が(その内と外とに)二重化することによって実現される私の身体と物との交叉配列。世界が私の身体の二枚の花弁のあいだに挿入され、私の身体がそれぞれの物や世界の二枚の花弁のあいだに挿入されるということが可能なのも、こうした二つの二重化がおこなわれるからである。ハイデガーにおいても、メルロ=ポンティにおいても、芸術作品への接近は、存在論としての意味を持っていたのである。