shin422のブログ

右翼反動による「便所の落書き」擬きの日記

他者論の奇怪さ

 蓮實重彦は、確か『「知」的放蕩論序説』(河出書房新社)において、当時隆盛を極めていた「他者論」に対して、「表象不可能」と言いながらある「高さ」のイメージを伴いながらそこから無限に言説が紡ぎ出されていく事態について嫌味を述べていたかと思う。柄谷行人も、この時期の「他者論」の隆盛に影響されてかどうかは判然としないが、「カントの『物自体』とは、他者である」という言説を残していた。あながち間違いというわけでもない解釈だと思うが(とはいえ、全く正しいとも思わないが。ただ、そう解釈することもできないわけではないという意味だ。後に触れるように超越論的主観性ないしは超越論的領野とその「外部」としての「他者」との関係のように、「他者」を認識論的主観の「外部」として理解するならば、先の柄谷の言い方も理解できるということである)、蓮實重彦柄谷行人そして浅田彰もある程度偉かったと思われるのは、安易に「表象不可能性」というマークの下で無限に言説が紡ぎあげられていく構図に収まっていた「他者論」に多く見られて言説に対して、それぞれの仕方で「抵抗」の身振りを示していたことである。

 

 当時生まれてもいなかった者としては想像の域を出ないが、雑誌『朝日ジャーナル』のバックナンバーを繰ると(僕は、この『朝日ジャーナル』をロッキード裁判批判をめぐる渡部昇一立花隆との泥沼の論争を確認したくて大学の総合図書館でバックナンバーを取り寄せて読み漁ったことを今も鮮明に記憶している。おかげで刑事訴訟法321条以下の伝聞例外規定の具体的適用場面をイメージできたので、刑訴法の中でも比較的ややこしい証拠法の体系が整理できたし、今でも刑訴法321条1項2号の検察官面前調書の証拠能力を充たすための要件は甘すぎで、反対尋問権を保障する憲法37条の趣旨からすると非常に問題の多い規定であると思っている)、1980年代に「スター」扱いされていた頃の浅田彰ないしは「浅田彰現象」は、本人にその責を帰すことはできないものの、今から見るとメディアが無理矢理作り上げた虚像に踊らされている滑稽さがないわけでもなく、そうした現象に対して旧来の左翼から批判が寄せられもしたようだ。例えば、英文学者の富山太佳夫浅田彰『逃走論』(ちくま文庫)に収録されている「マルクス主義ディコンストラクション」に対して批判を加えた1人であるが、その富山太佳夫に対して、ドゥルーズ自裁した1995年の翌年に刊行された雑誌『批評空間』(太田出版)に掲載された「(共同討議)ドゥルーズと哲学」の冒頭において、名前こそ出してはいないが浅田がチクりと嫌味を言うなど意趣返しをしているところにその粘着質な性格を見てとることもできなくはない。おそらく雑誌『現代思想』(青土社)に掲載された富山の「追悼拒否」という文章を指してのことなのだろうと想像する。しかし現代の批評シーンが、個別の論者では面白い人も僅かながら存在するものの、概して「多摩川の二軍選手」(蓮實重彦柄谷行人闘争のエチカ』(河出文庫))が出しゃばっているような貧しい現状をみると、彼らの相対的優秀さがどうしても目立ってしまう。いずれにせよ、蓮實重彦の言う「『深さ』の誘惑に身を晒しながら『浅さ』にとどまる」(蓮實重彦『物語批判序説』(中公文庫))ことも必要だという思いにかられる。

 

 サルトル『自我の超越』(人文書院)によると、現象学において意識は志向性として定義されるのであるから「超越論的自我」というようなものはありえず、むしろ「超越論的自我」なる概念は有害ですらあるという。他方フッサールによると、現象学的還元によって見出された超越論的主観性は、一切の客観的存在と真理に対してその存在と認識の根拠を与えるものであるとされる。世界その他の志向的相関者は、認識論的主観の意識能作を超越して自存するものではない。だからフッサールとしては、世界の超越は世界を究極的に構成する自我との相関における超越に他ならず、かかる意味において、自我は存在する一切の超越に対する絶対的な前提としての地位が保障される。こと意識の志向性に定位すれば、世界のみならず自我すらも徹底的に還元の対象になるのだから。サルトルに言わせると、「経験的自我」と区別される「超越論的自我」なる概念は、むしろ還元の不徹底をこそ意味するものにほかならなかった。つまり自我は、世界及びその他の対象と同じくすべて意識の志向的対象の一つであって、この自我を世界へ向けて投げ出せねばならないというのである。「世界に向けて己を炸裂させる」という言葉は、かかる意味として理解される。したがって、意識それ自体は何ものでもなく、正に「白紙状態une table rase」ないしは素裸の「無」というほかない。かくして現象学的還元は、サルトルにおいては以後「無化作用neantisation」という意義を付与されることになる。すべてであるところの充実したものとしての後のサルトルのいう「即自存在l'etre-en-soi」と、存在から抜け出た無としての「対自存在L'etre-pour-soi」であるところの意識。ここにおいては、「超越論的自我」なる概念が成立する余地はない。だがフッサール自身は、「超越論的自我」なる概念が成立する余地などないというような結論に至る還元の方法について受け入れはなしなかった。というのも、フッサール自身もかかる表現を既にしていたというだけでなく、超越論的他者経験についても言及していることからすれば、当然に超越論的相互主観性の問題に拘っていたからである。

 

 「経験的なもの」を可能にする条件である「超越論的なもの」は「経験的なもの」から純化される必要があるにもかかわらず、それがなされなかったというのが、ドゥルーズのカント批判の一つだった。ドゥルーズの「超越論的経験論」は、「超越論的なもの」を「経験的なもの」の諸形象から転写することのできない唯一の手段であると『差異と反復』(河出書房新社)に描かれている。だがドゥルーズからすれば、カントの「超越論的なもの」はあくまで「経験的なもの」の転写でしかない。「経験的なもの」であるにもかかわらずそこに見出されたものの諸形象を「超越論的なもの」にスライドさせ、「超越論的なもの」の「資格」を欠くものを「超越論的なもの」と錯視することによって「経験的なもの」の基礎づけの構図を描くという悪循環の誤りを犯しているというのである。さてフッサールは、「自然的態度」において思念されたものをすべて「ノエマ的意味」に還元し、自然的に思念されていた他者も同じく還元の対象とされる。『デカルト省察』(岩波文庫)では、超越論的主観性による他者構成の機制を解明していくことになるが、ここにおいて言われる「他者」とは、世界の側の対象となる被構成体としての他者を意味するものではなく、「ともに」世界を構成する「他者」、つまりは超越論的主観性において世界を構成するときに既に居合わせているところの「他者」である。換言すると、「等しく世界をともに構成する他者」という「間接的」現前ないしは呈示の仕方でしか現象しないところの「他者」である。とはいえ、かかる「他者」経験を発生論的場面に即しつつ「対化」という「受動的総合」の一形式による「類比化的統覚」が決定的役割を果たす「自己移入論」を展開する『デカルト省察』は、こと「他者」構成論に限っては明白な破綻をきたしているとの悪評が流通している。

 

 レヴィナスの思考に見られる「他者」の「他性」は意識に我有化されないという意味で還元不可能である一方、フッサールは再び超越論的相互主観性の議論に持ち込んでおり、「他者」を自己の志向的変様態としか扱っていない。還元によって明るみになった超越論的領野とは、斎藤慶典流に言えば、すべてのものが「そこ」にもたらされるところの「場所」であって、「現象する」とは即ちこの「場」において立ち現われることに他ならず、この「場」の外部など想定できない。レヴィナスの「他者」は、この超越論的領野に現れはしないのである。もはや「他者」だの「外部」だのという表現すらもが無意味になる臨界において問われているのが、ここに言うレヴィナスの「他者」であり「外部性」なのである。ただそうすると、フッサールの思考にみられたパースペクティブ性すなわち現出の相関性に定位した現象学的還元の初歩のあり方は一体どこへ行ってしまうのだろうか。繰り返すが、超越論的領野の「外部」としての「他者」は世界内の具体的他者ではありえないとする解釈を採るならば、世界内の具体的他者とおぼしき形者への形容と「他者」の形容を混同するわけにはいかなくなるはずである。他者は「顔visage」そのものではないが、「顔visage」は「他者の痕跡」として位置づけられるとする一方、超越論的領野の「外部」としての「他者」は世界内の具体的他者と無関係に思われることをどう解すればよいのか。「存在すること」へと集約されていく歩みを持つ西欧哲学への異議申し立てとしてのレヴィナスの思考は、存在の思惟としての西欧哲学が当初から排除してしまった当のものへと視線を向ける。決して現前しえないがゆえに隠蔽されてしまった「根本的事実」を語ろうとする不可能事を強いられた思考の「可能性」に賭けるのがレヴィナスであった。「存在すること」は「戦争」という極度の「共時性」であり、逆に「平和」とは「存在への執着」としての利害に基づいて理性によってこれを調停することにより見出されるものであった。しかし、何者も存在のうちにあり続けることは利害関係の不可避性を意味するわけだから、「平和」は存在者たちの利害の言いなりとならざる得ない。「平和」とは、それゆえに本質的に不安定たらざるを得ない。レヴィナスは、この「存在すること」に基づいているかぎり「戦争」は不可避であると考える。だから重要なのは、この「存在すること」の彼方を思考する可能性に賭けることなのだと考えた。だから日常的に出会われる具体的他者は、「他者」ではありえない。なぜならば、一個の存在者として知の対象となった他者は、すでにその「他性」を剥奪され何らかの属性を有する「存在」として同一化されていることを意味するからである。レヴィナスの「他者」とは、知の対象となった存在者の同一性に回収されるものではなく、それを「無限に凌駕」するものであるがゆえに絶対的な「他なるもの」である。しかし、なぜ「他者」は「世界-内-存在」としての存在者たる具体的人間の「顔visage」の「彼方」に非現前という仕方で辛うじて指し示されるのか。人間の「顔」の「彼方」こそが私をして単独の「主体」たらしめるのであり、かかる人間の「顔」の「彼方」として「彼性の痕跡」をとどめている限りで、それに対する私はすでに応答可能性としての「責任」を負っているということだけが綴られるのみである。

 

 現象学に立脚したこうしたレヴィナス読解に異を唱える人もいる。例えば小手川正二郎によると、一連のレヴィナス研究は非現前の「他者」との関わりとしての現象学の展開や、西欧哲学とりわけ存在論にみられる「他者」への暴力の批判、デリダの批判にみられるような「存在論的言語」から「倫理的言語」への転回というかたちをとってきたが、少なくともレヴィナス『全体性と無限』(岩波文庫)に関して言うならば、現象しないえない「他者」つまりは非現前の「他者」についての論ではなく、具体的他者との対話や愛をめぐる批判的検討に開かれた「他人論」であるという主張もある。さらには、雑誌『現代思想』に連載された「アウト・イン・ザ・ワイルズ」でレヴィナスを論じた千葉雅也も、上のようなレヴィナス研究の動向について抵抗を示す合田正人の言に共感する姿勢を見せている。いわゆる「他者論」ないしは「応答可能性としての責任」の話へと収斂していく「第一哲学としての倫理」とは別の仕方を模索し、レヴィナスにそれを読み込もうと企図せんとしているかにみえる。もっとも、小手川と千葉は専ら現象学解釈からのレヴィナス読解に異を唱える共通性はあれど、小手川はレヴィナスに向けられる「人間主義」との批判は的外れであるとする一方、千葉はハーマンに仮託させて「人間主義」の批判をレヴィナスにぶつける。

 

 このように様々な読み方がなされているレヴィナスであるが、その「他者論」が最も奇怪な仕方で語られた言説は、1990年代後半に起こった加藤典洋敗戦後論』(ちくま文庫)をめぐる加藤と高橋哲哉との間で起こったいわゆる「歴史主体論争」における高橋哲哉の言説である。ここでは、この論争についてあれこれ言うつもりはないが、一言しておくならば、レヴィナスの「他者」の解釈をめぐる論争でもあった点を見逃してはならないだろう。論争とはいえ、彼らに共通しているのは、レヴィナスの「他者」のイメージとして「2000万人のアジアの犠牲者」だの「元慰安婦」だのが持ち出され、自分のイデオロギーに都合よく利用している点である。そもそも国家間の争いでもある問題に非対称的な自己-他者の関係をもってきて議論すること自体ナンセンスであり、そのようなことをやれば先方の国の一方的な言いたい放題にくみすることになるのが必定。謝罪と賠償の責任を問うというのであれば債権債務関係の存在を認めるわけであるから、双方が権利義務の帰属主体である法理念上の主体として観念されなければならないはずである。そして法は、権利義務の帰属主体につき原則として一方だけに当てはまり他方には当てはまらないといった非対称的関係を認めず、したがって相互に交換可能な対称性を前提にしないことには成り立たない。にもかかわらず、「他者」に対することで「単独者」としての主体たることが自覚されるところの自己とそれに対する他者の非対称的関係をそこに持ち込むこと自身が無理筋の議論である。また、レヴィナスの他者論に対して、デリダは「現前の形而上学」であることを免れていない旨の批判をしていたはずだ。「他者」に対するパロールの主体が暗に前提されているからだ。その際に「他者」の「顔」が「現前の形而上学」の「暴力」を逃れているとも言えないのに、高橋は素朴なまでに具体的な「慰安婦」やら「2000万人のアジアの被害者」を「他者」の「顔」に等値し、挙句は「日本国民」に対して「汚辱の記憶を維持し、それに恥じ入り続けよ」と恫喝するわけである。雑誌『群像』(講談社)の「汚辱の記憶をめぐって」は、次のようにいう。

 

「汚辱の記憶を保持し、それに恥じ入り続けるということは、あの戦争が『侵略戦争』だったという判断から帰結するすべての責任を忘却しないということを、つねに今の課題として意識し続けるということである。・・・侵略者である自国の死者への責任とは、死者としての死者への必然的な哀悼や弔いでも、ましてや国際社会の中で彼らを“かばう”ことでもなく、何よりも、侵略者としての彼の法的・政治的・道義的責任をふまえて、彼らとともまた彼らに代わって、被侵略者への償いを、つまりは謝罪や補償を実行することでなければならない」。

 

ここまで戦没者やその遺族を罵り嘲る文章をよくものしたものだと怒りに震えるが、それはともかくとして、あれだけ階層秩序的二項対立の思考を告発しておきながら、ここでは露骨なまでの、僕に言わせればあまりに歴史を単純化した二項対立を持ち込んでしまう二枚舌を弄する高橋哲哉の意図は奈辺にあるのか。高橋哲哉は、哲学的思考の帰結としての責任論を展開しているのではなく、初めから結論ありきの政治的主張に都合のよい他者論を展開しているにすぎないのではないか。ましてや、個人の域を超えて「日本国民」という観念上の主体を持ち出さねば他国に対する責任など問えるわけではないのだから、言ってることが支離滅裂である。その言説は、結果的にほぼ完全に中韓の主張にかなう方向でなされている。国家間の問題を論じるのであるならば、一方の問題ばかりをあげつらうのではなく他方の問題をも指摘しなければフェアな議論とは言えないし、多くの国民を納得させることなど無理な話である。「慰安婦」に力点をおくならば、朝鮮半島出身者より内地出身者つまり日本人のそれの方が圧倒的に数が多いという事実には目をつぶり、相手側の「証言」自体も整合性がないものや史料的裏づけが全くとれないようなものまで含めて鵜呑みにしたアンフェアな態度が垣間見られる。さらに「侵略戦争」に力点をおくならば、当時の朝鮮半島大日本帝国と併合していたわけであるから、朝鮮半島出身者は「侵略戦争」の加害者であるということになるはずだが、その点については不都合なのか無視する。しかも、朝鮮半島で徴用令が施かれたのは、内地よりずっと遅い昭和19年である。また高橋は、日韓併合条約に関して当初から違法であったとの韓国側の立場を無条件で肯定している。条約の解釈なので様々な解釈がありえるし、当初から違法無効の条約であったとの韓国側の立場を高橋が肯定することは自由である。しかしそのような解釈は、国際法解釈として妥当であると考える専門家はほぼ皆無であり、ましてや当時の国際状況からして、日韓併合条約を違法無効とする国は唯の一国もなかった。日韓基本条約は、日韓併合条約の将来的無効を確認したのであって、遡及的無効を確認した条約ではない。もし遡及無効であるならば、当然原状回復が求められるわけであるから、大日本帝国大韓帝国併合後に投下した多額の資本も回収するということになろうが、当時の日本の朝鮮政策は大赤字であるほど日本側からの持ち出しが圧倒的であったので韓国側が逆に日本に対して投下した資本に見合う資金を拠出しなければならないほどである。こうした韓国側の不都合には目をつむる。したがって、高橋の見解は極めて奇特な解釈でしかないという事実を断っておくのがフェアな議論の態度であるはず。こうした一方だけに過剰に肩入れしたアンフェアな理屈は、「慰安婦」問題のみならず、朝鮮学校授業料無償化撤回を批判する言説にも垣間見られる。もし日本政府や各自治体が朝鮮籍の人間に対して教育を受ける権利を侵害しているならば、憲法国際人権規約に違反する不当な処分であるとする批判は納得できよう。人権は、所属する国家の構成員たる国民のみを対象としているものと解される権利を除き、ただ人間であることの固有性から当然に認められるべき権利であるという近代的人権観念の原則からすれば、朝鮮籍である者に対しても日本国民に対するのと同様の権利が保障されるべきだと思われる。この点に関して日本政府は、朝鮮籍の者に対しても教育を受ける権利を保障しているはずだ。日本の教育基準を満たすとして認可されたいわゆる一条校に入学することを妨げていないし、入学後も日本国籍の者と同様な取り扱いをしているはずである。国公私立を問わず、また特色ある教育を行う学校であるか否かを問わず、一定の基準を充足している限りで特段別異な取り扱いはしていない。問題は、朝鮮学校に通う生徒の学習権を認める認めないということではなく、朝鮮学校という「教育機関」が無償化の対象として相応しいと判断するための基準を充たしているか否かということ、ただその一点なのである。朝鮮学校は周知の通り系統からし朝鮮総連直属の組織であり、この朝鮮総連とは現在も破壊活動防止法上の監視対象となっている組織とされている。しかも朝鮮総連は、朝鮮労働党統一戦線部の指揮命令に服しており、これまでも対日工作拠点として拉致や麻薬取引あるいは不正送金など様々な我が国の存亡にかかわる違法活動を展開してきたことが疑われてきた団体である。朝鮮総連の議長は、朝鮮大学校の学生が加盟を強制される在日本朝鮮青年同盟での挨拶において、「朝鮮大学校の学生は金正恩元首様のために働く戦闘する戦士であり、米国をはじめとする敵対勢力と生死を賭けた激しい戦闘を展開する海外戦闘部隊である」として自ら明言している通り、朝鮮総連及びその系統下にある関連団体が対日工作機関ではないかとの疑念を持たれるような状況が続いている。実際、朝鮮学校の校長が拉致や覚醒剤取引に関与し国際指名手配されていることが報道からも明らかになっている。ともすれば我が国や国民の重大な利益を棄損するやもしれぬ組織に直属する「教育機関」に国民の税金を拠出することなどできないと考えることには十分な合理性が認められるはずである。無償化適用を求める主張は、「こどもの人権」を盾にした恫喝にしか聞こえないと思うのは無理からぬことである。もし、そこで学びたい生徒のことを思いやるならば、朝鮮学校は今すぐにでも朝鮮総連との関係を断つべきだし、チュチェ思想に彩られた政治教育をやめるべきであろう。また、上部組織の朝鮮総連朝鮮労働党統一戦線部の対日工作機関であった過去を断ち、今後はその指揮命令下から抜けるなど生まれ変わらねばならないだろう。そうした努力も一切せずに一方的に「こどもの人権」だけを主張することは具体的事情を無視した暴論であり、このような主張に呼応する言説は、完全に朝鮮労働党の対日工作にくみする政治的効果しかもたらさないということに自覚的になるべきではないか。もちろん、巷間言われる「ヘイトスピーチ」のように、朝鮮民族であるというそのことだけを以って彼ら彼女らを非難・罵倒したり、況やその生存すら認めないという類の言説については、僕のような民族派右翼に立場にある者としても許し難い。日本民族日本民族としての誇りと矜持を持つように、朝鮮民族朝鮮民族としての誇りと矜持を持っているはずであり、そのことは尊重されるべきである。かつて、新井将敬衆議院議員総選挙に立候補した際に、石原慎太郎の選対事務所の人間が新井の選挙ポスターに「北朝鮮から帰化」というシールを貼って回った事件があったが、その時に石原慎太郎の選挙事務所に抗議にいったのは、民族派右翼である大悲会の野村秋介であったことを想起しよう。右翼の重鎮の一人であり葦津珍彦の門弟だった野村にとって、そのような理不尽な差別は人間としてまた日本民族の誇りにかけても許されるべくもなかったのである。そうした理不尽な差別と合理的な理由のある区別を混同してはならない。相手にも尊厳と誇りの感情があることを認めつつ、批判すべきところは批判する。そうした態度こそ相手を真に対等な相手として遇することである。一方を単なる「かわいそうな被害者」と見立てて、その者が主張することなら理由もなく肯定してしまうその無茶苦茶な言説こそ、高橋が忌み嫌う「ヘイトスピーチ」なるものを増幅せしめている潜在的原因の一つになっていることに自覚的になるべきではないか。無理難題や理不尽なことを要求され続ければ、誰だってそれに対してフラストレーションが溜まって逆に過剰な反応を示すものであるからだ。