shin422のブログ

『哲学のヤンキー的段階』のための備忘録

「リベラル」と「ヤンキー」

ヤンキーは、「市民生活」のルーティンに堪えることへの侮蔑を背景に非日常的な「冒険」や「破天荒な行為」に興奮する傾向が強く、それゆえ行為の目的や意味よりも過程において惹起される波瀾それ自体に「祝祭」としての強い興味を覚えることに加え、公共的規範随順の責任意識が希薄である一方で特定の人的関係における「掟」への感覚が発達している者が多い傾向にあるように思われる。

 

世間一般でイメージされるヤンキーとは異なるものの、荒井悠介『ギャルとギャル男の文化人類学』(新潮社)の中で分析対象となった「イベサー」の連中の一部にも見られた気質でもある。知り合いにも、元は愛知県西尾市の暴走族であったが、東京に出て来て「イベサー」に入り、今はない雑誌『men's egg』に掲載された者がいたくらいなので、犯罪を躊躇しない者も属していた「イベサー」の実態を描写する荒井の記述は、僕の経験からも理解できる。また、かつて暴走族だった者が比較的多い民族派右翼の団体にもホストクラブで働く者も属しているし、抗議街宣その他靖国神社橿原神宮などへの集団参拝の際には組織力の誇示のためもあってホストたちが水商売で働く馴染みの「彼女」たちを動員するという光景も見られる。暴走族の数が激減するのに伴い、右翼団体構成員の若年比率も低下して行き、常時運動に従事している者の高齢化は避けらなくなっている(とはいえ、左翼団体よりはまだ若年比率は高い方だとは思うが)。

 

全員とは言わないが、概して「リベラル」を自認する言論人は、彼ら彼女らのような存在を嫌悪し、時には露骨な蔑視感情を吐露することがある。そして、「ヤンキー」とされる側も薄々そういう感覚を肌感覚で察知しているものだから、例えば日本共産党立憲民主党の人間が成人式会場付近で新成人に祝意を表しながら、自党への支持を呼び掛ける言葉に対して覚めた眼差しを向ける。逆に、派手な出で立ちで改造車に乗って会場や会場周辺で暴れまわる新成人の一部は、一緒になって暴れまわる右翼の街宣車に興味を惹き付けられる。たいてい年の近い先輩が街宣車を運転しているからそうなるとも言えるが、彼ら彼女らは本能的に「リベラル」的言説の偽善・欺瞞を嗅ぎ取る臭覚を持っているので、表面的には過激に映ろうと本音で語りかけてくれる右翼に惹かれる。もちろん、「リベラル」的言説が全て偽善・欺瞞な言説であるとまでは言えないわけだが、少なくともその「嘘臭さ」が透けて見えてしまうような者が目立ってしまう。その背景には、「リベラル」を自認する者が持つ「野蛮な暴力」への怯えが潜んでいるものと思われる。彼ら彼女らが言う「多様性」とは、あくまで彼ら彼女らにとって好都合な、つまり一般の「市民社会」に包摂可能な、いわばコードに随順する者だけの範疇に収まっている。主体について論じる言説が概ね責任論と対になって語られるのも、その現れとも言える。

 

斎藤環『世界が土曜の夢なら-ヤンキーと精神分析』(角川書店)から感じとられることは、「進歩的知識人」の代表的存在とされる丸山真男の言説と同様に、西欧近代の「市民社会」を一つの理想的モデルと解して、その地点から日本社会の「後進性」を裁断する姿勢である。その「後進性」が表れた人間類型として槍玉に挙げられたのが「ヤンキー」という存在なのである。露骨には表明しないものの、そのいかがわしい「日本文化論」の裏に隠し持っている本音にある心情は、斎藤の言うところの「ヤンキー」に対する強烈な蔑視感情であり、そこから抽象された「ヤンキー的なもの」と二重写しとなった(斎藤が想像するところの)「日本社会」に対する嫌悪感である。斎藤自身は、自らの中に潜む「内なるヤンキー性」を認めるのであり、必ずしも「ヤンキー」を蔑視しているのではないと弁明するかもしれないが、戯画化された「ヤンキー」像の提示と自らの政治信条に反するものに対する「ヤンキー的」とのレッテル貼りを繰り返す言動から判断されることは、蔑視と恐怖の二つの感情に絡めとられての言説であるということである。

 

斎藤にとって「ヤンキー」とは、丸山真男と同じく「進歩的文化人」とされた大塚久雄のいう「近代的人間類型」から逸脱した「前近代的・半封建的残滓」としての「日本的なもの」が吹き出た現象として捉えられているのではないか。「私的領域-公共世界」という二領域のリゴリスティックな分離を前提にする近代市民社会の成員として相応しくない類型の存在くらいにしか思っていないのではあるまいか。だからこそ、「ヤンキー的なもの」を否定する言説の根拠に、「ヤンキー」たちの「パブリックもの」に対する意識の欠如を見るのだろう。しかし、そうした西欧近代のイメージは、往々にして明治期以来の西洋哲学思想史の教科書によって捏造された虚像でしかない可能性は大いにある。この点を丸山真男批判として展開したのが、加藤尚武が雑誌『諸君!』で発表した論文「堕ちた偶像-丸山真男」である。近代社会を担う「自律的個人」など実はどこにも存在しはしない。もちろん、西欧社会にもいない。「私的領域-公共世界」の厳格な分離が見られない社会などごまんと存在する。これも思想史の教科書が作りあげた虚構である。「ムラ社会」的論理は、何も日本だけでなくとも一定の条件を充足した環境ならば、多かれ少なかれどこでも見られることである。

 

丸山真男の論文「歴史意識の『古層』」(『忠誠と反逆』(筑摩書房)所収)において、日本文化の「執拗低音」として「つぎつぎになりゆくいきほひ」という「古層」が抽出された。斎藤はこの「古層」に、彼が言うところの「ヤンキー性」の徴表としての「気合いとアゲアゲのノリ」を重ねていく。これ自体、味噌も糞も一緒にした類の噴飯物の暴論である。そもそも丸山の論文が、本居宣長の『古事記伝』における

凡て世間のありさま、代々時々に、天下の閲かる大事より、民草の身々のうへの事にいたるまで、悉に此の神代の始めの趣きに依るものなり。・・・古へより今に至るまで、世の中の善悪き、移りもて来しさまなどを験むるに、みな神代の趣に違へることなし。今ゆくさき万代までも思ひはかりつべし

という文を引用しつつ、『古事記』・『日本書紀』から日本人の歴史意識及び日本文化や日本社会の特質を論定する立論自体が、本居宣長のテクストを全体として読み込んでいない代物であり、日本政治思想史研究上における「非常識」な立論であることくらい、膨大な宣長研究の蓄積を踏まえればわかるはず。

 

少なくとも、本居宣長のテクストに慣れ親しんできた僕からすれば、丸山の宣長解釈は総じて酷い。伊藤仁斎にしても荻生徂徠にしても、丸山の立論にはその時々のバイアスがかかりすぎているあまり、首尾一貫性がない粗も目立つ。丸山は社会科学の領域の研究者にしては豊富な文学的レトリックを駆使する才能に恵まれた研究者であったけれど、その立論のロジックと言えば、肝心要のところでレトリックによる誤魔化しが目立つ粗雑な主張をしていたことも近年徐々に指摘されつつある。

 

ヤンキー(ここでいうヤンキーとは所謂「マイルド・ヤンキー」とされている者を除く、暴走族の構成員であったり「半グレ」集団の一員であったり、仁侠の世界に足を踏み入れようとしている者を想定している)は、既存の社会規範には従わないか、もしくは従っている振りをしつつも、その正当性を承認しているわけではない。もちろん、何らかの「共同体」の紐帯に繋ぎとめらていることに関しては、一般市民社会と同様である。暴走族や「半グレ」あるいはヤクザにも、社会公共の規範ではない別種の「掟」が、その強弱の違いはあれど一種の「自生的秩序」として存在している。

 

しかしその紐帯は、正当性の調達を不可避的前提とする公共的紐帯ではなく、極めて私的な仲間意識からくるものであって、市民的公共性が成立する以前のより「動物的」な要素から成り立つ紐帯である。その紐帯は、本質的にはいつでもどこでも切断可能であり、またいつでもどこでも結びつきを形成しうる、浮遊した刹那的つながりである点を見落としてはならない。その関係は、単なる一個の実存として世界に偶然に投げ込まれた者同士の力が衝突する場での関係である。ヤンキーは、この謂わば「力動の場」のみが真の場所であると見て、反対に公共空間という人為的・計画的に拵えられた「偽り」の空間の欺瞞を本能的に嗅ぎ取っているようにも見える。

 

散乱する剥き出しの欲望に忠実であれば、市民的公共性との衝突も不可避となる場面もある。市民的公共性の次元では捉えられない端的な偶然的事実性に晒された次元での関係=倫理は、偶然の邂逅によって生まれた刹那的紐帯は社会公共の規範に優越すると考える者らの倫理となる。それは、公共的規範を「内面化」してしまった「善良な市民」の「良識」を多分に逆撫でしてしまうであろう「反社会的性」と映り、恐怖の対象となる。そこで唱えられる「自由」とは、それゆえ「好きなことさせろや!」という、自由に付随する「責任」が伴わない傍若無人な自由だから、その怯えが「ヤンキー」に対する侮蔑という反応となって現れ出たということである。しかし、こうした反応こそ、むしろ「ヘタレ」の醜態を曝け出してもいるのである。