shin422のブログ

『哲学のヤンキー的段階』のための備忘録

旭日旗を高く掲げよう

 9月13日といえば、明治天皇の御大葬の号砲とともに自刃した乃木希典将軍の御命日である。この殉死という出来事は、夏目漱石森鴎外にも大きな影響を与えた「思想的事件」であった。

 

 乃木将軍の人格や生き方がその人の行く末に爪痕を残した人は、もっとも漱石や鴎外に限られない。その一人は昭和天皇であり、もう一人は連合国軍総司令部GHQ)最高司令官として大東亜戦争終結後の占領政策を主導したダグラス・マッカーサーである。

 

 乃木は日露戦争後、孫の迪宮裕仁親王殿下の教育係として、明治天皇から学習院院長の職を拝命した。乃木は、まだ幼い迪宮親王殿下に対し、将来の君主として相応しい御人格を醸成するために厳しい帝王教育を行ったとされ、殿下もそういう乃木を「院長閣下」と呼び敬愛の対象とされていたという。

 

 明治天皇崩御の後、乃木は殿下に対して自ら朱字の注釈を書き入れた山鹿素行『中朝事実』を遺書代わりに託し、御大葬の日に静子夫人とともに明治天皇に殉じた。その後、昭和天皇は乃木の望む通りのあるべき君主の理想を常に意識に留めおきながら、激動する昭和の御世において、伝統的な天皇のあるべき御姿と同時に、それとは異質な要素を持つ近代国家における立憲君主としての御振舞を両立されるべく苦心され続けた。

 

 昭和天皇は、対政治との関係ではあくまで立憲君主として振舞われ、政務に直接介入されることはなかったが、例外的に直接御意向を表明された事例は二度あり、その一つが終戦の御聖断であり、もう一つが二・二六事件における反乱部隊の鎮圧の御下命である。両者とも内閣がその補弼機能を喪失した時であることが共通している。二・二六事件では自らの側近や閣僚が暗殺され内閣の補弼機能が麻痺してしまった時、昭和天皇は筋を通され「朕自ら近衛師団を率いてこれが鎮圧にあたらん」と仰せになった由。そもそも上御一人に対して弓引くことなどつゆだに考えていなかった反乱部隊は、陛下の御心を知るやたちまち降伏することになったわけだが、こういうところにも昭和天皇への乃木の教育の影響が現れていると言えよう。

 

 ダグラス・マッカーサーの父も同様に米国の軍人だったわけだが、この父親は日露戦争の際、従軍武官として乃木希典将軍の傍にいて乃木の高潔な人格と理想的な武人としての姿を目にして乃木を終生尊敬し、我が子にも乃木将軍のような理想的な軍人になって欲しいと願い続けたという。乃木の優れた人格は敵方のロシア人にも広く感銘を与え、乃木を慕う者も多いという。

 

 日本では、司馬遼太郎の影響もあって「愚将」のレッテルを貼られ、そのイメージを今も抱いている者も中にはいるが、事実は違う。この司馬遼太郎によって植え付けられたイメージに対して徹底反論した日本人の最初は福田恆存であろうが、米国やロシアでは端からそのようなイメージはない。

 

 乃木希典漢籍に通じ、時が違っていれば文人として名を馳せていただろうと言われるほど古典に明るい博覧強記の知識人でもあった。文人としての素養に恵まれながら動乱の時代にあって武人となり、その極限的な状況の中でギリギリの理想を貫こうとしたところに乃木希典を敬慕する人の多い理由が存しているのかもしれない。

 

 一般には、乃木希典の生真面目な面ばかりが強調される傾向にあるが、実は相当変わった面もあって、結婚式をすっぽかして泥酔して帰宅するわ、(石原慎太郎太陽の季節』ではあるまいに)勃起した性器で障子を破るななどといった奇妙な振舞いを見せる人でもあった。

 

 乃木の殉死の直接の理由はもちろん明治天皇崩御であったわけだが、そこに至るまで乃木の脳裏から離れなった過去の出来事への自責の念の対象は、西南戦争の時に敵側に連隊旗を一度奪われてしまったことだった。乃木にとって連隊旗を奪われることは自らの命を処決して責任をとるべき事態であり、その責任を果たすことと不名誉を恥じる意味からも、聖上からの「死ぬことまかりならぬ」との御下命から「解放」されたことで、遅蒔きながらの自裁を果たしたとも言える。軍旗とはそれほどまでの名誉と尊厳の象徴であった。

 

 2010年代に入ってから特に、韓国は日本の旭日旗に対して事あるごとに非難を繰り返し、その主張はますますエスカレートして「旭日旗を連想させる」という理由でほとんど関連性のないものにまでそのデザインに文句をつけ出してきた。それまでは旭日旗について表立った反応はなかったはずだ。

 

 旭日旗=戦犯旗という故のない主張は、ごく最近になって韓国が騒ぎだした問題でしかない。韓国の国定歴史教科書によって教育された韓国人が、自国の都合に合わせてほとんど「捏造」と言っても過言ではない反日思想に塗り固めらた虚偽の「歴史」を振り回して日本を糾弾する声が大きくなったのは、特に2010年代になってからのことである。

 

 韓国で教育を受けた者で米国に留学した折、これまで韓国内で学んだ歴史が誤りであったと気がつく者もいる。もっとも、日本の歴史教育でも国際的に通用しない記載もあることを公平を期すために断っておくべきだろう。例えば、日本国内の認識では、大東亜戦争終戦記念日ポツダム宣言受諾を表明した終戦の御詔勅が国民の前に発せられた8月15日であるが、世界的に見れば、日本政府代表重光葵ミズーリ号上にて降伏文書に調印した9月2日という認識が一般的である。教科書にはミズーリ号での降伏文書調印は記載されてはいるものの、終戦とは降伏文書に調印した9月2日であるという認識が日本国内では一般化されていないのである。

 

 ことさら韓国が嫌いなわけでもない日本国民や海外の人々の中には、こうした一連の「嫌がらせ行為」に呆れ果てる人々も増えてきているという。Korea Fatigueは徐々に蔓延していくことだろう。挙句は、扇をモデルにして作られた東京パラリンピックのメダルのデザインにも文句をつけるにまで至っている。更に要求はエスカレートして、IOCに対して「旭日旗での応援を禁止しろ」とまで言う始末だ。

 

 旭日旗とは、日章旗ほどではないにせよ、戦前の帝国陸海軍の軍旗でもあったことから、今日においても我が国を象徴する旗の一つとなっている。準国旗と位置づけている者もいることだろう。現在は自衛艦旗として国際的にも認知されている旗であり、自衛艦が航行の際には掲揚を法によって義務づられている旗でもある。また、陸上自衛隊連隊旗もこの旭日旗のデザインに範をとったものとなっている。

 

 この旭日旗を禁止しろと主張することは、近代国家を形成し祖国のために尽力した帝国陸海軍の歴史に唾を吐くような真似であって、延いては我が国の歴史への冒涜に繋がり、現在も我が国の防衛の任にある自衛隊の存在を否定するものである。

 

 こうした非常識で無礼な要求は、韓国と韓国の意向に従って行動しているごく一部の日本の左翼しかしていない。この人々の本音は、旭日旗のみならず日章旗までも全否定したいというものである。したがって、旭日旗への抗議で味をしめたら、次は日章旗に矛先を向けることだろう。

 

 日本の左翼というのは世界的に見ても特殊な存在で、ここまで露骨に自国の歴史を否定し先祖を罵り外国勢力に自国を売り渡そうとする左翼は世界広しといえども中々みられるものではない。たいていの国の左翼は、たとえ左翼であるといえども愛国者であるのが普通なのだが、こと日本の左翼はそうではない。

 

 韓国は、旭日旗は「日本の軍国主義の象徴である」だの「侵略の象徴」だのと言って「戦犯旗」などという奇妙な批判をするが、日韓併合時における我が国を象徴する旗といえば、旭日旗のみならず日章旗も当てはまることになってしまい、韓国側の無理な理屈を受け入れるとするならば、次は日章旗に関しても同様な理屈で攻撃してくる可能性は大いにある。

 

 「侵略」に軸足をおくならば、大韓民国ベトナムを侵略し多数の住民を虐殺し多くの女性を蹂躙した挙句、ライダイハンと呼ばれる子供たちを残した。その残忍さは米軍を遥かに上回るようで、今もベトナムでは韓国軍の所業に憎悪の念を抱く者も多いという。ベトナム戦争に敗北した韓国政府はベトナム侵略への謝罪も賠償もしていないし、ライダイハン問題に関しても無視を決め込んでいる。ベトナムから言わせれば大韓民国の国旗である太極旗は「侵略の象徴」であろう。大英帝国時代の全世界への侵略行為をユニオン・ジャックが象徴していると言えなくもないし、米国の星条旗やフランスのトリコロールも然り。ましてや五星紅旗チベットウイグルへの侵略とジェノサイドの象徴ということになろう。

 

 旭日旗ナチスのハーケン・クロイツに準える暴論もみられるが、旭日旗は再度言うように現在も自衛艦旗として国際的にも承認されている旗であり、海上自衛隊の艦船の航行の際、日本を象徴する旗として掲げられているものであって、ユダヤ人や精神障害者を根絶やしにしようと絶滅収容所を設けて実際にガス室にて虐殺したナチ党の旗のごとき象徴性は微塵もない。

 

 ハーケン・クロイツは国家社会主義ドイツ労働者党の旗であって、これに相当するものと言えば、中国共産党の党旗を極一部分変えた五星紅旗ということになろう。現に、中華人民共和国は1950年代にチベットウイグルに侵攻し、チベット人ウイグル人を大量虐殺し文化や言語を奪うことまでしており、国際的非難にさらされているではないか。

 

 もっとも、オリンピックにおける我が国選手の応援に日章旗ではなく敢えて旭日旗を使用するのが相応しいかと各人が個別に思うかは別の話である。今は海上自衛隊の旗でしかない旭日旗を日本選手の応援に用いることに対し些か奇異な感想を持つが、だからといって応援に持ち込むこと自体を禁止する措置まで講じるというのは、旭日旗を禁忌化する運動に呼応する措置と映じ、日本人として受け入れることはできない。

 

 日本の中にも旭日旗での応援はけしからんとするごく一部の左翼が存在する。彼ら彼女らは日本という国が嫌いで嫌いで仕方がない人々だから、韓国や北朝鮮に肩入れして日本批判に懸命になるあまり、この無茶苦茶な要求にまでも賛意を示すようになっている。だが、そうした無茶苦茶な意見に肩入れすればするほど、左翼に対する国民からの不信の念は増々広がっていくことだろう。いわば墓穴を掘っているわけである。

 

 日本の左翼は、旭日旗は一般には広まっておらず特殊な思想の持主だけが使用しているに過ぎないというが、百歩譲ってその主張を是としても、それが禁止されるべきとする理由になるわけがない。それを言うなら、赤旗などもっと流通していない特殊な思想の持主だけが使用している旗なのだから、理屈からすれば赤旗こそ禁止されるべきとなる。

 

 旭日旗にそれほどまでに文句をつけるなら、明らかに旭日旗デザインである朝日新聞社の社旗にも文句をつけてみてはいかがか。東京朝日と大阪朝日の社旗は左右真逆になっており、これらを並べるとちょうど旭日旗の上半分になるように作られている。抗議を受けた朝日新聞社が「左様でございますね」と言って伝統ある社旗のデザインを軽々に変えるだろうか。おそらく「社旗に関してかかる文句を言われる筋合いはない」として反応することだろう。

 

 旭日旗は日本の海上自衛隊の旗として国際的に認知されているというだけでなく、一般の国民の中にも一定程度浸透しており、少なくとも赤旗などよりはずっと流通している身近な存在になっている。また、単車を愛好する者の中にもタンクやコルク半を旭日カラーにしている人もいるし、暴走族や旧車會には旭日旗を掲げながら走るチームも多い。サッカーの応援に旭日旗も使用するサポーターもそれなりにいて、旭日旗は国民の中にも日本を象徴する旗の一つとして広範に認知されているのである。

 

 もちろん、愛国運動に邁進する政治結社の面々も日頃から旭日旗に親しんでいる。粋がった中学生なら、卒業式に旭日旗日章旗に寄せ書きして互いの卒業を祝福し合う者もかなりの数に上る。成人式でも、日章旗とともに旭日旗を振り回す新成人の姿をよく目にする。漁師の大漁旗旭日旗を掲げる者もいれば、神輿に日章旗旭日旗が飾られていることもしばしばだ。

 

 このように、旭日旗は相当国民に浸透し親しみをもって迎え入れられているのである。旭日旗の否定は、我々の存在をともすれば否定しかねない動きに呼応するも同然の行為である。旭日旗に対する言われなき非難中傷に対してどこかおかしいと感じるならば、逆にこの美しい旭日旗を高く掲げようではないか。