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民族派右翼による「便所の落書き」擬きの極私的備忘録

論争家・谷沢永一

 『野火』や『俘虜記』あるいは『レイテ戦記』などの戦争時の体験を元にした小説や『武蔵野夫人』といった恋愛小説、あるいは『堺港攘夷始末』などの歴史小説で知られる戦後日本文学の代表的小説家である大岡昇平は、数ある論争でも知られる論争家としての顔を持っている。井上靖との「『蒼い狼』論争」はその一例であり、その他にも森鴎外『堺事件』を批判する文章も残している。

 

 埴谷雄高との共著『二つの同時代史』(岩波書店)の中での吉本隆明に対する言葉も辛辣だ。この中での大岡の発言に対して、吉本は裁判も辞さずとばかりに怒り狂った文章を書き残している。吉本の『情況への発言』(洋泉社MC新書)を読めば、吉本隆明という人間の本性が現れていて、「戦後思想界の巨人」などというフレーズが如何に陳腐な「演歌の節回し」であることかが理解されよう。

 

 論争には発展しなかったが、当時勢いがあり文芸誌に持て囃されいた文芸批評家柄谷行人に対する率直な批判の言葉を堂々と公開する気概は、武士ならぬ昔の文士然としたところがあって、その質実剛健ぶりに畏敬の念を覚えずにはいられない。

 

 晩年も旺盛な知識欲は衰えず、数学の教師を招いて教えを乞うなど頗る貪欲に様々な知識を吸収していった様が『成城だより上・下』(講談社文芸文庫)に描かれている。何度か引用したことのある柄谷行人に対する遠慮会釈のない批判は、以下のごとく辛辣である。

整数論集合論群論の美しさに驚嘆す。戦争中読みしダンネマン「科学史」によって、微積分の発生の理由について承知す。数学史、トポロジー、カタストロフィ理論に興味を持ったが、こんどラッセルの逆理以後の数学の展開を、正式に勉強する気にさせてくれたことで、柄谷氏の数学的発言に感謝する。ただし「文藝」の「一頁時評」月毎にひどくなり行きて、もはや数学的寝言に近し。・・・なおこの人と数学の話をするのは予めお断り。まともな話はできそうもない。氏の錯乱を見れば、文芸評論家が、ベクトル、位相、束の如き数学用語をいい加減に使うのを、私はもはや咎めない。みな比喩的にも使うのだから勝手にすればよい。数学と文学は全然無関係でいいのである」。

 実験物理学者アラン・ソーカルとジャン・ブリクモンの共著『「知」の欺瞞-ポストモダン思想における科学の濫用』(岩波書店)や、フランスの哲学者ジャック・ブーブレスによる『アナロジーの罠-フランス現代思想批判』(新書館)を先取りする異議申し立ての文言だろう。

 

 今では、極く普通に圏論的手法は流通しているし、公理論的集合論で現在もなおコーエンのやり方を踏襲している者など皆無に近いだろうが、数十年も前の晩年の大岡昇平が、純真な知的興味の対象として連続体仮説の無矛盾性や独立性の問題なり圏論なりに関心を向けていたのは驚きというより他ない。

 

 日本近代文学の研究者で書誌学者であった谷沢永一は、特に『悪魔の思想-進歩的文化人という名の国賊12人』(クレスト社)や『こんな日本に誰がした-戦後民主主義の代表者大江健三郎への告発状』(クレスト社)など愚にもつかぬ通俗本を粗製濫造したことで晩節を汚したものの、『大正期の文藝評論』(塙書房)や『文豪たちの大喧嘩-鴎外・逍遥・樗牛』(新潮社)あるいは『紙つぶて-自作自注最終版』(文藝春秋)など優れた書物を遺した批評家という一面を併せ持つ。

 

 大岡昇平が「ケンカの大岡」との異名をとったのと同様、谷沢もまた論争家として知られる存在で、その毒気を放つ文章が度を超えてしまうことも屡々だった。あの感動的な著作『回想 開高健』(新潮社)でさえ、開高の妻への罵倒の言葉を目にして閉口する者も多かろうと思うのは僕だけだろうか。

 

 しかし谷沢は、自分より立場が弱い者に対する批判を原則としてやらなかった。批判の対象は、比較的権威を持ったり権力をもったりした者であったことを付け加えておくのがフェアな態度と言うべきだろう。中には、お門違いの批判も含まれていたとはいえ、専門分野における権威者に対する批判は、冷静に見て概ねまっとうな批判になっていると言ってよく、ある程度白黒はっきりつけられる類の問題について谷沢が論争で負けたことがないと言われるのは、20万冊と言われた豊富な蔵書も手伝っていたのだろうと思われる。

 

 越智治雄平岡敏夫あるいは十川信介三好行雄など当時の近代国文学界のボスたちの論文に見られるレトリックによる誤魔化しやロジックの不整合を一節一節取り出してメッタ斬りする舌鋒の鋭さで恐れられた谷沢が、学会の会場に現れるや、「谷沢永一、来襲!」とばかりに会場が騒然となったというエピソードは今や語り草となっているようだ。

 

 谷沢は学界の重鎮であろうと、否、重鎮であればこそかえって蛮勇を奮って容赦なく手厳しい批判を堂々と展開した。身内だけの予定調和の「仲良しクラブ」と化している日本の学界の現状からすれば、よほど健全な姿だと思われるが、批判の対象として槍玉にあげられた当人にとっては堪らない。中には、再起不能になるまでトコトン痛めつけられ二度とデカい口を叩けなくなった学界のボスまでいたらしい。東大至上主義者で学界のボス猿として君臨した麻生磯次を徹底的にこき下ろしたのも谷沢永一だ。これには、密かに快哉を叫んだ者や溜飲を下げた者もいたに違いない。

 

 相手の急所を見つけて一撃でノックアウトを食らわせる谷沢の論争術は見事というほかなく、その一端は『論争必勝法』(PHP研究所)や『執筆論』(東洋経済新報社)で読むことができる。また、小説や批評を俎上に上げて料理する様は、『雉子も鳴かずば』(五月書房)が参考になるだろう。専門の論文としては、和泉書院から出された「谷沢永一・日本近代文学研叢」シリーズの『方法論論争』や『書誌学的思考』に所収の論文がオススメである。平岡敏夫十川信介などをサンドバッグ代わりにボコボコに料理する論文は、そのユーモア溢れるからかい表現とが合わさって、職人芸の域にまで達しているとさえ言えよう(谷沢永一の書誌学方面での著作としては他にも『日本近代書誌学細見』(和泉書院)があるが、あちこちに散らばった論文をまとめて読みたければ、青山毅と浦西和彦の編集による『谷沢永一書誌学研叢』(日外アソシエーツ)が便利)。

 

 『論争必勝法』では、学会での発表の場において、越智治雄漱石私論』(角川書店)の出鱈目ぶりをこれでもかというほど叩き、相手が完全に憤死するまでの舌鋒で完全否定する様が克明に描かれている。読んでいて痛快でもあるが、同時に再起不能にまで叩かれた越智が少々気の毒に思えるほどの谷沢の鬼気が伝わってもくる。こうして、多分にレトリックで粉飾され空理空論を振り回すだけの越智の著作は、谷沢による舌鋒により一撃で葬り去られた。

 

 谷沢は、権威に胡坐をかくだけが取り柄でその実中身のない類の威張り腐った増上慢には情け容赦のない筆誅を加えるが、同時に世に埋もれ忘れかけている優れた仕事を称揚する配慮を持ち合わせていた。更にはマス・メディアからは注目されないが、真の学者として賞賛を惜しまない人物を紹介することも忘れない。そうした著作として『読書通-知の巨人に出会う愉しみ』(学研新書)が挙げられるだろう。この書では、世間では目立たぬもののその道の玄人から尊敬されている偉大な業績を残した碩学中の碩学11人が紹介されている。門外漢の僕でさえその著作を読んだことのある日本近世文学研究の大家である中村幸彦や、漢籍に精通した偉大な書誌学者たる長澤規矩也が紹介されているのが有難い。今日の大学に棲息する「なんちゃって大学教授」とは月とスッポンの関係だ。最近テレビに登場するロバート・キャンベル東京大学名誉教授が師事し数年前に文化勲章を受章した中野三敏九州大学名誉教授は、この中村幸彦の愛弟子である。

 

 権威主義的人間の権化でもあった吉本隆明を完膚なきまで叩きのめし、それに対して吉本が半狂乱の体で罵倒を以って返答するしかなかった論争の渦中にあった論文は、『牙ある蟻』(冬樹社)に収録されている。現代日本評論をまとめた書籍の編集にあたり、浦西和彦の求めに対して応じた吉本隆明の態様の異常に端を発したこの論争において、吉本はまともに応じることができず、谷沢に意味不明の罵倒を繰り返すだけに終始するという醜態をさらけ出したことで、今では知る人ぞ知る事件となっている。

 

 さらには、学問であるからには厳密な論証や実証が求められるところ、抽象的な理論めいたものを振り回すだけの論文や論証も実証も糞もない単なる思いつきのぐうたら作文めいた論文に対しても容赦なく批判の矢を放つ。その代表が『あぶくだま遊戯-社会批評集106篇』(文藝春秋)所収の「アホばか間抜け大学紀要-大学はいまやナンセンス論文の巨大な製造工場になり果てた」や「アホばか間抜け大学教授-三日やったらやめられぬ、平和ニッポンの大学に巣喰う極楽トンボたち」であり、これがまた楽しんで読める傑作である。編集者萬玉邦夫に唆された企画らしいが、やたらと量産される「大学紀要」や学会誌をも含め、内容空疎で意味不明瞭な論文が業績稼ぎのために粗製濫造される様を揶揄したこの文章の槍玉にあげられているのは、決して新人や若手の研究者のものではなく、それなりのポストに収まっている連中ばかりである。具体名と論文の文章が一節ごとに検討され、その論理の不備や珍妙な盲説を谷沢が逐一指摘する。

 

 大学教授とは名ばかりの無意味で支離滅裂な論文を量産することに精を出すふやけた連中が吊し上げられる様は愉快痛快である。俎上に上った連中は戦々恐々。最近はこういった真剣勝負の批評がない。あるのは身内だけで褒め合い馴れ合っている同人サークルのごとき状況だけである。左翼がかった連中が珍妙なツイートをし、それをお仲間の人間がリツイートし合って自慰行為しているのと同様である。

 

 特に文科系の研究に対する科学研究費補助金に関して、どこまで厳密に審査されているか怪しい状況の中で、せめてこうした谷沢永一のように、いい加減な論文に対してまっとうな批判を公開の場において展開する論者がいてくれた方が、アカデミズムの健全な発展のためには必要だろう。特に日本の大学が雨後の筍のように林立し、大学教員のポストが増設されたために、さしたる研究業績のない者でも大学教員のポストにありつけた時代に、学生運動の残党が雪崩を打ってアカデミズムの世界に棲みつくようになってから、まるで大学が赤化したかのような状況になった場所もちらほら出てきた。

 

 かつて学生運動の中心でやってきた者でも自らの拙さを恥じて運動歴を表に出さずに研究に邁進している研究者もいる。これは理科系の研究者に多い傾向かもしれない。彼ら彼女らは、政治的主張と学問研究との峻別はつけている。質の悪いのは、学生時分は学生運動の中心でもなくノンポリよろしく陰でシコシコ院試の勉強に勤しんでいた者が、首尾よくポストにありつけて安定を得るや否や、突如として俄仕立ての左翼的言辞を弄して悦に浸り出すピエロになってしまう場合である。専門の範囲内ですら大した業績とも思えない業績しか残していないのに、専門外にまで大学教員の立場を利用して口を出しいい加減なことばかり主張する者が特に最近目に余るようになった。メディアも都合がよいからそういう単純なバカを重宝する。

 

 日本に反知性主義が蔓延するとのたまう当人が正に知性の劣化を象徴しているという戯画。あちこちの媒体に寄稿しているものだから、避けようと思ってもつい目にしてしまう。逃げ込んだ書店でも、そいつの著作が大量に専門書の書棚に陳列されている。こういうバカを一掃するためにも、ポスト谷沢永一を担う戦闘的な文士が現れてくれないかと無いものねだりを繰り返すばかりである。